ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 動物氏族、 ( No.1 )
- 日時: 2012/04/19 22:54
- 名前: 夜坂 ◆/mY1Y8jdz. (ID: zfUJEuV5)
第一章 第一話 兄の引き換え
行かないでくれ、行かないでくれ。あちらへ行ってはいけない
ギルは懸命に兄の身体を揺すった。兄からは段々と温度がなくなっていく。そのせいで涙が通った場所は凍り、指は感覚が遠のいていく
「ギル。君は……氏族の誇りを…………」
途切れ途切れに兄は言う。そんな兄を見るのはギルには耐えられなかった。だけど、此処で兄が寝てしまったらきっと起きることはない。
何が起きたのだろうか。ギルが知る限り、有り得ないことであった。
此処まで、恨みの魂が強くなっていたなんて。
「あれは、誰にも止められない」
兄はほとんど目を閉じた状態で言った。兄の頭と腹からは大量の血が付いていた。怖ろしい。
「兄さん、やめて。寒い、寒いよ」
凍った涙の上からはまた新しい涙が溢れて来る。もう、半日も水を飲まないで喉はカラカラだったはずなのに目からはたくさん、驚くほどたくさんに水が出る。指がまた一つ、感覚を失っていく。もう、自分に手があるのかさえギルは分からなくなっていった。
「待って、母さんを父さんを呼んでくるから」
「ギル、よく聞け。今までの父さんの話のように、耳を澄ませて、息すら聞いてくれ。」
兄の目は見えなかったけど、もし見えていたらきっといつも温厚な兄からは考えられないような鋭い閃光を放っていたことだろう。ギルは一つつばを飲み込み、兄を見据えた。
「<全てを飲み込み、全てを喰らう者は大きなモノを救うこととなるだろう。その喰らう者はやがて悲しみを覚え、苦しみを覚える>」
兄は我が一族に伝わる言葉を言った。
「それが、どうしたの」
「きっと、すぐに意味が分かる。南に行け。きっと君に使命を与えてくれる者が出る。ずっと、ずっと南だ。分かったな、うん、君は要領の良い子だと兄さんは知っている」
「それじゃあ、分かんないよ! 僕は馬鹿だもの。教えて、兄さん、もっと生きて教えて!」意味がない。
兄は最後にひゅうと大きな怖ろしい音をたてて息を吸い、首に下げていた笛のようなものを吹いて、動かなくなった。
「兄さんっ! どうすればいいの、母さんは父さんは……」
死んだ兄と引き換えに、泣いているギルの目の前に立つは雄のライオンと雌のハイエナ。その二つはまるでギルを見定めるかのように見た。
「うっ」
ギルは其の身を縮こまらせた。ギル達の氏族——ウサギ族には天敵だったからだ。
逃げたい。そう思っても寒さと恐怖で動けない。二匹はゆっくりと堂々とギルに近づいていく。何よりも強く、何よりも賢いそれは美しかった。雪の中で映えるその生き様はどんな神よりも美しかった。
だが、やはり怖ろしかった。
「やめて、来ないで。来るな」
どんなに言ってもやはり聞かない。
ライオンが吠えた。そして、その後にギルは自らに対する不安を抱いた。
<怖がるな>
ライオンがそう言ったように思えた。その後にハイエナが低く長く唸る。それもまるで人間の言葉のように鮮明に分かった。
<誰だ>
ギルは、兄をそっと手から離し、ライオンとハイエナはじっと見つめた。
<そう、俺達を見ろ。そして認識しろ>
ライオンは思ったよりも穏やかな性格をしていた。瞳も澄んだ琥珀色に輝いていて、まるで一つの骨董品のようだった。しかし、ハイエナは逆だった。ギルをとても警戒し、歯をむき出しにしてこちらの様子を伺っている。もしかしたら先程の質問の返答を待っているのかもしれない。
「僕は、ギルだ。君達は? どうしてここにいるの?」言葉が通じた。
ハイエナはその毛を揺らしながら一歩ギルに歩み寄ってこう言った。
<ハイエナは呼ばれただけだ。そこに寝てる奴に>
「兄さんに?」
<友人の死は辛いが、来た>
「友人?」
<後で分かる>
兄もハイエナも、ギルを焦らすのが好きなのだろうか。
<さて、立ち話は此処で終了だ。南へ行くのだろう>
「うん」
<俺達が案内する。お前の向かう場所へ>
「僕の向かう場所って何処なのさ」
<お前が向かう所。それはお前の兄、俺達の親友を殺したモノを封印させる所さ。名前は【悪霊の聖所】だ。全てを清めよう>
ギルは金獅子への恐怖はすっかり無くなっていた。