ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
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- ギルフォード荘の殺人
- 日時: 2011/12/04 19:10
- 名前: 美紗 ◆wGgiYTvwVQ (ID: vWi0Ksv5)
血の匂い。人々の思惑。秘密。そして虚栄心と恨み。
嗚呼、誰もが悲しむだろう。同情するだろう。
隠したい、隠したい。———隠せるなら、隠しなさい。
「この私に、勝てるならね」
と不敵に言う青年が現れる時、全ての歯車が狂う。
苦しい、悲しい、知られたくない。
誰も、届かない叫び。救われる日は来るのだろうか。
哀れな罪人に、天罰と救済を。
「さあさあ、私がお話しましょう」
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- Re: ギルフォード荘の殺人 ( No.1 )
- 日時: 2011/12/08 16:20
- 名前: 美紗 ◆wGgiYTvwVQ (ID: vWi0Ksv5)
土砂降りの雷雨で英国らしさを醸し出していた。空は異人である自分を激しく拒絶しているようだ。泥水が漆黒の下駄に跳ねる度、青年は顔を顰めるの繰り返し。青年は〝日本〟の国から来た〝日本人〟で黒の無地な着物と灰色の袴を着こなし、異色の雰囲気を纏う。黒のスーツケースを持つ手が、雨に濡れ冷えて悴んでいく。
左目を前髪で隠し、後ろの髪を一つに束ねた髪形。残された右目が黒く空洞を感じる瞳が追う視線の先は、丘の上に豪邸と見間違える別荘で、英国の荒れ狂う雷雨の中、不気味に聳えていた。
別荘に着くとインターホンを押した。間をおいて雨の中でタキシードを着た執事らしき初老の男が、恭しく出迎えた。いつの間にか、雨脚が弱まっていた。英国人を歓迎するかのように。男は一見、変わった格好の男を見て、驚いたが無表情の顔に戻し、丁寧な言葉遣いで伺う。
「どちら様でございますか?」
雨が止んだ。雨間かも知れないので早口に告げた。
「こんばんは、雨の日にすいません。此処は田舎で別荘地として有名なのは知ってますが、何せ初めての海外旅行ですっかり泊まるホテルを探すのを忘れ、一日中歩き回って探しておりますが、ご存知でしょうか?」
無表情で困った表情は見せなかった。常に青年の顔は感情が上らない。執事は暫し考え込んだ後、背後から身形の良い初老の女性が寄ってきて一礼した執事に訊ねた。青年が何者なのかを。事情を聞いた女性は青年の全身を見た後、穏やかで優しい微笑みを浮かべ、言った。
「それならば、家へ泊まればよろしいでしょう?」
広く螺旋階段がある、以下に金持ちの家が伺える広い広間。暖炉の中、蜜柑色の火が暖かく薪を燃やす。広間の中心に置かれたソファーに背もたれ、それぞれ神妙な面持ちで紹介される予定の青年を見据えていた。
白髪が混じる栗毛と薄い緑の瞳で掘り深い顔立ち。先程、青年を快く別荘に迎えた女主人、サラ・オールビー。入り口に控えるエドワードを呼ぶ。
「エドワード、この人の部屋を確保してちょうだい」
「承知致しました」
同じく白髪の混じってセンター分けの黒髪がエドワード・グレイ。一礼し、部屋を出て行く。サラは愛想の良い笑顔をしながら、一族に青年を紹介した。
「日本からいらした、北川涼君よ。可哀想にまだ12歳くらいの少年が、当てもなく独りで旅行していて泊まるホテルもないんだとか。全く……酷い世の中になったものね。雨の中、〝和傘〟という傘を差してたけどずぶ濡れだわ。誰か暖かいミルクを持ってきて」
随分、異なる言葉があった。そう、北川は12歳の少年でない。
「あの、私は十代後半です」
「まあ、そうなの?てっきり、男の子が……日本人は若く見えるって、本当なのねぇ」
驚くと感心して言う。他の方々も驚いている。一人が立ち上がって北川に握手を差し伸べた。碧眼紅毛が目立つサラの甥、ジョンだった。傍らにいる女は、すらりとして上品な美貌のジョンの妻、クレアも。
金髪碧眼とステレオタイプの欧米人の容姿で、煙草を吸っている女は、ベロニカと名乗って淡く微笑した。
「あ、そうそう。アンは何処かしら……アン、お客様よ」
部屋を入ってきた、茶髪とスミレ色の瞳をしたアン・バートンは、クレアのコンパニオンで随分、初老近くの女性でいる。オールビー夫妻は、まだ二十代前半で従姉弟のクレアも同い年。サラとエドワードとアンが同じ年齢層くらいだ。
「今晩は遅い事ですし、早めにお休みになさってください。あら、お食事はまだでしたか?」
思い出したようにサラが訊ねると、北川は答えた。
「いいえ、既に食べていますのでご配慮ありがとうございます」
血の匂い、人々の思惑、背徳の香り。
- Re: ギルフォード荘の殺人 ( No.2 )
- 日時: 2011/12/08 16:23
- 名前: 美紗 ◆wGgiYTvwVQ (ID: vWi0Ksv5)
自室へ案内される前、エドワードにベロニカのネズミでペット、ロバートがいないこと、ベロニカはネズミ愛好家であること、ロバートは首に白のリボンをつけていると伝えた。もし、見かけたら捕らえて欲しいと、硬い表情で協力を述べた。
暖房の効いた部屋で日本から持参した小説を読み耽る。灯りが消えた中で手元にあるランプが、字の羅列を映す。ふと、窓の方へ視線を遣る。エドワードの話によると、ギルフォード荘の一番自慢の庭が直接、広がる人気ある客部屋らしい。わざわざ白人でないのに親切な一族で心底、彼は感謝で満たされる。別荘を訪れるまで決して良い旅とは言えなかった。何しろ、白人主義で鎖国的な風潮がある英国なのだから仕方ない。
睡魔が襲う。好い加減、潮時か、と本を閉じる。庭から駆ける足音が聞こえた。何事かとカーテンを開けたら、人影は何処にもなかった。出窓の窓縁が、ひんやりと冷たい。
「気のせいだな、それとも歴史ある英国だ。先祖でも現れたのかな」
冗談を口にし、カーテンを閉めるとベットに潜り込んだ。
翌朝、昨日と打って変って腹が立つほどの青天。だが、部屋の外が騒がしく庭の外の垣間見る隣家からスコットランドヤードが出入りしていてサラと同じ年齢層の老女が、必死に警官に一方的な会話をする姿が見受けられ、警官は老女を宥めている。老女は遂に泣き出した。彼の苦労は無駄に終わってしまったようだ。
カーテンを閉めると何事もなかったように、部屋を出る。すると酷く焦った様子のエドワードが立ち竦んでいた。息が荒く怯えているようだ。無表情な顔が一変、眉間に皺が数本、集まってる。
「み、き、……北川様、大変です。お隣の人が……何者かに殺されたんです!」
広間に出向く。泣き腫らした顔、怯えた顔、困惑する顔が立ち並んで、一際目を引いたのは周囲に構わず泣きじゃくるジョンと慰めるクレア。何故だ、何故だと喚く声が唯一、静寂の広間に響く。クレアは困惑しつつもジョンの背中をさする。だが、捩って払い退けて床に蹲った。
見ていられないらしく、アンが人前に出て。
「ジョン!みっともない真似はやめなさい!お客様の目の前で!……クレア、大丈夫。気にしない方が良いわ。さあ、あなたは体が弱いのよ、早くお部屋にお戻りなさい。……見ちゃだめよ、見ちゃ」
肩を抱いてくるりとドアの方へ向かせる。アンは冷たくジョンを睨んだら、クレアを部屋から追い出した。ジョンの元へ行くと大声で怒鳴った。まるで悪戯した子供を叱るようだ。
「ジョン!子供じゃないんだからしっかりしなさい!クレアの前であなたは、何とも思わないの?クレアが必死に慰めてくれたのにねぇ……!奥様に叱って貰わないと。エドワードさん、奥様は?奥様は何処なの」
「奥様は只今、スコットランドヤードに事情を聞かれております」
喧騒の中、しっかりとジョンの嘆き様を見て疑問が残った。聴取から戻ったサラに問いかける。
「あの、何故……ジョンさんはあんなに嘆いているのですか?」
緊張で疲れた顔を無理強いし、苦笑いする。
「まあね、ジョンは亡くなったキャサリン・ベルと仲が良かったから。二人は仲の良い隣人として付き合いがありましたのよ。……そうだわ、貴方は探偵だと仰ってましたわよね。それならば貴方にこの事件の謎を解いて欲しいんです!」
職業、探偵。日本では名探偵と謳われる彼。実はその事を話していた。日本の土産話として、その一つに。元々彼が海外旅行へ出向いたのは、日本である〝事件〟が深く傷心し、忘れる為であった。けれども、一泊の恩義で彼は依頼を引き受けた。名探偵、北川涼の調査を開始された。闇に潜んで罪に溺れる罪人を、今から狩る。
キツネ狩りのように、獲物の名を持つ罪人が隠れる、ギルフォード荘という森の中、探偵は血を染めないで見つけ出せるかが、腕の見せ所だ。
「ジョン、いつまでも悲しんではいけないわ。彼女の事は悲しいわよ、でもね、貴方には可愛いクレアがいるじゃない。あの子を悲しませるなんて、叔母様が許さないわよ」
「べ……。ベロ……ベロニカ……でも、俺はキャサリンの事を………」
上手く言葉を紡げないで苦戦しているジョン。さっそく初調査を開始した北川が声を掛け、彼の言葉の続きを探ろうとする。が、代わりにベロニカがその問いに答えた。
「幼馴染として、隣人として、彼女が死んだことを嘆いているんだよ。と貴方は言いたい訳?でもねぇ、所詮は赤の他人よ。赤の他人なのよ。好い加減に泣くのはやめて欲しいわね、クレアの為にも……」
「………うう、ベロニカ。俺にもしものことがあった場合、皆でクレアを守ってくれ。お前らしかいないんだ。クレアはあの通り、病弱で気弱で何をしたって不器用な奴だからさ」
窓の外は、訪れた時と同じく雷雨と暴風が混じった天気。先程の青天の面影は、何処にもなかった。
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