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Re: 動物氏族、 ( No.3 )
日時: 2012/04/10 23:49
名前: 夜坂 ◆/mY1Y8jdz. (ID: zfUJEuV5)

第一章 第三話  ウサギの獲物


狩りに行ったり、戦闘時になると性格が変わるというのはよくあることだった。実際、ウサギ族の護衛を果たしているドクヘビ族のリィテも普段は温厚だが、ギルやギルの兄を守る時はとても激しく五月蝿いものだった。
ただ、ギルにとってこれは予想外だった。
「ルァーニャ君、近くで獲物の匂いがします。ギル君に狩らせてあげましょう。まずは実戦をさせ、力を見てみましょう。そこから特訓のメニューを考えます」
柔らかい笑顔にとても丁寧な敬語。
「あの、誰ですか?」
「何を言っているのです、キエルですよ。先程自己紹介をしましたよね?」
「ギル君、記憶力が少し悪いのかな?」
性格が豹変したのはキエルだった。あの、無愛想で荒々しい性格のキエルが優しく微笑み、相手を狩って行くのだ。それはギルにとって怖ろしいことだった。笑顔で穏やかに狩る姿はつまりは余裕と言うものなのであって。ギルには倒すことの出来なそうな獲物まで笑って。
「…………っ」
王の、血筋。
それは伊達や酔狂などではなかったのだ。
自分達の氏族はドクヘビ族を護衛として使っているものの、それはウサギ族がドクヘビ族の族長と他何人かを救っただけのことであって。
「じゃあ、あのヘラジカを狩っておいで。君に与える武器はナイフと槍だ。」
「キエラ、今日はあれを夕食にしよう。上手く狩れたらの話だけどね」
ルァーニャを見ると、二本の犬歯が剥き出しになっていた。そしてキエラもそうだった。食欲がわいてきているのだろう。だが、ギルはウサギ族だ。ヘラジカの肉など食べたことがない。普段はアルファルファの葉やビーツの若葉ぐらいしか食べないのだ。
だが、きっとこれからギルが出る旅は過酷で食糧難に何度も何度も見舞われることとなるだろう。ならば、今のうちにこういうのも食べられられるようにしておかなければならない。それに、狩りの練習も必要だ。
「じゃあ、僕がギル君に狩り方を教えよう。僕の行ったとおりに動いてくれ。まずは相手を見てはいけない。この世界には一目惚れというものが存在する。そんなこと、起こってはいけないよ」
ルァーニャは目を瞑りながら言った。狩らずとも相手に惚れてしまってはいけないのだろう。
「でも、じゃあどうやって?」
ギルは問うた。
「君達には耳がある。聴覚だけで全てを感じなさい」
その問いに答えたのはルァーニャではなくキエラだった。キエラは目こそ閉じていないもののずっとギルだけを見て獲物は見ないようにしてた。
ギルも言われた通りに目を閉じた。すると、五感の一つが封じられ、耳に入る音がより鮮明に聞こえた。
「ここからは君だけのやり方だ。音を使って、自由に狩ってくれればいい」
ルァーニャがトンと背中を押す。
ギルは恐る恐る足を踏み出す。かさりと草木が音を立てる。その音が自分の耳に反響して緊張が増す。
「…………音」
ギルはそう言ってまずは風を聞いた。
風は楽しげに歌を歌っていた。
次に近くの川。川は気持ち良さそうに流れ流れて自らの中に魚を連れていた。そんな中で風が嘆く。自分の唄が遮られる。何か固体に遮られてこの世界全体に届かない。ギルは風の泣く場所に走り出し、もらったナイフでそのナイフを振り上げた。すると、それが何かに当たる。自分に振りかかる温かいモノ。それが血だと知った時に怖ろしくなった。
「怖がらないで。唱えるんだ」
「唱える?」
「悔いの唄です。彼の死を決して無駄にするわけではないですが、彼にはきっと悔いが残っているはずですから」
「分かりました」
初めての狩り。獲物の最期に唱えた唄はまだ歌詞も曖昧な唄だった。