ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- ver.2 曖昧ヒーロー 1 ( No.13 )
- 日時: 2012/03/17 22:38
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: bvgtbsWW)
結局、世の中にはヒーローなんていなくて。
だから私たちは、この狭い世界で足掻いている、のだ。
……なんちゃってー。
「あんね、そこで荻原君が超かっこ良いのね。走る姿がチョーイケてるっちゅーかぁ」
「あーそれアタシも見た! 超カッコいいー……アタシも陸上入っときゃぁ良かったぁ。ほら、りりるちゃんみたいにもしかしたらレギュラー入りしちゃっててさー」
「そういえば、衣食さんって二年生になる前にクラブ変えたじゃない? あれって、何かバスケ部で問題起きたらしくて——————って……ねぇ“わと”、聞いてる?」
「…………あ、……え、何?」
——わと、という自分のあだ名に過敏に反応してしまうようになったのはいつからだろうか。
何気ない疑問は言葉に変えずに、心の中にすとんと落とす。覚えてねーよ、そんなの。疑問に唾を吐きかけていたところで、「ちょっと」肩を揺さぶられた。体が揺れるだけで気分がハイ!になるはずもなく、現状を把握できていないままぼんやりと辺りを見回す。サッチーが茶髪を指先で弄りながら、こっちの方を目を細めて見ていた。うわ、怖ぇ。
昼休み、雑談の絶えない空気に浸りながら。イン、学校の自分のクラスの教室。クラスのグループの子と机を引っ付けてご飯を食べながらの、雑談。周囲をぐるりと見回すと窓の外はどんよりとしていた。全く、ただでさえそろそろ高校三年生として受験のことで憂鬱だっていうのに、何てこったい。
——あぁ、そーいやぁ一人でぼーっとしてたっけ。
ぼんやりとしていた数秒前までの自分を取り払うように、手を振って眠気を飛ばす。そして、頬をひきつらせてサッチーに笑いかけた。
「……あ、ごめん。ちょっちぼーっとしてました。寝不足、なの」
「ふーん。夜遅くまで何かしてたの? メールしたのになー」
「え、マジすか」
幸原里美ことサッチーは、かけている伊達眼鏡のフレームに指を伝わせながら、不満そうに言った。ふわふわパーマをかけたロングヘアは、偽造したばしばしのまつげや頬のチークと本人の明る過ぎる性格によく似合っている、と評価。大きな顔にショッキングピンクの伊達眼鏡は非常に浮いている。
——メールとは、昨日夜中にかかってきたあれか。
少しだけど覚えている、曖昧な記憶をたどる。返すのが面倒だったという本音を隠し、いかにも今気づきましたオーラを出して携帯を探して三分半。
レモンイエローの携帯を取り出して、ぱきりと画面を開く。メール三通受信、だってよ奥様。たった一晩、しかも夕方の八時から携帯を放っておいただけでこれだ。面倒くささが顔に出そうになるのをこらえ、「あー」と気付いたことをアピール。
「ごめん、昨日すぐ寝ちゃったからさー。携帯つついてないんだ」
「寝たのに寝不足ー? しっかりリラックスしてないと、眠れないことって多いらしいねぇ。あ、でもさ、万年天然なわとには関係ない知識か!」
「……何だとーぅ」
「わとの怒り方、全然怖くないんだけどー! ウケー!」
怒ったふりをして、両手を上げて椅子から立つ。ガタン、と床と椅子がこすれ合う音に教室内の何人かが視線を向ける。ごめんねと内心両手を合わせておきながら、テメェらには無関心な私ですよとにこにこ笑顔。棒読みだったけど、騙されてくれるだろうか。
両手を挙げていると、ひじに熱と疲れがずるずるとこぼれてくるようだった。筋肉を使っているのか、二の腕が熱を宿す。
サッチーはにやにやとこっちを向いていたけど、すぐに手にしているレモンティーに興味を映した。じゅるじゅるとストローで中身を吸って、また私の方を見る。「一口いる?」「いらにゃいっス。レモンチ—は私には大人過ぎる気が」「そう」
所詮、私は一瞬しか彼女の興味をひけないらしい。サッチーは私に話しかけると見せかけて、横にいる倉木さんにちょっかいをかけていた。倉木さんは小さな身体をびくりと震わせて、おどおどと会話に興じている。
(……あーあ、話しかけることないなら話しかけんなっちゅーのー)
小さく舌打ちして、両手を挙げているポーズから着席へ。お尻をあげていたせいで、さっきまで暖かった椅子は冷たくなっていた。サッチーめ、と元彼の話で盛り上がる二つの背中を睨んでみるけど、彼女の言う通り私は怒るのが下手(というかタイミングがね、合わないのよたぶん)なのでやめておいた。
途中で諦めたら試合終了なのよー。ただし二次元に限る、みたいな。
(誰か、助けてくれないかなぁ……)
願ってみるも、目の前の現状は何も変わらない。
教室の中はいつだって騒々しくて、鼻を掠めるのはお弁当の匂いとか、購買のパンの甘い香りだ。
そんな日常の仲で突然現れてくれる————私の願いを叶えてくれる誰か、なんて。
(……都合良く、現れてくれないに決まってんだろー)
幸原さん以下サッチーとリーダーとするグループと付き合って、数日が経過しようとしている。
このグループ、サッチーはもちろん西和さん、緒山さん、そして内気な倉木さん(いやぁ、幸原さんと倉木さん以外の二人に特筆すべき点がないのが不思議だよネ!)で構成された、四人グループである。四人ってつまり二人ずつだったらちょうど良いじゃまいか! じゃんけんしやすい! ……とか思ってしまうとか言ってみたりね。
「…………てか、使い捨ての女がそんなん言っても何もならないかぁ……」
「ん? 群青さん何か言った?」
「あ、いえ、何でもないです」
- ver.2 曖昧ヒーロー 2 ( No.14 )
- 日時: 2012/03/17 22:41
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: bvgtbsWW)
さっきみたいに、ぱたぱたと両手を振って西和さんの振り向きに答える。西和さんはショートカットの髪を盛大に揺らして、昨日の歌番組の再現をしていた。揺れるせいで胸元に男子の視線が集中し、ポッキーは机からの飛び降りを迎えてしまいそうになっている。ポッキー欲しいな、と思って手を伸ばしかけて、やめた。
——だって、別に私はこのグループの子じゃないしなぁー。
ひっこめた手の行き場を探そうと、ひとまず膝の上に置いた。お昼ごはんは、いつもより喉を通らなくて、お弁当箱の中には冷凍食品の魚のフライがまるまる残っている。
「はぁ」
溜息をついても、他の四人は一切私に関心を向けない。時折、倉木さんが怯えるような視線を向けてくるけど、私は気付いていない振りをしている。アンタとはたいして仲良くないんだよー私はこのグループの人間じゃないんだよー……って意味を含んで。
——あぁ、憂鬱だー。
本日七回目の溜息をつく。高校三年生、受験勉強、友人関係、出してない課題、春休みのレポート。たくさんやり切れてないことがあって、前進しようとしてもその道が見つからない。
道は自分で切り開くものだと言うけれど、切り開こうとするほどの気力と体力が私にはないのだ。だというのに、時間だけは淡々と過ぎていく。私がちょっとバイトに勤しんでいる間に、こんな風に違うグループの子と無理矢理お昼ご飯を共にする運命が出来上がってしまう。
「わとちゃん? さっきからどしたのー。テンション低くない?」
「…………あ、いやぁ、そうっスかねー」
「そうだよー」
「はははー。もしかしたら風邪気味かもー」
西和さん(おそらく曲の間奏部分であるギターのソロの真似をしている)と談笑していたはずの緒山さんが、グループの中で唯一静かな私に声をかけてきた。
いやぁ、喋らない度だったら倉木さんも同じなんですけどね、と言い訳。またどんよりとした気分になった。
「あ、そだそだ! ……ねぇ、わと」
ふいに、サッチーがストローから唇を話し、私の方へと椅子を寄せた。ぎこぎこ。床が悲鳴をあげているのは、単純に老朽化のせいか、それとも彼女の体重のせいか。
にこ、と唇を歪めてサッチーに微笑みかける。サッチー笑い返す。二倍ぐらいに拡大された彼女の両目が、焦りと心のときめきを伴って瞬きの回数を増加させた。
教室の中は、そんなサッチーの変化に気付かずに、ただただ時間を浪費していく。高校三年生になりたての皆さんは、私同様に自覚なんてあったもんじゃない。騒ぎながら教室の入口で昨日のお笑いネタをする男子たちが、ひどく眩しい。
「あのさー……アレ、聞いてくれた?」
「HAHAHA、何のことですか幸原さーん」
「……だから、あのこと、だって。忘れた訳じゃないでしょ? ね?」
ね、と私に再確認する時に眼球にこもっていた圧力は、胃をきりきりと痛ませる。ストレスが、だるさが体中でうごめき始めた。アメリカン風に空笑いして、すっとぼけた時。目の前のサッチーは一つも笑わなかった。いや、表面上はにこやかだったんですけどね。目が笑っていない、というのはあの表情だろう。
口角だけは吊り上げて、サッチーは私の肩を掴んだ。逃がさない、とでも言うように。
——いや、忘れろってのが無理でしょーに。
サッチーの苛立ちから逃げるように瞳を空中へとさまよわせる。教室の中には、昼食後らしい食べ物の香りが散漫していた。不愉快なそのにおいに眉をひそめようとして、すれすれの距離でサッチーと対面していることを理解する。
(そもそも、あのことがないと——私がこんな人たちと一緒にいることなんて、無いんだし)
溜息をつこうとしても、その溜息を許さない人がいる。何かそれって、窮屈だ。鼻息荒く顔を覗き込んでくるサッチーは、遠いところにいる私の友人に軽蔑の眼差しで見つめられている。おい幸原、後ろ後ろ。指さしてやりたい衝動にかられたけど、どうせ友人は素知らぬふりをするに違いない。彼女は人間の動きに敏感な子なのだ。
——私がヒーローだったらこんな状況、すぐに打破するのになぁ。
周囲の騒がしさによって、心の中の独り言がやけに鮮明に聞こえる。あーあ、とイライラを隠さない自分が、この状況にヘルプを求めていた。サッチーに聞いてくれと頼まれていたことを、今の今まで忘れていたなんてほざいたら——いじめられる、かもしれない。そんな不安が頭によぎり、「あぁ」だの「えっと」だの言えても、完肝の答えは出せない。
「で、荻原君どう言ってた? どんな子がタイプだったって?」
「サッチーナイス! あたしもそれ聞きたかったんだよねー、わとに。で、どうなの?」
「あー確かに確かに。荻原君の好みってどんなのかあたしも知りたい」
——うわ、やべえ。
サッチーの大胆な行動に便乗して、私を昼食に誘った辺りからそわそわしていた他の二人が、やっときたかと言わんばかりに目を輝かせてくる。倉木さんも同じグループの二人を止めることなく、頬を少し染めて会話の続きを求めている。正しくは、私の回答を待っているんだろう。
いよいよ私には逃げ場がなくなる。超ピンチ。ドラえもんがこの場にいたら、どこでもドアを出してもらわなくても良い、ドラえもんが私の代わりになってくれれば良い。そんなこと考えるぐらい、切羽詰まっている。
「ねえねえ、わと! どうだったの、荻原君、なんて!?」
「えーっと、ねぇ、それは、そのぉ…………」
冷や汗が背筋を伝う。どうしよう、どうしよう。平仮名五文字が私の目の前でぐるぐると旋回し、消えることなく数ばかり増やしていく。不安はイエローカードを出し、焦りは私にレッドカードを出そうか出さまいか悩んでいる。出すな、頼むから。
そして、私の瞳の端っこに、涙が滲んでこようとした瞬間。
今まで私の方に詰め寄っていた三人、プラス倉木さんが。いっせいに私の上空を見つめた。
(…………あ、れ?)
サッチーは頬に濃い紅色を浮かべて、金魚みたいにぱくぱくと口を開閉している。西和さんなんて、さっきまで独創的な上下運動をしていたのに、めくれ上がったスカートや乱れた髪を瞬時に直した。緒山さんはぽかんと口を開け、目をまんまるに見開いていて、倉木さんは——いつも通り。若干、恥ずかしがりに磨きがかかっており、耳まで赤くして俯いてしまっている。
——あ、まさか。
彼女らを一瞬でおとなしい森のプリンセスに仕立てあげてしまう男のことを、私は知っている。
サッチー達の視線の先にいるである男を見ようと、私は椅子に座ったまま頭だけを後ろに倒した。首にちょうど金属の部分が辺り、冷たさと痛みが押し寄せる。それらに顔を歪めずに、私は“そいつ”を見つめた。
「カズト、ちょっと良い?」
爽やかな笑顔で私に話しかけてきた、イケメンの幼馴染のことを、まじまじと。