ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ららら、ハート。 ( No.4 )
- 日時: 2012/02/16 21:05
- 名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: /HF7gcA2)
俺が最後の一口を食べ終わる頃、リリスは牛乳の入ったコップを両手で持って美味しそうに飲み終わろうとしていた。
「……ぷはぁっ。ごっそーさんじゃ!」
「その言い方、行儀悪いぞ。……お粗末様です」
両手を合わせてから食器を片付けようとすると、リリスはパンパン、と二回手を打ち鳴らした。
あぁ、思い出した。そういえばリリスは、神社にお参りするかのように二回手を叩くのがご飯終了の合図だった。何故そんなことをするのかと聞くと、確か「食べた生き物たちに精一杯祈っているのじゃ」と返された気がする。
こういう普段のことというか、少しのことなら転生一つ前の記憶として思い出すことが出来る。きっかけは少なからず必要だが、こうして前回のセーブを取り戻しているのだ。
ぶかぶかのジャージを着たリリスは、その長い黒髪をツインテールにし始めた。そのままのストレートの方が大人びている風にはもの凄く微かにだがするものなのだが、それをリリスはわざわざツインテールにまとめたがる。
「別にそのまま下ろしていていいんじゃないのか?」
「前に言ったじゃろ? ツインの方が何かと便利なのじゃ」
これは思い出せない。どうでも良すぎたのかもしれないし、前回聞いていないかもしれないが……リリスは前に言ったという。それはすなわち、前世——俺の一つ前の転生時ではなく、そのもっと前に転生した時に聞いたのかもしれない。
リリスは俺と違って転生させる者なので、記憶は微かに残っているらしいが、記憶を覚えるエピソード記憶とその他に基礎的なこと、つまり言語や社会の常識などの記憶と二つに分かれている中で、エピソード記憶は毎度の如く上書きはされるはずなのだが、上書きされる中でも覚えていることは多少あるらしい。その全ては語らないが、前世の俺が知っていて、今の俺が知らないなんてことは普通にあるのだろう。まあ、それを聞こうということは思わない。とにかく、今を懸命に生きていくしか今の俺には何も出来ないからだった。
カレンダーの日付は5月21日を示している。そう、この日が運命の転生日だった。毎度のように、この日に戻る。時間が逆周りして、ここに戻ってくるのだ。
つまり、また今日の5月21日からリスタートしなければならない。"前の俺"はどの記憶までたどり着いたかは分からないが、とにかく死んだものは死んだのだ。またしても、俺を最初に殺した者に殺された。その灯火をリリスに復活させてもらえたからこそ、今の俺がいる。
人生とは俺にとっては曖昧で、不安定で、とてもじゃないが一度だなんて思いたくない。一度死ねば、それで終わり。恨まれて殺されたならば、それで終了。はい、人生はそこまで。儚すぎて、何故だか笑いも込み上げてくるぐらいだった。
まだリリスの全てを知ることが出来たわけではないが、少なからず俺はここに存在している。この世界には、何かが欠けている。それはとっくに気づいていたし、異変はすぐ傍まで近づいていることは明確だった。
「今日からまた頼む」
俺はリリスに声をかける。リリスは上手くツインテールを結べたようで、とても綺麗に左右対称となっていた。
その綺麗な黒髪を煌びやかに光らせ、ぶかぶかのジャージを着た少女は、
「次はしくじるなよ、下僕」
と、笑みを浮かべて言い放ってきた。
リリスはただの人間じゃない。ずっと成長をしない人間なんてものはいない。人間ではない、何か。それが分かる日が来るのだろうか。どれだけ得体の知れない奴なのか……そんなことは分かっている。
だが、俺がここに存在している限り、俺はリリスを守らなくてはならない。
俺は、リリスに生かされていた。
——5月21日、月曜日。
リリスはリリスでやるべきことがあるらしい。俺は俺で、高校というものに通う一般男子高校生として暮らしていた。
そうだな……ただの一般男子高校生というわけでもない。家族というものがあると思うのだが、勿論のように俺には家族がいなかった。所在も知らないし、その家族の顔写真さえもない。悲しいとは思うかも知れなかったが、意外と普通なものだった。
そして、リリスと二人暮らしといえばそうだといえるが、大抵"ある者"を討伐する時ぐらいに俺の前に現れたりはする。討伐云々は……まあ、後でも構わないだろう。
転生した俺なのだが、その時点で普通ではないと思うけれど、大してそうでもない。転生した感じは、夢から覚めるのとそう変わりはないということだ。ただ、死んだという絶望の奈落へと突き落とされる感覚だけは堪らなく反吐が出そうだ。
そして、一番普通の人間と違っている部分がある。ぶっちゃけると、俺には表面的感覚はあるが、内面的感覚がまるでない。
つまり、手で物を触れたり、投げたりなどの感覚は体に伝わるのだが、何かに刺されたり、殴られたり、骨が折れたり、内臓が出ていたりしたとしても——痛みを全く感じない。
痛みが欠落してしまっている。それが俺だった。
これで困ることといえば、ザックリと何かが体に刺さっていても、平気で走れたり何かすることが出来るという部分だった。痛みだけなので、何かが刺さっているんだなぁというのは分かるが、その痛みを感じないので平気ということ。そして、その平気な上に、全てにおいて加減を超えているということ。人間は毎日の生活において、100%の力を出すなんてことはまず有り得ない。出す時といえば、火事場のバカ力と呼ばれるあんなものぐらいで、まず自分でその力の加減をコントロールすることが出来ないのだ。
そのコントロールすることが出来ないのは俺も同じだが、加減がバラバラだということだった。骨が叩き折れるほどの全力パンチなどが出せることは出せるが、勿論それによって痛みは生じないし、ただ自分の体に危険が及ぶだけ。まあ、半分死体状態な体というわけだ。
この中途半端な体は、言えばリスクだ。その代わり、多少の回復力は改善されてはいるようだが、瀕死にされてしまったらそこで終わり。また転生をしないと俺は脆くもすぐに死ぬことになる。
「はぁ……」
触れる感覚はあるのに、何故痛みを消したのかは都合をよくさせる為だろうか。
そんなことを考えるたびに、自然と空を見上げてため息が出た。俺の本来の人生を取り戻す為にとこうして転生を繰り返しているが、またこうやって5月21日に戻ってしまったら何の意味もないような気がしてならない。
俺はちゃんと歩いているのだろうか。それとも、道を外れすぎたのだろうか。
どちらにせよ、生きるしかない。それしか道は無かった。
学校はほとんどすぐに着く。体力も人間より数倍はあるので、走っていっても何も辛くはない。何せ、痛みというものが消えてしまっているのだから、俺はもはや人間ではない。
体育の授業などでは、全く全力というものを出さず、全て平均並みをとっていた。
まず最初に学校に着くと、やるべきことは誰がどういう風に俺のことを知っているのか、ということの把握だった。
リリスの転生によって少なからず改変はされているようだが……具体的には変わってなどいない。
この平和そうな学校に俺を殺した奴はいるかもしれない。それは意外な運命なのかもしれないし、案外簡単に今回は見つかるかもしれない。実際見つからずというか、そいつに殺されて終わっているからこそ、俺はこうして再び転生をしているわけなんだけど。
そんなことを思いながら、学校の上履きを履き替える。
そうしていると、隣の方にガタガタと騒がしく床の木の板を踏み鳴らしてくる男がいた。
息切れをしながら肩で息をしている活発そうな少年だった。
「ぜぇ……ぜぇ……ふぅ、何とか間に合ったぜぇ……ぜぇ……」
語尾も息切れで独り言のように呟くと、大量に噴出している汗を拭って俺の方へと振り向いた。
「おっ、篠じゃん! おっはよぅさん!」
ふむ。案外俺の顔を見ても普通の反応で、笑顔だった。
俺を最初に殺した奴が俺の顔を見れば、少なからず笑顔というより驚いた顔をするかもしれない。相手にとっては、転生する前の、殺したはずなのに、という思いが駆け巡るだろうからな。
しかし、この少年は特にそんなことも無く、やけに親しげに話しかけてくる。俺が本来、友達だった奴なのかもしれない。
「よぅ、おはよう。ところでお前は誰だ?」
「おはようっ! ……ってさ、冗談キツいってーの! 俺の名前を忘れるなんて、お前どうかしてるぜ!?」
語尾の方は少々甲高い声で声を荒げると、先ほどの息切れも無くなったようで、自然に俺へとつっこんできていた。
「あぁ、ごめん。ちょっと昨日、頭打っちゃってな……少し記憶喪失なんだ」
「え? マジで? 篠、それって昨日、俺の家に来た後のことだよな?」
「え? ……あ、あぁ、そうだったか?」
何だ、少々焦った。俺が取り乱してどうする。
昨日、俺はこの少年の家を訪ねていたらしい。どういうつもりで訪ねたのか今の俺には全く分からないが、とりあえず話を合わせることにする。
「そうだって! あぁ、マジでヤバそうだな!? 大丈夫かよ……。俺の名前は、槙原 忍(まきはら しのぶ)! 覚えやすいだろ?」
「覚えやすいな。お前の名前を忘れるなんて、やっぱり病院に行った方がいいのかもな、俺」
「病院にも行ってねぇのかよ!? おいおい……今すぐにでも行った方がいいんじゃねぇか?」
少々心配したようにしかめっ面で俺に言ってくる。今すぐにも行った方がいいんじゃねぇのか、か……。
「いや、大丈夫だよ。ここまで来たし、記憶が少し飛んでるだけだから、心配すんな」
「ま、まあ……そうか? ていうか、記憶喪失のせいかは分からんが、何かお前少しイメージ変わったな?」
「そんなこともあるだろ。記憶喪失なんだから」
「お、おう……」
槙原は何度か自分で自分を納得させるようにうんうんと頷いた。
そんな槙原を一人置いて、俺は教室へと向かった。確か、2-2だったはずだ。
何の為に学校に行っているのか。決まっている。俺を知る為、俺を殺した奴を見つける為だ。
特になんということもない。ただ、前世でもこうしていただろうなという薄い記憶のようなものが纏わりついていた。
槙原は、篠がいなくなった途端、うんうんと頷くのを止め、その去っていった姿を暫く無表情で見つめていた。
「記憶喪失、か」
そう、小さく呟いた。きっと、槙原だけにしか聞こえないほどの小さな声で、まるで自分に言ったかのようにして。