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- 吸血鬼と暁月【楽園の華 連載中】
- 日時: 2013/02/10 15:24
- 名前: 枝垂桜 (ID: hVaFVRO5)
目次
序章 >>01
第1章 迷子 >>02 >>03 >>04
第2章 吸血鬼 >>05 >>06 >>07 >>09
第3章 素顔 >>13 >>14 >>19
第4章 悪魔、死神─── 襲来 >>20 >>21 >>22
第5章 薔薇の夜会 >>24 >>25 >>26 >>27 >>28 >>30 >>31
第6章 ファウスト王、薔薇に消える >>32 >>33 >>34 >>35
第7章 隠された記憶の奥底へ >>37 >>39
第8章 旅立つ沙雨 捕まる朱音 >>43 >>44 >>48 >>50 >>52 >>54
第9章 毒漬け >>58 >>60 >>62 >>64 >>65 >>66 >>67 >>68
第10章 魔導書 霧亜 ロア >>72 >>73 >>76 >>78 >>80 >>81 >>83
第11章 皐月と言う女 久遠と言う化け物 >>84 >>88 >>89 >>90 >>91 >>92 >>93 >>94 >>95
第12章 そして女神は誰に微笑む >>96 >>97 >>98 >>99 >>100
最終章 >>101
間章 【其之一 >>70 >>71】
【あとがき】 >>103
≪第2部 【短編集】≫
没作 『吸血鬼と暁月』 最終章 バッドエンド編>>104
番外編 『吸血鬼と暁月』 脈打つ過去 >>105
番外編 『吸血鬼と暁月』 温かい静寂 >>106
番外編 『吸血鬼と暁月』 罪と嘘 >>131
第二部 本編『吸血鬼と暁月 楽園の華』
>>107 >>108 >>109 >>110 >>111 >>112
>>114 >>116 >>117 >>118 >>119 >>121 >>122
>>123 >>124 >>125 >>127 >>130 >>132 >>134
オリキャラ募集用紙 募集は終了致しました
第二次オリキャラ募集用紙 募集は終了致しました
メイド&執事応募用紙 募集は終了致しました
第三次オリキャラ募集【楽園の華編】 募集は終了致しました
オリキャラ
如月 時雨(椎名 様より) >>11
大神 天狐 >>12 (マーチェリー 様より)
マーチ・アントリーヌ(清水 様より) >>17
神威 寧々(akari 様より) >>18
涙樹 アネッサ(味付け海苔 様より) >>23
【ヨーロッパ】
オリオン・ポイル(マーチェリー 様より) >>41
霧亜 ロア(フライント 様より) >>45
シャルーゼ・クライディン(パルスィン 様より) >>51
神威 桔梗(akari 様より) >>55
輪廻 シエル(倉内さん 様より) >>61
李園 (味付け海苔 様より) >>38
【幽霊界】
ルーチェ・フラウアンティ・クオイダー(slica 様より) >>75
クロネ・ヴェルトリート・アネス(倉内さん 様より) >>82
ルリア・インフィニティ・アルケニー(シュバリエ 様より) >>85
【楽園の華】
鏡氷 ミラル(不思議な国のなんとかさん 様より) >>115
ジャスティン・エルヴィーテ(シルヴァ 様より) >>126
月闇クロ(Dr.クロ 様より) >>128
インフェンド(マスベル 様より) >>129
ヴェリス・アシッド(マリスルーン 様より) >>133
感謝です。ありがとうございます!
───────────────────────────
序章
それは──夏のある晩のことであった…。
今の歴史に残るほどでもないが、この村では昔、ある武将と農民の戦いが起こった。
もちろんのことであったが、只の農民が何百の兵を持つ武将に敵うはずもなく、その戦いは武将の勝利に終わるかと思われた。
しかし、突如現れた"人間ではない"男によって武将の兵は全滅。
武将はすべての兵を失い、村に火をかけて、自らは自害して、この世を永遠に去った。
勝利を収めた農民の被害も酷いものであった。
村を一つ失い。家を失い。財産でもある畑や田を失った農民達は、飢えて死ぬ者がほとんどであった。
残りの人間10人を下回った頃、"人間ではない"男は、愛した娘の首に噛み付き、その娘を連れて村を去っていったそうな…。
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- Re: 吸血鬼と暁月 ( No.97 )
- 日時: 2012/10/25 21:48
- 名前: 枝垂桜 (ID: tVX4r/4g)
現在、皐月の管理下に置かれた『暁月』は、この城から数百メートル離れた所にある塔に保管されていた。
塔には『暁月』の力を押さえる結界を無数に張り巡らせ、完全に孤立させていた。
新しい『体』となるはずの朱音がこんなにも傍に居るのだ。覚醒してしまうこともありうる。いくら皐月でも『暁月』を駒として操るのは無理だ。ならばまだ力を持たぬ『血』の姿のまま、落ち着かせておくのが得策である。
アレクシアが言っていた通り、すべては『最初』から仕組まれていた。何もかもが。『暁月』の手によって仕組まれていた。
この事実に皐月が気付いたのはほんの最近。
自分はただ新しい『体』となる朱音と、呪われた魂の沙雨を集めるためだけに用意されていた『駒』。
人を『駒』にしていたと思っていたら、『駒』になっていたのは自分で。
人を愛しているのに、愛されていないのは自分で。
自分の体に刻み込んだ『愛』の象徴。それは幾数に刻まれた傷跡。同族の悪魔にさえ、忌み嫌われてきた彼女は寂しかった。その分自分を痛みつけて、気が狂わないように、刻みつけてきた。
忌み嫌われてきたのにも関わらず、彼女は人を愛し続けてきた。そう、ずっと───復讐をするために。
愛も持って復讐を成す。
愛さえあれば、その屍を愛する事が出来るのだから。
────皐月はとっくの昔に狂っているのだ。自分でも気付かない間に。
「皐月」
ずっと無言で後ろに付いて来ていた久遠が彼女の名前を呼んだ。
彼の意識を操る際、少し小細工をした。彼の元々の性格は、明るいはずだが、それをいじった結果、物静かで無口な男になってしまった。
それでも彼の元々持っていた気性は変わらず、洞察力が高く、人の少しの変化も見逃さなかった。無論、皐月の心の変化も、顔に出る少しの変化から読み取っていた。
「どうしたの?」
皐月はいつもどおりの様子を装って振り向く。しかし久遠にはそんなことお見通しだった。
「………皐月、泣かないで」
「……〝泣く〟? 私が? ふふ。泣かないわよ」
「皐月、泣かないで。どうして泣くの?」
「泣いてないわよ。久遠、沙雨たちの様子を見て来て」
「皐月、絶対泣かないで」
久遠はそう言うと踵を返した。
皐月はその背を見て軽く微笑むと、『暁月』を収めている部屋へと向かった。
久遠は不安だった。皐月が今にも泣きそうな顔をしていたから。彼女は自分の大事な人。だからこそ、絶対に泣かないで欲しい。
突如、久遠を先が刃物状になった花弁が襲った。
すばやくそれを避けると、花弁は床に落ちて跡形もなく消えた。
「『闇華』───〝殺して〟」
そこには二メートルもある太刀『闇華』を片手に久遠を睨む沙雨の姿だった。
沙雨は必ず脱出するだろう。そう思っていた久遠は焦ることなく、腰にある鞘から二本のブロードソードを抜いて身を構えた。
「ここからは行かせない」
「朱音を返してくれたら、それで十分だ」
二人はその深く青い瞳を深紅の色に染めた。
- Re: 吸血鬼と暁月 ( No.98 )
- 日時: 2012/10/28 00:27
- 名前: 枝垂桜 (ID: tVX4r/4g)
思い通りに動かない手を必死に動かして、朱音はあがいていた。
なんとかこの鎖から抜け出して沙雨の元に行かなければ。もう一度、彼の顔が見たい。
そんな朱音の思いはなかなか届かない。鎖には何の変化も生じていなかった。
「沙雨……っ」
ぽろりと涙が一粒零れた。
なんでこんなにも寂しいのだろう。なんでこんなに悲しいのだろう。
───本当に沙雨にはもう会えないような気がして怖かった。
「お願い……っ、外れて……! 外れて……ッッ!!」
ピシッ、
そう喉から絞り出した途端、鎖にヒビが入った。そして次の瞬間、ヒビが大きくなり、バキバキと音を立てる。最後には、粉々になってしまった。
手は自由になったが、足には重い鎖が壊れることなく残っている。それでも構わず朱音はそれを引きずりながら歩き出した。
「返して……」
薄い唇を朱音の声が割った。
「皆を返して……ッ」
神社を。隠れ家を。半兵衛を。ファウストを。皆を。
持っていったのは誰? 大切なものをすべて持っていったのは。
「………私だ……」
朱音からすべて始まった。
ならば自分から始まり、自分で終わろう。自分で、終わらせるのだ。
「沙雨……っ、逢いたい……っ」
そして朱音の瞳がひときわ濃い紅蓮に変貌した。
朱音はその部屋の扉を押して部屋から出ると、沙雨の元へと歩き出した。
──────────────────────────────────
「李園ー、一人残らず全員毒漬けにしたよ〜」
「死にかけが六人」と付け足した。
「皐月殿見なかったかぃ?」
「見てない。久遠はあっちで沙雨と戦闘中ぅ」
「あの人たちは気紛れだからすぐ帰ってくるだろうねぇ」
──────────────────────────────────
皐月は『暁月』を収めている部屋の扉を開けた瞬間、その部屋に立ちこめる異臭に言葉を失った。
強い匂いの正体は血。鉄を含んだ大量の血。
「『暁月』……ッ!?」
体を持っていない彼女が一人だけで動けるわけがない。そう思い、『暁月』が入っていた壺を覗くと───空だった。
≪───時は来たれり≫
突然皐月の頭の中に不気味な声が響いた。
女の声。おそらくこれは───『暁月』の声。
≪───時は満ちたり≫
声はまた、こだまする。そして一瞬にして、皐月の意識がどこかへ引張られてゆく。
≪───時は溢れたり≫
意識が遠のいてゆく。自分の意識の代わりに、知らない誰かの意識が入ってくる。
≪───身体は貴方≫
真っ黒に塗りつぶされてゆく。
≪───貴方の愛と一緒に、私の愛も連れて行って頂戴?≫
「あああああああああああああああああああああああああああああ──────────ッッッッッッッッッ!!!!!!!!!」
皐月の唇を悲鳴が勢いよく割った。そしてその時には、皐月の意識は完全『暁月』に乗っ取られていた。
『………時は満ちたり』
皐月───否、皐月の姿をして、この世で最も濃い赤に瞳を染めた『暁月』が立っていた。
『………時は来たれり』
───時は確実に刻んでいる。
そして今、二つの歯車が完全に交わった瞬間だった。
そして最期を迎える。
- Re: 吸血鬼と暁月 ( No.99 )
- 日時: 2012/10/28 23:06
- 名前: 枝垂桜 (ID: tVX4r/4g)
「──────ッ!?」
久遠が沙雨との戦闘中に、突然目を見開いた。そして赤く染まっていた瞳がどんどん元の緑色に戻っていく。
久遠の様子をおかしいと思ったのか、殺気を放っていた沙雨も『闇華』を下ろした。清んだ青に戻った目が久遠を見る。
この微かな変化を感じ取ったのは久遠だけではない。久遠ほど明確にではないが、沙雨も確かに感じ取っていた。
突然流れ出した邪悪で不快を思わせる気配。濃すぎる血の匂い。
吸血鬼は血が濃いほど強力な力を持つ。久遠と沙雨も、強い吸血鬼に値するのだが、この匂いは尋常ではない。二人でも比べ物にならない。むしろ濃すぎて吐きそうになる。
そしてもう三つ。沙雨が感じ取った変化があった。
不快な気配と共に、朱音の気配も流れてきた。しかしその気配はいつもの朱音に比べれば酷く荒んでいた。
もう一つは、久遠の瞳に光が宿った事だった。今まで心のない人形のような目をしていた久遠の目に、光が宿ったのだ。
それはここから皐月の気配が〝消えた〟と同時だった。
久遠の腕がゆっくり動いてブロードソードを鞘に収める。そして、沙雨をしっかり見据えて、微笑んで見せ、床に崩れ落ちた。
「久遠っ」
沙雨が駆け寄って抱き起こす。以前より遥かに細くなったその体をゆすると、久遠が目を開いた。
「───沙雨じゃないか」
その瞳は、もはや水袮 久遠のものではなかった。美濃の斎藤氏に仕える天才軍師、竹中半兵衛重治のものである。
「いやはや。皐月に操られてる間に、色々仕出かしたみたいだね」
無理に微笑んだせいか、その笑みは酷く苦々しい。
久遠は大きな事績を抱いているのだ。
「久遠───いや、半兵衛」
「久遠で良い。俺はもう、〝竹中半兵衛重治〟を名乗る資格など持ってない」
「なら久遠。力を貸してくれ」
「言われなくても貸すとも。───この気配だけで、すべて悟った」
「ああ」
沙雨は目を伏せる。そして、
「『暁月』が皐月の身体で復活した」
『暁月』は本当の肉体を手に入れようとする。その為には幾千もの、魂と、数体の身体が必要となる。
前回の復活では魂が足りず、失敗に終わったと言われている。
『暁月』にはタイムアップが存在し、三十分以内に肉体を手に入れる条件を満たさなければ再び血に戻り、何百年も眠りに付かなくてはいけなくなるのだ。
しかし今回は、全てがこの場所にそろっている。
幽霊界。魂はたくさん存在している。
そして復活条件の五体と身体もここに存在する。
皐月で一体。残りはもう四体。時間がない。
「久遠、頼む。『暁月』の手から朱音を───」
そこまで言った時、久遠の胸を銃弾が貫いた。
血が噴き出し、久遠は再び床に倒れ込んだ。
『最後の魂は、貴方』
不気味な声が響いた。
「あか………つき……」
力なくその唇から漏れだしたのは、たたずむ彼女の名前。そして彼女はニヤリと笑う。
「誰……?」
沙雨は背後を見た。するとそこには重そうな鎖を足に付け、目を濃い紅蓮に染めた朱音が、足を引きずりながらこちらに向かって来ていた。
「朱音ッ! 逃げろッ!」
『邪魔者』
そう暁月が言った瞬間、雷が落ちてきた。バリバリと音を立てて、沙雨と久遠、朱音を襲う。
これは天候を操る天狐の技。きっと彼の肉体は、暁月の中にあるのだろう。もしくはマーチ。技をコピーできる。しかし恐らくは、どちらも中にあるのだろう。
全員なんとか逃げ切った。朱音も少しかすらせて服が焼けていた。
無事な事を確認し、ホッと胸をなで下ろした瞬間───、
朱音の体が力を失い、床に倒れた。
ハッと暁月を見ると彼女が作りだした氷の短剣が、朱音の胸をえぐっていたのだ。
暁月はそれを見て、満足げに微笑む。
『邪魔者は消えた』
- Re: 吸血鬼と暁月 ( No.100 )
- 日時: 2012/10/28 23:38
- 名前: 枝垂桜 (ID: tVX4r/4g)
いざ久遠の魂を暁月が喰らおうとした瞬間、沙雨が虫の息の久遠を抱き起こし、その首筋にかぶり付いた。
『!? なにを───』
久遠の肌の色が急激に悪くなる。それは沙雨が久遠の血を飲みほそうとしている証拠だった。
そしてそれは同時に、久遠の魂はもうそこにない事を物語っていた。彼の魂はもうここにはない。天国か地獄か──そのどちらかに行ってしまったのだ。
最後の一滴まで飲みほした沙雨は久遠の亡骸を床に捨てた。口の端に付いている血を拭う。次の瞬間、酷いめまいと吐き気に襲われた。
必要以上の血を摂取したせいで体のバランスが崩れた。
沙雨は承知の上でこれを実行したのだ。血の過剰摂取は、一歩間違えれば、『死』につながるのだ。
ゆらりと『闇華』を持ち上げて暁月に向けた。
その時暁月はすでに───体の芯から溶け出していた。
皐月の気配が消えてからあと何秒かで三十分。そう、すなわち彼女は、
「ゲームオーバーだ。『暁月』」
彼女の体はどんどん溶ける。皐月の身体が、どんどん溶けてゆく。
「すべては終わる。皐月死に、久遠は死に、貴方が死に、取りこまれた人たちも死ぬ。そして僕が死ねば、すべては白紙に戻される」
暁月が甲高い悲鳴を上げた。
呆気なさすぎる自分の終わりを嘆くように。
「もう終わりにしよう。
これ以上、悲劇を繰り返さないよう、今度こそ本当に幕を閉じよう」
そして悲鳴は溶け切った後、ぴたりとやんだ。
「そして女神は───誰にも微笑まない」
沙雨は『暁月』の死を見届けた後、足を引きずり朱音の元に行った。
+ + +
「沙雨……」
「朱音……」
沙雨が朱音の身体を抱き起こす。
沙雨の外見は無傷に等しいが、久遠の血が中から自分を貪っていた。
一方の朱音は苦しそうに肩で呼吸を続けていた。
「なんで、こうなっちゃったんだろう……」
沙雨のゴシックを握りしめ、言葉を絞り出す。
「ゲホッ、ゴホッ!」
激しく咳き込み、同時に血を吐きだした。
自分はどこで道を間違ったのだろう。なんでこんな結末になってしまったのだろう。
無音の世界。風の音すら耳には届かない。
「沙雨……。どうしよ……、寒い。寒い……。怖いよ……ッ。私……寒いよ……っ」
「朱音……っ」
沙雨はより強くその細く脆い体を抱きしめる。
こんな体で、ここまで来たのか。こんな弱った状態でなお、自分に逢いに来てくれたのだろうか。
「死なないで……ッ。僕を一人にしないで……っ」
ついには沙雨の口からもそんな言葉が出た。
彼は強くない。朱音を失いたくなくて、ずっと嘘をつき続けてきた。
今思うと、あの時、自分が朱音を吸血鬼として覚醒させてしまわなければ、結末は違っていただろうか。
どの過去でどんな間違いをして、こうなったのか、誰でも良いから教えて欲しかった。
しかし教えられても時は戻らず、今もなお時は進む。歯車は回り、朱音は『死』へと誘われてゆく。
「怖い……。僕も、朱音を失ってしまうのが怖い……」
恐らく自分は死なない。だから怖い。朱音が目の前で死んでしまったら、自分はどうなるのだろう。
「ね、沙雨……」
くいっ、と弱い力で服が引っ張られる。
「私……、幸せだったよ?」
沙雨の仲間たちに囲まれて過ごして。お茶をして、話をして、一緒に寝て。とても楽しかった。嘘などない。
沙雨の瞳からしずくが零れた。
「泣かないで……。私、幸せだったから。死ぬの怖いけど、もう怖くない。……ふふ。意味分からないね」
「笑わないで……、朱音」
「やだ。どうせ最期なら、笑顔でありたいから。だから沙雨も笑って。ね?」
「………朱音」
ぎゅっ、とお互いの顔が見えなくなるように抱きしめる。
朱音の腕も背中に回って来て、確かに抱きしめてくれた。
「もう、大丈夫、だね」
背中に回っていた腕がその言葉を最後に、ずり落ちた。
そして朱音は───もうそれ以上動かなくなった。
- Re: 吸血鬼と暁月【最終章突入】 ( No.101 )
- 日時: 2012/11/02 21:25
- 名前: 枝垂桜 (ID: tVX4r/4g)
───あれから、200年もの時がたった。
人間界はどこも成長を遂げ、大きくなっていた。
そして幽霊界には〝あの王〟が帰って来た。
ファウスト・ブラッド王。
一回死んでしまった彼を幽霊界に帰したのは、死神の最高君主である死の女神だったという。
他の神や女神に話を付け、まだ生命の輪廻に戻されていなかった彼の魂は、再びあの夜会を開く事を許されたのだった。
そして神の最上位に当たる神は、『暁月』をこの世から消し去った。
『暁月』の消滅により、その呪縛から解放された魔族たちは喜びに浸った。
また、今回の事件の主犯、皐月と久遠の魂は地獄へ葬られた。久遠はたとえあやつけられていたとしても、それまで起こしてきた罪は、『王の暗殺』などから重いと考えられた。
『暁月』に取り込まれていた魂と肉体はすべて無事に帰って来た。
かくして、すべての者が『暁月』の呪縛から解放されたのだった。
+ + +
朱音は生きていた。
あの時、いち早く駆けつけたマーチと守護神である天狐の加護に守られた朱音は、消えかけていた命の炎を再び燃やしたのだった。
そして今はあの神社に戻り、平和な江戸の世で暮らしている。
戦国乱世とはかけ離れた平和な世。200年前の緊迫感などなくなってしまった。しかし朱音もまた、戦いの終わりを喜んだ。
久遠が竹中半兵衛重治として仕えていた斎藤家は織田信長の手によって滅んだらしい。ずっと世を見続けてきた静香が教えてくれた。
そのあと静香は細く微笑むと、風となって消えてしまった。
静香が人間として仕えていた家は、この世で静香と名乗る神・ミツハを覚えてくれていた最後の家だった。
200年の時を過ごしなくなってしまった家。隠れ家を守ると言う最後の役目を終えた彼女は消えてしまった。
朱音では駄目だったのだ。朱音は人間ではない。だがせめて、彼女を祀るこの神社を永遠に守って行こうと思った。
そして今年もまた春が訪れた。
6本の桜の木が咲き乱れ、花弁を散らしている。
「沙雨」
縁側に腰を掛け、桜を見ていた沙雨に後ろから声を掛けた。
沙雨はゆっくり振り向き、微笑んで見せた。
「───おいで」
朱音は沙雨の隣に座る。沙雨は朱音の体を抱き寄せ、宝物を包むように抱きしめる。
沙雨の温もりを感じながら、朱音はゆっくり目を閉じた。
しばらくそうしていると、神社に人が訪ねてきた。その人物に気付いた朱音は聞こえるように声を大きくして、その人物の名を呼んだ。
「飛冷様!」
飛冷と呼ばれた男は軽く手を振って笑って見せた。
その姿は久遠と瓜二つ。輪郭、目の位置、髪の質さえも一緒だ。しかし口調や体温は全く違う。別人だった。
飛冷が去った後、天狐が和菓子持ち、時雨が人数分のお茶を持ち、その後ろにマーチ、寧々、桔梗をひきつれてやって来た。そして二人の元に置くと、足早に去って行った。
アネッサは人の身だったため、100年も前に亡くなってしまったが、その魂は今、幽霊界にあり、ファウストの側近として、また話し相手としてそこにいた。
朱音は沙雨の腕の中で瞳を閉じた。
「ねえ、沙雨」
あの時言った言葉をもう一度、貴方に送る。
「───私、幸せだよ?」
沙雨は微笑んで頷いた。
「分かってる。僕も同じ気持ちだ」
「──────うん」
朱音もその言葉に大きく頷いたのだった。
【完】
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