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三ヶ月の希望
日時: 2011/04/13 22:03
名前: アサキユメミシ (ID: Oui0uBDf)

 未来が見えた。手すり、花瓶、カーテン。
そんなものを未来とたとえて何が悪い?
だってこの世界において未来と呼べる希望があるのならとっくに手すりなんかたとえない。
そう、私には未来がないんだ・・・。



 あともう三ヶ月しか生きられない。というかもう限られている。もうそれは事実だって先生が言ってた。十五歳。若い?老いてる?答えは分かっている。若いんでしょう。それに寿命を縮めたのも私なんだから。
薬を飲まなかったの。毎日毎日出された薬、そっとごみばこに捨ててた。
絶対誰にもばれていない。自信はあった。呑んだ風に見せてトイレで吐き出していたから。
 病室から見える時計塔。向かいにいるアリサちゃん。これから目にするものもあと三ヶ月ですべて思い出になってしまう。
そう思うともうおかしくてしょうがない。目の前の現実を操縦してきたのは私。
 ははは。
静かに笑う。誰もいなかった。
 お見舞いに来てくれる人は一人もいない。当たり前だ。友達もいないし、親も兄弟もいない。家族は生まれた時から知らない。もう何年も前から病院にいる。
 家族も知らない、愛情も知らない。絆も生きる意味も。
 生きる意味を知らない私。馬鹿みたいでしょう。 
笑っていいよ。お好きなだけ。
 ガラッ
「ハルカちゃん、食堂でテレビ見ない、」
アリサちゃんが誘う。私は少し寂しそうな笑みを作る。
「ごめん。私、ちょっと考え事してる。」
するとアリサちゃんは私のベッドに腰掛ける。少しきしむ音が聞こえた。
「大丈夫、大人になれるよ。」
ごめんね、ありさちゃん。本当にごめん。でも私、どうしても生きる理由が見つからないんだ。
「・・・アリサちゃんってさあ、自分の病名、知ってる?」
私はさりげなく聞いてみる。
彼女は少しびっくりして私の顔をのぞく。
「え・・・、知ってるけど。なんで?」
「私、自分の病名、知らないんだ。」
「何で・・・。先生が教えてくれなかったの?私、聞いてきてあげ・・・」
「違うの。」
アリサちゃんの言葉をさえぎる。
彼女は次の言葉を待っていた。
「私があえて聞かなかったの。どうしても聞きたくなかった。治らないのは分かっていたから。あれからもう何年も経ってるんだなあ・・・。時間って過ぎるのが早いね。」
彼女はうつむいていた。たぶん、私の言葉にどう答えればいいのか分からなかったのかもしれない。沈黙。 
「私は大丈夫だよ。別にも将来がなくたって。」
「・・・やめてよ。どうしてそんなこと言うの。」
静かな声。アリサちゃんは少し顔を上げて私をにらみつけた。その顔が私が生きていた中で一番怖いものかもしれない。それくらい怖かった。
「一生懸命生きている人だっているのに。」
そして彼女は去っていった。彼女が座っていたところだけ、なんとなく時間が過ぎていくように見えた。私だけ、時間の過ぎない空間にいるみたいだった。
「アリサちゃん・・・」
アリサちゃん、何を言ってるの。私はただ・・・。
真正面には彼女のベッド。
“鈴木ありさ”
“すい臓がん”
そういえば・・・看護婦さんがナースステーションで。
『・・・もう少し発見が早かったらね・・・かわいそうに、ありさちゃん。』
数ヶ月前の話。何気なく耳にして特に気にしていなかったが、まさかあの、アリサちゃん!?
・・・っ!アリサちゃんもじゃあ・・・。
ベッドから起き上がり、急いでスリッパを履き食堂に向かう。
丸いテーブルを同年代の子達と囲んで楽しそうにおしゃべりしているアリサちゃんを目にした。しばらくその光景を見ていたが、彼女は私の視線に気づいたみたいで、私たちは見つめあった。
目には輝きがない。
「アリサちゃん、ちょっといい?」
彼女はうなずいた。

「余命一週間なの。一ヶ月前に宣告された。忘れてたのにふとカレンダーを目にしたらもう一ヶ月になっていた。」
静かに語りだした。
「将来看護婦さんになりたかったのに。絶対になりたかったのに。」
途中でアリサちゃんは涙声になっていた。何も言えず、ずっと耳を傾ける。
「ハルカちゃんはまだあるじゃん。でも私は、私は・・・」
泣いた。彼女は泣いた。
そっと肩に手を置く。震えている肩は意外と小さかった。
「ごめんね、さっき勝手なこと言って。」
私は彼女を傷つけてしまった。
「・・・ひとつ、聞いてもいいかな。」
アリサちゃんはゆっくりと顔を上げた。泣きじゃくったせいで鼻が赤かった。
私はうなずく。
「今からでも遅くないから。」
「え、何が?」
「薬。」
 彼女は気づいていた。看護婦さんでさえ気づかなかったことを。
「どうして・・・」
訳が分からなくなる。なぜ彼女は知っているの?
「自分の寿命を縮めてどうするの。」

分かっていた。余命がきたら死んだ両親に会えるだろうって。でもそういうことじゃなかった。いつかは死ぬのにまだ好きなことにも会えず、生きる意味とすら会えなかった。アリサちゃんに同情してそう思ったわけじゃない。
アリサちゃんが叱ってくれたからこそ分かったんだ。
友達・・・自分の弱いところを叱ってくれるような人
家族・・・たとえ生きていなくても見守ってくれている
そして・・・
未来・・・自分が生きたいと思えるもの



この手すりはあの時私より遠くにあった。その先にもしかしたら未来があるのかもしれない、あのカーテンも。
でも、薬をちゃんと飲むようにしてた。回復は出来なかったけど、一ヶ月寿命は延びた。今からそちらに逝きます。

  (完)

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