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雛の夜に想う
日時: 2009/11/10 16:33
名前: 霧音 椋 (ID: AzZuySm.)

  1         
 昭和四十三年の二月のこと—、小学三年生のたまみはその年も節分からずっと母方の実家で過ごしていた。隣町の自宅から車で三十分程の母の実家は、高校生の従兄弟や叔母達が一緒に暮らしていて、季節の行事を欠かさない。特にお正月から雛祭りの頃までは人の出入りも多くにぎやかで、色々楽しい事がある。その日は日曜日、朝からお雛様を出していた。
たまみの母の実家は女系家族で母には姉が五人もいる。みんなお嫁に行った後それぞれの雛人形が蔵の中に大事にしまわれていた。祖母は、
「ずっとしまいっぱなしじゃお雛様がかわいそう。」
と言って、豆まきが終わると間もなく、ひんやりとした蔵からお雛様を全部出して三月三日までほぼ一ヶ月座敷に出して飾っている。従姉のえい子ちゃんのも加わると、二十畳の仏間は百体もの人形と道具類でいっぱいになり、まるで雛人形の展示室みたいだ。その中に、いつも真ん中に飾られる雛人形があった。他の人形よりひときわ古めかしい着物を着て、一体がふつうのよりも一回り大きい。顔はたまみの握りこぶしより大きいし、目鼻立ちもあっさりした感じでわざとかわいらしく作ってはいないが、妙に凛としていて存在感がバツグンだった。小さい頃から不思議な気がしていた。おばあちゃんのかな?と思っていた。
 従姉のえい子姉ちゃんに聞いてみた。
「あのお雛様はね、おばあちゃんの妹のものだったんだって。私達の大叔母さんの事ね。」
「へぇ〜どうしてここの家にあるの?」
「大叔母さんは天皇陛下のお母さん、つまり皇太后様と言う人にお仕えしていた侍女だったんだって。病気で宿下がりする時に宮さんの一人から頂いてきたお雛様なのよ。大叔母さんはお衣装係をしていたから着物のほつれた所を直して大事にしていたんだって。だけどと


うとう病気が重くなってしまって、おばあちゃんが会いに行ったのね。その時おばあちゃんにこう言ったんだって。
 『私は死ぬまで独身でお国にご奉公して子供もいない。お姉さんには女の子が五人も六人もいるから私のお雛様も大事にしてくれるでしょう。』
 大叔母さんが亡くなった時、他の家族はみんな、大事にしてたお雛様だから一緒にお寺に納めようとしたんだけど、おばあちゃんは言われたとおり形見として引き取って、それから毎年飾ってきたのよ。」
 そんな叔母さんがいた事を初めて聞いた。
改めて女雛様を見ると、優しげなお内裏様がいるのに、伏目がちで寂しそうに座っているような気がした。
 柱に掛かっているボンボン時計が九時を告げた。
「おーい、居候のおたま。そっち終わったらこっち手伝え。」
と言って従兄のひろまさ兄ちゃんが部屋に入ってきた。雛人形を出した後の箱や袋をあつめながら
「おたま。早く来い。」
「もう、おたまおたまっておばあさんみたいな呼び方しないで!」
後片付けをするために縁側に出た。そこから振り返ってみると、やはり華やかな平安時代を思わせる雰囲気にため息が出た。
ところが、
「すっげぇ流行ってる骨董店の大売出しか、デパートの骨董市みたいだな。」
と、ひろちゃんのつぶやきで台無しになった。
「ひろまさ!」
えい子ちゃんは二つ年下の弟の頭を素早くこづいていた。
「だってこんなに古い人形があると気味悪いんだよね。蔵の湿っぽいにおいなんかしちゃってさ。ほらあのでっかい奴なんか近づくとたばこ臭いようなにおいしない?」
ひろちゃんがしかめ顔をしながらたまみ達に言うので、えい子ちゃんはこう答えた。
「乙女の夢を壊すような事言うんじゃないよ。お香のにおいが長い間に変わったんじゃないかな。高貴な人の物だったらしいから。」

      2
 もう三月になろうという土曜日の夜。
祖母や大人たちは三キロ程はなれた本家に泊りがけで出かけていて家にはえい子ちゃんとたまみが二人で留守番していた。もうすぐ、ひろちゃんもバスケの部活を終えて、
学校から帰って来るはず。ボンボン時計が七時を告げ、えい子ちゃんとたまみは先に夕食をすませて茶碗を洗っていた。台所の窓から外を見ると星もなく真の闇が家を包んでいる。
風もなくただしん・・・と静まり返った夜。この辺りは大きな農家ばかり、となりの家の
灯りが五十メートル先にポツンと見える。家の前は小学校の裏門。左側は裏山に通じる細い道があるだけで行き止まり、右側の坂道を上るとなんとお寺の山門に通じている。小学校の正門前にやっと街灯が立っているが、こんな月星のない真っ暗な夜は懐中電灯がなければ歩けない。
「ひろちゃんは懐中電灯持ってったかな?」
ふと心細いつぶやきをもらすと
「大丈夫。ひろは慣れた道だし。バスケ部のキャプテンで怖いものなしよ。」


とえい子ちゃんは全く気にしない。
「それよりお風呂入ろ。」
と、お気楽極楽。一緒にお風呂に入った後は自室にこもって受験勉強を始めたので、たまみ
は邪魔にならないように居間で読書をする事にした。五分も経たないうちに——
となりの仏間に、何か気配を感じた。
「お姉ちゃん?」
えい子ちゃんの部屋はたまみがいる部屋と二十畳の仏間をはさんだ向こう側にある。縁側を通らず仏間に入ってこっちに来ようとしているのかな。もう一度「お姉ちゃん?」と呼んでみたが返事が無く気配が消えた。また読書を始めたがしばらくすると仏間が気になって仕方が無い。ふすまに耳をあててみた。静かだが・・・・・・やはり、なにかが動いている。思い切ってふすまを開けた。
 居間から差し込む光に眩しそうに目を細めているお雛様の顔顔顔。すぐに光のかげんで半眼の人形の表情が眩しそうに見えただけだと分かった。が、待って・・・においがする。近づいてくる、このにおいは・・・お兄ちゃんが言ってたにおい?お香のようなたばこのような・・・ハッとしてあの人形に目をやった。人形はいつもと同じようにそこにある。変だな、 何が? ちょっとずつお雛様のそばに近づいて、そうっと顔をうかがってみた。
気のせいかもしれない。声にならない泣き声が聞こえる。目に見えない涙が流れている。
その時、
 ボンッ「キャッ」
心臓が割れた!ボンボンボンボンボンボンボン——
柱時計の音にかぶってガシャッっと玄関の引き戸が勢い良く開く音がした。やだ、なに!?
一瞬その場にへたり込んだ。たまみ、ちっちゃくなれ、とばかりに手で顔をおおってちぢみこんだ。得体の知れない怖さが背中をわしづかみする。
誰かが玄関からせわしく上がりこんでくる!息づかいが聞こえる、荒く息せききって近づいて、来たっ!!
「やっ」やだと言う言葉が言葉にならない。
「おたまっ、オレ、オレ・・・!」
首をちぢめたまま振り返って見たのは居間の光を背にした大きなシルエット。
きゃーっと悲鳴をあげそうになった時、口元に一本指をあてて、必死においでおいでする
ひろちゃんの顔がやっと分かった。声を押し殺し、
「そこ閉めて、こっち来い。」
たまみはだっとそこから居間へ走りこんで後手にパチンとふすまを閉めた。
「やだ、ひろちゃん。いきなり。おどろくじゃない。」
もう泣きそうになりながら一気に言うと、
「何かあったか?姉ちゃんは?」
ひろちゃんのカオツキがふつうじゃない。白っぽくなってて、こわい。——
たまみはえい子ちゃんの部屋のほうを指差した。ひろちゃんの学生服のすそをつかんで縁側にでた。あの部屋の前を回りこんでカギ型の縁側の向こうにえい子ちゃんの部屋がある。心臓が凍えて足が進まない。何とかひろちゃんに置いていかれないように、板の上をすべるように歩いていた。
「姉ちゃん」と呼びかけてひろちゃんはえい子ちゃんの部屋を開けた。こちらに背を見せて机に向かっているえい子ちゃんがいた。
「姉ちゃん」もう一度呼んだがじっとして動かない。気づいてないのか、それとも・・・


ひろちゃんがそばによって肩をゆさぶった。
「姉ちゃんってば。」
えい子ちゃんがゆっくりこちらをむいた。
「おかえり。すぐご飯にする?」
と言って左右の耳からラジオにつなげたイヤホンのジャックを抜いた。そのとたん、ラジオ
からグループサウンズの「君だけにィー君だけにィー」という歌詞が心地よく流れ出してきた。同時にたまみの体から急に力がぬけた。ひろちゃんのものすごく緊張した顔が一気にゆるんだ。


 三人が居間のコタツに落ち着いてから、ひろちゃんはとても奇妙な出来事を話した。いつものようにバスを降りて小学校の前の道を歩いていた。正門の街灯をたよりに真っ暗な道を家に向かって歩いて来ると、闇をすかして誰かがこちらにやって来る気配がした。
ヒトッ、ヒトッ、ヒトッ・・という足音がする。ぞうりをはいた女の人だ。
こんな時間に懐中電灯も持たないで歩いているなんて誰だろう。向こうにはウチかとなりか寺しかない。もうじき街灯の下ですれ違うけど知ってる人じゃなさそうだ。
 ヒトッ、ヒトッ、ヒトッ・・近づく。街灯の輪の手前でその人が白くぼうっ・・と闇の中にすけて見えた。着物姿の小柄な女の人だ。街灯の下でひろちゃんは自分の影が後ろに伸びていくのをちらっと見た。その人は輪の中でひろちゃんと行き違った。髪がふわっとひろちゃんの方になびく。足音が遠ざかる。ヒト、ヒト、ヒト・・・何だ?このゾクッとする感じ。何か引っかかる・・あっと思った瞬間振り返ったが、真っ暗闇で相手は見えない。
 ひろちゃんは駆け出した。わぁわぁと叫びながら足は勝手に家を目指す。
・・・とにかく怖かった。
「影が、無かったんだ。その人の足元の後ろに伸びていくはずの影が無かった。」
「ひろ、ただ怖くて見えなかったんじゃないの?」
「それに・・・」 
「それに?」
「すれ違うとき、知っているにおいがした。」
「・・・・・・」
「湿ったような、たばこのにおい。」
三人とも見合わせた顔をそのままふすまの方へ向けた。たまみは背筋が固まってしまった。       
 翌朝、帰宅した祖母達は居間のコタツで互いにくっつき合って眠っている三人を見た。

     3
 祖母はショックを受けた。その日のうちにお雛様を片付け、大叔母さんのお雛様は坂の上のお寺に運ばれていった。祖母にとって内孫であり、女系家族にやっと生まれた跡取り息子のひろちゃんに起きた訳の分からない災難話は大事だった祖母達が泊りがけで本家に行った二月のその日は大叔母さんの十七回忌だった。えい子ちゃんは後々まで、
「ひろがお雛様を気味悪いなんて言うからおばさんが怒ってやってきたんじゃないの?」
と言っていた。でもたまみは知っている。
『おばさんはお雛様に会いに来たんだよ。お雛さんはおばさんに会って嬉しくて泣いていた


んだね。だって次の日とっても晴れやかな美しい顔でもう寂しそうには見えなかったよ。』
 ひろちゃんにも会ってみたかったんじゃないかとふと思う。おばさんが亡くなった十七
年前の五月にひろちゃんが生まれたんだもの。一目会いたかったんじゃないのかな。


 次の年から仏間にはえい子ちゃんの七段飾りだけが飾られた。それはそれで——  
                                              
                                             完
                                     

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