ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

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破壊者交響曲 〜第二曲〜
日時: 2009/12/25 18:46
名前: SHAKUSYA ◆K.xLaczcwk (ID: TQ0p.V5X)

——何故消えたしッ!
って事で、また投稿しなおし。トホホ……。

今回もまたまた恒例、注意でございます。
〜注意〜
一 荒らし、誹謗中傷、喧嘩他、読者様やスレヌシの迷惑になる行為はお止め下さい。
二 文中に難しい漢字や表現が用いられている箇所があります。出来るだけ漢字の方は振り仮名をうつよう努力いたしますが、分からない表現等はお知らせいただけるとありがたいです。
三 この小説は世界観やキャラの説明等を作中で行うため、所々で行が詰まっている箇所が多くあります。現在も試行錯誤は繰り返しておりますので、どうか寛大な心で辛抱してください。
四 一部の文中にグロテスク・暴力的な表現が入る可能性があります。グロが苦手な方は用心してください。
五 スレヌシは基本タメOKですが、スレヌシ自身は基本敬語を使います。その辺りをご承知下さい。
六 此処での雑談は禁止です。

以上の注意を良く読み、ネットマナーとモラルを心得ている方はどうぞ、小説を閲覧してください。

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Re: 破壊者交響曲 〜第二曲〜 ( No.1 )
日時: 2009/12/26 22:15
名前: SHAKUSYA ◆K.xLaczcwk (ID: TQ0p.V5X)

第一楽章 「雪の中で」
 第五次神魔降臨暦、神闘代十四年、九月十四日。「大賢者」と謳われ、神と壮絶な戦いを繰り広げた末に、神を滅ぼした男——キリア、基イリーア・リヴェナ・フィレイオンが、この世の何処とも知れぬところへ、消えた。四人の仲間と共に。
 碧眼の大賢者はその後、たった一人の子を残し、この世から消えたと言われている。

 第五次神魔降臨暦、光魔代十二年、二月五日。其処彼処に分厚く雪が降りつもり、雪かきに勤しむ人々が屋根の上でスコップを構える光景が馴染みになってくる季節。
 そんな雪に埋もれた国の一つ、クロロフィリア連合国の一角にある寂れた共同墓地に、一人の少年が佇んでいた。
 風に揺れる長い髪は銀色で、憔悴の色を含む、鋭い瞳の色は髪よりも濃い銀。幼い顔は端正だが、疲れきった色を宿している。雪と相似するような純白色の衣服に身を包み、男のそれとは思えないほど華奢な手には可憐な紅い椿の花が付いた小枝が一輪握られ、吹雪けば折れてしまいそうな程に細すぎる体は、何処か頼りなげに風の中で立っていた。
 この少年こそが、キリアの唯一残した子——ジェライ・リヴェナ・フィレイオンである。

 「二年来なかった内に、父さんの墓はみすぼらしくなってしまったよ。僕も疲れ果てた」
 ジェライは幼さの残る声で静かにそう言うと、風化して文字すら消えかかった小さな墓の前で膝を付く。そして、手に握った椿の花を音もなく墓の前に置くと、片膝を付いた体勢で、ファルトネシア公国式の——右手で逆十字架を作る——鎮魂の印を切った。その間にも雪は一層深く積もり始め、ジェライは雪に埋もれかけた椿の花を一瞥して立ち上がる。
 途端、足元が縺れてジェライは積もった雪の上にあお向けに倒れる。熱病に冒されたように恍惚とした銀の瞳からは確固とした意思が消えかかっていた。
 ——彼は倒れた。されど、雪は気を失い倒れた人を気に留め、降り止むことなどない。

 「ッ……うぅ、寒い、寒い……」
 赤々と燃える薪の火の前で、ジェライは『寒い』と言う一言だけを繰り返していた。ジェライが意識を失った十分後、偶然にも墓地を通りがかった人に凍死寸前の所を助けられ、一時間ほど昏睡状態に陥った後、ようやく目を覚ましたのだ。
 「大丈夫か? 先ほどから寒い寒いとばかり言っておるが……」 
 訛りの入った言葉を使うこの男こそ、死にかけだったジェライを助け出した人間である。
 端正な顔は二十台半ばほどで彫りが深く、黒い髪は前髪を作らずに後ろで纏め上げている。優しげな光を宿す瞳は、この辺りでは珍しい黒がかった茶色。黒の長着と灰色の袴を着込み、肩からは防寒だとでも言いたげに黒の羽織をかけている。
 何より目に付くのは、腰と背に止められた——今は床、基畳の上に置いているが——物騒な七本の刀。どれもほとんど同じ形状だが、長さは男の肘から手の先までしかない、いわゆる「短刀」と呼ばれるものから、長い物になれば男の身長ほどもある。
 そんな彼の名は、御祓如龍杜(やごうらりゅうと)。その昔、キリアの旅について行った旅の仲間……御祓如白都(やごうらはくと)の実の息子であり、クロロフィリア連合国内にある「桜町」と呼ばれる町の現領主である。

 「寒くて死にそうなんだ……それに、寒いのに熱がある……」
 龍杜の上げた心配の声に、ジェライは今にも消え入りそうな小さい声を上げ返す。龍杜は「それはいかんな」と低く言ってから、自らの右手をジェライの額に当て、左手を自分の額に当てた。途端、龍杜の顔が険しくなる。
 「相当な熱だ。恐らく、寒いと感じるのも酷い悪寒のせい。無理せず、寝た方が良いぞ」
 低い声で龍杜が告げると、ジェライは静かに首を横に振った。龍杜は怪訝な顔をし、「何ゆえ?」と語尾を大きく上げて問う。ジェライは青褪めた顔で、パチンと一回爆ぜた炎を眩しそうに見つめると、やはり消えそうな声で告げた。
 「僕は、竜族の子供を殺した。だから竜族に追われて、世界中逃げ回ってる。見つかれば、僕は殺される。そんな危険を、助けてくれた貴方にまで背負わせたくないんだ」
 ジェライが言いきったところで、もう一度炎が爆ぜた。龍杜は黙って隣に山と積んでいた薪を一本手に取ると、無造作に炎の中へ投げ入れる。薪にはあっという間に炎が燃え移り、また爆ぜた。
 そこで、龍杜が静かに声を返す。
 「それならば尚更であろうに。病の全快せぬうちに此処を発ってしまっては、またどこかで倒れ、見つかってしまうのが果てだ。某(それがし)は桜町の領主、竜族の事情にも若干の融通は聞く。治るまでは此処に居ればよかろう。……それに、クロロフィリアは竜族も多く住む国。この国で某に助けられた時点で、既に某もお主と同じ危険を背負っておるわ」
 「そんなもんなのかな……」ジェライの声に、龍杜は黙って頷く。
 暫くの無言が過ぎた。

 炎が七回爆ぜた頃。
 とうとう堪えられなくなったのか、ジェライは未だ燃え続ける炎の前で寝息を立てていた。龍杜は相変わらず一定のペースで薪を炎の中に放り込んでおり、若干眠たげに舟を漕いでいる。しかし、それでも寝ようとはしていない。
 「竜族……か。父上も竜族と旅を共にしたと言ってはおったが、子孫の代でそれが現実になろうとは。面白きものよ」
 押し殺した声で龍杜は呟くと、低く笑い声を漏らして大きく欠伸を一つした。
 雪は静かに降り積もり、そろそろ水も凍てつくような寒さになろうとしていた。

 降り積もった雪は重い。重力に逆らえず、屋根の上に降り積もった雪は、地面に積もる雪の上に大きな音を立てて落ちた。その音と呼応するように、他の所に積もった雪も一斉に音を立てて落ちていく。その音は五月蝿いほどに大きい。
 その五月蝿いほどの大きな音で、ジェライはふと目を覚ました。
 炎は既に消えているが、その代わりとでも言うように朝日が差し込んでいる。隣では龍杜が羽織を掛け布団代わりにして寝ており、雪の雪崩れる音でも夢から覚めない。ジェライはしばらく呆けた気分で辺りを見回し、それから一気に跳ね起きた。
 「そうだよ、呑気に寝てらんない。早い所行かないと……」
 譫言(うわごと)のように言葉を紡ぎ出し、ジェライは立ち上がる。熱は粗方下がっているらしく、その足取りはしっかりしていた。ジェライは龍杜がまだ寝ているのを確認した上で、そそくさとその場を離れた。
 雪はすでに降り止み、後には真っ白に積もった雪の残骸だけが、地面に残されている。そんな雪を蹴飛ばし、足跡を残しながら、ジェライは何処かの彼方へと姿を消した。
 ——その一時間後、桜町からは領主が姿を消した。

 刺すように吹きつける北風の音と、風に揺られて音を立てる、常緑樹の葉擦れの音。そんな音の中、再び雪が降り始める。横殴りにふき付ける風と雪の中で、二人の男が歩く。
 「……一つ言わせて。何で桜町とか言うところの領主が僕と並んで歩いてるのさ!」
 雪と風に舞う髪を面倒くさそうに掻き分けながら、憤慨する銀髪の少年こと、ジェライ。桜町の領主、基黒髪の青年こと龍杜は「はっはっは」と呑気に笑って、声を上げ返す。ジェライは重たい溜息をついた。
 「そう憤慨するでない。またジェライ殿が倒れてもいかぬし、一応コレの問題もあろう?」
 龍杜は右手を掲げ、親指と人差し指で円を作ってみせた。つまりは金のことである。ジェライはもう一度溜息をつき、「まあ、ないんだけどね……」と言葉を濁す。龍杜は「やはりな」と笑声混じりの声を上げると、今度は真面目な顔で言った。
 「某がついて来たのにはもう一つ理由がある。……実を言うと、お主を助けたのが竜族に見つかったらしく、某も追われる身となったのだ。それならば、別々に行動するよりも二人で行動していた方が良いと某が勝手に考えただけの事よ」
 「……それじゃ、なんだって僕を助けたんだよ。そんな危険を被る位なら、助けなきゃ良かったのに」
 若干不貞腐れたような顔をし、言い放たれたジェライの投げやりな声に、龍杜はジェライの方を一瞥もせずに返す。
 「そんな事を言うな。某はただ、人を助けたいと言う一心でやったまでの事。危険を被ることなど千でも万でも承知している。それに……自分の生まれ育った国で旅人が死んだと言うのを聞くのは、若干寝覚めの悪いところもあるでな」
 ジェライは三度目の溜息を、深く重くついた。
 雪は横殴りに吹き付け、激しくなり始めていた。
続く

ちょっと改訂?

Re: 破壊者交響曲 〜第二曲〜 ( No.2 )
日時: 2009/12/26 22:21
名前: SHAKUSYA ◆K.xLaczcwk (ID: TQ0p.V5X)

第二楽章 「弓矢兄妹」
 ——蒼穹の下で、少女が泣いている。雪よりも冷たい体を抱きかかえ、その名を叫びながら、泣いている。蒼穹を映す空色の瞳は涙に濡れ、長い茶色の髪は血に濡れている。足は冷たい雪の上に落ち、手は一生懸命に冷たい体を抱えている。
 少女が泣いている。動かぬ体を抱えて。

 真っ白な道中。
 東方の異人龍杜と、「神滅ぼし」の息子ジェライは、黙って道を歩いていた。雪は既に降り止み、時々大きな音を立てて木の枝から雪が崩れ落ちている。空は憎たらしいほどの蒼色で、寒い天気には不釣合いなほどに太陽は燦々と照っている。
 その時——ジェライの足がふと止まり、龍杜の足がつられて止まった。耳を済ませると、すすり泣くような小さな声が響いている。ジェライと龍杜は声のする方へと足を向け、雪の上を歩いた。

 すすり泣く声を聞きながら、ジェライは思い出していた。父親の死の瞬間を。それはあまりに凄絶で残酷なものだった。
 ある魔族の一撃によって命を落としたのだ。仲間の魔族でさえ防げなかった、即死の一撃だった。
 その時、彼はジェライにたった一言、ある言葉を残していた。
 ——「生きろ」と。そして彼の父は命を落とした。たった一人の幼い子を残し、約定をかわした筈の魔族に裏切られて。
 生まれて以来、ジェライが全力で泣いたのはこれが最後だった。それ以来、ジェライはどんなに残酷な光景を見ても全くの無表情を貫き通し、涙の一筋すら流した事はない。死に対する感情が薄れたとも言う。
 「泣き声なんて、久しぶりに聞いた気がするなあ」
 沈黙の中の呟きは、蒼穹に響くことなく消えた。

 声を辿って約数分。ジェライと龍杜の足は同時に止まった。視線は下から真っ直ぐ、二人に背を向ける二つの人影を見つめている。下に向けた視線には、深紅の血が点々と二つの人影まで続いていた。
 二人が止まった理由は二つ。一つは雪に血が付いていたことだが、もう一つは、すすり泣く声が二つの影の内、ツインテールの茶髪に澄んだ海色の瞳の少女から発せられていたのだ。そんな少女は血塗れで動かない青年の体を抱きかかえ、ずっと泣いている。二人に気付く気配は無く、ただひたすらに泣き声を上げている。
 「……一応、一大事だよね」「一応は要らんぞ。一大事だ」ジェライと龍杜は潜めた声で言葉を投げ合い、相変わらず泣き続けている少女と動かない青年、二人の人影に向かって歩き出した。

 「どうしたの?」
 ジェライの抜き打ちの声に、少女は驚いたように目を見開き、音を立てそうな勢いで二人を振り向いた。その碧い瞳には極度の恐怖があり、全体的に放たれる雰囲気にも恐怖がありありと感じられる。少女はぐったりとした青年を抱きかかえたまま、僅かに二人との間を取った。ジェライはその場で膝をつき、声をかける。
 「大丈夫、僕達は何もしない。君の名前と、何があったのかを聞きたいだけだから」
 「嘘だよ……! 絶対、私を殺すんでしょ……!? やめて、来ないで!」
 少女の怯えた声と共に、ジェライの右頬が全力で引っ叩かれた。ジェライの顔が思いきり吹き飛び、真横を向く。しかし、ジェライはそのままの体勢で声を上げた。
 「殺すもんか。僕は君の事を何も知らないんだから。怯えないで」
 「嘘、嘘だよ! 絶対に嘘、来ないで!」
 そして飛んでくる、全力の第二発。今度は左の頬が引っ叩かれた。今度は反対の真横に顔を向けながら、ジェライは痛そうに頬を擦り、一瞬だけ龍杜を見上げた。ずっと立ちっぱなしだった龍杜は、その視線の意味が分からずに首を捻る。すると、ジェライは大きく溜息をつき、刹那の時間だけ針の様に鋭い殺意と凄まじい念を込めた視線を放った。龍杜は弾かれたように膝を折り、雪の上に立て膝状態で座る。その龍杜の動作に、少女の瞳から少しだけ恐怖の表情が消えた。
 「……ほらね。大丈夫、誰も何もしやしないから。怯えないで、名前を聞かせてよ」
 「…………嘘じゃない、よね? 何もしないよね?」
 未だ怯える少女の声に、ジェライと龍杜は同時に頷いた。まだ龍杜は状況を分かりきっていないものの、頷きに嘘は無い。少女は暫くの沈黙の後、やっと瞳から恐怖の色を消して名乗った。
 「私、アティミア・ランクリィ。この人は私のお兄ちゃんで、ペテロ・ランクリィ。どっちも弓矢使いだよ。……貴方は?」
 少女——アティミアの静かな声に、ジェライは笑顔で頷き、そして声を上げた。
 「僕はジェライ・リヴェナ・フィレイオン。こっちは御祓如龍杜って言ってね、クロロフィリア連合国の桜町ってとこの領主。どっちもまあ、諸事情って奴で一緒に旅をして回ってるわけなんだけどね」
 ジェライは自らの名と龍杜の名を言いながら、目の前の兄妹が弓矢使いだと言う事に若干納得の色を示していた。
 少女の傍には小さいながらも頑丈そうな弓が二つ置かれており、青年……基ペテロとアティミア、どちらも腰に白革の箙(えびら)を下げているのだ。この装備なら、弓矢使いだと言う事に納得が行く。

 ジェライは一人で頷きながら、アティミアの抱えるペテロに目を向ける。
 アティミアの髪と良く似た色の茶髪。蒼白な顔に生気はなく、髪の間からは深紅の血が流れ出ている。腹部にも何かで切り裂かれたような傷があり、青いセーターや黒いコート、黒いジーンズに血が飛んでいる。まさに全身血塗れ状態だが、それでも微かに呼吸していた。瀕死ではあるが、まだ生きてはいるのだ。ジェライは一瞬、ほっと安堵の溜息をついた。
 「ねえ……お兄ちゃんは、生きてるの?」
 恐る恐る聞いたアティミアの声。ジェライは黙って頷き、それから「大丈夫」と言葉を付け足した。ようやく状況の掴めたらしい龍杜も頷き、ジェライと龍杜は視線を一瞬だけ合わせる。

 そして、動き出したのは龍杜だった。
 腰に携えた刀の内、長い方の刀を鞘から引き抜く。何事かとアティミアが立ち上がりかけるが、龍杜の「この刀で人は斬れんよ」と言う言葉に安心したのか、再び同じ場所に腰を下ろす。龍杜は片手一本で刀を持ち、静かに呟いた。
 「少しばかり熱風邪を引いているような気もせんでは無いが……。まあ、良かろうな」
 言葉と同時、刀に強く輝く燐光が宿る。今度はアティミアとジェライが顔を見合わせ、次に「え?」と素っ頓狂な声を上げた。

 この光は、術者——此処で言う龍杜——の「魔力」と、その力に載せた「式」と「陣」の具現した光で、人々はこの光が起こす森羅万象の事を一般的に「魔法」と呼んでいる。
 魔法には高位から低位までの三段階のレベルがあり、高位になればなるほど難易度が上がっていく。また、高位になればなるほど威力は格段に上がっていき、範囲も広くなるのが特徴だ。また、「火炎魔法」や「雷撃魔法」と言うように部類があり、それぞれ扱える魔法の属性が違う。更に、魔法の一つ一つにはきちんとした名が割り当てられている。
 龍杜の発動する魔法は高位で尚且つ「治癒魔法」と言う部類に属し、更に“傷治癒光(アスクレイ・ピーオス)”と言う名であるため、「高位治癒魔法“傷治癒光(アスクレイ・ピーオス)”」と簡略して呼ぶのが一般的な呼び名だ。

 高位であるこの魔法は難易度が高く、一般人が普通に発動しようとしても発動できない。龍杜はそれをあっさりと展開してみせたのだ。しかも、風邪を引いているかもしれないという不安定な体調の時に。ジェライとアティミアはただただ驚きを隠せず、驚きの表情で龍杜を見つめる。視線に気付いた龍杜は照れたように鼻の頭を掻くと、口の端に少しだけ笑みを浮かべてみせた。
 ジェライとアティミアが固唾を呑んで見守る中、鈍く光を放つ刃がそっとペテロの肩へ当てられた。龍杜が口の端に浮かべていた笑みを消し、真顔で刀を握る手に力を込める。一瞬、龍杜の瞳に苦痛の表情が揺らめいたように見えた。
 瞬間。
 刃に灯った燐光は更に強く輝き、あっという間にペテロの負った傷を治し始めた。見る間に大きな傷が塞がれていき、蒼白で生気の無かった顔に生気が戻ってくる。
 龍杜は真顔のまま、魔法の光が消えるまで、刃を肩に乗せていた。

 ——光がふと潰える。面食らったようにジェライとアティミアは再び顔を見合わせ、「ふぇ?」と二人揃って素っ頓狂な声を上げた。再び笑みを浮かべた龍杜は、「もう大丈夫」と静かに断言してから、刀を鞘にしまいこむ。ほっと、長い安堵の溜息がアティミアの口から吐かれ、ジェライもひとまずは安堵の溜息をつく。
 龍杜は少し気だるそうに額へ手を当てながらその場に座り込むと、ふとペテロの顔を見、そして若干驚きの表情を浮かべた。その視線を見たジェライがペテロに目を向け、そして不思議そうな視線をアティミアに送る。アティミアはそのジェライの視線を見て、ペテロに視線を送り、そして「うひゃあっ!?」と大声を上げた。

 「……えーと、俺の顔に何か付いてた?」
 慌てたような若い声。今の今まで瀕死だったペテロが、何時の間にか起き上がっていた。今までの服装と髪の色は変わっていない。アティミアは素直にペテロが起き上がっていたことに驚いていたものの、ジェライと龍杜の視線は一直線に顔……特に瞳へと向いていた。それも無理はない。二人共、これほどまでに奇妙な目を見た事は無かったのだから。
 瞳の色が、左右で違う。左はアティミアと同じ空を丸ごと映したように碧い瞳だが、右の瞳の色は——森をそのまま映したように鮮やかな、青緑色。世界中を探しても一握りの人物しか持つ事の出来ない、不思議な瞳だ。
 このような瞳のことを人々は「金銀妖瞳(ヘテロクロミア)」と呼び、大抵の人が不吉だと忌み嫌っている。

 暫しの静寂。誰も彼も何も言い出せず、ただただ気まずい空間だけがその場に作られる。
 ペテロは何が何だか分からずに、箙の中に入っている矢の羽をずっと弄っていた。

 樹木に積もった雪が、再び音を立てて落ちた。ハッと我に帰る四人。そして、静寂が打ち破られた。
 「い、や……目がね、不思議な色だなぁって思って」
 引き攣った笑みを浮かべつつ、ジェライが声を上げた。ペテロはやっと自らの目の事に気付き、少し寂しそうに「生まれつきなんだ」と言葉を返すと、アティミアにその不思議な瞳を向ける。
 「えーっとさあ、誰?」
 一瞬引き攣るアティミアの顔。そして直ぐに返される言葉。「あ……そうそう。お兄ちゃん、こっちがジェライさんで、こっち龍杜さんだって。助けてくれたんだよ、お兄ちゃんの事」
 「うん……そりゃあ自分でも分かる。いや、ありがとうよ。助かった」
 ペテロは照れたように頭を乱暴に掻きながら、小さい声で告げた。龍杜は顔一杯に笑みを浮かべて頷くと、ジェライを一瞥する。ジェライは直ぐにその視線の意味を察し、龍杜の長着の肩を引っ張りながら立ち上がった。龍杜は引っ張られた長着に合わせて一緒に立ち上がり、辺りを二、三回見回す。弓使いの兄妹は揃って怪訝な顔をし、ジェライを見つめた。
 「早く僕達から離れた方が良いと思うよ。僕達は追われてる、竜族に」
 暫しの絶句。ジェライは呆然とした顔をしている二人の間を無言ですり抜け、龍杜はその後に付きながら、簡単に右手だけを掲げて去っていく。ジェライと龍杜の顔に未練がましい感情は欠片もなく、ただただ辺りを少しだけ見回しながら——それでも弓使いの兄妹を一顧だにせず——雪を踏みつけて歩き去る。泰然としたその後姿を、二人はただ黙って見つめていた。
 蒼穹が、灰色の雲に隠れようとしている。


 雪が再びちらついてきた。ジェライは掌で小さな雪の欠片を受け止めつつ、ふと龍杜の方を振り返る。龍杜は更に後ろを向いていた。ジェライは視線を龍杜より更に後ろに向けるが、何も見えない。変だと思いつつ、ジェライは指先に魔法を紡ごうと、右手の人差し指を白いマントから少しだけ出す。瞬間、龍杜は背中の長い刀に手をかけ、一気に振りぬいた。
 一瞬聞こえた唸り声。そして散ったのは、僅かな銀の毛。
 刀を両手で構えた龍杜が叫ぶ。「銀狼(ぎんろう)かッ!」
 声を聞いたジェライが、無言で右腕をマントから出した瞬間。
 疾風の如く、矢がジェライの真横をすり抜けていった。
続く

Re: 破壊者交響曲 〜第二曲〜 ( No.3 )
日時: 2009/12/28 17:34
名前: SHAKUSYA ◆K.xLaczcwk (ID: TQ0p.V5X)

第三楽章 「一陣の銀疾風」
 ——矢は狙い過たず、姿の見えない銀狼に当たった。ジェライのすぐ近くで犬の悲鳴のような甲高い声が上がり、中位透過魔法“透身(デュー・スー・ノミア)”が解除された。そして見えていなかった全容が明らかになる。
 銀の毛皮に覆われた巨大な体。地面に突き立つ強靭な四肢。狼の顔と鋭い碧眼に宿るは強烈な殺意。長い尾は威嚇するかのように硬直し、口からは低く唸り声が響く。——この銀色の狼こそが、龍杜の叫んだ「銀狼」である。
 そんな銀狼の右前足には黒羽のついた矢が突き刺さっており、目の覚めるような碧い血が止め処なく流れ出ている。ジェライは銀狼を警戒しつつ、視線を後ろに向けた。刀を地面に突き刺し、龍杜も視線を後ろに向ける。

 茶髪のツインテールに海色の碧眼。黒のシャツの上から青緑のケープを着、緑と黒のタータンチェックスカートに黒のズボン。手には堂々と構えられた木の弓。腰には白革の箙と、黒羽の矢。
 それは紛れもなく、先ほどまで泣いていたアティミアの姿だった。呆然とするジェライと龍杜に、アティミアは笑みを浮かべてちらちらと手を振った。何となく龍杜は手を振り返し、ジェライは呆れたように龍杜の向こう脛を全力で蹴った。龍杜は「痛ッ」と短く悲鳴を上げ、蹴られたところを少しだけ手で押さえる。ジェリアはそれを若干無視しながら、アティミアに声を投げた。
 「僕達からは離れた方が良いって、言ったじゃないのさ!」
 投げられた声にアティミアは笑みを浮かべると、大声を上げ返した。
 「助けられたのに、助けないのはおかしいでしょ? そうそう、お兄ちゃんも一緒だよ!」
 声と呼応するように、先程矢を打たれた銀狼がもう一度悲鳴を上げる。今度は視線を前にやると、銀狼の背後に立つ影が一つ。茶髪にヘテロクロミアの瞳、まさしくアティミアの兄であるペテロだ。ペテロは左手にクロスボウを構え、ジェライたちに向かって笑みを浮かべている。銀狼は左の後ろ足に凄まじい勢いの矢を受け、唸り声を上げながら地面に倒れていた。

 「俺はついてくるなと言われたらついて行きたくなる性質なんだよ。それに、さっきの傷はこの銀狼に付けられた傷だ。お返ししたくなって此処に来たら丁度襲われてたんでね、ついつい手を出しちまった」
 満面の笑みを浮かべ、ペテロが声を上がる。ジェライは何ともいいがたい表情でペテロから銀狼、アティミアから龍杜まで順番に一瞥し、そして頭を抱えて溜息をついた。
 「ついて行きたいならどーでもいいけどさ……知らないからね、どうなっても」
 ペテロは豪快に笑みを浮かべて笑声を上げると、地に伏した銀狼の足から強引に矢を引っこ抜きつつ答えた。
 「百でも千でも万でも億でも承知の上さ。竜族相手に悶着しようと、俺は大丈夫だぜ」「私もね!」
 アティミアの声も入り、ジェライはいよいよ大きく溜息をつく。そして、また龍杜を一瞥し銀狼を一瞥すると、突然雪の上に膝をついた。ペテロとアティミアと龍杜、三人の首が同時に傾き、「はあ?」と声が上がった。
 
 銀狼は地にべたりと腹を擦り付け、青い瞳でじっとジェライを見上げている。その瞳に獰猛さはなく、ただ体が大きくて毛色が銀なだけの犬の様に見えて仕方がない。ペテロは「狼のくせに犬みてぇ」と誰にも聞こえない声で呟いた。
 「銀狼ってさ、魔族なのに実は人懐っこいんだよね」
 笑みを浮かべたジェライの言葉と共に、マントの中から出した右手に淡い燐光が灯る。低位治癒魔法“治癒(プ・シケ)”の放つ光で、効果的には龍杜の放った高位の治癒魔法とあまり変わらない。
 が、術者の力を削って怪我を治す高位の治癒魔法と違い、これは相手の魔力を糧にし、自己治癒力を著しく高めて怪我を治すもののため、相手の魔力も一緒に削り取ってしまうのが特徴だ。
 「せっかく倒したと思ったのに、何で回復しちゃうの?」
 「分かってないねえアティミア。確かに低級とか中級の魔族は人を襲うけど、基本どんなに獰猛な魔族でも自分より強いって分かったら襲わないよ。もうこの銀狼は一発目で既に懲りてるし、あんまり苛めるのも酷じゃない?」
 クスクスと小さく笑声を漏らし、満面の笑顔を浮かべたジェライは尚も治癒魔法を展開する。アティミアは不満そうに口を尖らせ、ペテロは若干苦い顔をした。龍杜は状況がわかっているのかいないのか、剣を仕舞って呆けていた。

 ——光が潰えた頃、銀狼は徐に身を起こした。瞳には警戒と微かな怯えの色が混じっており、獰猛さは微塵もない。
 銀狼は不満顔のアティミアから呆ける龍杜まで順番に奇妙な物を見る視線を向けて、最後にジェライへ目を向ける。ジェライは笑顔を浮かべ、銀狼は暫く目を瞬きながらジェライを見つめていたが、やがて静かに首を下げた。
 それは銀狼流の服従の証であり、銀狼にとって目の前の者が自分よりも強いと言う事を示す合図である。ジェライは頷きながら、下げられた頭にそっと手を置いた。銀色の毛はバサバサしており、触ったら痛そうだ。それでもジェライはその華奢すぎる手で銀狼の頭を撫でる。——ジェライ曰く、銀狼の頭を撫でる行為は、服従された側のする礼儀らしい。
 アティミアとペテロは、銀狼とジェライ越しに不思議そうな視線を交わしあった。双方共に引き攣った笑顔を浮かべている。
 「あ、あの銀狼を……手懐けた、よな?」「わ、私に聞かないで……私もびっくりしてるの」
 交わしあった小さな声は、風に吹かれて飛んでいった。


 白い道中で、三人と一匹が横に並んで堂々と歩く。
ジェライの右隣で寄り添うように歩く銀狼の背には、龍杜がぐったりとうつ伏せにのびていた。どうやらペテロの件と銀狼の件で風邪を引いたらしく、龍杜は別に大丈夫だと豪語していたが、ジェライが強引に背へ載せたのだ。元から力の強い銀狼は、背にいる龍杜などものともせずに悠然と歩みをすすめている。
 雪の道の上、いつの間にか灰色の雲は去り、また青空が見えていた。

 「大丈夫かよ……風邪」「うーん、大丈夫じゃァないね」「そんなに余裕綽々で大丈夫?」「さあ?」「おいおい」
 ペテロとジェライとアティミア、それぞれが龍杜を抜きにして会話と足をすすめていく。銀狼は相変わらずジェライの右隣で歩みをすすめており、龍杜は三人の交わす会話など全く聞かずに背の上でのびている。
 「つーかさ、この銀狼名前何?」「ああ……そう言えば知らない。名前あるの?」「無いならつけちゃう?」
 何故か、三人の話は龍杜の容態の話から、銀狼の名前の話に飛んでいた。

 ふと銀狼が足を止め、三人はつられて足を止める。不思議そうな顔をする三人。銀狼は何処か不安そうな顔で顔を背の上の龍杜に向けた。眉根を寄せ、怪訝な顔で「どうしたの?」と言うアティミアに、銀狼は——片言ながらも、中性的な声で喋った。
 「……この龍杜とカいウ人間、風邪ガ悪化してイるみタいだゾ。背ガ熱い」
 「うわっ、喋った! って、龍杜さんの容態が悪化してる!?」驚きの六重奏が完璧に奏でられた。銀狼は黙って足を折り曲げ、背を低くした。駆け寄って確かめると、確かに悪くなっている。このまま悠長に足を運んでいたら、最悪の場合も在り得る。

 「乗レ」静かな声。三人が顔を上げると、気高い狼の顔が目の前にある。三人を見つめる碧の瞳は何処までも冷静で、絶対の自信のような色を宿している。ジェライが「頼んだよ」と声をかけると、銀狼は黙って頷いた。
 何度かの失敗を重ね、ようやく銀狼の背に乗る。銀狼は最後に三人の方を振り向くと、「オレの名はグライマ。しッカり掴まッてオけ」とだけ静かに告げた。三人が驚愕の表情で顔を見合わせると同時、銀狼は渾身の力で四人を乗せた背を立ち上げ、耳を劈く咆哮と共に、一陣の疾風の如く走り出した。
 「わぁあああああ!? 速いぃぃぃぁぁぁあああああ!」三人の絶叫が、風に吹きちぎれていく。


 あの場所から南東へ向かって、全力疾走約一分。クロロフィリア連合国と同じく雪に埋もれた国、ファルトネシア公国の狭い路地に、銀色の疾風が一人舞いこんだ。
 雪を駆け抜け、人々のマントやスカートや髪の毛を捲り上げ、露店の品物が片っ端から吹き飛んでいく。人々の怒号も既に遠く、銀色の風——銀狼のグライマは雪を踏みつけ、地面を蹴りつけながら、矢よりも早く駆ける。

 そんな銀狼の上に乗るジェライ他四人は、その早さで振り落とされないように必死で掴まるのが精一杯だった。
 「誰モ落ちテイないカ?」耳元で切るように吹き荒ぶ風の中で、グライマの声が微かに響く。その声に、ジェライはあらん限りの声で「落ちてない!」とだけ告げた。グライマはただ黙って頷くと、急に足を止めた。拍子抜けした顔で三人はグライマを見つめ、グライマはじっと、小さな建物を見ていた。
 レンガ造りの二階建てで、他の建物との間に押し込めるような格好で立っており、古い木の看板には「宿場 ロレンゾ」と言う文字が奇麗に彫りこまれている。重たそうな木のドアの取っ手には「営業中」と彫られたプレートが吊り下げられている。
 グライマはご丁寧にも、宿場の前で足を止めたのだ。ジェライとアティミアとペテロはそれぞれ不思議そうな視線を交わしながら、グライマの背を滑り降り、背の上でへたばっている龍杜を全力で引き摺り下ろした。

 「らっ、乱暴な……」無理矢理引き摺り落とされ、龍杜が微かに声を上げる。ジェライは小さく「ゴメン」と言いながら右腕を持ち、余った左腕をペテロが掴んだ。ここから宿までは数メートルも無いが、その数メートルをまたも引きずって行くつもりらしい。
 「嗚呼……もういい。自分で歩くから、引き摺るのは止さんか……」
 元気の無い声で龍杜が告げ、二人の手を払いながら、鞘ごと引っ張った一番長い刀を杖代わりに立ち上がる。刀は龍杜の身長より頭一個分ほど低かったが、それでもかなり長い。ペテロは静かに「長ェ」と呟いたが、声は風に吹かれて誰にも聞こえなかった。

 ジェライよりも先に、アティミアがドアの前に立つ。ジェライは「早くして」と声を上げ、アティミアは「分かってるよ」と再び不満そうに口を尖らせた。アティミアは革の手袋をした右手で縦長の取っ手を掴み、奥に押す。拍子抜けするほどに、ドアはあっさりと開いた。
 低く響く鈴の音。同時、年季の入った木のカウンターを飛び越え、若い女性が姿を表した。
 「へいらっしゃい!」店内に響く、涼やかで大きな声。アティミアは入り口から散歩ほど入ったところで足を止め、女性を見つめる。
 下の方で緩く纏められた長い黒髪に、二重でパッチリした茶の瞳。橙色の長着を鮮やかな緋色の帯で締め、紅い羽織を羽織っている。顔には豪快な笑顔が浮かんでおり、顔立ちはこの近辺では殆ど見かける事の無い東洋系。
 真っ先にそんな女性を見たアティミアは早速ジェライに視線を送り、視線に気付いて女性を見たジェライは龍杜に視線を送った。
 
 視線に気付いた龍杜は気だるそうに顔をあげ、女性を見た瞬間、口を手で押さえる。その顔はまさに驚愕といった表情で、失礼だが面白い。ペテロはやはり誰にも聞こえない声で「ぶっ」と一瞬噴き出した。
 「どしたの?」少しだけ振り向き、投げられたアティミアの声。龍杜は声にならない声で何事か繰り返していたが、やがて決心したように大声を上げた。「“赤紅炎槍(せきこうえんそう)”のお主が、何故(なにゆえ)にこんな所!?」
 「えー、やっぱり金欠……ってあああああ! 七刀(しちとう)の化物じゃないの!」
 女性の方は笑顔で大声を上げた。が、ジェライからペテロまで、女性と龍杜の関係を全く知らない三人とプラスアルファで銀狼グライマは、ただただひたすらに唖然とするばかり。女性と龍杜もいまいち盛り上がらず、その場に暫しの静寂が流れた。
 静寂は、辺り一帯に響く程に大きな龍杜のくしゃみでぶち破られた。

 宿の中は驚くほどに適温で、ジェライから龍杜まで揃いも揃って和みきっていた。グライマは暑いのは無理だと言い張って、宿の外に鎮座ましましている。そんな窓の外のグライマを女性は横目で見ながら、和んでいる四人に向かって声を上げる。
 「でさ、さっきの沈黙の続きなんだけど。アタシは火神澪南(かがみれいな)、呼びは火神か澪南で宜しく。とりあえず御祓如、アンタは二〇八号の部屋で休んでなさいよ。風邪が悪いのには違いないし」
 女性——澪南は懐から二〇八と番号の刻まれた鍵を引っこ抜くと、頭を抱えて咳を繰り返している龍杜に投げる。鍵を投げられた龍杜は半ば本能的に手を伸ばして受け取り、そのまま溜息と共に座り込んでいた椅子の背もたれへよりかかった。先程見せた束の間の元気そうな顔とは裏腹に、顔からは完全に魂が抜けている。
 「龍杜さん、また引き摺ろうか?」ジェライの脅すような声。生気の抜けた顔を向け、龍杜が返す。「や、それは……勘弁」
 そのまま龍杜はフラフラと立ち上がると、半ば壁にすがりつく格好で階段を登り、そのまま覚束ない足取りで二階へと消えた。
 「あ、アンタ等って酷な事すんのねぇ……」澪南は呆れたように肩を竦めると、溜息混じりに声を上げた。
続く

だ、ダメ……スランプ激しい……。


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