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森の住人と少年
日時: 2010/09/13 22:48
名前: 凪久 (ID: BEAHxYpG)

 なぐひさといいます。
 
 全部で五話になる予定です。

 よろしくお付き合いください。

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Re: 森の住人と少年 ( No.1 )
日時: 2010/09/22 11:44
名前: 凪久 (ID: zhi/K9qX)

 こちらの話しは ライトな方で書いた『処暑』というタイトルの小説と微妙にリンクしています。

 よければ読んでみてください。
 名前は同じ、凪久で書いています。
 
 三人称視点の練習中。

Re: 森の住人と少年 ( No.2 )
日時: 2010/09/19 16:32
名前: 凪久 (ID: BEAHxYpG)

 苔むした石や倒れた老木。雨に濡れた葉から水滴が落ちる。
 前日に振った雨がまだ尾を引いていた。
 
 ここは森の中。
 
 破棄された村の四方を囲い、その森から伸びる根が全ての建物を覆っていた。人気はなく、割れた窓ガラスや散乱した食器がそのまま残っている。
 そんな中を一人の少女が歩いていた。短い黒髪を後ろで結び、黒のブレザーを着て同じく黒のスカートを揺らす。胸元の赤いリボンだけが異なる色をしていた。
 ぬかるんだ土の地面を歩くと、履いている黒のローファーに泥がこびりついた。
 
「まったく……」

 眉間にしわを寄せ、浮かせた足を眺める。が、次の瞬間には歩き始めていた。
 泥に足跡を残し、どこかに向かっている。
 少女の名前は、斎藤直海といった。
 直海には両親がいた。
 地質学者だった父は森を調査しに行ったまま帰ってこなかった。母も後を追って森に入り、帰ってこなかった。そして直海も………。

「ねえ、貴方。久しぶり」

 顔を上げ、直海が口を開く。
 彼女の前には樹齢数百年の大木がある。その枝には『何か』が座っていた。

「うん? ああ、直見か」

 相手が直海に気付いて言う。

「直見じゃない。直海よ」
「何だ、人間のように振る舞う気か?」
「そんなつもりはない。ただこの姿、結構気に入ってるの。だから、この姿のときは直海と言ってちょうだい」
「ふうん。まあいいさ。それで、何の用だ」

 直海は近くの木に体を預け、腕を組む。

「急かさないでよ。すぐ終わるから」
「そうか」

 相手はふっと鼻で笑う。
 直海は自分の足先に視線を落とした。泥にまみれた靴。あの日もそうだ。
 かつて直海は、雨の日に両親を追って森の中に入った。そこで足を滑らせて頭を打ち、死んだ。
 そして、森に住んでいた『わたし』がその体を奪った。記憶はあるが、あの日から全ての意思が彼女のものではなくなった。だから、わたしは斎藤直海であり、斎藤直海じゃない。

「どうした? すぐ終わるのではないのか?」
 
 頭上からの声に、直海は顔を上げる。

「少し過去を思い返していただけよ」
「何だ、それが今からのことに何か関係があるのか?」
「ええ、まあね」

 直海は一息置いて、相手に告げた。



「次は、貴方の番だそうよ」


Re: 森の住人と少年 ( No.3 )
日時: 2010/09/19 01:32
名前: 凪久 (ID: BEAHxYpG)

 少年は膝を抱え、呻いた。

「痛ってぇ……」

 泥にまみれた衣服で息切れている。
 薄暗い森の中。地面から浮き出た根に足を引っかけてしまった。
 おかげで、右膝から鮮血が溢れてくる。深く切ってしまったようだ。手で押さえるが、指の隙間から血が流れ出てくる。

「う……くそっ」

 痛い。酷く痛い。
 視界がぼやけ、自分が泣きそうなことに気付いた。
 ふっと、複数の視線を感じた。
 辺りを見回すが、何も見えない。先の見えない暗闇があるだけだ。
 少年の心に、じわじわと恐怖が浸食してくる。
 人間ではない『何か』の視線が、少年に向けられていた。

「…………っ」

 奥歯を噛みしめ、必死に恐怖に耐える。
 顔を俯かせ、回りを見ないように、膝から流れる血を見ていた。

 ガサッ

 土を踏みしめる音。
 すぐ傍に、強い視線と気配がした。頬に息遣いを感じる。

「こんにちは、少年」

 耳元で声がした。
 人間の女性に近い、落ち着いた声。少年の母親の声に似ていた。
 でも、母親はすでにいない。原因不明の流行病で死んだ。
 少年の頭を人の手が撫でた。
 指の細い、女性の手。

「さあ、顔を上げて。こっちを見なさいな」
 
 少年の息が荒くなる。うまく呼吸ができない。
 まるで水槽から出た金魚のようだ。
 
 少年はゆっくりと顔を上げた。
 

Re: 森の住人と少年 ( No.4 )
日時: 2010/09/20 11:05
名前: 凪久 (ID: BEAHxYpG)

 そこには『少年の母親』がいた。
 黒い髪を無造作に後ろで束ね、少し疲れた顔をしている。彼女のお気に入りのワンピースに袖を通していた。

「か、母さん……?」

 少年が驚愕に目を見開いた。
『母親』の姿をした女は首を横に振り、にぃっと口角を上げた。意地悪な笑みだった。

「いいや、違うよ」
「えっ……?」
「勝手にお前の記憶を覗いて、母親の姿を借りた。わたし本来の姿では、話もできんからな」
 
 ごくっと少年が唾を飲んだ。
 浅い息をしているが、女を見据えて口を開いた。

「あ、貴方が『怪物』?」
「そうさ。とはいえ、この森には他にもたくさんいるが」
「……怪物なら、貴方でいい」

 少年は膝を押さえる。開いた傷口から、己の弱さが滲み出ないように隠した。
 女の姿をした怪物は、視線でその傷を舐める。怪物にとって人間はとても美味しいものだ。肉体も魂も、全てが余すとこなく、美味しい。
 舌舐めずりしそうなところを抑え、怪物は言う。

「それで、わざわざこんな所に来たのは、どのような理由かな」
「貴方が『怪物』なら、一つだけ願いを叶えてくれるんだろう?」
「ああ。しかし、代わりにお前も何かを差し出すことになるぞ」

 怪物は、ぎらぎらと目を輝かせる。

「構わない」

 ぐっと拳を突き出し、少年は言い放った。

「………いいだろう。わたしはお前を気に入った」

 そして、怪物は周りで少年を値踏みする他の怪物に聞こえるよう、叫ぶ。

「おい! これはわたしのだから誰も手を出してくれるなよ! ———もし出したら、わかるだろう?」

 複数の視線が消える。
 怪物は立ち上がり、少年に手を差し出す。
 一瞬呆けた顔をした彼は、ハッとしてその手を掴んで立ち上がった。

「足の怪我はわたしが治そう」
「そんなこと、できるの?」
「わたし達怪物は、願いを叶えてもらおうという相手を大切にする。———大事な食糧だからな」
「……そう」

 少年が俯く。
 怪物は手を伸ばし、彼の顎に手をかけ、視線を合わせた。

「さて、願いを叶える前にいろいろと用意してもらおう。それから、お前が差し出すものは———」

 怪物の要求に、少年は静かに頷いた。

Re: 森の住人と少年 ( No.5 )
日時: 2010/09/20 12:10
名前: 凪久 (ID: BEAHxYpG)

 
 あれから五日後。
 用意も兼ねて時間を与えた。
 その間、少しずつ少年の周囲が見えてきた。

 少年の名前は、赤林双樹といった。今年で十三歳。両親はおらず、妹がいる。
 妹の名前は萩といい、生まれつき体が弱い。さらに原因不明の流行病で命がつきようとしていた。

「ふうん。それを助けて欲しいのか」
「できる……よね?」
「無論だ。それよりもわたしの体は用意してくれたか?」

 怪物は森から出られない。
 外に行くには、死んだ人間の体を手に入れる必要があった。
 幸い、双樹の村は土葬だ。さらに親族で病に伏せ、亡くなった者がいる。体が手に入りやすい環境だった。
 亡くなった者は双樹の従姉妹で、大変美しい人だったと彼は言う。
 美人薄命とはこのことか。

「少し後ろを向け」
「うん」

 ずるずると本来の醜い姿に戻り、死体の入った桶の蓋を開ける。
 白い着物姿でうっすらと死化粧を施された、若い女性がいた。年は十七、十八歳。

「さて、使わせてもらうぞ」


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