ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
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- 白い世界
- 日時: 2010/06/19 22:08
- 名前: チヂミ (ID: 84ALaHox)
「ぼくは、生きたかった」
どきりとした。
彼はいつもどおり、白いベッドに横たわっていた。じっとわたしを見て、もう一度、生きたかった、とつぶやいた。
「できるんなら、きみと一緒に生きたかった」
こんなことを彼が言うのははじめてだった。だれにも不満をもらさず、耐え忍んできた彼の、はじめての素直な感情だった。わたしはすごくびっくりして、手に持っていた花瓶を置いた。
「なんで、そんなこというの」
きくと、彼は目を細めて、
「しっとるんやろ、きみは。ぼくも、しっとるんや」
それは、すべてをあきらめたような口調だった。
わたしはなんだか急に不安になって、彼の目を見つめた。彼はにこり、普段と同じやさしい笑みを浮かべて言った。
「きみだけや。ぼくが出会った人間は、きみだけや。ほかのは、人間やなかった。それがなにか、言われても、よう答えられへんけど……」
彼がぐるりと病室をみまわした。
「結局、会いにきてくれたのもきみだけやったな」
かわいた笑いがもれる。
「ああ、なんでぼくなんやろ。ぼく、なにか悪いこと、したんかなあ。いややで、そんなん。なんもしとらんのに、テキトーに神様が選んだのがぼくやったなんて、そんなん、いやや……」
ふいに彼が顔を手でおおった。すぐに小さな嗚咽が病室に響きだす。わたしは、なにもできなかった。今の彼に何を言ってもどうにもならない。痛いほどわかっていた。どんな言葉も、今の彼には伝わらないのだ。
でも、それでも。
「わたしは、いきたいよ」
言わずにはいられなかった。
「二人で、いきたい」
白い病室には、なにものこらない。思い出すら、消されてしまう。
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- 一 ( No.1 )
- 日時: 2010/06/19 22:21
- 名前: チヂミ (ID: 84ALaHox)
顔を洗っていると、兄さんが声をかけてきた。
「どうしたあ? やけに暗いな」
「どれが」
「ぜんぶ」
たしかに、鏡にうつっている顔はひどく憂鬱そうだ。Tシャツは寝汗を吸って肌にまとわりついてくる。どんな夢だったかは忘れてしまったけれど、とてもいやな夢を見た。そのせいだろう。
「くすり、いる?」
ちょっと考えてから、いらないと返事をすると、兄さんは台所へひっこんでいった。今日はパンの日かなあとか考えていたら、兄さんが「今日はごはんだよ!」と元気に叫んだ。ちょっと驚いて、振り返ると、兄さんがいたずらっぽい笑顔を浮かべてたっている(いやな奴だ)。
「ありがとうございます」
「いーえ」
今度こそ兄さんは台所へ戻っていった。
わたしもさっさと顔を拭いて、ごはんにありつくべく食卓へ向かった。
「今日は放課後診察あるからね。ちゃんと行きな」
今日は水曜日だ。
「えー、兄さんは? こないの?」
「仕事が長引きそうなんだよな……。行けたら行くよ」
「兄さんがそういうときって、絶対だめなんだよね」
さらに憂鬱になる。水曜日の診察は、わたしがもっとも苦手とする医師だ。気味の悪い笑みをたえず浮かべているので、真意が読み取りづらく、中々友人にはなれそうにもない。
「いいじゃないかあ。セイさん、お前のこと気に入ってるぞ。この前も、今度はいつくるんだーってしつこかったしさあ」
「そりゃ、兄さんはいいかもね。大学の同級生だってんだから。でも、わたしはだめ。あの人は、こわいんだよ。大体、なんでしつこく聞くの? それが一番こわいんだけど」
兄さんが困ったような笑いを浮かべる。それとだぶって、あの医者の気持ち悪い笑みがみえた。
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