ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
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- 置き手紙
- 日時: 2011/03/20 09:40
- 名前: ピストン源次郎 (ID: tVjHCvxF)
- 参照: http://higawari.qee.jp/
意を決して元彼女の住んでいたマンションに行った。
部屋を見たいと言ったら管理人はすぐにキーを貸してくれた。
ロフト付き1LDK・・・
何度も泊まった部屋なのに、がらんどうになるとまるで別の部屋みたいだった。
彼女の家具や所持品は田舎の実家に全て運ばれてしまったのだろう。
思ったとおりロフトの金属手すりは大家によって取り払われていた。
もうこんな事件はこりごり、縁起でもないという事か・・・
自殺のニュースを聞いたとき真っ先に思ったのは、首をくくる紐をかけるのならあの手すりしかないだろうということだった。
もっとタフな女だと思っていた。
なぜ・・・という以前に、少なくとも自分が原因ではないという妙な自信はあった。
別れてもう一年以上になるし、男のことが後を引くような女とも思えなかった。
しかし今更その理由を詮索してなんになる。
俺は気を取り直して部屋のキッチンコンロに歩み寄った。
そこのタイルの一部に微かなひび割れがある。以前のままだ。
持参したドライバーを差し込んで一枚二枚とゆっくり慎重に剥がしてゆく。
するとぽっかり空洞が現れ、覗き込むなり思わず唇から歓喜の口笛がもれていた。
一万円の札束・・・それもかなりの分厚さ・・・500万はあるか
彼女のたんす預金だ。
いや、正確には"壁穴預金"か。
男同様、銀行も心の底では決して信じようとしなかった哀れな女の最後の砦・・・
これを知る者は彼女の他には俺だけだという予想は当たっていたようだ。
それにしても、これをそのままにして首をくくるとは・・・
いや、この金に思い至る心の余裕があればハナから首などくくらなかったろう。
そう自分を納得させながらポケットに札束をねじ込もうとしてふと気が付いた。
札束の間に白い封筒が挟まっていることに。
そして中には便箋が三枚。
開いてみると
「やっぱり来たねケンジ。来ると思ってた」
彼女の丸っこい筆跡でこう始っていた。
俺は瞬間彼女の声を聞いたように思い、その場でびくりと立ちすくんでいた。
「驚いた? ちゃんとお見通しなのよ」
彼女のアハハという高笑いまでがどこからか響いてきそうだった。
「君がこのこと忘れるはずがないもんね。私のことはきれいさっぱり忘れても」
「知ってたんだよ。君がちょくちょくここから何枚かくすねていたこともね」
「でもそんなことはもうどうでもいいの」
俺は二枚目をめくった。
「ケンジ、改めて言うけど、君は私が付き合った男の中では確かに最低の男だったわ」
「自堕落でケチで卑怯で臆病で不潔でスケベでバカだったわ。でも事実だから怒らないでね」
「でも最後の男だったことも確かよ。それでお願いがあるんだけど聞いてくれるかな。私の最後のお願い」
俺はむさぼるように続きを読んだ。
「私が一生懸命働いてこつこつ貯めてきたこのお金、出来るだけ下らない事で全て使い切って欲しいの」
「マージャン、パチスロ、キャバクラ、競馬、競輪・・・何でもいいから全部使い切って。あぶくゼニみたいに」
「得意でしょ? そういうの」
「じゃ、お願いね」
手紙はそれで終わっていた。
俺は手紙の束を手に立ち尽くしていた。
いったい彼女は何を言いたかったのだろう。
これが首をくくる間際に残した遺言だというのか?
あれこれ考えているうちに、だんだん俺は腹が立ってきた。
俺がこの金を取りに来ることを知っていたのなら、そして本当にこの金をあぶくゼニみたいに使い切って欲しいのなら何もこんな置き手紙など残す必要など無いじゃないか。
言われなくても俺がそうすることを彼女は知っていたはずだ。
そう。俺以上に何もかも見通していたはずだ。
だとしたら厭味か? 俺へのあてつけか?
そういえば陰険で底意地の悪い女だった。
冷たい視線で人を見透かすような女だった。
俺は手紙の束をびりびり引き裂くと便器に叩き込んでその上から思いっきり大きなクソを垂れて流してやった。
そして札束をポケットにねじ込み後足で砂をかけるように部屋を後にした。
しかし二週間後。
彼女の郷里、福島はとある田舎町の菩提寺。
その墓の前で花束を手に悄然と佇む俺がいた。
「負けたよ」
俺は静かに笑いかけていた。
そして線香に火をつけそっと手を合わせた。
「これもお見通しだったんだろ?」
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