ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

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イルネス
日時: 2009/11/28 12:13
名前: みかん (ID: tuG0e6yh)
参照: http://pksp.jp/kyonkun0505

一気にたくさん載せますが・・・・まだまだ全然終わりません!みかんのHPはかなりしょぼいので早く改装したいと思います^^
がんばりますので、よろしくお願いします。

キャラは、
火島陰(かげる→復讐屋
キョウ→犯罪者のトップ
鎖城真実(しんじつ→断罪者(警察のトップ
天見左右(さゆう→法務大臣
闇下 繋(つなぐ→闇医者(弟
闇下 契(ちぎる→看護師(兄
神下 奏太(そうた→総理大臣
二条 彰互(しょうご→SP
みたいな感じでしょうか・・・
名前が分かりにくいので、一応載せました!
まだ増える可能性ありまくりなので、よろしくお願いします^^
楽しんでくださると嬉しいです!

Page:1



Re: イルネス ( No.1 )
日時: 2009/11/28 12:18
名前: みかん (ID: tuG0e6yh)
参照: http://pksp.jp/kyonkun0505

     ◇◇◇



 白い悪魔は凶器を手に。
 黒い悪魔は狂気を手に。
 では。
 ×××の悪魔は何を手にした?




     ◇◇◇




















     ◇◇◇




 最強とは故に最弱であると。
 そんな説があると言う。しかし、それは最強への畏怖を感じ、恐れに身を焦がすものたちの戯言なのではないのか、と。そう考える人々も少なくないだろう。
 最強。
 この言葉の意味は様々だ。力が強い者へ与えられる勲章。そして、もう一つは力だけではなく思考力にも長けており、敵を圧倒する者。よく少年漫画に出てくるようなキャラクターを想像すれば簡単にイメージが湧く。
 しかし、それらは本来の意味ではないのだ。偽物というわけではなく、本来は違うという意味の否定だ。
 最強。
 それは、力が強いなどと測定できるものではない。
 最強。
 それは、思考が長けているなどと予測できるものでもない。
 最強。
 それは、視界に入れる事さえも恐れられる存在である。そして、その視界に入れるという行為により、相手が恐怖的感情、もしくは『死』を予測し、予感し、身を震わす様な、そんな次元を超えた存在、それこそが世に言う最強であると言うのにも関わらず。
 この世には、最強が溢れている。
 見ただけで『死』を予感させる者。
 触れることも恐れられる者。
 息をしていることもままならない者。
 そんな存在は、溢れているものなのだろうか。いや、それに対しての応えは。
 答えは、NOだ。
 否定。そして、そんなことは不可能で在るという意味を込めて、その解答を私は下させていただこうではないか。
 解答を下す。そんな許可を得る必要もないかもしれない。私の出した答えなど、誰もが知っている事実なのだから。
 最強は、この世にたった一人だと。
 もし、土管に乗った丸々と太った体格の良い男の子が小学校に居るとしよう。
 その少年が、小学校の中での、所謂ガキ大将と呼ばれる存在だとしよう。そして、その少年は小学校の子どもたちにこう言われる。
 あの少年は、最強なのだと。
 こう言われた大人、所謂社会人は如何思うのだろうか。
 子どもたちに言われた事を鵜呑みにし、「そうか、あの子は最強なのか」と敬意を示すのだろうか。
 それとも、子どもの冗談だと言い、笑いながら「そうかい」と言いつつも信じないのか。
 私は、後者の大人が人間だと考える。
 何故だと問われるとすれば、子どもたちの中の最強は本当に最強なのか、と逆に私は問おう。子どもたちの中で喧嘩が強く、大将面しているただの餓鬼が、この世で畏怖される存在だと、誰が思うか。
 まあ、誰も思わないだろう。例え子どもの冗談を言う顔が、真剣な表情をしているのだとしても、それを鵜呑みに出来る前者は、ただの低脳でしかないと断言できる。
 常識上、私は間違っていないだろう。
 このことからも分かる様に、世に住まう最強は二つのパターンが居るのだ。
 まず、ただの餓鬼の様に「あいつは最強だな」と予測を立てて楽しまれている、存在。これは決定的な妄想の産物でしかない。
 身体の弱い私でも、餓鬼の最強は倒せる。いや、まず「倒せるかも」なんていう思考を持たせてしまうことが、最強としての欠陥部分だ。最強は、「ああ、あいつに喧嘩でもふっかけようかな」、「ああ、あいつ強いって聞いたな。俺でも勝てるのかな」なんていう思考を握りつぶす存在なのだから。
 その眸だけで。
 その声だけで。
 その視線だけで。
 世の全てに諦めという絶望を与える、絶対虚無の覇者。
 それが、真実の最強である。
 さあ、如何して私がこんな話を突然し出したかというとだね。
 私は知っているんだよ。本当の、本当の、真実の、偽者だとは絶対に思えそうにはない存在をね。老い耄れの私でも見えた。
 視界に捉えることしか出来ないまま、視線を逸らすことなど叶わないままにね。
 なんだい?ああ、「最強」だって言われている警察のトップかい?違うよ。あんなのが最強なんて言ったら、犯罪のトップだって「最強」だって言われているだろう?それよりも、あの二人を戦わせたら如何かな、なんていう思考が湧いてくる段階で、どちらもその程度の存在なんだよ。これは紛れもなく強い止まりかな。
 強い。と、最強は違う。圧倒的に違う存在だよ。しかし、皆神経が鈍ってしまったらしいね。まず、誰もが強いと最強を見間違えている。強いから最強なのではない。そんな風に格付けをしていけば、今の世の中の様に警察と犯罪と一般人だけになってしまうよ。ああ、もう手遅れなのだがね。
 なんだい?私が如何してこんなにも楽しそうなのかだって?そんなことはもう決まっているじゃないか。楽しいから、楽しそうに見えるんだよ。分かったかい?簡単だろう。
 ああ、つまらなくなったのかい。じゃあ、良いことを教えてあげよう。おいで。
 私が見た、最強は、如何見ても一般人にしか見えなかったということさ。
 それでも誰にでも分かる瞬間が訪れる。
 訪れるのだ。誰も望まないとしても。
              



 彼が、誰よりも———最強なのだと。





 さあ、もう眠ろう。
 明日が来るまで眸を閉じていてごらん。
 そうすれば、私も楽になれるんだよ。
 ああ、そうだね。
 ———おやすみなさい。
「おやすみなさい」
 零に還れ———化け物が。
 名を持たない。それは悪魔か天使か。











     1




 今回の偽名は恰好良いのが良いな。
 そんな贅沢を彼はゆるりと考えていた。
「・・・・ああ、今日も暇だぜです」
 暇ありの青年——名前はまだ無い。
 漆黒の髪。そんなことを言えば聞こえが良いが、彼の財布の中身では染められないな、などと言う理由で原色のままなだけの様に見える自然な黒色。しかし、さらりとした髪が風に靡けばそれだけで通行人は振り向いてしまうだろう。
 その上、切れ長の眸も黒曜石の様で、日光に照らされれば蒼くも見える右目は不思議な色を湛えている。これだけ夏の紫外線に当たりながらも、赤くもならず、白さを保つ肌も通行人のおばさんから「いいわねえ」と口々に言われている。背も高く、すらりとした立ち姿はまるでモデルの様だ。この容姿ならば、芸能人になれたと周囲に思わせるほどに。
 彼の外見と、中身が相応していれば。
「・・・んん、美味しいぜです。今日の昼飯のカツサンドは。これじゃあ、また明日もこれを食べなきゃいけねえっていうことだなですかね。ん?いや、そんなことはねえですか・・・ああ、買わなきゃいいです。でも、美味しいからまた明日もこれなんだろうなです」
 一言で言うならば、変態。
 ソフトに言うならば、変人だった。
 そして、彼は今現在ホームレスの様に道端に座り込み、はむりと先刻購入したカツサンドヒレカツ味を食べている。まず、購入する前に「カツサンドの『ヒレカツ味』ってなんだ?」という疑問が起こってもおかしくないのだが、彼は全く気にせず買った。
 彼の批評から行くと、それはかなり美味だったらしい。
 しかし、彼の淡々としていて、その上眠たそうな声も表情も、そのカツサンドが如何いった味なのか、その言葉が本当なのか如何かも教えてはくれなかった。
「・・・・ああ。早く次の職場探さないといけねえです。そうしないと、ぼくの名前は全くの名無しってことになっちまうからなですね。ああ、でも悪人を倒したあとに、『お嬢さん。あっしゃ名乗る名前も持ちゃしねえただの悪党でさあ』とかって言うのも良いかもしれねえです」
 すると、傍から聞くと一歩引きたくなるほどの独り言を呟く彼の目の前を、何人かの少年たちが走っていく。
「ずらかれ!」
「待っちゃいられねえよなあ、この場合」
「ああ、即刻逃げろ!」
 口々に何だか時代を感じさせない、古臭いヤンキーの様な言葉を発しながら、少年たちは駆けていく。若者らしい恰好をしているのだが、逃げ方はやはりたどたどしい。
 彼が視線をカツサンドヒレカツ味から逸らし、過ぎていく少年たちに向けると、少年たちは金属バットや金棒などと持っている。更に悪そうな少年はナイフを持っていた。
 周囲の人々は何事だと言いながらも、視線だけを集める。関わりたくないという雰囲気を醸し出し、一歩ずつ下がっていく。
 そして、そんな中数人の少年たちは、暗い路地へと姿を消した。
「・・・・むむ。やっぱり、カツサンドはヒレカツ味よりも牛肉味がよかったかもしれねえです」
 ほっとした雰囲気を隠さない周囲。
 そんな中、彼は溜息を付く。そして、ゴミをゴミ箱へと投げ入れ、入った瞬間に顔を上げ、立ち上がった。ただ、ゆっくりとした仕草で一度欠伸をしながら。
 皆、誰もが息を呑んだ。
 彼の笑顔と、その威圧感に。
 そして、全身から発せられる神々しさに。
「よし。今日からのぼくの名前は火島 陰にしようです。で、職業は・・・・・・・・」
 彼はソースの付いた指を舐めながら、
「また、明日考えようです」
 再び暢気に微笑んだ。
「いや、バイトだろうなですね。そうすればまだマシな飯に有り付けるかもしれねえです」
 彼の言葉を聞いている者は誰も居ない。
 彼の笑顔を見ている者は誰も居ない。
 誰もが視線を避けていた。
「ねえ、そうだろうです。わんこ」
 居るとすれば、始終彼の膝で身を震わせていた子犬だけか。
「ああ・・・・」
 しかしその唯一の傍観者も。
「もう、死んじまったです」
 仲間に遣られた傷で、もう息を引き取っていたが。しかし、彼は終始笑顔で。
「じゃあ、お墓を作ろうですね」
「でも、まだやることがあるですかね」
「ああ、それもあとで良いですか」
 三言で一人会話に限を付けたあとに。
 優しい言葉で子犬を癒した。
「おやすみなさい・・・・・ですね、」
 最強も、愛も、何もかもが重すぎた。
 ただ今は只管に。




「お墓の横には、君を殺した仲間のお墓も作ってあげようです。だって、もう君の弾丸は受け取ったからなです」
 転がり落ちていく者に手を添えるだけ。
 それが最狂の、生きる職業なのだから。











     ◇◇◇




 何もかもが、乾いた自分の飽きを濡らす水でしかない。ただ貼り付いた様にしか思えないこの軍団にも、楽しい奴らが入った。
 しかし、それでも足りない。
「面倒くさい。犯罪者っていうものは。何でこんなもんになったんだかな」
 面倒くさい。それでも足りない。
 決定的に、もう誰かの血を浴びる事に飽きてきたのだ。中学生の時初めて人を殺した感覚がもう無い。それは自分の親父だった事も。そんな罪悪感と、柔らかい肉を裂く気持ちの良い感触だけを頼りに生きてきた、飽きも知らなかった昔の自分ではないのだから。
 犯罪者。
 その中でも頂点と呼ばれるのがこの男『切り裂き』——切裂 凶介だ。勿論こんな名の日本人は居ない。完全にその名は仇名だ。しかし、この国での戸籍では既に『切り裂 凶介』になっているのだろう。犯罪者仲間からはキョウと呼ばれているこの男は、警察内では要注意ブラックリスト上位以前に、一位に食い込んだまま三年が経っている。
 キョウが行う犯罪は様々だ。その手口は鮮やかで美しいと言われている。もう一人の最強『斬り裁き』——鎖城 真実を頂点とする警察関係の者が捜査をしても、一ヶ月掛かってやっとそれが犯罪だと分かるくらいだ。勿論、その名も仇名だ。警察官たちには総督と呼ばれているらしい。
 ライオンの鬣を思わせる、輝く茶髪。しかし、その輝きも錆びた様な色に変色した血によって失われつつある。厭、輝いていたとしてもキョウの狂気を隠せるわけがなかった。薄汚れた血を思わせる、色が失せた眸にはいまだ覚めない飽きに穢れている。中学生の時の殺人でしくじったと言う頬の傷は赤みを帯びている様にも見え、もう熱を持っていない様にも見える。均等の取れた筋肉と、戦闘用の腕力。俊敏な動きを得意とし、その腕の力だけでも武力家たちには負けぬほどの力を持っている。そして、犯罪を考える思考力にも長けている。どう考えても、犯罪者という役職がキョウには天職なのだと、誰もがそう考えている。
「ああ・・・・・暇すぎて暇だ」
 それでも。
 暇だ、と言うこの男の右手にはいまだ鮮血を滴らせるナイフが鈍い光を帯びている。先刻来たソープの女が、くるくると回る、キョウの手の中にあるナイフに妄信を駆り立てられ、叫びながら逃げたのだ。
 面倒くさいながらもそんな女に苛ついたキョウは、女の首を掴んで黙らせた。それでも逃げようとする女の右頬をナイフで削いでやると、悲鳴を上げる間もなく女は気絶した。だが、意識が無いと面白くないと思い、キョウは女の左足にもう一本のナイフを刺した。
 容赦なく、深々と抉られた刃物に、女は意識を取り戻した。キョウは、ソープ嬢を頼んだ割りにはあまり女好きではないため、容赦なく背中の皮をナイフで全部剥いだ。少し肉の残った皮は、「売れるか?」などという思考で、仲間の一人に「ランプでも作れ。人の皮のランプは丈夫だって、なんか中学の生物の先生が言ってた気がすっからよお」と言い、持って行かせた。
 肉の見える背中は、存外気持ちが悪い。赤い血は溢れてくる上に骨まで見える。その上、血管まで浮き出て見えてでもしたら。
 しかし、キョウは「どこで血管が破れるか」などというゲームを始めた。刺さったナイフの所為で意識を失えない女を良い事に、背中の肉を削ぎ始めたのだ。その前に、キョウの手に噛み付いた為に切られた舌の所為で、もう悲鳴も上げられないらしく、女は肉が削がれていく痛みに暴れた。そのため、キョウは面倒臭そうに背中から心臓を貫いた。
 こんな虐殺をしても、まだ男は暇らしい。いや、何をしたとしてもキョウの欲は満たされることなどない。そんなことはキョウ自身にも十分に分かっている事だ。
「ああ、そういや。夕飯食ってない。面倒くさいが、買いに行くか」
 そうして、キョウは立ち上がる。仲間が作った人皮ランプの灯りを消し、じゃらじゃらと鳴る鎖をズボンから垂れさせながら。
「飯はカツサンドヒレカツ味に限るよな。というより、それ以外喰ってないな」
 その呟きは、片方の眼球だけ刳り貫かれ、鬱血した顔で死んでいる真っ赤なソープ嬢しか聞いていなかった。
 こうして、犯罪者は街へと出た。
 何も気づかないままに。
 ゆるり、と。
 何かが動きだした事に。












     ◇◇◇




 彼——即席名前、火島 陰は、やはり暢気に微笑んでいた。
「んー。いやあ、参ったぜです。こりゃあ」
 楽しそうに。狂わしそうに。
 陰の手には何も握られてはいない。しかし彼が腰掛けているのは明らかに人間だった。首から上が存在しない、真っ赤に染まった男の死体だ。びくともせず、やはりそれが死んでいることを知らせている。むわりと漂う強烈な鉄錆の匂いも、死臭も全て死体のものだろう。その上、死体は一つではない。ざっと数えたとしても五人分ほど見られた。そのどれもが、首から上を失っている。首の切り口は美しく、ぱっくりとした傷口を見ると、如何しても刀で斬られた様に見えた。
 一面は、まさに血の海というやつだ。
「・・・んふー。まさか、さっきのわんこを殺したのが仲間のわんこでないとはですね。いやはや、計算違いというやつかなです。はずかちぃですねえ全く。こいつは一本取られたわー。です」
 そう言いながら、陰はつんつんと腰掛けた人間の胴体に突っ込みを入れる。陽気な笑顔が浮かべられている白い顔は、真っ赤な世界でも何処も赤くは染まらない。
 だが、やはり人の躯を貫いた右手だけは赤く染まっている。いや、先刻ぱしゃぱしゃと血を弄った所為かもしれないが。
 彼が『さっきのわんこ』と呼んでいた子犬は、道端で死にそうだったところを彼が拾ったものだった。腹は、白い毛皮に覆われている筈が、もう皮さえも残さず抉られていた。足も片足だけ切られていた。骨ごと、根こそぎに。
 そして、その子犬が死んだあと、彼はふらふらと歩いていた。勿論、子犬を殺した犯人の犬たちを殺すためだったのだが、其処で彼はさっき疾走していた少年たちを路地でみつけた。
 彼の足音は、最早無音の方が五月蝿い。
『あー、危なかったよなあ。もう少しで警察に連絡されちまうところだったっての』 
『そうだな。あんな子犬一匹、皆でボコしただけで、何で『斬り裁き』に捕まらなきゃいけねえんだよ』
『ぎゃはは! うけんなあ、その理由。あんなちっぽけな犬の為に、人間様の俺たちが死ぬんだぜ? 超笑えんじゃん、そのネタ!』
『だろ?だからこうして暗い路地に居るってのにさあ、つーかあとで犬とか殺そうぜ? もうつまんねえよ、学校とかよお』
 少年たちの会話を聞いて、陰は「にゅふふ」などとおかしな笑い声を上げた。そう言えば、あの右足の切り口はナイフだったかもなあ、と思ったらしい。子犬が死ぬということは、大抵が仲間同士の、所謂共食いみたいなものだと思っていたのだ。まさか、こんなところにいたいけな子犬を殺す少年たちが居たとは。
「ん。冗談でっさ、です」
 彼は、意味の分からない口調で空にウインクした。さっき死んだ子犬に対してだろうか。
 そして、現在に至るというわけだ。
 勿論少年たちは、陰の姿を見れば逃げ出すだろうと考えていた。まず、常人が犯罪者ぶっている様な段階では、この世に生まれた犯罪者と言う名のグループの仲間ではないと思ったのだ。勿論、その犯罪者を知った上で。
 一般人として。
 だからこそ、彼は少年たちを一人ずつ殺すことにした。子犬の依頼だから人間は殺せないなんていう思考は持たず、ゆっくりと。
 まず、一人目は慎重に。暗い路地を利用し、其処の上を通る電線に足を引っ掛けた。感電しないかと彼も思ったが、案外電気按摩だった。そう言うと意味が分からないが、彼にとっては如何ってことない電流だということだろう。そして、宙吊りになりながら一人目を、首下を持ったまま持ち上げた。電線が軋んだが、何となく手を動かしていればバランスを取っていれば大丈夫な気がして、彼はそのまま一人目を、路地を作成しているビルの屋上で一人目の首を取っておいた。首を持ち上げたときに力を入れすぎた所為か、首を取るまでもなく死んでいた。子犬のことを思い出し、微笑みながら腹を抉ることも忘れずに。
 そして、二人目は狡猾に。暗い路地の所為か、それとも未成年であるにも関わらず缶ビールを囲んでいる雰囲気と、酒の酔いの所為なのか。それは分からないが、一人目が屋上で首なし死体になっていることには誰一人気付いていなかった。電線に足を掛けたまま、もう片方の電線を投げた。カーボーイの様に線の先を輪にはせずに投げた上に、計算していなかったのだが、二人目は電線によって感電しながら一人目同様にビルの屋上へと持ち上げられた。瞬間的に持ち上げられ、感電した所為か二人目も悲鳴は上げられなかったらしい。
 彼は「やっぱり感電するもんなんだの」などと思いながら、三人〜五人。数える事などせずに殺した。同じ方法ではつまらないと思い、眼球を抉ったりもしてみた。面白くはなかったが、つまらなくもなかった。そう言えば嘘になるかもしれないなどと思いながら、彼は推定六人目ほどの少年の、額から後頭部にかけてを、自分の指がどれくらい長いかをかけて勝負してみた。勝敗は、勿論彼の勝利だ。その少年は敗者らしく眼球を抉られてもいないのに、其処から血を垂れ流していた。
 こうして、この一面の血の海が出来たというわけだ。勿論、全員首なしにして腹を抉ることは忘れずに。
「それにしても、気持ちが悪りいなです」
 陰は、眉を顰めながら微笑む。ぱしゃぱしゃと撥ねる血は彼の白い肌を汚した。
 そして、陰は黒いパーカーのポケットから鈴を取り出した。金色ではなく、青い鈴だった。それは子犬が飼い主に貰ったものらしい。子犬は、これを弾丸として彼に捧げたのだ。子犬が大事にしていた、飼い主との思い出を。それほどまでに、少年たちを憎んだのだろうか。
「成程なです。『憎しみのは、誰もを貫く』ってかです。まあ、そうなんだろうがなです」
 彼はただ、憎しみの感情を貰うだけだ。それを形にする、対価を貰い受ける。それは、大事にしていたものでも同じだ。それにより、その鈴は少年たちの命と同等の価値を持っている。少年たちの命を奪ったのは、子犬が愛した飼い主との思い出。人間様の命は、それだけのものだったということか。それとも、子犬の想いがそれほど大きかったということなのか。
 どっちにしろ、結果は同じだ。
「わんこは、悪を貫いた・・・・・」
 彼は、ふんわりと微笑む。その顔は鮮血とは呼べない錆色の血に塗れている。それでも、彼の笑みは人々が息を呑むほどに美しかった。
 死臭が漂う。
 血が錆びていく。
 それでも、人々は如何しても。
 その中に立つ、微笑む最強を見てしまうだろう。それは、必然の様に。
「・・・んな、バイトの面接に行かねばです」
 しかし、最強は微笑む。
 だからこそ世界は回っている様に。
 狂々と。楽しそうに、永遠に。











     ◇◇◇





 羅刹を、悪夢をその眸に焼き付けた。
 そんな感覚でキョウはその光景を見た。
「・・・・・・・・・・・・・」
 声も出ない緊迫感。それは、その光景の中で悠然と立つ青年から発せられているものだと、瞬間的、本能的に理解した。
 これまであらゆる罪を犯し、そして色々な犯罪に手を貸してきた。その中にも狂った様に人を殺す者や、完全なる犯罪を作り上げている者が居た。その者たちは皆、最強だと。周囲が言い、キョウ自身も言われることで、最強が集まって犯罪をすれば、怖いものは無いのだと思っていたのだが。
 最強は集まらない。
 最強など存在するはずがない。
 最強は複数存在しないのだから。
 そして、キョウは今ただ唯一の最強を眸に映している。感覚から、というあやふやな判断なのだが、まさしく青年は最強。
 世界にどんな奴が居ようと構わない。
 彼以上、いや。彼以外に、あれほどまでに狂った者は居ないと確信した。
「暇・・・な、わけないな」
 ぼそりと呟かれた言葉は、自身の言葉ではないのではと思うほどに弱々しく、感情を持ったものだった。自分の声は、心はこんなにも脆かったのかと。平伏したい気持ちが篭ったからかもしれない。
 青年は、二十代前半だと感じられる。黒い髪に黒い眸。透き通る様な白い肌はアクティブさを感じさせない。寧ろ、日陰で本でも読んでいそうな風貌だ。細身の体躯も、運動が得意そうには見えない。一面の血を見て伏せられた睫毛も、何もかもが中性的に見える。
 しかし、先刻の青年の姿を見れば、その感情も何もかもが消し飛んだ。目を見開き、呼吸する事さえも忘れる衝撃。
 暇など感じられない。
 退屈など、誰が思うか。
 この、素晴らしい状況で。
「・・・・・っ、」
 彼が憮然と立ち上がる。風に靡く黒い髪も、俯かず見据える眸も、血を這わす白い肌も。何もかも、全てがキョウの視線を外させない。
 逃がしはしない、と。
 そう断言され、欲する程求められたい、と。そんなことを思ってしまう。
 彼の笑みを見て、そう感じた。
 キョウの身体全体が、全てを賭けてでも自分を彼から遠ざけようとしたとしても。
 平素ならば、殺し合いを見れば奮え立つ全神経も、まるで尻尾を巻いて逃げる犬の様に静かになることで、危機を、鬼気を知らせていることに気付いたとしても。
 彼の笑みを視界に入れた瞬間、全神経が、全身が絶叫を奏でたとしても。
「・・・・・・・・・・・・・綺麗だ」
 尚も、彼から目を逸らせずに。
 キョウは躊躇わず、眸には彼だけを映して。
 どさり、と。手にしていた筈のコンビニの買い物袋が滑り落ちたとしても。
 ぴちゃり、と。死体から溢れる鮮血が流れ、足まで侵食してきていたとしても。
 ぐちゃり、と。電線に掛かっていたもの——死体の首が血を流して落ちてきたとしても。
 キョウは、何の感情さえも眸に映さずに。ただ、彼だけを見つめる。それだけが使命であるかのように、寧ろそれだけが許されたことだと思うように。
 そして、キョウは。
 そして、犯罪者は。
 そして、凶介は。
 眼前に迫った[それ]に気付かなかった。
 気付けなかった。
「わーい、カツサンドヒレカツ味があるですね。すっげー嬉しいです。んな、レモンチーです。ぼくの趣味を見抜いてのこととしか思えんです」
 その悪魔に、
 その天使に。
 その神に。
 その化け物に。
 その怪物に。
 その、その、人間の皮を被ったモノに。
 最強に。
「・・・・・・・・・・・・は?」
「これ、貰っても良いと思うです。ああ、貰っても良いですか? 金髪さん」
 史上最悪な事に。
 史上最高な事に。
 彼、火島 陰は、柔らかく微笑んだ。





 最強。以前、偽名。

Re: イルネス ( No.2 )
日時: 2009/11/28 12:21
名前: みかん (ID: tuG0e6yh)
参照: http://pksp.jp/kyonkun0505

あ、こんなかなじにやっていきます!


まだまだ載せますよ〜↓

Re: イルネス ( No.3 )
日時: 2009/11/28 12:25
名前: みかん (ID: tuG0e6yh)
参照: http://pksp.jp/kyonkun0505

     2




 警察という仕事に就く、ということは本当に後悔することが多いのだ、と。
 彼は語る。ゆるりとした部分を排斥して。
 淡々と、自身の話したい内容だけを語り、まるで楽しい読み聞かせでもしている様に。
 やはり、眸は俄然笑ってなどいない。
「警察になど、なるのではなかった。そんなことを今更思ってどうなるのだ? と。私は自分に問う。しかし、やはり結果は変わらない。俄然やる気のない部下に振り回される一方ではないか。何が、犯罪の街だ。警察も居るのだ、と。私は宣言する。しかし、やはり結果は無いに等しい」
 彼の癖なのかもしれないが、彼の口調はただの一人自問にしか思えない。自問自答ではない。一人で質問し、一人で考え、一人で否定する。その一人自問に答えなど存在しない。寧ろ、彼が答えを欲していない様だ。
 そして、彼の部下であり友人(自他称)である男、天見は苦笑いを浮かべる。彼のこの口調や一人自問に慣れているのだろう。さすがは友人であるだけはある(自他称)。
「そうですかね。俺は、警察す」
「嫌いだ、と。私は君の右斜め横の女性に宣言する。とにかく、私が言いたい事は君の右斜め横には誰も居ないという事だ。いや、居るかもしれないが人は居ない、と私は揶揄する」
「怖いです」
「すまん、本当だ、と。私は名にかけて嘘は付かないと宣言する」
 完全に、情けない表情で天見は彼を見る。その表情は、言葉とは裏腹に無表情だ。何の感情も浮かんでは居ない。悲しい程の無感情。しかし、彼はこれでも笑っているつもりなのだと。天見は長い付き合いから分かっている。
 だからこそ、笑えるのだから。
「冗談だって、言って欲しいです、総督」
「冗談だ、と。私は後退しながら嘘を付く」
「すみません」
 ゆるりとした黒い髪。それは彼の思考とは異なり、柔らかな印象を与える。しかし、それも虎視眈々とした彼の黒曜石の様な眸の所為で全く効果を為さない。寧ろ、そのギャップにより恐ろしさが増している。だが線の細い体躯や、背の高い姿から見ても、要らない程整っている。さすがは婦警からの支持が高いだけはある。
 そして、そんな彼——鎖城 真実は、無表情のまま呟く。
 声色も鋭く、眸の色を揺るがす事なく。
「さあ、犯罪者どもを捕まえるとするか、と。私は不可能な限り可能な事を陽気に発言する。しかし、そうすることにより俄然やる気の無い天見のテンションは上がると仮定する。そして、そのことにより更に犯罪者どもが檻の中へぶち込まれるという可能性は格段に上がるだろう、と。私は、上がりに上がったテンションを抑えられないという非現実的な天見を想像し、そんな部下を信頼することによって天見にプレッシャーを与えることに成功する」
「いや、無理です」
 警察という仕事ということについて語る前に、まず何処の職場でも上司の選択は出来ない。
 そのことについて、天見は悲しくなる。結果的に言えばこの地位にまで上り詰めたということは半分以上総督に気に入られたということが原因となっているだろう。総督を誘ったのは天見である筈が、結果としては総督が先輩だ。そう考えると、更に天見は彼に従わなければならない。その考えにより、天見は目を逸らす。その現実による、至福によって。
 天見の発言により、逆に機嫌を良くした彼の表情を横目で見ながら。
「何だ、つまらん、と。私は今日こそあの茶髪体力馬鹿を捕まえられると思っていたため、受けたダメージを全て天見に押し付けることに成功する。そして、これによって天見が受けたダメージは、私の信用を失った事により私の倍の倍であることを確信した発言を控える」
 彼は、普段は見せない柔らかい笑みを浮かべながら、「その発言によって天見の自殺願望を高めてしまうことを防ぐことに成功する」と言う。そんな笑顔は、やはり天見の前だからこそ見せているのだろう。普段の笑顔と言ったら、笑顔とは言えない代物だ。取引相手に向かって脅しを言ったあとの笑顔と言ったら、背景が完全に吹雪の山だ。天見は、彼と知り合ってからこの笑顔とのギャップに絆されているということを自覚している。どんな不利益な状況になっても、彼のこの笑顔を見せられてしまうと反論の意思など殺げてしまう。寧ろ、取引先にもこの笑顔を見せてしまえば円満に取引が進むだろう、と。そしてそうすれば埋立地も墓も面積限界まで使わずに済むのだろうに、と。天見は彼の部下らしからぬ事を思う。
 しかし、それも全ては彼のためだ。
 天見は完全に、彼の笑顔に餌付けされてしまっている。そしてそれを自覚している。
「どうかしたか? と。私は赤い絨毯を見つめながら硬直状態に陥った部下である天見に、最大限の優しさを見せて接することで部下を顎ひとつで扱える様に、アメダマとブツブツという技術を使うことに成功する」
「いやいや。アメとムチでしょう」
 こうして、警察は総督を含めて今日も俄然やる気は無いままで。
「そうか? と。私は馬鹿にしたような天見の眼球に狙いを定め、双方の柔らかい角膜を、不意に刺激するほどの衝撃を与えることにより、ムチを表現することに挑戦する」
「いや、マジ勘弁してください」
 そして、天見はこの日常が案外気に入っている。やる気がなく、正義の無い警察も、この可笑しな上司(DⅤ)も。
 そして、法務大臣という大袈裟な仕事も。
 そして、地位は高いが警視総監に負けている事も。
 そして、その警視総監が先輩である事も。
 そして、自分が生きている世界がどんなに汚れている事も。
 そして、今この街に。
[最強]が存在する事も。
 そして、自分が彼の為に存在している事も。
「先輩、大好きですよ」
「ああ、と。私は天見の発言を受け流す。寧ろ右から左へ、という面倒な作業をこなしている自身を、聖書を読み、大統領になることによって祝辞してくれることによって天見が自分の株を上げることを祈る」
「はい。大統領は不可能ですが、総理大臣ならばいつでも空けましょう。
 それが、俺の仕事ですからね」
 そして、自分が最早狂った境地から逃げられない事も。
 全てが、愛しくて堪らないと。
 天見は、あとで幼馴染の犯罪者にメールでも送ろうかな、と思いながら可笑しな上司の笑顔に目線を遣り、微笑んだ。











     ◇◇◇





 此処、東京は以前狂って行く。
 如何しようもなく、ただ淡々と。
 根源を断ち切る事は、不可能だ。
「・・・・マジで?」
 そう、キョウは今確信した。目の前に燦然と立ち聳える、建物を前にして。
「マジだ、です。此処に、依頼者が居ると聞いた気がする様な気もしねえ、です」
 そして、横で微笑む彼は、そんなキョウの態度が楽しいらしく、ひらひらと更に笑む。
「・・・此処か」
「そうだ、です」
 そんな二人の前には、国会議事堂が在る。
 キョウは、大きな溜息を漏らす。それは、きっと「如何して俺がこんなところに」ということだろう。全てに対して。
 彼が横で笑っていることも。
 国会議事堂に向かうことも。
 全てが、如何して、と。
「・・・・でかい」
 あのあと、キョウはコンビニで買ったカツサンドヒレカツ味を一口などという可愛いものではないと断言できるほど、彼に貪られた。余程気に入ったのか、それとも好物なのかは知らないが、あんなに大口でものを食べる奴を初めてみたぞ、とキョウは喉が渇いたと言ってレモンティーまでも貪る彼を横目で見る。
「・・・んん、んーはにゅむ」
「んあ?そうですね、か」
 キョウは彼に、現状を報告された。いや、現状と言うのは殆ど一面の血の海に対してのフォローなのだが、この街には犯罪者が全てであるため、それを咎める権利をキョウは持ち合わせていない。寧ろ、キョウの方が、と。キョウは自分の正体など明かしていないのだが、彼は揚々と微笑んで、キョウに言った。
『よかったら、僕のバイトを手伝えです。いや、手伝えばいいんじゃねえの、ですかね』
 彼の仕事。
 それは、[復讐屋]らしい。
 彼の説明によると、殺されていた少年たちの仇を取る、とかそんなかんじらしい。あの少年たちは麻薬の被害者らしい。そう、彼は涙無しでは語れない真実を話した。麻薬をやれば、一生抜け出せないと高校で聞いたことがあるキョウは、犯罪者ではあるが麻薬には手を出したことはない。寧ろ、真面目馬鹿に『麻薬でもやって犯罪者らしくなれば良いのでは?と。私は隣の金髪体力馬鹿に対して、的確且つ真っ向な意見を述べる。それにより、金髪体力馬鹿の脳みそは私を燦然と讃える賛美歌と成り得るということを確信し、それに成功する』などと、意味の分からないことを言われた事があるが、結果的に頭おかしくして、殺すことは何となく出来るが、麻薬なんていうものは手を出す事は出来ないということなのだろう。キョウは、悲しいほどに単純馬鹿だった。
「・・・・麻薬を勧めて来る奴って、真面目か?」
「うにゅ?」
 だからこそ、麻薬を勧められることで頭をおかしくした少年たちが気の毒になってきた、などという感情は全く湧かない。寧ろ、『あ?馬鹿じゃねえのそいつら。俺だったら麻薬売ってきた奴をぶっ殺して、薬漬けにして漬物石にでもしてやるよ』ぐらいの勢いである。
 しかし、如何して彼の言葉に乗り、今キョウに此処に居るのかというと。
 麻薬の話をし、少年たちのことを語る彼を如何しても離したく無かったから、などと。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、、」
「んにゅ?」
 キョウが一番手を出したくない麻薬によって被害を受けた少年たちを逆に哂い、そして世に溢れかえる犯罪者たちの頂点とも言われた『切り裂き』が、こんな感情を抱いている。寧ろ、頭をおかしくした少年たちよりもハッピーな頭脳になってしまっているのかもしれない。それによって、こんな感情を抱いている・・・のかも。
「如何かしたか? です。レモンチーをぼくが飲んだ事をいつまでもくよくよしてんのかです。その答によって僕の態度も変わるんだぜです」
 キョウは、彼を見遣る。
 目を見張る。びくりと驚き、自分の行動に更に驚く。如何したんだ俺、と動揺を隠せない心臓を何回も叩き、自分の腕力によって噎せる。それを繰り返し、それを止められない。
「何だ、これは」
「レモンチーだろです」
 彼、火島 陰と名乗った——そして、そのあとに当たり前のことのように「偽名だがなです」と微笑んだ——青年は、右目が辛うじて青い眸で、キョウを下から覗き込む。キョウは、あまりに一瞬のことだったが、ああ睫毛がすげえ長げえなとかまじで肌白れえなとか青と黒の目ってすげえエロいな、などと考え、そして電光石火で後ろを向く。
「んにゅ」
 そして、おかしな言葉を呟く彼を後ろに、ジャンバーからケータイを取り出す。黒いフォルムで、昔は白いものだったのだが血に塗れて汚れた上に壊れた為に、防水式のものなのだが、キョウはそれを慌てて開ける。
 すると、壁紙なしを設定している待ち受け画面の中央に『受信メール一通』と書いてあるのを見る。その名前は、
「・・・・出やがったな、馬鹿天見・・・・」
 天見 左右。勿論仇名なのだが、天見はキョウとは中学からの同級生である。警察の頂点である『斬り裁き』の鎖城 真実も、同じ中学校だった。その上、総督とはキョウから考えると生まれたときから隣同士だったと言う因縁の関係である。中学の時、二年生だった総督とキョウは喧嘩ばかりで問題児だった。しかし一年生に転校してきた天見によってその喧嘩は休戦となったのだ。何をしたわけでもないが、天見はただその下僕精神を見せただけだ。しかしその後、キョウは天見の変態性を見抜いてしまう。いや、ただ『俺、先輩(総督)とならキングモスラも一瞬で倒せると思うんです』と、笑っただけなのだが。寧ろ、そのときの笑顔が一番怖かったのだ。色々と。天見は今、何故か法務大臣になっているらしい。副職で外務大臣とかもやっているとか。総督は勿論警視総監になったと。しかし、キョウは知っている。今は完全に尻に敷かれている様な天見だが、奴は完全なる悪だということを。あの笑顔もそうなのだが、天見は何もかもを知り尽くしている。それは天見曰く、『はい?先輩のためですよ』ということだ。それが、一番怖い。総督のためならば何でもしそうな天見が。しかも、悠々とした笑顔のままに。
 そして、そんな天見からのメールは。
「何だ? えー・・・っと、『ああ、キョウさん? お久しぶりです、天見ですよ。いやあ、今日も楽しいです。はは、やっぱり総督は面白い人ですよ。俺なんか、その、総督を何度押し倒そうと思ったことかってね。はは、まあ冗談じゃないんですけどね。ああ、そう言えば今日も総督、『あの茶髪体力馬鹿を檻にぶち込んで見世物にしてやるという(以下略)』って言ってましたよ。はは、キョウさんも大変ですねえ。ああ、先輩でも総督を襲おう(二種類の意味で)なんて思った時には白骨化ですよ。はは、冗談じゃないです。そう言えば、俺昨日、可笑しな人を見たんですけど、そのひ』あ?何だ?文字数オーバーか。いや、待て。これ、件名じゃないかよ! あいつどれだけ機械オンチなんだよ。ていうか、それよりあいつ如何考えても惚気しか書いてねえええええ!」
 まあ、それが目的ですから。
 そんな天見の笑顔が想像できる。
「んにゃー。あ、リムジンでお出迎えなんて金かかってんじゃんかよですね」
 リムジン?リムジンってあの、一人で半端なくスペース取れるほどでっけえ車か。は?いくら此処が国会議事堂だからって、そんな車があるはずが、と。
 そんなキョウの視線の先には。
「お待ちしておりました」
 でかい、などという形容こそがみすぼらしいくらいの、大きく豪華な車が。原型はリムジンであるが金で調合されているに違いない、鈍い光を放つ装飾や、ライトに散りばめられたダイヤモンドも恐ろしい輝きを放つ。
「んな。待ってねえです。ああ、今のぼくの名前は火島陰だです。さっき付けたです」
「左様でございますか。私は、SPの二条と申します。さあ、あの方がお待ちですので、火島様、如何かお急ぎになってくださいませんと」
「にゃい。了解だぜです」
 そして、キョウと彼の目の前に傅くのは、向けられた相手が微笑ましく思うほどの好青年。黒く、豪華ではないがブランドもののスーツを身にまとう、影の様な雰囲気を感じる。ぺこぺことはせず、礼儀を知る人間だということが分かる。ぺこぺこなど、する方が逆に失礼である上に、出迎えとしては素早く行動することが最優先だからだ。
「んあ? 出迎えってことは、お前の依頼人っていうのは・・・・・」
「にゃわー。そうだぜです、キョウくん」
 彼は、レモンティーを飲み干したあと、燦然と軽やかに微笑んだ。
「内閣総理大臣——神下 奏太だ、ですよ」
 桜色の唇をふんわりと上げ、
 左の黒を鋭く、
 右の青を緩く、
 陶器の様な白い頬を攣らせ、
 羅刹の様に———氷神の様に、そしてまるで聖母マリアの様に。戦母アリアの様に。
 ゆるりと、微笑した。
『・・・・・・・・・・・・・・綺麗だ』
 悪魔に、魅せられた様に動けぬ者を嘲笑うかの様に、悠然と必然と、偶然を込めて。






 ・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・
 ・・・・・
 悪魔の笑みは穢れない。
 天使の笑みは穢さない。
 二つは異なり。
 二つは等しく。
 左右対称などではない。
 それでも、どちらも。
 愚かしい程。
 異なる程、等しい程に。
 息を呑む程に、美しい。

















     ◇◇◇




「私、曰く。今回は私の為に来て下さり、まことに有り難う御座います。私、曰く。さあ、どうぞお座り下さいませ」
 貼り付けた様な笑み。しかし、それでも自然と思えてしまうのはこの容姿による効果か。あなどれないな、などと考えてしまう。しかし、油断するな、と。そんなことを思い、自分を叱咤しながらキョウはゆったりとしたソファに腰を下ろす。自然な仕草で彼が横に腰掛けたため、少しガッツポーズでもしそうな心情だったが、辛うじて押さえる。
「いや、お招き有り難うだぜです。ぼくも暇だったからなです。内閣さん」
「・・・・略しすぎじゃないか?」
「うにゅ?」
 こんな会話と突っ込みが出来るのは、何とか内閣総理大臣が笑っているからか。それとも彼と一緒に居ることから来る麻痺か、催眠術か。そうとしか考えられない。
 それとも。
「・・・あの。こんなこと聞くのは何だけどな」
「私、曰く。何で御座いましょうか。復讐屋の助手の方」
「キョウくん、如何かしたのかです」
「そのさ・・・」
 キョウは、真剣な顔で。
「その、総理って何歳なんだ?」
 的確すぎる、質問を発した。
 そんなキョウの目の前に座るのは、少女と見間違えても怒られそうにない、美少年だった。黒い眸は幼さから来る潤みを持ち、若さを湛える白い肌も幼さからか紅潮している。身長はキョウの腰の辺りしか無く、彼と違い、細いだけではない。性別の判断さえ覚束無い程に、少年は幼かった。それこそ、小学生ほどに。
 大きな眸は涙も自然に零れ出しそうなほど大きく、ゆったりとした笑顔を見せる唇も艶を見せる。彼を例外とするならば、如何見ても幼い少年。キョウは、その少年をまじまじと見つめる。そうしても少年は笑顔を絶やさず、寧ろ微笑みかけてくる。こうした対応はキョウが見たこともないほど、大人の雰囲気を醸し出す。まさに、見た目は子ども! 頭脳は大人! という『まさに』の展開を想像してしまう。しかし、この世界にはそんな薬は無いし、黒ずくめの連中も、もう日本には居ないだろう。いや、それよりも国会議員になれるのは満二十五歳からじゃないのか?そう考えると、寧ろ二十五歳でも若すぎるほどだ。五十歳くらいでまだ若いくらいに。いや、そうして考えてみても、この少年の年齢では無理なのでは?
 そこまでキョウの考えが行った頃に。


「私、曰く。今年で満六十で御座います」


 さらりと、大人の笑顔で答えられた。
 キョウは驚愕により、口が閉まらないという冗談の様な事態に陥っている。いや、それよりもファンタジーの世界だろうか。いやいや、それを言えば少年の実年齢の方がもっとファンタジーだろうっていうか、んあ?それよりあの外見で六十はねえだろ。俺の三倍だぞ。三倍。成人式三回分だぞ。いやいやいや。それよりも、寧ろ天見みてえに笑顔だけで信じさせてしまう様な雰囲気を生み出すところが怖い。ていうことは、かなりの確率で少年は六十歳ということを信じなければいけないということになるのだろうか。そうなると、キョウはいままで培ってきた一般的常識を全て塗り替えなければならないという悲惨な事態に陥る上に、それを果たして受け入れられるだろうか。
「私、曰く。実年齢などはお気にせずに。私がこの日本の内閣総理大臣だということは変わりありませんから。その上、私としては早急に依頼のお話をさせていただきたく存じます」
 しかし、そんな思考も軽くいなされてしまった。まるでキョウのことなど全てお見通しで、赤子の手を捻る様に容易い気持ちで。
「あ、そうっすね。依頼っすか」
 何だか、実年齢を聞いたことによってキョウの口調がおかしくなっていた。尊敬語を使おうか、敬語なのか、寧ろ日本語なのかさえも危うい様な語調。しかし、内閣総理大臣はそんなことは一切気にせずに、彼の方へと視線を遣った。ふわりと柔らかい笑みを浮かべて。
「・・・・・・・・にゅー、ぴー」
 だが、彼はレモンティーのストローを銜えたままで寝ていた。ぐっすりと、気持ち良さそうに。しかもこんな緊張感の中であるにも関わらず、関係無しにソファに足を投げ出しながら。礼儀も何も無い。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・にゅ、ん・・・・ぴー」
 意味不明な音を発している彼以外が、静まり返ったことにより、人間が居てはいけない様な沈黙が生まれている。目を逸らしたいのだが、硬直して動けない様な。
 すると、彼は急に覚醒した。ぱっと顔を上げたのだが、眠気は抜けていないまどろんだ眸で、周囲を見回す。キョウの呆れ顔と、総理のにこにこ顔と、先刻二人を迎えに来た青年の苦笑を順々に眸に映した。そして、目を擦った後に、燦然と微笑む。無邪気に。それは、内閣総理大臣の笑顔を踏みにじる様に、華やかな、心からの笑みだった。
「いやあ、すまねえなです。昨日はあんまし寝てねえからなです」
 にこにこしながら謝られても、何の罪悪感も伝わらないのだが。ただ、場が和むだけだ。
 そんなこんなで、依頼が始まった。
 交渉と、絶望はこれからだ。
「ひゃい。頼むぜです、内閣くん」
「私、曰く。宜しくお願いします」
 略しすぎだろ、とは。
 キョウにはとてもではないが、こんな空気の中では言う気にはなれなかったのだった。











     ◇◇◇





 《虚剣の不死者》が降り立った。
 逃げられない。
 逃げられない逃げられない逃げられない逃げられない逃げられない逃げられない逃げられない逃げられない逃げられない逃げられない逃げられない逃げられない逃げられない逃げられない逃げる事を許されない逃げられない逃げられない逃げられない逃げられない逃げられる筈がない逃げられない逃げても仕方が無い逃げられない逃げられない逃げられない逃げ逃げられ逃げられない逃げられない逃げられないもう走れないもう飛べないもう歩けないもう動けない。逃げられない。逃げ逃げにげげげげげっげげ気逃げ逃げ気下気ッ気逃げ逃げ逃げに下逃げ・・・・・・ッ!
 逃げられる、そんな考えさえも浮かべてはならない。
 あの、悪魔からは。
 微笑さえも浮かべず、ただ純粋に人を殺す殺し屋。これならば、もっと狂気に狂った様な殺人鬼に殺されたいなどと思ってしまう程に。その殺し屋は、恐怖しか与えてこない。
 細い体躯も。
 その体躯から尋常ではない力が出されることを知っているものには何でもない。
 紅い眸も。
 夜目が利く以前の問題だ。すたすたと暗闇の中を歩いてくる。寧ろ、闇の中が殺し屋の住処で、其処から生まれたのではないかと思ってしまうほどの、素早さ。
 白銀の髪も。
 白い軍服も。
 白だけの悪魔は何の表情も浮かべない。
「・・・・いち・・・・にい・・・・さん・・・・」
 死神のカウントダウンは、命の刻限だと。そう、悪魔の表情の見て思った。その上、手には銃が握られているにも関わらず、抵抗を考えら無い。端から、勝負にならない。そう考えてしまっているから、抵抗さえも思考に入らないのかもしれない。そうなのだとしたら、それは仕方の無い事だ。圧倒的な力の前には、平伏すしかないのだから。俺が住んでいた日本のことわざでは『蛇に睨まれた蛙』と言う事を思い出す。そんな下らない事、と思うが、今まさに俺は完全に動けなかった。
 厭、そうではないのかもしれない。
 その、悪魔のあまりの美しさに動けない。
「・・・・・・・・・っ」
 身体は恐怖により停止し、思考もその悪魔の美しさによって動きを封じられた。白い肌も、白銀の髪も、虚ろな紅い眸も。聞いたものと全く同じものだった為、驚きはしなかったのだが、如何しても信じがたい。
 そして、その白い悪魔が人間であることを否定する。
「・・・・ば・・・っ」
 言葉一つで。
「・・・・化け物!」
 しかし、それでも逃げられないと知る。厭、それともやはり逃げる気などないのかもしれない。この悪魔に殺されたい、と。そう願ってしまっているのかもしれない。
 そして、悪魔は空虚の剣を構える。
 白い手の中には何もなく、ただ剣を持つ真似をするだけだ。それでも剣は在ると、そう感じる。
 ああ、と。
 やはり俺は、悪魔に殺されると。
 やはり俺は、悪魔に殺されると。
 これで俺は、死ねると。
「・・・悪魔。お前は、今何を思ってる? 俺の最期に付き合う身として、お前は俺に何を感じる? 同情か? いや、そうじゃねえな。おい、お前は俺にどんな言葉を・・・・・・・っ、」
 そして、其処で男の声は千切れた。
 それは、悪魔が呟いたからか。
 それは、悪魔が手刀で貫いたからか。
 悪魔が涙を流しているのを見たからか。
 それとも。





     
「————貴方を、愛している」






 ごめんなさい、と。
 悪魔は言った。
 それは悪魔が、微笑んだからか。
 銃弾の音はせず、男の死体だけが残る。
 銃創の傷はなく、男の遺体だけが残る。
 残ったのは悪魔が此処に居た事だけだ。
 絶望も、何も此処には残らなかった。
 絶望。
 それは、悪魔が残すものなのか。











     ◇◇◇




「私、曰く。依頼を申し込みたいのですが。宜しいですか? 復讐屋様」
「んにゅ。良いぜです。是非も無く」
 にこにこと会話される空気ではない。
 寧ろ、其処に二人が居るだけで子ども一人だったら簡単に消し飛びそうな雰囲気だった。その中に、二人以外の人でキョウだけが此処に存在する。
 悲しい事に、単身で乗り込んだ訳だが。
 すみません、トイレ行きたいです。そんな口実で此処を抜け出したい気分だった。
 キョウとしては、この復讐屋という職業は未開のものだった。寧ろ、正義の味方の様なものなのかと。先刻殺されていた少年たちの復讐では、麻薬を遣ってしまっていた少年たちを殺しているところを目撃し、その麻薬を売っていた奴らを後で復讐として殺すということだった。そう言うならば、復讐というのは親切心から来るものなのだろうか、と。キョウはそう考えている。そう考えることでしか、その職業を肯定することは出来ないと思ったのだ。
 キョウは、視線を彼に向ける。
 にこにこと、燦然と笑みを浮かべる表情に、悪意など無い。こういった場合、悪意が無い笑みを浮かべていないほうが恐ろしいと思うが、キョウは何とも思わない。寧ろ、その笑みに魅入ってしまって、目が離せないという状況だ。こんなことならば、時間が止まればいいなどとも考えてしまう程に。
 自分でも笑える程に、馬鹿だと思った。
 キョウがそんな事を考えている横では、内閣総理大臣と復讐屋の会話が為されている。そして、総理はにっこりと微笑んで説明した。
「私、曰く。私が復讐という名義で殺して欲しい者は三人居るのです。一人目は、川崎 省吾。二人目は、川崎 彰弥。この二人はただ今、追われている銀行強盗犯です。いまだ捕まっておらず、その上被害を増大させながら逃亡中。この復讐は私のものというわけではないのです。寧ろ、此処に居るSPの仲間がこの二人に殺されたのです。その為、復讐して貰おうと考えたのです。幸い、金額は何処まででも出せる職業ですので、其処はご安心を。そして、この二人に関しては一人百万で如何でしょうか。二人の復讐金は、SPの仲間たちが分担して出したいそうなのです。その為、あまり大きくは出す事が出来ないのですよ。申し訳御座いません」
「うにゃい。それで良いぜです。職業的に、お金が出せねえ奴は沢山いるからなです。この前の仕事もそんな感じだったからよおです」
 やはり、此処まで聞いてもキョウは良いものだと思った。仲間の仇を討ちたいという気持ちは分かる。寧ろ、過去の傷を抉られる様だ。中学生だった時の、恐ろしい記憶。それを考えると、復讐屋というものはとても良いものだと思う。如何しても、真っ当だとしか考えられない。仲間というものはもう一度創るということは出来ないのだから。
 だが。
「私、曰く。それでは、三人目を」
「うにゅい」
 キョウは、その考えがどれだけ浅はかなものだったかを知る。悲しいほど、あっさりと断ち切られた糸の様に。
 切り裂き。そう呼ばれている男が。






「———私の汚点を消して下さい」





 実母を殺してください、と。
 もう、前置きは必要ないと感じたのだろうか。内閣総理大臣はにっこりと微笑みながら、幼さを匂わせる眸で、大人の口調で言った。
 がちゃん、と遠くで何かが割れた音がした気がした。











     ◇◇◇





 何もかもが手の中にあるという、自信を持っていたのかもしれない。厭、寧ろそれは思い上がりに過ぎない感情だった。
 彼は、まだ中学生だったのだから。





 がちゃん、と遠くで何かが割れた音がした気がした。
 しかしそれは次の瞬間に自分が落としたガラスのコップが床で砕けた音だと知る。
「あ、大丈夫ですか?手、切ったりしていませんか?」
 すると、すかさず天見が聞いて来る。それを俺は笑って思い過ごす。誤魔化すのではなく、ただ「大丈夫だ」と言いながら。しかし、鋭い天見は楽しげに笑って、横に居る鎖城に笑み卦ける。そうすることによって、鎖城の笑みを引き出そうとしているらしい。しかし、公衆の面前では鎖城が微笑むことなど絶対に無い。寧ろ俺たちの前でも笑わないくらいだ。だからこそ、天見は自分だけがいつも見られる笑顔が好きなのかもしれないと俺は思った。
 そんな事を言えば、天見に「先輩の前でそんな事を言って、笑顔を見せてくれなくなったらどうするんですか」といいながら笑顔を飛ばし、俺を飛ばしてきそうだと思った為、俺は目を逸らすだけにした。
「大丈夫か、と。私は眼前の馬鹿に馬鹿かという態度を見せず、心配している雰囲気を醸し出す事によって、心配という義理的人情を引き出し、馬鹿を、私を崇拝するただの馬鹿に仕立てる事に成功し、その上で馬鹿を更なる馬鹿に進化させる事に成功する。そのことにより、私は一石二鳥を達成する」
 そして、中心に居る鎖城も意味の分からない事を言い出す。中学生だからからか、鎖城の身長は一向に伸びない。二年生の頃から変わらず、三年になっても二年の天見と二十センチほど違う。天見が大きいからなのか、それとも鎖城が小さいのかはわからないが、そんな女にも見えてしまいそうな奴が、そんな奇妙な事を言えば、変に目立ってしまう事は分かりきった事だ。
「大丈夫だって言ってんだろ」
 俺がそう言うと、俺の横に居る切裂が楽しげにゲームをしているのが目に入る。俺が「大丈夫」だと言っているからと言って、何の反応も示さないのが鬱陶しい上にうざい。
 その為、俺はゲームの後ろに在るリセットボタンをわざと押した。かちゃんという音の後に、機械音が巻き戻しを強制する音を聞きながら。微笑む。
「んあ! てめえ! 俺のパワフロくんがあああああああああ! 此処まで行くのに、どんだけ時間が掛かってると思ってんだよ!」
 そんな事は知っている。それでも、切裂が俺という親友を放り、ゲームに夢中になってるから悪いのだと。そう言いながら笑ってやると、切裂は、唸りながら俺の名を叫んだ。いじけるのも面倒だが、これはこれで面白いと思った。
「くそっ、てめえ、キョウ! 今度こそ許さないからな! 覚えてろよ!」
「そんなに俺に勝ちてえなら、今度の期末試験で二百点以上取れよ」
「それが良いですね。温厚的で、絶対にキョウさんが勝てます。ねえ、先輩」
「そうだな、と。私は予測される未来に向かって一歩ずつ後退していく様に見える切裂に慰めの様な言葉を掛けないことにより、アメダマとブツブツのブツブツを表現することに成功する」
「アメとムチだろ、鎖城」
「んだあああああああああああ!」
 こんな日常が、俺は大好きだった。
 何もかもが手に入らない事は分かっていても、世界の中では不自由なく暮らせるこの世界が。大好きだった為に、あの世界を壊した。
 厭、壊されたのだろうか。
 それは今一分からないのだが、それでも悪魔が其処に居た事は、唯一無二の事実だった。
 悪魔は、何も言わなかったか?
 微笑んだか?
 泣いたのか?
 それも分からないのだが。











     ◇◇◇





 罪のある、無邪気な子どもの笑顔は、時に恐ろしいものに見える事を理解した。
 無垢な子どもが笑顔のまま、そんな事を言ったとしても、冗談としか思えない。そもそも、そんな事を言う笑顔ではない。『あの玩具が欲しい』という子どもと全く同じ顔で、少年はただ微笑んだままに。





「———私の実母を殺してください」





 そう言いながら、何よりも面白い玩具を見つけた様な、柔らかな笑顔を見せ、そして求めるままに見せ付ける様に、感嘆の溜息を漏らした。そんな仕草は完全に大人の雰囲気だったが、恐ろしくも美麗だった。
 買い物を頼む様に、簡単に。
 玩具を強請る様に、楽しげに。
 愛を告げる様に、無垢に。
「私、曰く。私の実母は、如何しようもない女です。生活は堕落し、唯一ある容姿によって男を誘惑し、酒に溺れています。そんな女を、私の実母だと書きたてている記者が居ましてね。面倒な事になりそうなのですよ。特に、今のこの時代でのゴシップは痛い。しかも、あんな女の為に私の人生までもが堕落の一途を辿る事は許されないのです。閣議では、その記者を殺せば良いのではという意見が出ていました。しかし、それは流石に面倒なのです。売れっ子記者らしく、評判が良いのです。しかしそれも、他社の記事を横流ししているという説を聞きますがね。そんな記者と、無法者の女とでは実母であれとあの女が殺しやすいのですよ。まあ、私としては母を失うのでしょうし、心痛む記者会見をせねばなりませんがね」
 絶句した。
 キョウは、犯罪者だ。しかし、その理由は人が命を落とそうと、人の命を奪おうと、何となくだ。何となくという理由でも世間では信じられないと思うが、こんなにも悪意の篭った殺意をキョウは知らない。実母を殺す理由。それが、自分の地位の為だと。そんな理由は幾らでも聞いた事があるが、見目がやはりいけないのかもしれない。
 見目、十歳の少年が。
 実母である女を、殺す依頼をする。
 しかも、これは復讐ではないではないかと思う。先刻の少年たちのことは、麻薬による被害を受けた少年たちの為に、麻薬を売っている者たちに復讐するのだと言っていた。それは、完全に利害関係が成り立っている。被害者と加害者。被害者が加害者を恨み、そしてその被害者が自分では如何しても復讐出来ない場合に復讐を代理する仕事、それが復讐屋だろうと。それによると、この依頼は完全に復讐ではないではないか。
 恨みによる、
 復讐。仇討ち。
『———私の実母を殺してください』
 想定される損害による、
 排除。排斥処分。
 そんなものは、絶対に復讐とは言わない。排除。邪魔になった人間を消す。暗殺者や、殺し屋と同じだと思った。
 あの人を殺した、殺し屋と同じだ。
 いまだに掴めぬ、影の様な犯人と同じ。
 邪魔だ、と。誰かが言えば、そいつを殺しても良いのか。そもそも、そんな仕事をしていても良いのか、と。問う。それでも戻らない命を如何して奪うのか、と。
 一般人の様に。
 犯罪者は少しだけ思い、俯いていた。
 こんなのは復讐ではないのだ。
 だからこそ、彼が断わる事を願う。断わる事で、この馬鹿な依頼者を黙らせて欲しい、と。
 しかし。
 彼はただ、レモンティーを最期の雫まで執拗に舐め取り、



               
「良いぜです。面倒だが、そっちの女の方が殺したあと楽だろうしなです。記者は殺せるが、後始末が面倒だろです」




 舌で濡れた指を舐りながら、言葉を肯定した。断わる事など考えていない表情だった。
 さすがにこの依頼では雰囲気が鋭くなった内閣総理大臣だったが、彼は全く雰囲気を変えることなく飄々と微笑んでいる。
「・・・・・・・・・・・・・・っ」
 キョウは、何も言えなかった。これだけの事を言われているのにも関わらず、犯罪者のトップだと呼ばれる男は無力だった。
 しかし、言えなかったのではない。
 狂気に押されていた。
 キョウ自身の、大きく渦巻く狂気に。
「私、曰く。そうですか、受けて下さいますか。では、その分の金は用意させて頂きますので、後程送らせて頂きます。あの女は今、東京に居ます。私の仕送りでも考えているのでしょうかねえ、馬鹿な女です。銀座の方面のクラブかスナックにでも居るでしょう。詳しく調べがついているのですが、貴方が探して下さった方が、あの女の命もそれだけ長引くでしょう。私を育てた分、それだけを与えましょう。それだけ私の中も良心も嘆かずに済みますからね」
 過去が心を抉る。
 キョウは、自分が何処に居るかも分からなくなってきていた。あまりの怒りと、あまりの恐怖と畏怖に。他は、何の会話をしているのも。
 彼への疑問と、総理への怒りに。
 過去への疑問と、過去への怒りに。
「にゃい。分かったぜです。うにゅ、行くぞです、キョウくん」
「・・・・・・・・ああ、」
 辛うじて出た言葉は、それだけ。
 後は、何の記憶も無い。
 犯罪を遣っている瞬間と同じで、目も眩む感情に、人を殺している事にも気付けない。
 狂気に、狂気に飲まれる感覚。
 それだけを生きていく糧にしていたキョウは、初めて今日復讐への怒りを感じた。
「・・・・・・・死んじまえ」
 騙る名は在る。
 語る名は無い。
 何も無い。何が無い。
 そんな事を、如何して知り得る?
 命も名も、当に尽きたと言うのに。





 獲物は何も求めてはならない。
 全ては捕獲者が与えるものだから。
 生ではなく、死を。
 希望でではなく、深い深い深い深い・・・・・絶望を。













     ◇◇◇



    ※   +NOTHING




 悪魔の感情は何の為?
 悪魔の行動は誰の為?
 悪魔の涙はいつの為?
 悪魔は、何をして疎まれる。
 死んだら疎まれないのだろうか。









「・・・・・・・・」 
 引き攣る彼の手首は、自分で掴んでいてもあまりにも可哀相な程に細かった。
 何も言わない彼は、がたがたと五月蝿い机の上で、白い肌を晒している。それも、乱暴に脱がされたものだと言うのに、彼は何の抵抗もせずに居た。吐息さえも漏らしはしない。ぐったりとした体躯は、背丈があるにも関わらず、あまりにも細い。頭の上で束ねた両手首も、感情を入れすぎた為に赤くなっているのでは、という思考も今は働かない。罪悪を感じている筈なのだが、如何しようもない狂気に呑まれる。今の自分はただ獣の様に貪るだけだ。
 平素の彼の表情ではない。
 何かを浮かべている筈なのに。
 ———涙を流しているように、見えた。

Re: イルネス ( No.4 )
日時: 2009/11/28 18:38
名前: みかん (ID: tuG0e6yh)
参照: http://pksp.jp/kyonkun0505

    3




 外に出ると、何気なく白い息が頬を掠める。横切る車鬱陶しく見え、如何しようもなくキョウは顔を顰めた。
「キョウくん。ぼくはベーコンレタスサンドと、カツサンドヒレカツ味と、牛肉味が食べたいぜです」
 しかし、横を見ると隣に歩くのは絶世の美青年。口調や、如何しても似合うとは思えない黒縁眼鏡など、おかしなところはあるが、それでも霞むことなく、彼は完全に街中で目立っていた。ふわふわと飛んでしまいそうな彼の細さは尋常ではない。だからこそ、眼が離せないという理由を付け、キョウと彼は手を繋いでいた。仲良くという形容が合っている構図だが、キョウはそれだけで有頂天な上に上機嫌だった。
 キョウは怒りに眼を眩ませていた。
 しかし、今は先刻の会話で誤解が解けた事により、キョウはまた彼に魅せられていた。いや、きっとそのままでもキョウは彼とは離れる事が出来ないと感じていたが。
 内閣総理大臣、神下 奏太。
 彼の実母を復讐として殺して欲しいと。
 キョウの解釈では完全に、総理としての利益に関わるから、暗殺でも抹殺でも構わず、女を殺して欲しいというものだった。
 しかし、彼の言葉で変わったのだ。






 キョウは、眼が眩む程の狂気のまま、彼に問うた。
 彼の空気に呑まれ、覇気のままでは居られなかったのだが。
 すると彼は、鼻歌でも歌いだしそうな笑みで説明し出した。
「うにゅい。キョウくん、完全に後の話聞いていなかっただろです。内閣くんは、確かに実母を殺して欲しいって言っただろです。でも、それは実母がゴシップとして使われる事が面倒だからなんて言ってたがですね、そこだけを聞くと復讐じゃねえです。話は最後まで聞けってんだです。内閣くんは、実母に育児放棄を受けてたんだぜです。その上、警察(まだ機能していた頃の)に捕まる程の事をしたんだぜですよ。えーっと、一つ目。『九十八度と書かれた、ポットの熱湯を掛けようとし、タンスを破損。その上、次の湯がポットの中で沸騰するまで待てず、コンロで沸騰させ、当時一歳三ヶ月だった実の子の背中にかける』だぜです。二つ目。『暴れて泣き出す赤子を殴り倒し、肌が溶ける程の火傷を負っている背中に火の付いた煙草を押し付け、黙らせようとする』だですよ。この他にあと、三年間分、九十九回あるんだぜです。しかも、その九十九回は重なったものは数えてねえです。だから、百回は超えてんだぜです」
 その事により、と。
 彼は微笑んだままに、惨酷にも燦然と。
「うにゃ。分かるかです。これは、完全に復讐なんだぜです。内閣くんは、あのあとずらずらとこの事を語ってたんだですよ。んにゅ、前置きにゴシップの事を言ったのは、そう言う依頼の方が受けられる確率が高いんじゃねだとよです。だから、前置きこそゴシップだぜです」
 だからこそ。それを聞いた後に、僕はこれを復讐だと認証したんだぜです。
「・・・・・・・・そうか」
 キョウはほっとしつつ、怒りを納めた。
 だからこそ、こうして彼と居られるわけだ。



















「良いぜ。まあ、勘違いしてたお詫びだな。俺も誰かさんに昼飯食われちまったしな」
 そんな事があり、彼らはファーストフード店に入った。キョウは含みを持たせて言ったのだが、『誰かさん』の段階で気付けるだろうに、彼はただ純粋にハンバーガーに夢中だった。それこそ、涎でも垂らしてしまいそうな程に。
 彼は、何を頼むんだとキョウが尋ねる前に、眼にも止まらぬ速さで列に並んだ。やれやれと思い、キョウが並ぶと犯罪者たちがぎろりと睨みを利かせてくる。犯罪者のトップと言っても、本当の意味のトップではない。犯罪者の中で最強だという事だ。それによりそんな名がついているのだが、犯罪者が集う事など無い。舎弟のような存在は居るのだが、やはりキョウの様にきまぐれな犯罪者は、単独犯の方がやりやすい。まあ、と言ってもこの世では警察は完全に育児放棄状態。面倒なのかやる気が無いのか、と尋ねた事があるのだが、『そうだな、やる気が無い、と。私はそう答える事により、実は面倒なのだという本心を、心理学上で《馬鹿・最上級ランク》に示されるほどの偉大な脳みそを持つただの馬鹿の眼から逸らす事に成功し、それにより警察の真理を護る事に成功する』と応えた。まあ、どっちもどっち。結局警察は何もしない主義という事だ。それで、そんな警察によって世の中は犯罪者の街となった。正義を語る警視総監も、法を司る法務大臣もただのやる気の無い馬鹿としか言い様が無い。まあ、それもこれもどれも、天見の笑顔と鎖城の無表情を合わせれば証明出来るのだろうか。などと、そんな事を考える。そうして考えてみると、犯罪者は所詮犯罪者だ。いくら、犯罪者のトップだからと言っても、指揮官では無い。トップだからこそ、狙われるのだ。
 キョウは、犯罪をする瞬間の狂喜を思い出しかけた。だが、今は彼が居るのだ。しかも、麻薬を遣っていておかしくなった少年たちが殺されている瞬間でも、怖くて動けなかったと語る彼では、こんなにも『犯罪者』という雰囲気を醸し出す男たちに囲まれてしまえば、怖がる事は確定だった。
 そして、キョウは自分も『犯罪者』という雰囲気を醸し出す男だという事を棚に上げ、彼に目線を遣った。
 しかし、其処に彼の姿はない。きょろきょろと探していると、もう既に彼はキョウから貰った一万円で、その金額分のハンバーガーを食べていた。もきゅもきゅと口いっぱいに頬張り、にこにこと此方に向かって手を振っていた。勿論、犯罪者の面々は背の高いキョウで見えなかったのだろう、何の恐怖も浮かべずに。
 キョウは、面倒臭い顔で犯罪者の面々を殺す事はしなかったが、裏のゴミ箱の中へと一人ずつ押し込んでおいた。「このまま、ゴミ収集車に持っていかれて焼かれろ」と思ったらしい。
 そして、キョウもそのあとに自分の分の飯を買い、にこにこと食べる彼の目の前に腰を下ろした。そんな瞬間も、何だかキョウとしては嬉しく感じられた。
「ひんははほほはへんひあふはひっへるははせへす?ひょうふん。ほふは、わははへえでふ」
「んあ?『銀座は何処らへんに在るか知ってるかだぜです?キョウくん。ぼくは、分からねえです』だって?銀座くらい何処にあんのかも知らないのかよ」
「ひふへーはへふへ。ほふはひはははへえへすほ」
「『失礼だなです。ぼくは仕方がねえですよ』か。まあ、そうだな。俺よりも土地感覚あったら怖ええもんだなあ」
「へは」
「ああ、そうだな」
 キョウと彼は、宇宙語というと、宇宙人に失礼なほど不思議な会話をしている。話が通じる事が面白いのか、彼は揚々と喋っていた。しかし、その口腔内に色々な食べ物が詰め込まれている為に、彼の言語は不可思議なものとなっている。それでも理解するキョウに、柔らかく微笑みながら、解読不能な言葉を延々端している。周囲からすれば、如何にも犯罪者という、金髪で大柄な青年と、にこにこと宇宙語よりも不思議な言葉を話す、あまりにも似合わない眼鏡を掛けた息を呑む程の端麗な青年を見ることになる。それはどんな心境なのだろう、と。そんな常識な心情は、キョウが持ち合わしているはずが無かった。
「ほうひへ・・・・ん、く。キョウくんは、付いてくんのかです。実母への復讐って奴によおですよ」
 すると、やっと口腔内のものにケリを付け、彼が日本語を話し出した。表情は、食べている瞬間と同様、燦然と浮かべられる、笑顔のみ。それにより、彼が今何を考えているのかは全く分からない。勿論、キョウにも。
「んあ? 行くに決まってるだろ」
 そんな危ないこと、お前だけにやらせるわけねえだろ、と。気恥ずかしく、続きはいわなかったが、キョウはしっかりと陰の言葉を、肯定した。『行く』に、『決まっている』という言葉まで付け足して、より強い肯定を示した。
 それは、やはり彼が、犯罪者に免疫の無い人間だと聞かされているからだろう。この『バイト』も、知人の仕事を手伝っているだけらしい。特に今日の仕事は大きい為、知人も手伝うという。その事を話す彼は、やはり細く、弱々しい。田舎から来たばかりだという彼は、その瞬間、頼りなげにキョウを見上げていた。一瞬で彼に眼を奪われ、息を呑んだキョウだからこそ、こんなにも彼に執着してしまうのだと、キョウ自身が自重している。しかし、だからこそ彼に感じた総毛立つ様な感覚と、触れた視線の感触を覚えている。その瞬間を思い出すと、如何しても彼が『一般人』だとは思えない。その上、復讐屋というバイトも、如何かと思う。しかし、キョウはやはり、その考えを彼に告げる事は出来ないのだった。
「いにゅ。分かったぜです。その言葉は肯定してやるです。待ち合わせは、明日だから遅れんじゃねえぞですよ、キョウくん」
 そして、そんな彼だからこそ。
 分かった、と。
 そう言いながら燦然と微笑む彼の表情が。
 いつもとは違って、悲しく、俯いている様に見えてしまったのかもしれない、と。
「ああ」
 やはり、キョウは口に出さない。犯罪者として、誰を殺しても良いなどと考えていた、ただの暇人は、今はもう人間だった。
 独りで、人間に、なっていた。





『————××××××××』





 耳に残った言葉は、聞いた事の無い言葉だった。それは、日本語では無かった為に、キョウには解読出来ないものだった。こんな事を思い出す事も、人間になっているからなのか。
 そう考えると。
「ああ、人間って面倒くさいな」
 そう言わずには、居られなかった。
 夜の闇。キョウは、自分の住処に溶け込む様に呟いた。茶髪が輝き、光を反射していたとしても、キョウは決して美しくないのだ、と。端麗な顔を歪めて、狂気に微笑んだ。
 彼の様な微笑みは出来ない。
 寧ろ、あの笑みを手に入れたいのだと。
 キョウはやはり壊す事しか出来ない。
 殺人しか出来ない。
 殺害は出来ない。
 本当に殺したい奴は、まだ殺せていない。
 そいつの顔は、仮面か嘘だったから。









 繋ぐだけが鎖ではない。
 繋がれているのは、身体だけではない。




















     ◇◇◇




    ※   +ANYTHING


 虚無感に、如何しようもなく視界が歪む。
 心が揺れる。歪む。そして、壊れる。
 まるで、其処には何も無かったかの様に。
 「可哀相に、        。」
 そんな言葉など、欲してはいない。
 「可哀想に、        。」
 そんな言葉など、望んではいない。
 ああ、此処には貴方の影を。
 背負う人など、居ない。
 ああ、此処にも貴方の志を。
 背負う人など、居ない。
 居るのは犯罪者。
 居るのは断罪者。
 どちらも同じ。等しく、違う。
 言葉など、必要ない。言葉など、意味を成さないただの飾りにすぎないのだから。如何にも飾れる、ただの玩具だ。
 欲しいのは、欠陥。欠点。完璧など、初めから求めていない。
 爛れた貴方の影は、尚も足元を掬う。
 崩れた足元の影は、尚も貴方を救う。
 さあ。
 行くよ、と。もう一度頭を撫でて。
 さあ。
 帰るよ、と。もう一度手を繋いで。
 しかし、それでもこの唇は虚無しか紡がない。
 殺す。それしか出来ない。
 それが、貴方に貰った最期の言葉。仕事。
 使命。飼われた悪魔など、人を騙す事すら叶わない。首輪に繋がれていては、何をするにも鎖を持つ者の赦しが必要だ。
 さあ、問おう。我が主。
 赦しを請わなければ、悪魔は動けない。






「〝おやすみなさい。神父様〟」





 白銀の悪魔はもう存在しない。
 聖職者によって、排除されたのだから。
 悪魔に答える者も、もう存在しない。
 要らない要らない欲しい要らない欲しくない欲しい要る要る要る要らない。
 どちらも要らない。どちらも欲しい。
 二択は容易ではない。悪魔が用意するものなのだから。


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