ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 『四』って、なんで嫌われるか、知ってる? ( No.14 )
日時: 2012/04/18 19:24
名前: 香月 (ID: YFfwNhg/)

<第九話>




 「…あれー…蘭、どこ行くのー?まだ朝だよ?」

 パジャマ姿の凛が、目をこすりながら尋ねてくる。
 その姿に、ため息をつく私。

 「朝って…もう午後五時ですけど」
 「えっ、ウッソ!い、いつの間に…」
 「昨日何時に寝た?」
 「えーっと、十時くらいかな」

 まさかの十九時間睡眠。
 どんな身体構造をしていたら、そんなに爆睡できるんだ。

 「で、どこ行くの?」
 「…ちょっと、散歩。シアンも連れて」
 「あっ、待って!私も行く!」
 「いいけど、早くしてね」
 「うん、一分で支度してくる!」

 一分は無理でしょ…と思ったけど、凛は本当に約一分で支度してきた。
 早いのはいいけど、女の子のお年頃的な観点からいくと、どうなんだろうか。

 「じゃ、レッツゴー!」

 勇んでドアを押す凛を眺めながら、元気だなあ…なんておばさんくさいことを思う。

 「気をつけるのよー」

 玲の事件で少し神経質になったお母さんの声を背に受けながら、私たちは家を出た。




 「ねえ、アイス買って食べようよ。あっつい〜」

 凛が手でパタパタとあおいでいる。
 確かに、じめじめしていて嫌な暑さだ。

 「じゃ、私がそこのコンビニで買っていくから、先に河原行ってて」
 「了解!私チョコねー」

 凛がシアンを抱きかかえて走っていく。充分元気じゃん…。
 まあとにかく、河原はここよりだいぶ涼しいはずだ。さっさと買ってこよう。
 私は足を速めた。
 コンビニでアイスを二つ買い、急いで川に向かう。
 とけてないといいけど…。
 そう思いながら、河原で凛の姿を探す。

 「…あ、いた」

 なぜか、日向で突っ立っている。
 …何してるんだろ?どうせなら日陰で待ってればいいのに。
 そこまで頭が回らなかったのだろうか。だとしたら、相当なドジだ。

 「凛!買って来たよ!」

 木陰から叫ぶけど、聞こえていない様子の凛。
 仕方なく、近くまで走って行って、声をかけた瞬間。

 「凛!買って来たよってば」
 「!!」

 凛の肩が、ビクッと大きく震えた。

 「…?どうしたの…」

 不思議に思いながら、凛に近づいたとき。

 「…あっ、危ないよ!」

 凛が私を手で止めた。
 足元を見ると、植物が生い茂るがけの下に、澄んだ水が流れているのが見える。
 落ちたら大変なことになりそうだ。

 「うわ…。…っていうか、なんでこんな所にいるの?」

 凛に尋ねたとき、凛の足が視界に入った。

 「えっ、なんで片足はだし?」

 確か、小さな花の飾りが付いたサンダルを履いてきていたはず…。

 「あ…さっき、ちょっとここで滑っちゃって。いやはや、危なかったー」

 笑顔の凛。がけの下にサンダルを落としたってことか…。

 「笑いごとじゃないよ…。平気?」
 「うん、大丈夫」
 「ならいいけど。…あ、早くアイス食べなきゃ」

 私がレジ袋の中を覗き込んだとき。

 「……蘭」

 いつもより低い凛の声。

 「…何?」
 「……」

 凛は黙ってうつむいている。
 けど、すぐに顔を上げて笑った。

 「ごめん、なんでもない。早くアイス食べよー」

 シアンを連れて、日陰に走っていく。

 「……?」

 私は少し、不安になった。




 翌日、私たちは玲のお見舞いに行った。

 「玲、元気〜?」
 「おー、凛。なんか久しぶりだな」
 「調子どう?」
 「平気平気。ってか超ヒマ!」
 「だろうなーと思って、ゲームとマンガ持ってきた」
 「おお、さすが塁!」
 「あとこれ。宿題」
 「……」

 私が差し出したプリントの山に、青汁を飲んだような顔になる玲。
 たった数日で、こんなに元気になるものなのかな。
 まあ、大丈夫そうで何よりだ。予想通りだけど。
 玲のゴキブリ並みの生命力に尊敬の念を抱きつつ、いすに座ったとき。

 「あ、ねえ。ちょっとみんなに聞いてもらいたいんだけど…」

 急に凛が話し出した。
 少し空気が緊迫する。
 お母さんたちは、お医者さんと話していて、今はいない。

 「…私ね、昨日蘭とシアンとで散歩に行ったとき、がけから落ちそうになったんだ」

 …ドキン。
 心臓が少し騒がしくなる。
 あのとき、様子がおかしかった理由。
 たぶん凛は、それを話そうとしているんだ。

 「幸い、なんともなかったんだけど、そのとき傍にいたシアンが…」

 凛の小さくて細い手が、かすかに震えている。

 「…シアンが、しゃべった、の…。『そのまま落ちて、死ねばよかったのに』って…」

 そう言って、凛は黙り込む。
 重苦しい沈黙が、四人の間に流れる。

 「……」

 誰も何も言わない。
 沈黙に、押しつぶされそうだ。息をするのも、ためらわれるほど。
 私はその空気を変えたくて、無理矢理声をひねり出す。

 「……そんなわけ、ないでしょ」

 その声が、やけにむなしく響いた。








 「………え……?」

 私の胸が、早鐘のように鳴り始める。