ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

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Re:
日時: 2011/12/09 21:22
名前: 隣人 (ID: hJ61Eh3M)

Ⅰ*


そもそも、こんな事になったのは私のせいじゃない。
私はこれっぽちも悪くないのだ。
悪いというなら、私の前の時代を生きた人間たちや、
私を育てたお父様やお母様、この世界を呪うべきだ。
さらに言えば。
批判するなら、自ら思うが侭に世界を創ればよかったのだ。
だから、
何億分の一の確率でたまたま此処に生まれた私に、
全ての責任や罪、あらゆるものを押し付けるのはやめてくれ。

私は、ただ普通に生きたかっただけなんだ。




第一、誰かに先を歩かせようなんて、その考えが悪い。

幼い頃から、私の周りには沢山の人がいた。
毎日毎日、目の前に現れるのは違う人ばかりだった。
変わらないのは、お父様とお母様、召使に、大好きな親友くらいだった。

ルアンナ=アダムス。
彼女は隣国に住む、私にとって、とても大切な人だ。
彼女の両親と私の両親は仲がよく、ルアンナが私たちに会いに来るのはよくあることだった。

それから少し経った5歳の誕生日の日、私は自分が"王女"と呼ばれる存在であること、
それはお父様やお母様のように、とても"偉い"んだという事を知った。
そして、誕生日を祝いに来てくれていたルアンナもまた、隣国の"王女"であると聞かされた。

その時の私はきっと、大いに喜んだことだろう。

何せ、あの時はまだ幼かったから詳しくは覚えてないが、おいしい食事や綺麗なドレス、
何より、大がつくほどの親友と同じであることが嬉しかったに違いない。
そして同時に、周りの人間たちが自分より"下"であり、自分の為に動くことが、面白くてしかたなかったのだ。



そうだ、あの時からもう歯車は廻っていたのだ。

私はただ普通に生きたかった。それだけ。
だけど。
私のこんな過去が、今のこの最悪な状況を生んだのなら…


そんな過去はなかった方が、この世界の為であり、
私の、最愛の人の為だったのだ。



私は悪くない。
だけど、
やっぱり私が悪かった。
いっそ生まれなければよかったかもしれない。


何をしても、結局、皆私を責めるんだ。


Page:1



Re: Re: ( No.1 )
日時: 2011/12/22 20:06
名前: 隣人 (ID: tSCp5ots)


空はいつもと変わらず、透き通るような青だった。

私は泣いていた。
人生で泣いたのは、もしかしたらこれが初めてだったのかもしれない。

跪くように地面にへたりこみ、声を出さずに泣いていた。
だが、もし私が此処で大声で喚こうとも、目の前の少女には届かないことくらい、私にでもわかった。
それは、世界が馬鹿みたいにうるさいこと以前に、彼女の決心はそれくらいでは揺るがないという事なのだ。

馬鹿みたい。
馬鹿みたいなのは私なのに、やはり全てがそう思えた。

私の隣には、見覚えのない少女が佇んでいた。
腰に剣を携えたその少女は、泣くでもなく、ただ目の前の少女を噛み付くような目で見つめていた。
"目の前の少女"——つまり、私の親友は、私たちに背を向け、カーテンの先を見つめていた。
それを開ければ、民衆達を見下ろせるバルコニーがある。
彼女は、今、まさにそこに立とうとしており、私の隣にいるこの少女が辛うじて食い止めている…といった状況であった。

「ルアンナさん!そんな…そんなの無茶ッス!!」

さっきから幾度となく繰り返したその言葉を、彼女はもう一度繰り返した。
その声には、若干の諦めが含まれているような気がした。
私も、ルアンナも、何も言わなかった。
いや、きっと何も言えなかったのだ。

「ルアンナさっ…そんなの…」

仮にも王女であるルアンナに"様"を付けないなんて、私くらいだと思っていた。
ということは、彼女もまたルアンナの身近な存在であったのだろう。

何を言っても届かない。

彼女もそれを悟ったのか、ちらりと私を見やり、黙り込んだ。




何があったのか?
それは、私の自分勝手な過去が生んだどうしようもない悲劇である。

今、この国の問題の一つとしてあるのが"魔女狩り"。
大抵、気に食わない人間を魔女に仕立て上げて火あぶりにするという
なんとも残酷な制度だが、民衆共はまんまとそれを信じていた。
理由は様々だった。
あちらこちらで欲望やら嫉妬やらの炎が上がっていた。

そんな中、私は権力を盾に、自分勝手、自由自在な生活を送っていた。
欲しいものを手に入れ、無理のある政治ばかりした。
それを不満に思ったとある民衆が言ったのだ。

"コノクニノオウジョハマジョデアル" と…。

その噂は瞬く間に広まった。
最も、私は王宮から出たことがほとんどなく、
それは使用人たちから聞いたのだが…とにもかくにも私の命が危ないらしい。
そんなわけで、ルアンナに相談したところで、今に至るのだ。


結論から言うと、私の行動は本当に馬鹿だった。
何故、あんな日々を送っていたのか?
何故、もっと早くに魔女狩り問題に取り組まなかったか?
何故、ルアンナを巻き込んだのか……?


ルアンナは、昔からとてもやさしかった。
"王女"という立場にピッタリな、心優しい人だった。
だが、その優しさ故、彼女はいつも損ばかりするのだ。
そして、今も…


突然、ルアンナがくるりと私たちを向き直った。
そして、私たちを交互に見ると、そっと微笑んだ。

「リディア…いえ、リデュアーヌ=ドゥ=ブルボン王女。
今までありがとう。ずっと、親友だからね。大好きよ」

そして、悪戯っぽく笑った。
最期の最期に、彼女は私を王女と呼んだ。
今まで、そんなことなかったのに。
途端、眼から零れ落ちる涙を、私は止めることが出来なかった。
次いで、彼女は私の隣に視線を移し、

「ルチアも…あなたはいつも私の為に居てくれた。
ありがとう…」

ルチアと呼ばれた少女もまた、涙を拭うこともせずに彼女を見つめ返した。




つまり。
ルアンナは、私になりすまそうとしているのだ。
王宮からほとんど出たことのない私を、民衆たちは知らない。
そして今日、私を探し当てようと民衆が集まった。
今は辛うじて兵士が食い止めているが、そう長くは持たないだろう。
そこで、ルアンナが私に成りすまし、代わりに"王女"になろうというのだ。
そんなの無茶だ、と思うが、彼女は本気らしい。
私は大丈夫だから、その間に逃げなさい、と…




どうして、こうも人の為に生きられるのだろう?
わからない。
でも、一つだけ言えるのは、もう彼女を引き止めることはできないだろうということ。



ふいに、ざわめきが大きくなる。
兵士達が破られたようだ。
彼女は振り返り、もう一度私たちを見ると、今までにないような笑顔でこう言った。



「さよなら、大好きな人…」

さっとドレスを翻し、バルコニーに歩み寄る。
私も、ルチアも、ただ涙を流すことしかできなかった。


眩しい日差しが差し込む。
世界は時が止まったように、静寂に包まれた。






Re: Re: ( No.2 )
日時: 2011/12/22 20:12
名前: 隣人 (ID: tSCp5ots)

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


この、隣にいる少女の悲鳴と、世界がまた動き出すのとは、
ほとんど同時くらいだったと思う。
瞬間、少しずつ少しずつ別れのときが迫っているというのがわかった。
もう無駄だ、と。


ルアンナがちらりと振り返る。
勝利を確信したような、それでいて、なんだか悪戯をした子供のような無邪気な笑みで。


「早くお逃げなさい。私は大丈夫だから。
ルチア、"王女様"を守ってね…」


そして、また正面を向き直り、本気なのか芝居なのか、劈くように高く笑い出した。

もう、手遅れだ。もう間に合わない。
果たして、隣のこの少女にはそれがわかっているのか。
とにかく、もう此処にいても意味がないのだ。
大好きな親友が散る瞬間など見たくない。
このままここにいれば彼女を裏切ることになる…。
でも…


そんなことを思っていると、ふいに後ろから声を掛けられた。

「リデュアーヌ様、ルチア様。此処は危険です。
…行きましょう」

それはこの城の召使であるエリナだった。
綺麗な金色の短い髪を揺らして、私に目線を合わせようと中腰になる。

視界の端に映るエリナの、握りしめた拳が小さく震えているのが見えた。


「あんたねぇっ!この状況わかんないの?!
ルアンナさんが…ルアンナさんがどうなってもいいってことかよ!!
アタシの大切な……この人にだって大切なん…」


急に、ルチアはエリナを怒鳴った。
内心、私も同じようなことも思ったが、
まさかいきなり…
そんなことを思っていると、いきなりエリナが彼女に歩み寄った。
そして、彼女の頬を引っ叩いた。


「無礼者!リデュアーヌ様とお呼びなさい」


…驚いた。
この状況で、しかもこの言われようで、まさかそこを突っ込むとは。
私もルチアも固まっていると、
エリナは何でもなかったかのように涼しい顔になり、言った。


「とりあえず、移動しましょう。
リデュアーヌ様、お立ち下さい」


そうだ。
もう此処にいてはいけない。
そんな気がした。
私は、素直に立ち上がり、最期にもう一度ルアンナを見た。
偶然か、彼女もちょうど振り返り、小さく頷いた。



嗚呼、全てが今、壊れていく。

Re: Re: ( No.3 )
日時: 2011/12/22 20:45
名前: 隣人 (ID: tSCp5ots)

「ここなら大丈夫でしょう」

そういって連れられた場所は、使用人室。
確かに、ここなら大丈夫だろう。

「さて…大変なことになりましたね」


本当だ。
それにしても…
どうしてこの少女は、こんなに冷静でいられるのだろう?
まさか、自分には少しも関係がないとでも思っているのだろうか。
それとも…


「どうしますか?」

「…へ?」


ふいに、そんなことを聞かれ、つい間の抜けた返事をしてしまった。
意味を理解するのに少々時間が掛かった。


「あ…そうね」


そうだ。
此処にはもういられない。
いくらルアンナが囮になろうとも、此処にいればすぐにバレてしまうだろう。
では、どうすれば…


「リデュアーヌ様…」

沈黙に耐え切れなかった様に、エリナは呟いた。

「ルアンナ様を助けたいですか?」

「!!」


そんなの、もちろんだ。
でも、無理に決まっているだろう。

「そんなこと、もう…」

「いいえ。
私、こういう話を聞いたことがございます。

『この国からずっと北に行った国の話。
その国には大きな洞窟があり、その奥の奥には1頭の竜と女神と呼ばれる者がいた。
彼らはその地を守っており、女神は何でも願いを叶えてくれると言い伝えられていた。
が、しかし、願いを叶えてしまえば女神は死に、国は安定を保てなくなる。
それを知っていた昔の人々は、ただ祈りを捧げていた。

だが時と共に我が欲のため女神の命を惜しまないものが増え、
洞窟に足を踏み入れるものが後を絶たなかった。
そこで竜は、願いを叶えにやってくるものを全て殺してしまった。
全て、女神の為だった。
今でも、その竜と、選ばれし女神は、その地を守っている』と」


…正直、何が言いたいのかわからない。
それが表情にでも表れていたのか、エリナはごほんと大げさに咳払いをし、付け加えた。

「つまり、そこに行けば願いが叶うかもということです」



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