ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

ver.3 代替ヒーロー  ( No.21 )
日時: 2012/03/28 17:43
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: bvgtbsWW)








 俺がじいちゃんからこの店を受け継いだのは、今からおよそ二十年前。
 幼い俺は、じいちゃんが経営しているこの店が大好きで、絶対に無くしたくなかった。じいちゃんはまだ五歳の俺に経営権を託すことはしなかったが、代わりに俺の両親に託してくれた。まだその時は、両親はこの店で働いていた。今は自分達の好きなように世界中を転々としてるんだから、本当にめまぐるしい両親だ。五年前

「…………っだー」

 小学六年生の頃、じいちゃんは亡くなった。病気ではなく、単純に寿命が理由。俺とじいちゃんはとても仲が良かったから俺はすごく凹んだけれど、この店に勤めていたヒーロー役の人達が励ましてくれて、何とか立ち直ることができた。
 その時いたヒーロー役の人達は、現在ではほとんどが辞めてしまっている。今とは違い、昔のヒーロー達はもっとまともな仕事を請け負っていた。公民館で開かれる子ども会の出し物とか、町内のゴミ拾いとか。
 ——今みてぇな、こんな馬鹿みたいな仕事じゃなく、もっとちゃんとした仕事をしてたはずだよなぁ。
 こんな馬鹿みたいな仕事をして、俺たちは食っていけるんだから、あまりぐちぐちと言えないことはわかっているんだが。

「……っだだー」

 結局、俺がこの店の店長としてちゃんと働き始めたのは二年前から。これを客に話すと、「まぁ、外見と違って意外と若手なんですねぇ」と驚かれる。だれが老け顔だコラ。渋いと言え、渋いと。
 二年前までは、俺はちゃんと自分で仕事を見つけて働きに出ていた。新社会人!とペコちゃん風にキメても良いぐらい、ちゃんと社会の仲間入りを出来ていたはずだ。断言できる。本に関わる仕事がしたかったので、出版社に勤めていたのだ。
 しかし。

「っだだだー」

 二年前、うちの妹が引きこもりになったから。
 高校を無事に入学し(妹は俺に似て頭が良かった)、さぁやってきました楽しい高校ライフと意気込んだ妹は、五月の終わりには見事に引きこもり状態になっていた。両親は五年前から家を離れるようになったから、妹が引きこもりになった時には丁度、家には俺しかいなかった。
 それが理由か、俺は親父に泣きながら頼まれてしまった。
 ——今の仕事をやめてこの店を継いでくれ。そして、理子(りこ)を守ってやってくれないか、頼む……理人。
 耳に未だ残る、親父の声。

「っだだだだァァァァァァ!!」

 叫んで、テーブルの上の書類を破、っ、た!
 書類といっても、中身は先月ヒーロー役の奴らにかけた衣装代や、うちの家の水道代について明細されてるだけなので、破ることにためらいはなかった。むしろ、だからこそ怒りをこめて破り、空中にばらまいてやった。先月の出費よ、消えてなくなれ。そう願いをこめて。
 俺の叫びに気付き、店の出入り口でホウキを持って掃除をしていた桐谷が頭上を舞う切れ端に眉を潜める。

「……ちょっと店長、急に叫びながらゴミを空に飛ばさないでくれないか。俺が掃除してるのが見てわからないのかい?」
「うがぁぁぁぁぁ!! 金が足りん、金がァ!! ギブミーマネー!」
「話聞けよおっさん」

 見た目はメイド服を着た美少女なのに、口から零れるのは罵詈雑言——それがうちの男の娘担当、桐谷である。長い栗色の髪の毛も声変わりなんて縁のなさそうな高い声、整形でもしてんのかと疑いたくなるような顔。この店のエースといっても過言ではない。
 だが男だ。某ネタを使いたくなるぐらい、こいつは完璧な男の娘である。こいつが持つ性別の壁は、ベルリンの壁よりも壊れやすい。

「まだ俺はピチピチ二十代だ桐谷テメェ。そんな口が悪いのなら、仕事回さねーぞコルァ」
「ふん、俺はモデル業なりヒモなりで十分やっていけるからねぇ。仕事がなくてもたいして困らないんだよ、わかるかい?」

 だからその脅しは効かない。桐谷はそう言いたげに口角を吊り上げて見せた。
 全くその通りなので、顔を思い切りしかめてやる。俺の表情を見て、桐谷は愉快そうにけたけたと笑った。本当に性格が素敵な奴だ。俺もどちらかといえば性格が悪い方だが、見ていると、自分もまだマシなんだと気付かされる。

「残念だけどね店長。この店のヒーローたちは見た目のレベルが高いんだから、好きなように仕事は手に入れられるんだよ? 世の中、見た目が良い奴は優遇されるからね。女なら風俗店へ行けば良いし、男ならヒモになってしまえば、安定した生活を送れるのさ。イコール、店長のその脅しはこの店全体に効かないってことさ。だろう、天原?」
「もぅ、桐谷くんはそうやって悪いことばっかり。店長ぉ、私はこの店からは絶対離れないので安心してくださいねー?」
「…………それは、助かるな」

 シャワーを浴び終えた天原が、いつのまにか俺の背後に立っていた。驚いたが、天原の笑顔を前にすると気が抜けてしまった。さっきまで桐谷に感じていたイライラがどこかへ消えてしまった。さらにふにゃりと微笑まれる。どこからどう見ても未成年なのに、実年齢は俺と同じだという真実が信じられん。
 天原は桐谷と同じ美少女だが、中身は真逆。桐谷は中身と外見のギャップが酷いが、天原は見た目通りに優しく温和な女性だ。亜麻色のセミロングは、今は水にぬれてしっとりとしている。タオルで拭いていないのか、頬からも足からも滴がぽとぽとと垂れていた。拭けよ。
 そして、なぜか下着にワイシャツ一枚だった。いわゆる彼シャツというやつである。

「……天原、とりあえず下はいてから出てこい。後ちゃんと体をタオルで拭きなさい。まだ寒いんだから、風邪ひくぞ」
「あれぇー? でも私、パンツははいてますよー?」
「パンツの上から何かを着なさい」
「はぁいー。わかりましたぁー」

 これもまた気のぬけるような返事をし、ぱたぱたと洗面所へと戻る天原(※彼シャツ姿)。こいつのこういう真のぬけたところは、俺たちにとってはもう慣れっこだ。あいつが彼シャツでも下着オンリーでも赤面することはない。初めはそりゃぁこっちも照れたり反応してたりしてたが。
 この家は一階が店、二階が俺の自宅となっている。しかも家自体が大きく、部屋数も多いので、俺と妹の二人きりでは全ての部屋を使いきれない。だから、こうやってヒーロー達にシャワーや台所を使わせている。よく朝には、仕事が終わったヒーロー達が居座っており、天原もその類である。
 ——ハルヤみたいな居候がいるから、こいつらも気を揉む必要がないんだろうなぁ。
 朝早くに出かけていった居候の少年を脳裏に描いた。あいつ、ちゃんと仕事してんだろうな。

「天原の天然はモノホンだよねぇ、いやはら。俺たちみたいな性悪コンビには少し眩しすぎるんじゃない?」
「誰と誰が性悪コンビだ、誰と誰が。俺ほど性格の良い奴はいないぞ。近所では褒められすぎて、あのババァ共うぜぇと思っているぐらいだぜ?」
「……いや、そういうところが…………まぁ良いや、うん」





ver.3 代替ヒーロー 2 ( No.22 )
日時: 2012/03/28 23:53
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: bvgtbsWW)







 桐谷が呆れたようにこっちを見てくる。その視線を華麗にスルーし、手元の書類を再度見つめた。
 いやぁ、金が足りない。この仕事は、一度にでかい報酬を得ることが出来るが、その分セットやら衣装代やらで消費してしまう。先月はファンタジー系の依頼が多すぎて、無駄に金を使ってしまった。引きこもりの妹を養い、さらにヒーロー達の給料についても考えるのは、若造である俺にはちときつい。

「店長ぉー、パンツとズボンって、どっちをはけば良いんですかぁー? パンツを脱いで、ズボンをはけばいいのかしらぁー」
「パンツもズボンもはきなさい、この馬鹿ちんが!!」

 ひょこっと洗面所から顔を出した天原に怒鳴る。俺の怒鳴り声にはもう慣れっこのようで、びびる素振りが一切ない。
 洗面所から顔だけをのぞかせた天原に、衣服の重要性について説明していると、桐谷がまたけたけたと笑った。不愉快なう。そして彼シャツなう。別に俺が彼シャツしているわけではない。てかそれは誰が得をするんだ。俺が彼シャツすることによって何が救われるというのか。

「あっははは! 店長はまるでこの店の母親みたいだねぇ! さしずめ、俺は思春期真っ只中の妹ってところかい?」
「あぁー、いいですねぇ、家族ごっこぉ。私は店長の娘がいいなぁー」
「テメェ桐谷、喋ってねーでそこちゃんと掃除しろ! そんで天原、上半身裸で出てこようとすんな! うちはガラス張りだ、外から見えるだろーが!!」

 ——あぁ、騒がしい。
 俺のツッコミも空しく、天原は裸にワイシャツ一枚(あれ? さっきより悪化してるってどゆこと?)で、桐谷のところに行ってしまった。女の裸に興味なんてない桐谷は、シャツから見え隠れする天原の豊満な体を眺めることなく、腹を抱えて笑っている。俺の叫びがツボにはまったようだ。
 ——ホンットにこいつらは……!
 もう一度怒鳴ってやろうかと息を吸い込む。俺が声を張り上げようとも、どうせ桐谷は「ついにキレたかい」と皮肉気に呟くだけだろうし、天原はあの幸せな脳みそにより「店長、生理ですかぁ?」と無邪気に笑うぐらいだろう。つまり、俺が怒ってもこいつらは気に求めないってことだ。

(だが、一瞬ならこの場を落ち着かせられるはずだ……!)

 カッ、と開眼し、いつもよりだいぶ低いトーンの声を作る。俺は、この一瞬にかける。
 そして俺は、騒がしい二人に向かって怒鳴り————

「お、おじゃましま」
「————うッッッる、っしゃいませェ!!」
「ひィッ!? す、すみません!」

 そうになったのを、無理矢理、抑えて来客へと営業スマイルを浮かべた。え、抑えきれてなかった? そんな馬鹿な。
 怒りの成分に満ち溢れた挨拶は、客人を出迎えるのには適切ではなかったようだ。扉の影にお客様が隠れてしまわれた。いやあの、超ごめーん。怒りを消化できてないままに、素っ気無く謝った。俺の心の中で。

「店長、俺たちにイラついていたのはわかるけど、その般若みたいな形相でお客様を出迎えないでくれないか。ただでさえ少ない客が、余計に遠のいていくよ」
「イライラしてるんですかぁ? ……あ、店長ってもしかしてぇ、今日は生理ですかぁー? だから機嫌悪いんですねわかりますぅー」
「…………テメェら…………」

 拳を一つずつ、奴等の頭にお見舞いしてやった。ごめん、天原は見た目通りに良い奴的なことをほざいてたけど、あれ撤回。中身はただのアホだわこいつ。
 涙目で頭を抱えている桐谷を横目に、俺は今日最初の客の方へと歩いていった。今度は柔和な、人の良さそうな営業スマイルを浮かべて。

「お客様、大変失礼致しました。どうぞ、奥の方にお入りください。これから御用件をお聞きして、シチュエーションや指名されるヒーローなどについて詳しくお聞かせ願え——ま、す、……か…………?」

 初めは流暢にお決まりの挨拶をしていた俺だったが、だんだんと言葉はしどろもどろになっていった。
 店長何してんの、と痛みから復帰した桐谷が、俺の隣にやってくる。そして客人を見ると、俺と同じように……と言ったら少し違うが。桐谷の美しい顔に、微かに嫌悪感が漂った。眉間に少しだけ皺が寄っている。

「あれぇ、店長も桐谷くんもどうしたんですかあ。ちゃんとお客様には丁寧なお出迎え、ですよぅ?」

 俺(プラス桐谷)が玄関口で固まっているのを不審に重い、天原がのろのろとこっちに来た。一応、下着をつけているのでひとまずは安心だ。しかし防御力はレベル3程度で、艶かしい太ももが露出されている状態である。
 とことことこ。可愛らしく歩いてきた天原は、少し腰をかがめ、扉のところでうずくまる客人を見た。

「あれー?」

 天原の丸い瞳は、驚きで少し見開かれた。シャンプーの甘い香りが俺のところにまで届いてくる。
 やがて、沈黙を破るようにして、桜色の唇が疑問を伴い言葉を紡いだ。

「高校生さんが、なぜここにぃ?」
「…………っ、あ……」

 そう、高校生。扉のところにいたのは、近所の高校の制服を身にまとった少年だった。全体的に幼いイメージを受け、がっちりとした体ではなく、体を形作る線が細い。大きな瞳も、さらに幼くみせていた。美人の彼シャツ姿を直視してしまい、頬がトマトのようになっている。
 高校生は赤い顔のまま、首の後ろを掻きながら立ち上がった。天原を見るのが照れくさいのか、顔を背けている。しかし背けた先には、さらに美少女の桐谷。消去法として、俺と向き合う形となった。すまなかったな美しくなくて。

「えっと……お願いがあって、今日は来たんです」

 弱弱しい口調で、高校生は話し始めた。不安そうに、短い黒髪をわしゃわしゃと掻き乱している。
 うちはこう見えても真っ当な商売をしているため、まだ親の援助が必要な未成年はお断りしているんだが。前に色気づいた高校生が、天原を金で一日デートに誘おうとしていたからだ。大方、風俗店かなんかだと勘違いしたんだろう(その時は俺が追っ払ったが)。





ver.3 代替ヒーロー 3 ( No.23 )
日時: 2012/03/28 23:55
名前: ささめ ◆rOs2KSq2QU (ID: bvgtbsWW)

 ——親から善意でもらった金を、親の知らないところで使うってのが……俺はどうもなぁ……。
 目の前の高校生はそんな馬鹿をやるような奴に見えない。が、ガキの依頼を受けるのは俺のポリシーに反する。さて、どうしたものか。

「……おねがい? あぁ、じゃあ店長に頼めばいいですよぅー。店長ぉは、お人よしさんですからぁ」
「そうだねぇ。天原の言う通りだ。へいパス、店長っ」
「桐谷、今までに見たこともないような良い笑顔で俺とハイタッチしようとすんな。お前そんな良い笑顔出来たなら外でそれ使え外で!」
「はいはーい、外ね外。じゃあ俺、掃除行って来まーす」

 天原の言うお人よしの件には、あえて触れずにいた。自分で否定出来ないのが少し悔しい。
 ——そういえば、桐谷はこういう客が苦手だったなぁ……。
 俺がそう思い出す前に、桐谷はすでに素知らぬ顔をして外へと走っていってしまった。さっきまで掃除と縁のない素振りをしておいて、今は掃除と清いお付き合いをしています……みたいな。こういう時ばかりすごい逃げ足だ、と素直に感嘆してしまう。
 結局、この場に残ったのは天原と俺だけ。天原に依頼内容を聞かせていると一日かかることを俺は知っているので、面倒だが自分で聞き返すことにした。

「あー、っと……少年。一応聞くだけ聞いてみるが————ちょっとアダルトなお願いをしたら俺が潰すからな」
「し、しししししませんよそんなことぉ!! ア、アダルトとか……ぼ、僕はまだ十七歳で」
「店長ぉ。ちゃんとお話を聞いてあげてくださいよぉー。顔真っ赤で、可哀想ですよぉー?」

 ——いや、顔が赤いのはお前のせいだから。
 ツッコミ魂が疼くのを感じたが、「そうだな」と曖昧に返しておいた。高校生は俺の言葉に何を想像したのか、わたわたと焦っている。こんな風な純情な反応が出来る奴は珍しい。今までで一人しか見たことがない。その一人は今、仕事に出ている。
 天原が久しぶりに真面目な顔なので、俺もいい加減に目の前のこいつに向き合うことにした。はぁ、と溜め息。

「で、お願いって? 言っとくがな、うちはそもそも未成年からの依頼は受け付けてないんだ。最近のガキは色気づいて敵わ————」
「————ここに、二十万円あります」
「よろこんでお引き受けしましょう、ムッシュー(サッ)」
「…………変わり身、早いんですね…………」

 そこが店長のいいところですぅ、と天原がぼやく。じゃあかしい。
 二十万という魅惑の単語を耳にした瞬間、俺の中の価値観とかポリシーが壊され、気付けば俺は眼前の少年に深くお辞儀していた。しかも、片手には紅茶入りのカップを構えていた。少年からの軽蔑の視線を感じる。気のせいだ、うん、多分。
 ——それにしても、二十万ねぇ。
 依頼内容が今あるもので補えるなら、この二十万は俺にとってとても意味のあるものとなる。少し給料を多めにしたり、「今日の晩御飯はステーキだ妹よ!」と言ってこんにゃくを出してみたりと、色々出来るかもしれない。使い道はすぐには決められないが、十分懐は潤う。

「ふっ……二十万に、まさか俺の中の幻想が壊されるなんてな……」
「……あの、これで依頼、受けてくださるんです、よ、ね?」
「ハッ!!」

 二十万入りの封筒を差し出した状態で、少年が不安そうに問いかけてくる。そうだ、二十万に屈するのはまだ早い。俺の中のポリシーはそんなものじゃない。
 たとえ二十万の報酬をもらったとしても、こいつが無理難題を押し付けてきたら全部パーなのだ。例えば、美少女と異世界ファンタジー生活を送りたいとか、政府と反抗軍の戦いの中でヒーローになりたい、とか。こういう年頃にはありがちな、妙な妄想——価値観とでも言うべきか。
 ——簡単に言っちまえば、中二病って奴だけど。
 少年は真面目そうだが、逆に言えばこういう真面目な奴ほど何らかの妄想を抱きやすい。うちの妹が良い例だ。真面目過ぎて、屈折できないことが何度もあった。

(…………そういやぁ、こいつの制服は——理子の高校と同じのか)

 きっと妹——理子は、今頃ぐだぐだと二度寝を開始しているだろう。高校に入った時はあれだけ二度寝を嫌い、規則正しい生活を好んでいたアイツだったのに。
 素性も知らない少年に対して、ついつい妹を重ねてしまう。同じ高校、という理由だけで。それほどアイツの存在は、俺に根深くもぐりこんでいる。
 だから、なのだろう。多分。

「受けるかどうかは聞いてからだが——それでもいいなら、聞かせて貰いますが」

 ポリシーに反した依頼を、受けようと思ってしまうのは。
 多分でもきっとでもなく。あの愚図でのろまで卑怯な妹の影を、見てしまうからだ。

「……ありがとうございます」
「うわぁ、やっぱりぃー! 店長なら受けてくれると思ってましたよぉ、私。だって店長やさしーですもん! 今夜はお赤飯ですねぇ!」
「天原、その意味違うから!! お赤飯にする意味、全くねぇから!!」

 ついでに言うと、小豆を買う金も、餅米を買う余裕もうちにはない。悲しいことに。
 こほん。一先ず咳払いをし、その場を静かにさせる。少年の方に向き直り、俺は丁寧な口調で聞いた。

「それで、依頼の内容とは何でしょうか。内容によっては、追加料金なども発生しますが」
「いえ、そんなたいしたものじゃないです……ほんと、簡単な依頼、です……」

 萎縮した態度の少年の瞳。たいしたものじゃない、と言い切る割には瞳には真っ直ぐな光が宿っている。意志を持った人間の、しっかりとした光が。
 少年は、やがて口を開いた。
 迷う素振りも、先ほどまでの弱弱しい少年とは全く異なる——真剣な様子で。

「僕に、小説の添削をして欲しいんです」