ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ららら、ハート。 ( No.7 )
- 日時: 2012/03/28 17:01
- 名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: GHOy3kw9)
- 参照: 本当にボチボチ更新していきませう……スランプなうです。
誰もいなくなった家の中で、リリスは立ち尽くしていた。
先ほどまでは篠という存在がいたはずのこの家の中で、何も無い虚空をリリスは見つめている。その先に見えるものはただの壁でしかなく、ただ呆然とその壁を見つめていた。
「……これで何回目だっけ?」
独り言のように呟いた。自分に問いかけるように、小さく呟いたのだ。
いつになれば終わるのか。それはリリス本人にも分からなかった。繰り返される輪廻のように、日常は再び始まっていく。
リリスは、いつしか己の存在に違和感を覚えていた。それはいつの話ではなく、今の話。現在進行形で、疑問を抱いていた。
ゆっくりと、リリスは傍にあったカッターを手に取った。カチカチカチ、と無音の中に無機質な音を鳴らし、手首へとその鋭利な先端を当てた。
「……死なぬよな」
リリスの手首は一閃に切り裂かれていた。だが、血が出ることも無く、何がどうなったということもない。ただ、それは今まで通りに元に戻るだけ。
リリスにとっての"最期"は、こんな終わりではないのだ。こんなストーリーではないのだ。
「ふん」
鼻で笑うと、持っていたカッターを放り投げた。血のついていない、鋭利な刃は何も汚れてなどいなかった。ガラガラ、と床に擦れる音はテーブルの脚に当たって無くなった。
リリスは、何故自分が此処にいるのかさえも曖昧でいた。記憶が飛ぶということもそうだが、これは確かに日常を繰り返している実感はある、という奇妙な感覚を身で体感していた。だから、先ほど手首を切っても怪我をすることはないし、死ぬこともないと心のどこかで分かっていた。
じゃあ、死ぬことが出来ないのならば、いつこの不愉快な輪廻を止められるのだろうか。
「……本当に不愉快じゃっ」
と呟くと、リリスは転がっていったカッターを華奢な足で踏みつけた。バキッ、という音が響く。カッターの刃は真っ二つに折れていた。
学校で俺がやるべきことは犯人探しというのは自分で考えれば考えるほど滑稽で、残酷なものは無かった。
今俺の周りに歩いている連中は皆、犯人がどうとか、また転生とか、この先の人生をロクに考えていない連中が多いのかと思うとため息さえ漏れてくる。そのほか、呆れのようなものも混じっていると言った方がいいのかもしれない。
先ほどの槙原だが、特に問題はないと見た。誰を何でもかんでも疑い続けたら俺の気が狂っちまう。決められた日にちがあるかどうかは分からないが、この不愉快な日常の輪廻を再び辿り、どこかで分岐点を見つけなければならない。
今こうして行っていることは、全て前の俺がやったのかと思うと気持ち悪くなってくる。記憶もないのに、どうしてそんなことが分かるんだよって、今の自分に罵声を吐いてやりたい。
「はぁ……どうしたもんかね」
下手すればゾンビよりもタチが悪いな、と思いつつ廊下を曲がったその時、ドンッと何かが俺へとぶつかった。痛みは全くない。まあ、それは俺の体的にだけれど。
「あ、いたた……」
目の前を見ると、小柄な身長で、眼鏡をかけた少女が見事に転がっていた。見れば、その周りには書類が散乱していた。どうやら、この少女が持っていたものらしい。
「あぁ、ごめんっ。大丈夫?」
「あ……は、はい。大丈夫です」
とか、何とか言いながら散乱した書類をかき集める。
全てを集め、少女へと手を差し向ける。それを遠慮がちに少女は手に取った。ゆっくりと上へと上げてやる。そうしてやらないと、力の加減がよく分からないものだから天井へと放り上げてしまうことになるからだ。
「はい、これ」
「あ、はい……え、えっと、ありがとうございますっ」
書類を渡すと、ペコペコと頭を下げてお礼を言ってきた少女に対して、左右に右手を小さく振って愛想笑いを浮かべた。
「いや、前を注意してなかった俺が悪いよ。ごめん」
「あぁ、いえ! そんな……」
随分と恐縮する女の子だと思った。眼鏡を上にあげて、照れ隠しなのか俯いたり、顔を上げたりを繰り返している。
「まあ……それじゃ、気をつけて」
特に他には何も無かったので、俺はその場を去ろうとした——その時、
「あ、あのっ!」
「ん……何か?」
呼び止めてきたので、俺は後ろを振り返り、少女を見た。少女は先ほどの照れくさそうな顔とは違い、どこか不思議そうな顔をして、
「あの……どこかで、お会いしたことがありましたっけ……?」
「……俺と?」
「あ、はい。そうです。何だか、初めてお会いしたような感じじゃなかったので……」
初めて会った感じじゃない。その言葉を、俺は幾度となく頭の中で繰り返した。
この女の子は、俺が転生をしたということを知っている……または気付いている? いや、そんなはずはないだろう。一般の人間がそんなことを気付くわけがない。きっと、俺が当初に殺される前に図書室かどこかで目にしたぐらいだろう。本、好きそうだし。
「うーん……覚えはないなぁ」
下手なことを言って、何か間違えたりしてもなんだし、一応はこう言っておいた。すると、はにかむような笑顔を少女は見せると、
「そうですよね……私の思い違いだと思いますっ。世界は広いですしね……」
「あ、あぁ。きっとそうだと思うよ」
半ば、何を言っているんだとも思ったが、とりあえず合わせておいた。
しかし、本当に俺のことを知っている人物なら、何か話が聞けるはずだ。そういうことも重ね、名前を聞いておくことにした。
「でも、もしかしたら思い出すかもしれないし……念の為、名前を聞いておいてもいいかな?」
「あ、はいっ。えぇっと、一ノ瀬 夕実(いちのせ ゆみ)です」
一ノ瀬は、照れるように名前を教えてくれた。一ノ瀬 夕実か……。覚えておいて損はないだろう。
「あの……貴方の、お名前は?」
「……あぁ、俺か。俺は、朝賀 篠」
「朝賀、篠……」
俺の名前を教えると、その名前を反復し、一ノ瀬は何か考えているような表情と仕草をとった。
「……何か思い出せた?」
「……すみません、全然……」
申し訳なさそうな顔をしてまたペコペコと頭を下げてきた。凄くなんというか、顔に出る人だな。
「あぁ、いいよ。俺も思い出せてないし。……それじゃ、また会えたら、一ノ瀬さん」
「あ、はいっ。ありがとうございました、朝賀さんっ」
一ノ瀬の返事を聞き取ってから、俺は目の前に見えている2-2の教室へと向けて歩き出した。
「朝賀 篠……」
その後姿を見送りながら、一ノ瀬は再び篠の名前を繰り返していた。