ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- ver.2 曖昧ヒーロー 3 ( No.19 )
- 日時: 2012/03/21 22:03
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: bvgtbsWW)
*
教室から廊下に出ると、真っ先に冷たい空気が無防備な膝元を攻撃してきた。寒い、と足を擦り合わせると、多少はその寒さも和らぐ。
ほっとして隣を見やると、幼馴染は膝を擦り合わせる私を見て笑っていた。声を発さずに、静かに。その姿に苛立ちを覚えたので、とりあえず膝に蹴りを食らわしてあげる。
「何じゃいっ、こらぁー! 笑ってんじゃねーよちくしょー!」
「痛い痛い、蹴らないでよー。痛いじゃんかぁ」
場違いにも、痛いと良いながらも笑っている目の前の幼馴染をかっこ良いと感じてしまった。だけど、執拗に彼の長い足にローキックを入れ続ける。かっこ良いのはかっこ良いけど、そのかっこ良さは先ほどのには関係ない。かっこ良いと感じてしまう己を、恥ずかしく思っての蹴りでもあるけれど。
適度に整えられたさらさらの黒髪、整った目鼻立ち。優しげな瞳は少し垂れていて、おっとりとした印象を受ける。少し着崩した制服のせいか、真面目君って感じじゃない。ヤンキーって感じでもないから、丁度良い雰囲気を保っている。学校中の女子を虜にする笑顔が父親譲りであることは、幼馴染の私しか知らない。
冷静に目の前のこいつを観察しつつも、右足でのローキックは忘れない。向こうは私に蹴られている間、のんびりと抗議の声をあげていた。
「カズトー、痛いってばー」
「…………だからさぁ、その名前で呼ばないでくんない?」
ぴきり、とその“名前”に額の青筋が反応する。頬がぎゅうっと締め付けられたように乾いた笑みしか浮かべなくなり、前歯は唇を血のにじむほど噛み締めてしまう。
そんな私の変化にようやく気付いたらしく、幼馴染はきょとんとした顔で首を傾げた。無邪気というか、他人に無頓着な態度に私の怒りはさらに煽られる。殴ってしまおうかと思ったけど、ここは学校内の廊下。目立つ行動なんてしたら、処罰の神の二つ名を持つ体育教師がやってくるだろう。
——それに。ただでさえ、こいつの顔は目立つんだから。
舌打ちをし、幼馴染のイケメンさに恨みを放つ。イケメンは私の言葉の意味が理解できなかったようで、ぱちぱちとまばたきを繰り返していた。
「でもさぁ、」
ふわふわとした軽い調子で、こいつはいつも話す。もっとしゃきしゃき話せって、お父さんから言われているはずなのに。
今回もその例外ではなく、へにゃへにゃな笑い方をしながら、私に話しかける。芯の通っていない、私が一番嫌いなタイプの声色で。
「名前がどうであれ、カズトはカズトでしょ?」
「っ、————だあぁぁぁ、かぁあああ、らぁあああああああ」
——こいつは、本当にわかんないのか。
息を大きく吸い込み、吐き出す。このわずらわしさを消化するためには、相手にきっちりと理由を告げるしか道は無さそうだ。
にっこりと、凶悪な笑みを浮かべて。はっきりと、怒気を含めて————私は面前の男の襟首を掴んで、言ってやった。
「だから、私の本名を飾りっ気なしで呼ぶなっつってんでしょーが。…………トウカちゃーん?」
ぴきり。さっきの私のように、眼前の男の表情が凍る。端整な顔立ちの上に柔らかな笑みを載せた状態のまま、動きが止まった。
そして数秒後。細めていた目を開きながら、およそクラスの誰にも見せたことのない不機嫌そうな表情で、口をのったりと動かせる。
「…………やっぱ、カズトは趣味悪いよねぇ」
「その言葉、私が言いたいっちゅーにぃ」
「そうかなぁ? 同じぐらいでしょ」
俺と同じぐらい性根が腐ってるよ、と苦笑しながらも幼馴染は————荻原桃香(はぎわらとうか)は刺すような視線を放ってきた。こっちに喧嘩を売ろうとしていることは理解しているので、にこやかな笑顔でさらりと交わす。性格が悪いのはお互い様だ。
桃香は私の怒りがヒートアップしないのが不本意なのか、そっぽを向いて舌打ちした。テメェコルァ。こいつの素をツイッターとかブログに書き込んでやりたくなる。人のコンプレックスを平気でつついてくるところとか。
(私のコンプレックスは、アンタのコンプレックスでもある……っちゅーのにねー)
群青和人(ぐんじょうかずと)。縦読みしても横読みしても、カタカナで呼んでも。どう呼んでも男の名前にしか見えないそれは、まぎれもなく私の本名である。よく、小さい頃から名前が男っぽいので同級生にからかわれたり、先生に間違われたりされた。だから、私は自分の名前が大嫌いだし、周囲の人もそれをわかってるから、たいてい苗字やあだ名呼びをしてくれる。
唯一、それをしないのが桃香。まぁ、私も名前で呼ぶからフィフティ・フィフティな気もするけど。
桃香も小さい頃から、私と同じように女っぽいとからかわれていた。クラスの並びが苗字順だったのもあり、よく私と桃香は隣の席になった。余計に男女逆転コンビとか変な名前をつけられ、からかわれた。
「……小さい頃は、桃香ちゃんって呼ばれるたびに泣いてた奴がえらそうな口きくんだねー」
「ははは、それ何歳の話? 和人のいじめっこー男女ぁー」
「うるせぇ桃香ちゃんは黙っててくんない?」
飛び散る火花は、当人達の間でしか見えない。私たちの横を通り過ぎていく女子二人組が、桃香の横顔を眺めながらひそひそ話をしていった。頬に朱が残っていることから、あの子たちは桃香のことが好きみたい。お盛んなことで。
私の方はといえば、小さい頃から一緒にいたことにより、恋愛感情やイケメン顔に対する発情(これでもやわらかい表現にしたんだよと抗議)も何もないまま、高校三年生を迎えた。
——そりゃ、ちっちゃい頃は私も桃香のこと好きだったんだろうけど。
でも、次第に初恋は薄れていった。桃香は大きくなるごとに顔立ちが大人び、綺麗になっていき、桃香のことを好きだという女子の噂は毎日のように右から左に聞き流されていく。少し派手な女子は、持ち前の明るさで桃香に猛烈アタックをして、告白までこぎつけている。
(……それなのに、誰とも付き合わないのは何ででしょーかねー?)
桃香の方を見やると、首を傾げられた。男の首傾げなんて誰得だよオイ。
さらさらの黒髪は女の私ですら羨ましいし、指先で触ってみたくなる。白く傷一つない肌は、夏にきらきらと光り輝いていた。女子のグループというのに溶け込めない私にとっては眩しいぐらい、友人も多い。
彼女がいても良い理由は多すぎるのに、結果として彼女はいない。変なの。
- ver.2 曖昧ヒーロー 4 ( No.20 )
- 日時: 2012/03/24 14:28
- 名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: bvgtbsWW)
「あのさぁ、桃香」
「何?」
「桃香って————もしかして、男が好」
「ごめん耳が爆発して聞こえなかった。それで何て?」
「……いや、何でもないわー」
——爆発、したんすか……!
聞き返したい衝動を堪えて、スカートに隠れた膝をじっと見つめる。視線を下に向けていると気が楽なのは、地味系女子の特権だ。
ひらひらと揺れるひだを眺めていると、階段のところでこっちを見て眉をひそめている女子たちの苛立ちからも逃れられるし。あからさまに桃香を狙っている、女子特有の恋する視線だ。一人ぼっちで有名な群青さんには、ちときつい視線。
さっさと用事を聞いてクラスに戻ろう。そう決意して、顔をあげた。
「で、用事って何よ。どうせまた、リートさんのバイトの手伝いでしょ?」
「理人さんね。和人はすぐ、理人さんのひの字を伸ばしちゃうよねー。保育所からの癖だよね、それ」
「うるさい。リートさんのバイトなら、行く」
萌木理人さん。桃香の叔父にあたる人で、ヒーローやヒロインを売るという妙なお店を開いているお兄さんである。駅前に立ってたら一気に女子十人ぐらいにナンパされそうな風貌を持つ人で、近所に住む私たちに昔からよくしてくれていた。最近は店の仕事が忙しいらしくて、私たちはよくバイトと称してただ働きを命じられている。
桃香は外見が良いので主にヒーロー役、私は小道具や衣装を整理する役で、てきぱきと仕事をこなしている。手伝うと、たまにお駄賃をくれるのでやっている。今日私を呼び出したのも、それが理由らしい。
「で、どこに何時?」
「放課後に教室で待っててよ。俺が迎えに行くから、いっしょに行こー」
「むぁ、まじで?」
「うん。まじー」
柔和に微笑み、頷く桃香。あまりにも桃香の機嫌がよさそうなので、私は「いや一人で行くよあはは」と返すことが出来なくなる。
正直な話、桃香にはあまり私のクラスに近づいて欲しくない。特に今。サッチーのグループに入っている私にとって、“サッチーたちの恋を応援する立場”の私にとって————彼女らの片想いの相手であるこいつと仲睦まじくいるのは、避けたい。
「っと、桃香。私、今日は実は遅くなるからやっぱ、」
「さっき行くって即答したのに、何で遅くなるの?」
「……。っと、それはぁー」
「訳わかんない嘘はつかなくて良いから。それじゃ、また後でねー」
爽やかな空気を振りまくと同時に、桃香は私の前から去っていった。イケメンなので、片手を挙げている姿もイケイケである。桃香の無邪気(笑)な微笑で、こっちをちら見していた女子の頬が朱に塗り替えられた。中には目をハートにしている子もいて、桃香の人気ぶりがよくわかる。
ぽつんと一人ぼっちになった私は、彼女らを横目に溜め息をつく。
「はぁ……嘘はつかなくて良いからー、……ねぇ」
——お前が、嘘をつかせてんだっつーの。
トゲのある言葉を口内で噛み砕くと、奥歯の方で苦い味がした。
桃香は、小さい頃と同じような接し方で私に接する。私がいくら遠ざけても、「荻原君」と呼んでみても、「その呼び方変だよ」と真っ直ぐに言い返してきた。真っ直ぐ過ぎて、何も言えなかった中学二年生のあの夏である。
(……小さい頃と同じ距離感でいるのは、疲れるなぁ……)
綺麗になって、社交的で、学力が高くなっていく——変わっていく桃香と。普通に、女子のグループに入れずに、点数も停滞している——変われない私が。
昔のように付き合っていくのは、少し無理があるんじゃないかと。思い始めたのはさて、いつからか。かなり昔から、自分と桃香を比べて劣等感を感じていたような気がする。
「あー、私も、さっさと教室に戻ろう」
だんだんとブルーな気分になってきていた。気付けば外の空気のせいで体はすっかり冷えてしまっていて、頬の冷たさがネガティブ思考を助長する。うーさぶさぶ、と肩を抱いてそそくさと教室の中に入っていく。
壁時計に目をやると、昼休憩はあと一分ほどで終わろうとしていた。桃香のせいで、余計な時間を食ってしまったぜ。桃香を後で罵倒してやろう、内心そう決意して。
決意、した瞬間。
「ねえねえわとさっきの荻原君からの呼び出しって何だったのねぇ何だったのなんだったの!?」
「群青さん群青さんやっぱり群青さんって幼馴染なんだねいいなぁ羨ましいなぁっ」
「わとちゃん荻原君は私のこと何か言ってたかなぁ消しゴム拾ってあげたこととか」
物凄い剣幕でサッチーと西和さん、緒山さんに飛びかかられた。飛びかかられた、というのは突然のことでそう思っただけであり、実際にはただ肩を掴まれて揺さぶられただけだった。
「あれれー? 三人が凄い顔だよー?」とか某頭脳は大人、体は子供なあの子っぽく首を傾げてみようかと思ったけど、そういう訳にはいかない。三人の瞳には異様な光が灯っており、ギャグなんて受け入れてくれそうにはなかった。おどおどと、しかし少し興奮気味に後ろで倉木さんが飛び跳ねている。詳細を話せ、と無言の圧力で告げてこれるのはもはや能力だろうよ倉木さんや。
「…………あー、はっ、はっ、はっ、はっは」
乾いた笑みがもれた。目を輝かせている三人は今か今かと、次の言葉を待っている。
いや、そんなに待たれても私に言えることは何もないんだけれどね! 一言そう言えたら楽だと知りつつも、チキン野郎な私は曖昧な笑い方をするしか出来ない。まるで、さっきの桃香の笑い方みたいに。
(いや、桃香の笑い方よりも——私の方が、)
——ずっとずっと、下手糞だ。
リートさんのバイトについてどう説明したら良いものかと考えながら、私は苦笑した。