ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

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王女の面影 〜Lost princess〜
日時: 2010/09/20 18:04
名前: 紅薔薇 (ID: 4jdelmOD)

●。*〜。*○〜●。*〜。○*〜●。*〜

La princesse qui a disparu

初めまして。紅薔薇と申します。
シリアス・ダークといってもほぼ冒険ファンタジーですから、暗い話ではない?と思います。

騎士団の少年が他国の侵略のさなか消えてしまった王女を捜し、海賊とともに旅をする話ですが、彼の行く手にはさまざまな阻むものが現れます。

長編になる予定です。
お暇な時、読んでいただけたら嬉しいです。

第一章 船長と少年 >>1
      呪いの島  >>2
      呪いの島2 >>3
      忍び寄る影  >>4
      忍び寄る影2 >>5
      甦る涙  >>8

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第一章 船長と少年 ( No.1 )
日時: 2010/09/11 18:41
名前: 紅薔薇 (ID: 4jdelmOD)

「ハルト,食え。当分こんな贅沢なもの食えないからな。今食べておかないともたないぞ」

船長のラスターは少年に言った。少年はそれには答えず,じっと琥珀色の瞳で星空を見つめていた。

 ハルト—これがこの少年の名だった。彼はあるものを求めて,海賊とともに旅をしていた。
 だが少年の求めているものを知っているのは,船長のラスター以外誰もいなかった。

船長は少し強い調子で繰り返した。「食え。ハルト」船長の翡翠の瞳が少年を鋭くとらえた。
ハルトは側にあったウガ(高級魚の一つ)の焼き身を口に押し込んだ。まもなくハルトはすぐに飲み込んでしまった。ラスターはそれを見て微笑むと,少年のとなりに腰を降ろした。少年は横目でそれを見た後,すぐに夜空を見つめた。二人はしばらくの間黙ったままだった。

星達はチカチカと光ながら,二人を見守っていた。やがてラスターはため息をつきながら呟いた。

「美しいな。俺は子供の頃,この無限の星達を数えていた。毎夜毎夜数え続けた。だが,ついに数え切れなかったな。数えきるのが,俺の小さな夢だったが………」

ラスターは腰にさげていた立派なナイフを取り出すと,息を吹きかけた。

「ハルト。お前の求めているものは,俺のかつての夢のように,叶えられないものなのか」

ハルトは星空から目を落とし,真っ暗な海を見据えた。
そして首を振った。

「わからない……。でもたとえ叶えることのできない願いだとしても,僕はあきらめない。そう,彼女に誓ったから」

ハルトは転がっていた石を,立ち上がって海に投げ入れた。石は,トボンと音を立てて,漆黒の闇に飲み込まれていった。ハルトは拳を固くにぎった。自分の虚しい祈りはあの石のように,宿命という闇に瞬く間に飲み込まれているのではないかと戦慄を覚えたのだ。だが,ラスターの大きな手が,少年の肩を引き戻した。ラスターはいつになく真剣な目をしていた。

「いいか。これから先何があろうとも,お前のその決意は揺るがすな。お前と彼女の間で何が起こったかはわからんが,その隙間からあらゆる悪の感情が入り込んでくるからな。悪の感情に囚われてしまうと,人はみな廃人となる」

ハルトはゆっくりと頷いた。ラスターは手を離した。

「……お前は強い。強いゆえに脆い。だが恐れるな。お前を必要とする者がいるかぎり,お前は無敵なんだ。お前の力は無限なんだ。わかるな?」

「わかります。ラスター」ハルトは船長の美しい翡翠の瞳を見つめた。やがて船長は笑った。
「さあ,もう寝ろ。明日は大変だぞ。クレナ島に着陸することになっているからな。14歳だとて,他の男達と同じように扱うぞ」

ハルトも微笑み返した。「分かってます。船長」

     悪魔の潜む島 ( No.2 )
日時: 2010/09/11 18:45
名前: 紅薔薇 (ID: 4jdelmOD)

「ねえ,ハルト。私いつもあなたのそばにいるわ……。どんなことがあっても,離れないから。
 だから,あなたも離れないでね」

金髪の少女は切ない微笑を浮かべた。まるでその微笑みは一輪の薔薇のようで,見る者全てを惹きつけた。ハルトは少女に微笑み返した。

「うん。もちろん。どんなことがあっても,君から離れないよ」

少女は小さく嬉しそうに頷いた。そしてハルトの手を強くにぎった。ハルトがハッとして顔を上げると,少女の顔は真剣だった。そして小さな唇を開いた。

「私ね…… —夢を見るの。
 皆いなくなっちゃう夢。お父様やお母様がいなくなって,お城が消えて,何もかも消えてしまうの。私はどんどん闇の中に堕ちていって…最後にハルトが私を呼ぶ声がして,目が覚めるの……」

悲しみと共に少女が消えてしまいそうに思え,ハルトは思わず抱きしめた。少女は息を呑んで顔を赤らめた。そして一粒の大きな涙を流した。「私……」

「私ね,あなたに———        










ハルトは声を上げて飛び起きた。同い年のコリィがいぶかしげにこちらを見て目をこすっていた。

「なんだハルト…殺される夢でも見たか…」

ハルトは大慌てで首を振った。「違う……」
違う。あの少女は…!

コリィはあくびをした。

「ま,早く支度しようぜ。もうクレナ島につくんだからな」

そういうと,コリィは早々と着替えて行ってしまった。
ハルトはそれを見届けると,ゆっくりと呼吸をした。鼓動が激しくなり,汗がつたりおちる。そのせいか,寝間着は汗じんでいる。汗の熱と,少女のぬくもりが体の中で交差していた。だが,そのぬくもりは氷の如く,溶けるようにみるまに消えていった。ハルトは胸を押さえつけた。
少女の微笑が,薄れてゆく。
「……すまない……」ハルトは涙を流して呟いた。「…すまない」





「ハルト!!何ぼうっとしてるんだ!早く来いよ」

年上のベルナが叫んだ。ハルトは我にかえりながら,ベルナの方に走った。周りの男達は,わいわいとにぎやかに着陸の準備をしていた。船上はまるでお祭り騒ぎだ。ハルトは走りながら,何人かの男にぶつかってしまった。ハルトが謝ると,男達はにこやかに頷いた。
ベルナが苛立しげにハルトを見据えた。「遅い。何時起床だと思っているんだ」

「すみません…寝過ごしてしまって……」ベルナは瞳から冷たい色を消すと,後ろを振り向いて前方に見える大きな島を指差した。

「あれが,クレナ島だ。いつもどおり,食べ物調達係,いわば探検派と寝小屋を建てる集落派に分かれてもらう。船長がお前を探検派に推したから,お前はコリィといっしょに行動しろ」

「はい」

ハルトは島を憧れと好奇心に満ちた表情で見つめ,浮き立つ気持ちをおさえながら頷いた。ベルナはハルトの背中を押した。

「船長が呼んでいたぞ。早く行け」




船内への暗い階段を大急ぎで降りながら、ハルトはあちこちに響き渡る男達の声を聞いていた。ハルトがまだ訪れて間もない10歳ほどの時、この猛々しく、たくましい声をびっくりしながら聞いていたものだった。そしてこの船の周りを飛ぶ海鳥達の声と、ざわめく波の音を生まれて初めて聞いたときの感動は今も忘れることはない。ハルトは記憶にひたりながらも、奥の船長室を開けた。「ハルトです」

中の立派な机には、船長ラスターが大きな地図を広げ、真剣な目つきで見下ろしていた。ハルトが敬礼すると、ラスターは微笑みながら椅子に座るよう言った。

「さあ、そこにすわりなさい。君に初めて任務を与えるぞ」

ハルトは驚いて顔を上げた。任務など、この船に5、6年いないととても与えられるものではないからだ。食べ物調達や寝小屋立てなどとは到底違う、大切で過酷な仕事だった。失敗はゆるされない。
ハルトが思わずたじろぐと、船長は声を立てて笑った。「怖がるな」

「大の男達に与えるきつい任務ではない。だが、これはお前でなければできない」

ハルトは急に心臓を掴まれたような錯覚を感じた。大の男達にできないことが、この僕にできるだって?とんでもない。船長はどうかしてしまったのだろうか?

「そう心配そうな顔をするな。いいか、一つ言っておくが海賊というものはいつでも強そうな顔をしていなければならないのだ。弱々しい顔をしていたら、厳しいこの海上の世界ではやっていけないぞ。例え恐れるものがあったとしても、堂々としていろ。お前は弱くないはずだぞ?」

船長の目は温かかった。ハルトはゆっくりと頷くと、一人前の男になったとでもいうように姿勢を正して胸をはった。最も心の中は恐怖と好奇心と不安が占めていたが。

「そうそう。
 よし、いいか。良く聞きなさい。一回しか言わないからな」

ハルトはゴクンと唾を飲んで頷いた。こめかみから汗がつたり落ちてくる。

「クレナ島については、お前は無知に等しいだろう。ただの大きな島としかな。
 だが、クレナ島はお前が考えてるような大きくて単純そうな島ではない。ある伝説が言い伝えられていて、それは何百年も前から存在していると言われている。その伝説というのはある悪魔の伝説でな。
 その悪魔は悪さをするんだ。人を殺したりは決してしないんだが、私達の大切な食料も奪うこともあるそうでな。最も水を盗まれたりしたら、いっかんの終わりだ。それを阻止する役目も、お前に与えることにしている。コリィと共にな。そして、伝説の最後には悪魔を捕まえると、悪魔は人間の知らぬ秘密や宝のありかを教えてくれるとあるのだ」

船長は天井を見つめていたが、やがてハルトを見つめた。

「お前の捜している人について何か知っているかもしれん。だからこそ、悪魔のイタズラを阻止し、捕まえてもらいたい」

それを聞くと、ハルトは立ち上がりまっすぐに船長を見据え、深々と頭を下げた。
拳は固くにぎられていた。

「是非やらせていただきます。そして必ず、僕とコリィで集落を守り捕まえてやります」

「二人のときは敬語を使わんでもいい。そのほうが話しやすいだろう。さあ、行きなさい」

ハルトは金色の瞳を輝かせてコクリと頷いた。「ああ」


     呪いの島 2 ( No.3 )
日時: 2010/09/11 18:46
名前: 紅薔薇 (ID: 4jdelmOD)



「こっち来てみろよ!鹿が死んでるぞ!!」

またか。
ハルトはすでに聞き飽きていた。今日でもう5匹めだ。鹿の死体を見つけたのは。
コリィもいいかげん死体を肉にするため運ぶのにも疲れていたので、しかめ面をしていた。だが海賊全部に肉を行き届かせるには最低でも7匹は必要だった。最もそんなにシカ肉を食べたことはなかったが。

「今日は4匹でいいよ。十分だ。ただ、その鹿の一部の肉は切り取ってかえろう」

ハルトとコリィは手早く肉を切り取ると、肩の荷袋に放り込んだ。二人は疲れ果てていた。汗を滲ませながら二人はゆっくりと歩き続け、そして湖で休憩した。日が傾いてきている。この島を探検し始めてから二日はたったが、今だ悪魔の伝説について手がかりはつかめていなかった。コリィは人一倍好奇心があったので、今回の任務に大乗り切りだったが、今はただ顔をしかめているだけだった。ハルトもこの暑さと肉の重さに少し苛々していた。ハルトは湖のありかを地図に書き込んだあと、水を皮袋に入れて腰に下げた。また荷物が増えた。

早く持って帰らないと肉がすぐに腐ってしまうこともあって、二人は3分立ったらすぐに出発した。集落で火を焚いている煙は遠くに見えていたが、進んでも進んでも集落にでることはなかった。苛立ちはつのってゆくばかりだ。日はすでに沈み,空には夕闇が迫っていた。二人は足を速めた。そのうち、コリィがしびれを切らした。

「何なんだよ。この島は。進んでも全く集落に出られないじゃないか」

ハルトは何か怪しいと思っていた。確かに煙に向かってひたすら歩いている。だが一向に煙には近づいていないのだ。時間だけがのろのろと進み、疲れが増すばかりだった。ハルトは木の下に立ち止まると、地図を広げた。コリィがばかばかしいとでも言うように地図を見下ろした。

「こんなん意味無いさ。空白がいっぱいあるじゃないか」

ハルトは丹念に距離を調べた。今日はまるまる1日湖のたった1キロ先にあるクルール山にいた。それから湖に行き、そして集落へ戻ろうとしている。不思議だ。クルール山から集落までは3キロ弱しかない。そして湖から集落までは約2キロほど。それなのにもう何時間も歩いたり、走っている。何かがおかしい。
ハルトはきつねにつままれたような気分になったが、悪魔の伝説が関与していることは直感していた。

だがもし悪魔の仕業だとしたら、どうすれば良いだろうか。ラスターなら何かいい考えが浮かんだかもしれなかったが、彼はここにはいないし、ましてやハルト達が帰れないなどということは知らないのだ。ハルトは急にラスターの顔を思い浮かべて寂しくなった。

「おい、もう日が暮れたぜ。空も暗いし…。仕方ないや。寝小屋でもたてて寝よう」

二人は木を集めて森を彷徨った。コリィは寝小屋の木を。ハルトは薪を。
30分ほどすると二人は寝る場所を定めて、寝小屋をたて、中で焚き火をした。ひととおり仕事を終えると、コリィが悔しそうな声で言った。「食べ物どうしようか。鹿の肉はもう腐ってるだろうからな」

ハルトはふいに声のトーンを上げた。「鹿…なんであんなに死んでたんだろうな。熊の仕業にしては数が多すぎる。それに僕らはまだ熊に遭っていないからそんなにたくさんウジャウジャいるわけじゃないんだろう」

コリィはハルトを睨み付けた。

「そんなことどうでもいいだろう。とにかく食べ物が欲しいんだ。腹が減ってたまらない」

ハルトは荷袋からクリオの実と干し肉をひときれ取り出してコリィに渡した。コリィは顔を輝かせた。

「どうしたんだ?こんなに」

ハルトはあきれた顔をした。「非常時用にいつも持ち歩いてんだよ。それに、さっきのことだけど、どうでもいいことじゃないんだよ。僕らはラスターにこの島を探検することを頼まれている。食べ物集めだけじゃない。地形や動物達についても、悪魔についてもとことん調べなきゃいけないんだからな」

干し肉をほおばりながらコリィは頷いた。その顔を炎が照らした。コリィは少し大柄だが、今夜はことさら大きく見えた。「まあな。でも今は生きることを考えようぜ。水はあるのか?」

ハルトは腰にから水袋を取り外すと、一口飲んでコリィに投げた。コリィはあっという間に飲み干してしまった。そしてあっけなく水は無くなってしまった。投げ出された水袋を荒々しく取り上げると、ハルトは声も荒げた。

「おい。貴重な水をどうしてくれるんだよ!」

コリィは食べ物と水にありつけて呑気だった。「いいじゃないか。明日朝に水を探そうぜ」
ハルトは水袋をしぶしぶ腰に下げ、頬をふくらませながら寝転んだ。「近くに水なんかあるもんか。湖に戻るって言うのか?だったら集落に帰った方が早いさ。だけど、集落には戻れないときてる」

コリィは他人事のように笑っている。「なんでだろうな。やっぱ悪魔かな」
両手を頭の下にしいて、ハルトは悔しそうに頷いた。「多分な」

コリィは焚き火を消すと、集めた草をしき、横になった。「寒くないのか」
「うん」ハルトは無意識に嘘をついた。悪魔の事で頭がいっぱいだったからだ。
しばらく沈黙が続いたが、コリィが小さな声で言った。

「今日、鹿の死体の近くで天犬ウォーリスの足跡を見つけたんだ」

ハルトは横目でコリィを見たが、暗闇で彼の姿は見えなかった。

天犬ウォーリス?」

「この世界を支配する7人の神の1人女神ラーリリスの犬達のことさ。狼より大きく俊敏で賢く、熊よりも大きな力をもつ。もとは悪魔退治のためにつくられた犬なんだ」

“悪魔退治”ハルトは訊ねた。

「伝説だろう」

コリィはかすかに笑い声を立てた。「違うよ。本当だ。狼よりも全然大きかったししかも5本指なんだ。この世界で5本指は天犬しかいない」

「大昔ラーリリスが悪魔のいるところに天犬達をやったらしいんだ。おかげで悪魔は半減してね。今の世があると言われてる。だけど天犬は今はもうほとんどいないんじゃないかな」

コリィはあくびをした。

「もう寝ようぜ。この話はまた明日だ」

ハルトは天犬について気になったが、今はコリィに従うことにした。


未知、そして出会い ( No.4 )
日時: 2010/09/12 15:52
名前: 紅薔薇 (ID: 4jdelmOD)



翌日、ハルトとコリィは早朝に集落へ向けて出発した。
ハルトは歩きながら、赤土を振りまいた。コリィは赤土を見て尋ねた。

「これ、赤土じゃないか。どうして振りまくんだ?」

ハルトは一心に振りまきながらも答えた。

「悪魔の嫌いなものの一つだってラスターが教えてくれたのを思い出したんだ。昨日夜中に少し探したんだ」

「へえぇー」コリィは興味心身に見つめた。「じゃこれで集落へ帰れるな。煙の匂いもしてきたし」
ハルトは頷いた。「そうだね」



本当にそのとおり、二人はその後、無事集落へたどり着いた。皆がワッとたかってきた。その中にはベルナもいて、二人に肩をまわしながら微笑んだ。

「良かったな。話はあとでしよう。船長が呼んでる」

船長はとてもベルナを信頼しているのだなと思った。船長からの大切な伝言は必ずベルナから伝えられるからだ。船長が大好きだったハルトは信頼され、寵愛を受けるベルナが少し妬ましかった。ハルトはそれが顔に出てしまったのか、ベルナがそれを察し微笑を浮かべた。

「僕から伝えられるのは不愉快かい?でも船長に本当に信頼されてるのは君なんだぜ」

そういい残すと、ベルナはコリィを撫で仕事に戻っていった。
“僕が?何もできない僕を船長が…?”ハルトは首を横に振ると、コリィとともに船長のもとへ行った。



「おかえり。そこにかけなさい」

船長のラスターは翡翠の瞳に優しげな光を宿して、二人を見つめた。コリィは船長と真正面に対面して緊張しているのか、指がせわしなく動いていた。僕が横目でクスッと笑うと、コリィはそれに気付いて文句あるかとでもいうようにハルトを彼もまた横目でキッと見た。船長がそれを見て笑みをこぼした。

「さあ、緊張するな。コリィ。
 二人とも、何か分かったことがあったら教えてくれ。悪魔のことについては何か分かったか?」

ハルトは真っ先に、集落へ帰れなかった話をした。それが悪魔の仕業であると確信したことも話した。ラスターは黙って聞いていたが、聞き終えるとゆっくりと顔を上げた。

「それで……赤土を使ったんだな」

「えっ?どうして…」

コリィは目をみはった。僕も思わず唾を飲んだ。

「お前達から赤土の匂いがする。それに……」

ラスターは目を細めた。

「天犬の匂いもだ………」



   忍び寄る影 2 ( No.5 )
日時: 2010/09/14 17:38
名前: 紅薔薇 (ID: 4jdelmOD)

ラスターは咳き込んで、そしてゆっくりと部屋を見渡した。まるで何か潜んでいるものを見つけようとするような目つきだったので、ハルトは一瞬震えた。

「昨夜、お前達が帰ってこないと騒ぎになってから、とりあえず私は彼らに寝るよう言った。私はずっと起きて待っていたが、とうとう帰ることがなかった。私はあきらめて部屋に戻ろうとしたんだ。その時、クルール山の方から不思議な遠吠えを聞いたんだ」

コリィがピクリと動いたのが分かった。彼もまた遠吠えを聞いたのだろうか。

「オオカミのように、細い遠吠えではなかった。まるで熊がオオカミにでもなったかのような、力強く、太い声だ。……だが透き通っていた」

ハルトは首を振った。「でも……天犬は伝説でしょう?」

「いや。僕は見た」

そう言ったのは、コリィだった。コリィはいつもと違って真剣な目つきで下を向いていた。ハルトとラスターは思わずコリィに目をやった。ハルトは声を上げた。

「お前……5本指を見たっていっただけじゃないか」

5本指と聞いてラスターは即理解したようで(彼より知識があるのは恐らく神か悪魔ぐらいだった)ゆっくりと頷いた。コリィが上目で船長を見つめた。

「で、コリィ。天犬はどんな姿をしていた……?」

恐ろしいことを口にするとでもいうような、震えた声でコリィは言った。

「……夜に目が覚めたんです。ハルトは寝ていました。暑かったし、夜風に当ろうと思って、そっと寝小屋を出ていったら遠くの方で銀色に何かが光っていたんです。目をこらしてみたら、それは大きな犬達の群れでした。俺は天犬については少し知ってたから、それがすぐに天犬の群れだってわかりました。昼に5本指の足跡も見つけていたし…」

コリィはゆっくりとハルトを見た。そして続けた。

「群れのカトラス(リーダーの意)は尾が三本で、それ以外は二本でした。カトラスは俺の方に目をこらしていましたが、気付いたのか、すぐに群れをつれてどこかへ走っていきました……」

ハルトはコリィに尋ねた。「なんで、僕に言ってくれなかったんだよ」
コリィはハルトを睨んだ。「だって、天犬のことをペラペラしゃべったりしたら、誰も信じなさそうだし、なんか罰が当りそうだろ」

ラスターは笑った。「それはお前の取り越し苦労さ」




コリィが出て行ってしまってから、ハルトはラスターを見つめた。

「もし、天犬と手を結ぶことができたなら悪魔は捕まえられるのでしょうか」

「かもしれない……」船長は真剣な顔つきで答えた。

「ならば……。僕が天犬と話してきます……!!!」

船長は思わず顔を上げた。ハルトの目は本気だった。まだ少年の体を震わして、拳を強くにぎっていた。ラスターはしばらく考え込んだ。そしてチラリとハルトを見た。

「天犬は……ヘタをすればお前を殺すかもしれぬ。そうしたら彼女の約束を破ったことになるぞ」

「僕は死にません」

「死ねないんです。僕は約束を破ったりしない。絶対に彼女を見つけ出します。それまでは死にません」

ラスターは決心のかたいハルトを見つめ、意味ありげな言葉を言った。

「……そっくりだな」

そして微笑むと、「いいだろう。お前の好きにしなさい。だが一つ命ずる」

「絶対に……森を傷つけるな」

「この島は神々がすむと言われる。お前の犯したことで神々の怒りに触れては皆が巻き込まれてしまうからな」

ハルトは深く頷いた。


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