ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
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- 「始末屋」
- 日時: 2010/04/04 14:03
- 名前: 海 ◆.5KpgfM/dM (ID: MQ1NqBYl)
——どんな理不尽なことでも、始末します——
古臭い看板に立て掛けられていたのは、粗末な一言だけだった。
その看板目当てに、次々にいろんな思いを抱えた客が入って行く。
それは、止まることを知らずに。
足を運ぶものは、それをこう言っている。
お願いをしたら何でも始末する「始末屋」だと——。
- Re: 「始末屋」 ( No.2 )
- 日時: 2010/04/05 17:01
- 名前: 海 ◆.5KpgfM/dM (ID: MQ1NqBYl)
時は二〇二X。
人々の世界は、最先端医療が発達し、平均寿命も延び、セキュリティシステムも発達していた。
町には高層ビル群が立ち並び、自然が有り触れた生活になっていた。
そんな理想郷、日本。
誰もが安心して暮らせる生活になっていた、犯罪面は除いて。
時が経つにつれ、急速に犯罪件数は増えていき、日本の社会を大きく揺るがそうとしていた。
どんな最先端科学を持ってしても、犯罪者は一向に減らず、政府も対策を急いでいた。
昼下がりの正午。
外は、蝉がやかましいくらいに鳴き、ジリジリと太陽の熱が窓から見えるアスファルトを照らしていた。
レースが付いたヒラヒラの淡いピンク色のドレスに身を包んだ、少女が居た。
少女は、クーラーが利いたベッドと勉強机しかない小さな部屋で、ゆったりと肘掛椅子に座っている。
少女の名前は、相生 燕(あいおい つばめ)。
年は16歳。栗色のストレートな長髪は、肩に垂れて上品な雰囲気をかもしだす。瞳は大きく二重に、鼻はすっきりと整っていて、小顔、身長はそんなに大きくはない。
燕は、窓から見える大きな入道雲を眺めていた。
肘掛に肘を付き、頬を乗せている。
そして、深くため息をついた。
「失礼します、お嬢様」
その時、不意にノック音がした。
真後ろの扉が開く。
白と黒で統一されたドレス姿のメイドが、ティーワゴンを牽(ひ)きながらやって来た。
「お嬢様、紅茶はいかがでしょう?」
燕が、手をヒラヒラと振る。
「ありがとう。頂くわ」
ティーワゴンが、燕の隣で止まるとメイドは紅茶を入れ始めた。
ここでもまた深くため息をつく燕。
「どうかされたのですか? お嬢様」
メイドが、温かい紅茶を入れ終わると淡々と抑揚のない声で言った。
「私は、どうして学校というのものに行けないのでしょう……」
燕は、今一番悩んでいることを言った。
「それは、お嬢様の防犯面での配慮でございます。高校などに行かれましては、お嬢様の命に危険が迫るからです」
「それでは、なぜそのようなことをしなければならないの?」
「それは、お嬢様のある特殊な『力』があるからです」
メイドは、燕の質問事項を難なく言っていった。
また深いため息。
「お嬢様の力は、この世界にどんな影響が及ぼすとお思いですか? 今のこの時間だって、どんな輩に狙われているのか、わかりません」
「そんなことはわかってるわよ!」
メイドの機械の様な声に、苛立ちを覚えた燕は、怒鳴ってしまった。
「あ、ごめんなさい……」
燕が、ばつが悪そうに言うと、笑顔をこぼすメイド。
「いいえ、お嬢様の苛立ちも分かります。今日は、お昼寝でもして下さいな。きっと疲れていらっしゃるんでしょう」
その笑顔は、口元は笑っているが目は笑っていない。
メイドは、深々と頭を下げるとティーワゴンを牽きながら出ていった。
燕の家柄は、相生病院という総合病院の院長の娘だった。それ故、お嬢様暮らしの燕は、のどかな田舎に立っている豪邸に住んでいた。燕は、両親にひどく可愛がられ、今まで何不自由なく暮らしてきた。しかし、それはある一定の年齢になると苦痛の日々でもあった。
燕は、何でも買ってとせがんだら、何でも買ってくれた。いつも豪華な三食に、もう幼いころから紅茶をたしなみ、書道、塾などにも通っていた。
小学校や中学校も進学校に通っていたが、高校には通えなかった。そして、家の中でしか暮らせないという自由さえも奪われてしまったのである。
それは、自分に宿しているある能力が原因だった。
- Re: 「始末屋」 ( No.4 )
- 日時: 2010/04/04 13:37
- 名前: 海 ◆.5KpgfM/dM (ID: MQ1NqBYl)
その能力は、全世界に衝撃を走り、瞬く間に襲おうとする者、奪おうとする者が現れるだろう。
医療に大きく関わる相生総合病院の御曹司ということだけでも、狙われやすい燕なのに、その燕の能力の所為で、一層に狙われやすくなる。
燕は、真っ青な綺麗な空に浮かんでいる入道雲に、ぼんやりと眺めていた。
その目は、虚ろで活気がない。
こうやって、ただ外を眺めている生活がずっと続いていた。
勉強机に向かって勉強するのは、嫌、お昼寝するのも、もう飽きた。
家から一歩も外に出ることは許されない、友もいない、遊び相手もいない。
年頃の女の子を時めかせる様な、男性もいない……。
その時、不意に猫の鳴き声が聞こえた。
どうせ家の塀にでも日向ぼっこしているのだろうと、目線を走らせる。
黒猫だった。
夏の時期には、見てるだけで暑苦しそうな黒猫だ。
しかし、黒猫は塀を飛び越えてこの敷地内に入って来た。そして、あろうことか一階のこの部屋の窓にジャンプしてきたのだった。
「え、嘘でしょ……え、ちょっと待って、いや!」
……盛大な音を立てて肘掛椅子が倒れた。
「いたたた……」
肘掛椅子から転げ落ちた燕が、腰をさすりながら置きあがる。
部屋には猫が、何事もなかったかのように、悠々と枕に丸まっている。
黒猫は、とても毛並みが良く、優美で美しい黒色をしていた。黒猫の長い尻尾が、振っている。
「子猫ちゃぁ〜ん……なんで飛びついて来たのよぉ〜……」
今日は、退屈な上に散々なことが起こりそうと、ため息をつく。
燕は、重たい肘掛椅子を起こした。
燕が、心地よさそうに寝ている黒猫を見る。
猫に首輪があり、そこには「始末屋」と書かれていたのだ。
「始末屋……?」
聞いたこともない名前に、首をかしげる燕。
その時、階段から慌ただしい足音が聞えて来た。
その足音は、着実に燕の扉へと向かってくる。
「やばっ!」
燕は、黒猫を隠すように掛け布団を覆いかぶせた。 それと、メイドが入ってくるのは、同時だった。
ごくりと生唾を飲む、燕。
「何かあったのですか、お嬢様!?」
さっき来た風景とは、なんら変わりはない。
変わったのは、燕の立ち位置だけだ。
「いいや、別に何もないわよ」
冷や汗を垂らしながら答える燕。
「……そうですか」
メイドは、部屋をくまなく目を走らせ、何も変わったところはないと判断すると、
「それでは、失礼いたします、お嬢様」
頭を下げて出ていった。
- Re: 「始末屋」 ( No.5 )
- 日時: 2010/04/04 14:34
- 名前: 暗刻の導き手 ◆MCj.xXQAUE (ID: PRmCvUEV)
海さん、初めまして。
暗刻の導き手と言います。
題名に惹かれました。
文章に惹かれました。
ストーリーにも惹かれました。
すごいです、頑張ってください!
- Re: 「始末屋」 ( No.6 )
- 日時: 2010/04/04 17:54
- 名前: 海 ◆.5KpgfM/dM (ID: MQ1NqBYl)
あ、ありがとうございます!
ひゃぁー! 嬉しい!
お客様、第一号でございます!
どうぞ、これからもごひーきに!
- Re: 「始末屋」 ( No.7 )
- 日時: 2010/04/04 21:28
- 名前: 海 ◆.5KpgfM/dM (ID: MQ1NqBYl)
メイドが出ていくと、ほっと胸を撫で下ろす燕。
そして、そっと掛け布団を剥がした。
そこには、まだ小さく丸まっている黒猫が、心地よさそうに寝息を立てて寝ている。
「かわいい〜……」
椿の目が、爛々と輝く。
椿は、首を振って周りに誰もいないことを確認すると(案の定だが)そっと黒猫に手を伸ばした。
そのフワフワとした毛並みの感覚に、燕は襲われた。
黒猫は、触られている事を知らずに、寝ている。
燕は、今この時がずっと止まってほしいと願うほど、心地よかった。
またかわいいと呟くと、さっきの首輪に書かれてあった「始末屋」という文字に目が引き寄せられる。
燕は、首輪から垂れ下がっている丸いワッペンのようなものを裏返した。
そこには、住所が書いてあった。
どうやら、それは始末屋の住所らしい。
しかし、燕はそんな番地を見たことがなかった。
猫というものは、一人で散歩をすることはあるが近所だ。そう遠くは行かない。だから、ここに書いてある住所は近所にあるはずなのだが、そんな住所は見たことも聞いたこともなかった。
その時、不意に猫の目が開いた。
「うわっ!」
不意に見開いた猫に、飛び上がる燕。
猫は、目に涙をためて背伸びをした。
その姿が、何とも愛らしくて好奇心で手を伸ばす燕。
しかし、猫は簡単にその手をすり抜けた。
黒猫は、尻尾を振りながらジャンプで窓に登る。
「待って……!」
燕は手を伸ばしたものの、黒猫はそのまま窓から飛び降りてどこかへ行ってしまった。
その後に残ったのは、茫然と立ち尽くす燕だけだった。
あの後、また退屈な日々が続いた。
朝がきたから起きて、夜がきたから眠る。
それは、まるで誰かに操り人形にされているような感覚だった。
燕は、一日が過ぎる度に、ため息が深くなっていくように感じた。
ずっと窓を見て待っている。あの不意に現れた黒猫を。あの時のように一時でもいいから、また快感に襲われてみたかった。
メイドや親以外のものに触れあった事など、久しぶりだったからだ。
また黒猫に会いたい。じゃれあいたい、一緒に暮らしたい。
そんな想いが募る一方で、虚ろな目を向けることが多くなった。
それは、恋に落ちてしまったような虚ろさだ。
親やメイド達は、そんな燕を見て心配に思い声を何度もかけたが燕は何もないと一点張りだったので、彼らもいつものことだろうと思い、放っておいた。
そして、あれから半年が過ぎたころ——。
また、あの黒猫が姿を現したのだ。
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