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‐崩壊こころプリズム‐
日時: 2011/11/02 18:42
名前: ヨルネ (ID: fiow63Ig)




#登場人物



琴倉こころ (ことくら_)

 16歳 恋愛対象は及川クンだけ。感情の起伏が激しい。
    一人称「こころ」 二人称「きみ」。
    変な宗教団体の教祖の娘で、生贄と称した虐待を受けてきた。


及川ケイト (おいかわ_)

 16歳 こころの異常行動に頭を悩ませる。
    一人称「僕」 二人称「アンタ」。
    こころのことは大切に思っているが、恋愛感情はない。

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Re: ‐崩壊こころプリズム‐ ( No.1 )
日時: 2011/11/02 18:55
名前: ヨルネ (ID: fiow63Ig)



#01



夕暮れ時、少女はくすんだ住宅街を歩いていた。

その歩みは酷く不安定で、今にも華奢な体が倒れそうなほど。

着ている制服は季節には合わない冬のセーラーで、少女の額にも

うっすらと汗が滲んでいる。

そんなことはどうでもいいように、少女は歩みを止めない。

その表情は皆無に等しく、なんの心情も読み取れない。



やがて少女がたどり着いたのは、とある新築の一軒家。

どこにでもあるようなその家の前で、少女はぼんやりと立ち尽くす。

表札には、「及川」 と表記されている。

視線を辿り、この家が自分の求めている人の家なのだと認識した瞬間、

いままで亡霊のようだった表情に、初めて人間らしいものが宿り。



「きゃはっ。 及川クン、みーつけた」



不透明な声で、愛しい人の名前を呼んだ。

Re: ‐崩壊こころプリズム‐ ( No.2 )
日時: 2011/11/03 23:16
名前: ヨルネ (ID: fiow63Ig)


           『 一目惚れ 』



ふいに誰かに呼ばれたような気がして、足を止める。

気のせいだったかもしれない。
だけれど、ここ数日、誰かに付けられているような感じはしていた。

停止していた歩みを再開させ、先ほどと変わらないペースで住宅街の前を歩く。

「…………」 「…………」

足を、止める。

そして振り返り、電柱に隠れきれていない人影を見て、少しため息をついた。

「────なに?」

他に聞くべきことは色々あるのだろうけど、とりあえず、僕の口からはそれしか出てこなかった。

声をかけられた人影が、そっと電柱から顔を出す。
伸び放題の黒髪に、目鼻立ちが整った美人さん。 同じ制服。


琴倉さんだった。


「すっごーい。 さすが及川クン。 こころの事なんてすぐわかっちゃうね」

自分の名前を一人称として使う琴倉さんは、少々不気味だ。

安定感がなく、日常から離れていて、どことなくその存在に違和感がある。

「こころも及川クンの事なら、なんでもわかっちゃうの。 もはやテレパシーレベルなんだよ」
「僕は琴倉さんのこと、あまり分からないけれどね」

正直に言うと、んー?と首を傾げて、琴倉さんが頭に疑問符を並べる。
視線はきちんと僕を捉えているのに、本当はどこに関心を置いているのか、わからない。

「きゃはっ。 そんなの、こころがぜんぶ教えてあげるのに」
「テストに出るところ、教えてな」


冗談を言っているけれど、冷や汗が滲む。

同じクラスの琴倉さんは、どうやら恋愛ごとになると他の物には目もくれなくなるらしい。
張り詰めている緊張感が緩むのを、待つしかない。

「で、今日はどうして僕をストーカーしてたわけ?」
「愛してるから」

さらりと愛を呟いて、琴倉さんは────こころは、僕に最大の告白をする。



「愛してるから、こころを殺してほしいの」

Re: ‐崩壊こころプリズム‐ ( No.3 )
日時: 2011/11/04 23:09
名前: ヨルネ (ID: fiow63Ig)




琴倉こころについて語れることは、実は案外多かったりする。

その7割が、彼女の目立つ容姿のことだ。

美少女。 そういう類の形容詞が似合いすぎる彼女は、学校中で有名になっている。
だけれど、その 「有名」 というのは彼女の容姿だけでなく。

彼女の、その奇妙な性格にある。





「愛してるから、こころを殺してほしいの」

淡い純粋さではなく、酔狂に似た感情でソレを言っていることは、目から見ても分かる。

彼女は一度物事に没頭すると、かなりの執着と依存を持つ傾向があるから。

「僕を殺人犯にするつもりか? 怖いな、琴倉さん」
「こころ、でいいよっ」

肝心の質問をスルーされた。
僕の頭の中で、危険を知らせる踏み切りが鋭い音をたてている。

ああ、と思ったけど、近くに駅があるじゃないか。 そのせいか。

「              」

何か言っているけれど、ちょうど真後ろで電車が通ったから、何を言っているのか分からなかった。

「だからさあ、及川クンに殺されることが、こころの夢! というか、願望っていうわけよっ」

「は…………なにそれ」

思わず笑っちまった。

あやうすぎる彼女の理想論に、僕の思考はまるでついていけない。
まあ、理解しようとはサラサラ思わないんだけれど。

「んーじゃあ、こころの運命はぜんぶ、僕が握ってるってことなのかな」

「そうそうっ。 こころはねえ、及川クンに一目惚れしちゃったんだ」

「それはそれは。 ありがたいねえ」

いま何時だろう。 早く帰らないと、晩ご飯の準備が遅れる。

会話が一段落したから黙っているのに、なぜか向こうも黙ってしまった。 ニコニコしている。
作り物めいた、乾いた笑顔。
それに見覚えがあるのは、僕の記憶違いだろうか。

「えっと…………じゃあ、いつ殺せばいい?」

「ふたりが、ひとつになったら」

誘われているのは確実だろうけれど、あいにく、僕はそういう男女の営みにまるで興味が無い。

ましてや、こころが相手なだけに。

「んー…………うん、まあ、そのうちに」

そのうちにって。
もっと他に上手い返し方があっただろうに。 なんだよ、そのうちって。 ホストか、僕は。

「きゃはっ。 及川クンとラブラブ記念日なり〜」

「────そういうことになるの……かな」

答えると、こころは乾いた笑顔を、パリパリに干からびさせて。
恍惚とした表情で、僕を見た。



僕とこころは、蛆虫以下の過去をほんの少しだけ共有しただけの。

薄汚い関係性しかない。

おぞましいだけの、そんな、赤い糸。


Re: ‐崩壊こころプリズム‐ ( No.4 )
日時: 2011/11/05 22:17
名前: ヨルネ (ID: fiow63Ig)



こころに告白されてから数週間が経った。

僕の日常は、こころが彷徨くようになるといっただけで、たいして大きくは変わらなかった。

彼女の奇行によって、クラスメイト等の視線がイタイのは、まあカウントに入れないようにして。


「最近、琴倉こころと仲良くねェ?」


クラスに、飛瀬雅人という男子がいる。

僕とは中学校からの知り合いで、中性的な外見をしているため、女子に間違えられることもある。
そのくせ、かなりの毒舌で、短気だ。

「いつも一緒にいるよな。 皆、ビックリしてる」

「告白されて、一応付き合うといった形になってるんだよ」

「うげ…………あの琴倉と? ありえねえ」

この程度の反応なら、普通はするだろう。
飛瀬は脱色した髪をいじりながら、制服を脱ぐ。 容姿の割に、体つきはいいのだと思った。

別に、イケナイ事をしているわけではない。

次の授業が体育で、男子更衣室で体操服に着替えているだけだ。
さすがに女子とは別々なため、こころはこの場所にいない。

「顔はいいけど、性格がダメだ。 変すぎるじゃねェか」

「そうなんだけどねぇ……。 まあ、成り行き」

「はっ。 …………ひでぇ奴だな、ケイト」

「僕を名前で呼ぶのは嫌がらせか?」

信じられないかもしれないけど、僕の親でさえ、僕の名前を呼ばない。
クラスメイトもほぼ全員が苗字で呼ぶ。

「だって、ケイトって呼ぶと、いっつも嫌そうな顔するし」

「それを見て楽しんでるのか。 変な奴だな、お前も」

センス最悪だと思う体操服に身を包み、面倒くさそうにノロノロと体育館まで足を運ぶ。
高校生にもなって、バスケをするということで喜ぶ生徒はあまりいない。

僕もどちらかといえば移動教室だけで面倒くさいと思うタイプだ。
それは飛瀬も同じで、コイツは体育のサボリの常習犯となっている。

「ケイトは琴倉が好きなわけ?」

「大切にしたいよな」

「はぐらかすなよ。 好きなんだろ? 琴倉、美人だしな」

「────あー、なあ。 飛瀬はこころが好きなわけ?」

聞くと、めちゃくちゃ嫌そうな顔をされた。

蛆虫を口に入れられたような顔で、飛瀬が僕を睨む。

「冗談だろ? あんな女」

「人の彼女をあんな呼ばわりすんな」

「だって顔以外サイアクだろ。 性格も……変だし」

「ま、お前が何に嫉妬してんのか分からないけど。 一応、付き合ってるってことで」

適当に流すと、それこそ不服そうに軽く肩を叩かれた。

「嫉妬なんかしてねぇよ。 キモい事ゆーな」

「へいへい。 すいませんでした…………っ、」

視線の端に人影が映り。 そしてそれが僕を見ていることに気づく。
とたんに体を襲う、寒気。
歩みを止めて、怪訝そうにする飛瀬もそれに気づいたらしく、 「……うわ」 眉をしかめる。


「及川クンにこころの悪口吹き込むの、どうして?」


ただ単純に、不思議そうに、疑問を口にするこころ。
女子も次は体育のはずだけれど、彼女は制服のままだった。
本鈴がなるまで、あと数分。

「会話の盗み聞きしてたのかぁ? やらしい奴だよな」

「答えてよ。 えっと……飛瀬クン、だっけ? 及川クンと仲良しさんだよね」

いつもの幼稚じみた雰囲気じゃないぶん、不気味さが増す。

会話の内容は全部聞いていたのか、目がまったく笑っていない。

「本当の事じゃねえかよ。 つうか、なに。 俺ら急いでんだけど」

「なんだか、飛瀬クンって嫉妬深い女の子みたいだね。 かぁいい」

「ンだとゴラァッ!! 」

負けず嫌いで短気で、女だろうが子どもだろうが容赦のない飛瀬は、ある意味最大の敵であるこころの胸ぐらを掴もうとして。

「はい、ストップ」

そこらへんで、僕がふたりの間に割って入った。

飛瀬の右手を掴んで降ろす。 「及川クンっ」 すぐ後ろで心酔しきった声が聞こえる。
振り向くと、悪者に乱暴されかけてヒーローに助けられたヒロインのように、こころが僕を見ていた。

「こころ……授業に出なくていいの?」

「いっつも体育なんて出てないよ。 汗かくし、ヤだもん」

「そう……。 なら、保健室で待ってて。 体育が終わったら昼休みだから。 保健室で合流しようか」

「ほんとう? 約束、約束ねっ」

飛瀬の事など目もくれず、こころは走って校舎の方へと引き返す。
その姿が見えなくなってから、落ち着いたと思われる飛瀬の手を解放した。

「────こころじゃなかったら、今頃騒がれてたぞ」

「ケイトがいなかったら、2、3発は殴ってた」

「やり返されていただろうな。 あいつの場合、普通の女子高生の常識が通用しねえから」

「────それ、テメェもだろ」

は?

穏やかではない疑問が過ぎる。
飛瀬は、当然だと言うように、僕に 「異常」 の烙印を押す。

「テメェだって、普通の男子高生の常識、通用しねえよ」

Re: ‐崩壊こころプリズム‐ ( No.5 )
日時: 2011/11/06 12:32
名前: ヨルネ (ID: fiow63Ig)



飛瀬曰く。

琴倉こころと付き合おうという気持ちになることすら、普通ではないらしい。

まあ、それは僕も納得できる。
普通なら、あんな自分から日常を非日常に変えてしまうような女、近寄りもしないだろう。

それは僕も否定しない。
けれど。


「まあ、僕も退屈しのぎにちょうどいいかなと思ったり」


体育が終わり、クラスメイトが弁当を囲んで雑談しているなか、僕はひとりで保健室に向かう。

先ほどのこころとの約束を守るために。 早歩きで。





まだ設立されて間もない公立高校の保健室は、病院のように白い。
消毒液の臭いにむせ返りそうになりながら、スリッパに履き替える。

「失礼しまーす」 「はい、どうぞ」

入学してから半年。 数回お世話になった保健室の先生は不在だった。

変わりに、どこか大人びた女生徒が返事をする。

「琴倉こころは来ていませんか?」

「彼女なら、病人用のベッドで寝ているわ。 昼休みが終わるまで、待っていたらどうかしら」

真っ白い、病弱な肌。 細身の体。
制服のリボンが緑色のことから、この人は僕より1歳上の、2年生ということがわかる。
少し色素の薄い髪は柔らかそうな天然パーマ。

僕は、彼女を何度か見かけたことがある。

保健室で。

「うわ……本格的に寝てるし」

ベッドで横になっているこころは、幼げな表情のまま寝息をたてている。
待ちくたびれて睡魔にまけたという事か。

「ここで待たせてもらいます。 えっと……」

「宇須綾乃。 保健室登校で、2年生」

「────どうも、宇須センパイ。 昼ご飯もここで食べていいでしょうか」

「いいわよ。 アタシもひとりきりだもの」


パイプ椅子に座り、食堂で購入したパン (120円なり) を頬張る。

チラと宇須センパイを見ると、可愛らしい弁当箱からチマチマと白米を口に運んでいる。

「宇須センパイは……なんで保健室登校なんですか?」

「人が嫌いだからよ、及川クン」

「あれ…………僕って名前教えてませんでしたよね」

「そこの眠り姫チャンが教えてくれたのよ。 色目使ったら殺すと、笑顔で脅されたわ」

それでも物怖じしなかったらしいセンパイは、愛されてるわねと、羨ましくもなさそうに言った。

違う学年で、しかも初対面のふたりの話が盛り上がるはずもなく。

時計の音だけがする保健室で、僕たちは昼ご飯を食べることだけに集中していた。


「あの子、琴倉こころチャンよね」


その静寂を消したのは、宇須センパイの一言。

食べかけのパンから目をそらし、ハンバーグをフォークで刺している宇須センパイを見る。

「2年生の間でも有名なんですか?」

「んー、分からない。 アタシは保健室に居て、琴倉さんに怪我を負わされた生徒を見てきただけだもの」

「暴力でしか彼女は感情の表現を知らないんですよ」

「────まあ、そのために他人が犠牲になるのなら、プラマイゼロなんでしょうけれど」

フォークを止めて、宇須センパイがどこか、苦笑したような表情になる。
それは、慈愛じみていてあまり好きにはなれない笑い方だった。

宇須センパイが、何を思ったのかは分からないけれど。

そっと、僕の頬に右手で触れてくる。
冷たい皮膚。
温かいはずのそれが、やけにゾッとするほど低温だった。

「きみ、なんだか不思議な子。 アタシがこんなに安心するなんて、あまりないのだけれど」

「これ、セクハラですか? それとも誘ってますか?」

「どちらでもないわよ。 ただ、ほんのすこしだけ……落ち着いているの……」

まるで意味が分からない。
この人は人間依存症なのだろうか。

このまま宇須センパイに頬をあずけていても仕方がないので、そのままパンを頬張る。

頬張ろうとして、

「ッ、う、ああぁあぁあァァアァアッ!!?」

宇須センパイの奇声に、脳がついていけなかった。

彼女の左肩には、何故なのか分からないけれど、フォークが突き刺さっていた。

けれどその疑問は、いつの間にか起きて宇須センパイの背後にいた、琴倉こころによって解消される。

「こころが及川クンとお弁当食べようと思ってたんだよ」

宇須センパイの肩からフォークを抜く。
椅子から転げ落ち、泣き喚く宇須センパイを冷たい目で見下ろし、こころは柔和な口調で言った。

「なのにどうして? どうして起きたら及川クンは知らない女とご飯食べてるの?」

純粋に不思議がる彼女の目には、確かに嫉妬心が浮かぶ。
宇須センパイの血で染まったフォークを、僕に見せびらかしながら。

「気持ちよさそうに寝ていたから、起こすのに躊躇ったんだよ」

「この女、及川クンとどういう関係?」

「先輩後輩。 というか、さっきまでこころの良い所を、センパイに自慢していたんだよ」

「こころの……良い所……?」

うずくまる宇須センパイが、怪訝そうに僕を見る。
その視線をスルーして、僕は続ける。

「誰かにこころの良さを自慢したくて。 センパイに語ってたんだよ。 他意はない。 だけれど、それでこころが誤解したのなら、ごめんな」

「んー……。 きゃはっ。 そういうことか。 ならいいよ、許しちゃうよ」

表情は崩れ、顔の筋肉がすべて抜け落ちたように、恍惚とした笑みに変わる。
そして、消毒箱から適当に小瓶を取り出して、脱脂綿にそれを浸し、

「これ、刺された所に抑えとくといいよ。 しみるけど、我慢しなさぁい」

宇須センパイに手渡した。
奇妙なものを見る目で、半信半疑でそれを受け取る宇須センパイ。

「さあて、及川クン。 一緒にご飯を食べましょう♪」

こころの眼中に僕以外のものは興味の藩中にも無いらしい。

保健室から出る僕らを、宇須センパイは蔑みもせず、呆然と見送っていた。


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