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バカな救世主
日時: 2010/05/20 21:59
名前: 目十呂 (ID: 84ALaHox)

「あー……じゃあ、高瀬さん」
 今までセコセコと手を動かしていた高瀬がびくっと体を震わせた(たぶん、ノートをとっていたんだと思う)。高瀬はじっとノートを見つめていたが、しばらくすると「5+2です」と自信満々に言った。すぐに先生が「お前は足し算もできんのか」と言って、黒板に大きく、さん、と書いた。どっと笑いが起こる。高瀬が恥ずかしそうに顔を赤らめて、いつもどおりの締りのない笑みを浮かべた。
 腹が立つ。高瀬のあの笑顔は、いつも俺を不快にさせた。


 どんな子なの、と書かれたメールに、ちらりと高瀬を見た。高瀬は大勢のクラスメイトに囲まれて談笑している。
 バカなヤツだよ。それだけ書いて返信。本当はもっと複雑な生き物だけど、それをメール伝えることは俺にはできそうもなかった。
 すぐに受信。そのメールを見て、俺は胸を高鳴らせた。今日。今日、やっと、高瀬に伝えることができる。ぜんぶをだ。
 この日をどんなに待ち望んだことだろう。もう一度高瀬を見る。すると、目が合ったような気がした。高瀬の薄い唇の端が、ニヤリとあがった。

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一話 ( No.1 )
日時: 2010/05/20 22:25
名前: 目十呂 (ID: 84ALaHox)

 昔から独占欲や嫉妬心が人一倍あった。そうして生きていく過程で、一番楽な「生きる道」は人と壁をつくることだと気づいた。
 だからだろうか。自分と同じような人間を見ると、ひどく安心する。同時にどうしても手に入れたくなる。高瀬もそういう人物の一人だった。
 ただ、俺と高瀬にはひとつ決定的な違いがある。俺が人との関わりを絶つことによって壁をつくったのに対し、高瀬はバカみたいにへらへら笑って壁をつくったことだ。
 俺はそのことにたいしてとても腹が立つ。その感情の根底にあるのは、嫉妬だ。バカのフリをして生きるのは、一線を越えてしまえばとても楽なことで、俺が越えることのできなかった線を上手くいったりきたりしている高瀬に対する、ただの、嫉妬だ。

 高瀬とその友人が仲良くお弁当を食べているところに無粋にお邪魔する。友人ら(湯川と植木、だったと思う)はただかたまっているだけだったが、高瀬はにへらと笑ってなにかな、と俺に問いかけてきた。
「今日、図書委員の当番行ってくれないかな。俺、用事があるんだよ」
 俺が図書委員なのは事実だし、用があるのもうそではない(もっとも、用というのは高瀬に会うことだけれど)。
 ぐい、と湯川と植木が高瀬をひっぱった。丸聞こえな秘密話を展開しているらしい。二十秒ほどなにかを話し込んだ後、高瀬は快諾してくれた。
「うまくできなかったら、ごめんね」
 舌足らずに言う高瀬をおしやって、湯川と植木が興奮気味に言った。
「ほんと、こう、頭悪いけど大丈夫?」
「あたしたちがちゃんと行かせるから、安心して」
 こう、というのが高瀬のあだ名だということをふと思い出した(幸の子、と書いてこうこというらしい。実にふさわしくない)。湯川と植木の言葉にてきとうに相槌を打って、俺は三人に別れを告げた。

- ( No.2 )
日時: 2010/05/20 22:53
名前: 目十呂 (ID: 84ALaHox)

 待ちわびた放課後。
 図書室の扉にある小窓から中をのぞいてみると、高瀬が真剣に本を読んでいた。それがなんの本かまではわからない。
 西日がさしこんで、高瀬を照らしている。その姿は花ともたとえがたい。あえて言うならば、それは俺の中にある「かみさま」の像に最も近かった。
「高瀬」
 高瀬はえっと小さな声をあげた。それとは裏腹に、俺を見上げる高瀬の顔はちっとも驚いていない。見抜かれていたのか、動じていないだけなのか、俺にはよくわからなかった。
「どうしたの? 心配で、みにきたの?」
 照れたように高瀬が笑う。ニセモノめ。思いながら、俺は横に首を振った。
「俺、高瀬に言いたいことがあるんだよ。だから、二人っきりになろうと思って」
「えっと、それは、なにかな?」
 戸惑いがちな声音。けれど、おそらく高瀬はなんとも思っていないのだろう。この会話も、この時間も。今考えていることといえば、はやく本の続きが読みたい、だろうか。俺もさっさとこの無意味な会話を終わらせることにした。
「高瀬って、すごく素敵だよね」
 高瀬は俺が自分のことを好きだとでも思っているのだろうか? わずかに頬を赤くして、うつむき加減に俺の言葉を待っている。とても優秀な女優だ。
 たしかに高瀬はこういうシチュエーションになれているだろう。彼女の顔はとても美しいし、気さくでバカな性格なので誰からも好かれている(ひとつ欠点をあげるとすれば、その小さな胸だろうか)(俺はどちらでもかまわない)。しかし彼女の色恋話は聞いたことがない。これが彼女なりの「壁」へのこだわりなのだろう。
 俺は深く息を吸うと、思い切り高瀬の顔を殴った。

- ( No.3 )
日時: 2010/05/27 22:45
名前: 目十呂 (ID: 84ALaHox)

 大きな音をたてて高瀬が椅子から落ちていった。バタリ、と床に倒れこむ。
 俺は痛む右手を見て、それからもう一度高瀬を見た。高瀬はうめき声ひとつあげず、ゆっくり上体を起こすと、いつもの笑顔で俺を見上げた。
「わたし、なにか、した?」
 高瀬がわずかに目を伏せる。それは、悲しみや、戸惑いからではない。あきらかな怒りからだ。表情や声音からはそのことを察することはできなかったが、ぐっと握られた高瀬の拳は怒りに震えていた。女優は傷つけられることを極端に嫌う。
「予想外だよ」
 うそ。
「一発殴れば怒りにわれを忘れるかと思ったんだけど」
 おおうそ。
「俺は、きみの本当の姿が見たいんだよ」
 これは本当、と付け加えると、意味がわかっていないはずだが高瀬は不敵に笑った。唇が切れたらしい。ツツと伝う赤い血を高瀬は乱暴に拭って、ゆっくり立ち上がった。
「本性みたり、なんだ」
 もういつもの高瀬ではなかった。どもりながらの舌足らずな口調とはうってかわって、滑らかに言葉がつむがれていく。節々に敵意が感じられた。そんなに壁を壊したくないか? 問いかけようとしたが、くだらない質問だな、と気づいて飲み込んだ。
「それで、どうかしたの? わたしのこと知ってどうするの? 別に、ばらしたっていいよ。みんながだれを信じるかは、明白でしょ」
 饒舌な高瀬をはじめて見た。感動に体が震える。
「いいよ、高瀬」
 とても理想的だ。
「やはりきみこそが、救世主なんだね」


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