ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
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- 薬売り、あい
- 日時: 2012/01/21 16:39
- 名前: ひな (ID: EtUo/Ks/)
若い娘の薬売りが来たるとき、
薬を買った人は
死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ。
だから、風の噂を聞いた人は誰も、
娘を家に泊めも買いもしない。
それでも、娘は無表情な貌で売り続ける。
今宵。
誰が犠牲になるやら?
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- Re: 薬売り、あい ( No.1 )
- 日時: 2012/02/25 22:01
- 名前: ひな (ID: w3T/qwJz)
桜色の着物で背に大きな桐の薬箱を背負い、漆黒の下駄を履き薬売りのあいは見知らぬ町に辿り着いた。彼女は旅の薬売り。カランコロン、と下駄を鳴らし、町を練り歩き、ぶらぶらと町を歩く。ぶらぶら、ぶらぶらと歩く。脚は縺れ、足は肉刺が出来ても。切れ長の瞳、桃色の唇、薔薇色の頬、下げ気味の二つ結びの———— 小娘でありて。
先程から男共の熱い視線を一心に浴び続け、女共から妬ましい、ねっとりした視線を浴び続ける。そんな小娘。あいは黙々と歩き続けた。普通掛け声の一つせず歩き続け、一日中、歩き続けた。やがて日が暮れる。大通りがぽつぽつ、と人数が少なくなるころ、旅籠を求め、彼女はある小さな小さな潰れかけ旅籠にやってきた。がらっと戸を開けた。
玄関先に座って来客の接待する店の番人は一服した煙管の煙を茶を吹き出す如く吹き出し、じろじろとあいを見据える。黙々と無言の彼女を見つつ、女将(おかみ)を呼んだ。すると久しぶりの客人で女中、板前、女将等が一斉に玄関の上り框の上で彼女を出迎えた。女将のお多恵は小太りのおかめ顔で愛想良し。板前の源次郎は長年蓄積された威厳ある顔。
番人の与作は調子良きホラ吹き顔。女中達は小狡い無垢な田舎娘の顔。そして女将の婿養子、気弱の病弱顔の仙太郎が揃い、彼女を潰れ旅籠、精一杯のもてなしをたんとした。用意された立派な自室であいは出された茶を啜る。女将が傍らでにこにこ、にこにこと笑いながら微笑ましく見守る目で見ている。
「おやおや、可愛らしい娘さんねぇ。薬売りなのかい?若いのにええ子じゃ。ええ子、ええ子。ちぃさいころに死んじまった娘の幸(さち)を思い出すねぇ。今夜はゆっくりとお休みなさいな。ああ、そうそう。あんたの薬、売って貰えるかね?」
女将の言葉で、あいはこくりと頷いた。
「そうかい、それじゃあ、また明日。良い夢を見れますように」
パタンと障子を閉め、いそいそと廊下を小走りで駆けてゆく。残されたあいはただ茶を啜る。人形のような無表情、その瞳は理性のない獣を嘲笑しつつ見つめるような眼で、空中を見つめていた。
翌朝。あいは昨日一週間過ごすと約束を交わし、部屋で朝食を食べた。質素ながら心の籠った丁寧な作りで見た目も華やかにしようと今朝摘んだ小花が添えられ、庶民の良き味を引き立てている。女将は相変わらずあいの傍に寄り添い、にこにこと笑っている。そして食後の茶を丁度良い時間に差し出す。机の上に湯気が立った湯呑みが置かれた。
あいは、ゆるりと女将の方へ振り向いた。それから徐に桐の薬箱を引き寄せ、ガタガタと何かを取り出し、机の上に広げる。昨日のことを思い出し、女将は前屈みでそれらを見つめる。実に色んな種類の薬、薬、薬があった。西洋と思しき小瓶の中の液体、甘い香りのする錠剤、白い粉やら何やら揃ってる。いつの間にか店の者たちがたんと集まっていた。
「わああ……!凄いわぁ。お客さん、何か美容に良いのはあるかしら?あたい、恋人に綺麗な姿を見せたいのよぅ。平太郎って言ってね、もうすぐ会う予定なんだぁ」
あいは無言のままで薬箱の中から、青い小瓶を取り出した。掌に載る小さな小瓶で中に液体が入ってる。恋人の話をした女中の前に差し出す。恐る恐る彼女は受け取り、掌に乗せた。
「これが美容の奴?何の効果があるの?……美肌、美白、もしかして美貌かしら?」
室内は軽い笑いに包まれた。番人の与作がちょっかいを出して。
「それじゃあ、おめぇの顔が誰だか平太郎が分からなくなるぜ。それに別嬪になってもなあ、宝の持ち腐れ、猫に小判じゃ。カカカカカカ!」
「黙んなさい、与作!」
「まあまあ、お梅の顔も悪くはねぇ。可愛くもねぇけどな」
「与作ぅっ………!」
キリキリと目と口が吊り上がり、ぎろりと睨んだ。女将は慌てて。
「お止めなさいな、二人共。お客様の前で………どうも、すいませんねぇ。それで私と源次郎さんは最近肩がこるようになったのよ。何か良い薬でもないかい?」
「そうじゃ、儂はこの通り体が弱い。いつもお多恵に迷惑をかけちまってんでい。何か体の弱さが少しでも強くなれるもんがあるかい?あったら、200銭以内だと嬉しいんだが」
お多恵が喋ってる途中、割り込んで仙太郎が言った。しんと少し沈黙で重い空気が流れ、誰か喋るをひたすら待つ雰囲気にがらりと変わる。気まずい雰囲気に焦った仙太郎が苦笑いを顔に張り付けて、こう言った。
「ま、まあ……ねぇよな」
ガタガタ、ガタガタ、と薬箱を震わし中から白い粉を入れる包みに入った薬を差し出した。あいの無表情な瞳がぱっちりと合う。人形じみてて心無し、気味悪い奴と感じつつ受け取った。
「代金は一週間後に払うからな」
あいは黙ってこくんと頷いた。
- Re: 薬売り、あい ( No.2 )
- 日時: 2012/02/25 23:15
- 名前: ひな (ID: w3T/qwJz)
昼。庭先で仔猫がにゃあんと鳴き、生垣で蹲ってまどろんでいる。平和で穏やかな日常。小さいながら凝った造りの小さな庭園は小さな池で錦鯉が泳ぐ。太陽の陽が反射しキラキラと煌めく。部屋で障子を開けたまま、あいは庭を眺める。きちんと正座で日がな一日中ずっと眺めてた。昼食を用意するため、廊下を通りかかった女中、お梅は愛想笑いを浮かべ、あいに喋りかけた。
「昨日はありがとう。お陰であの薬を呑んだ途端、何だか体が気持ちよくて身が軽くなったみたいだよ。肌も心なしかつやつや、すべすべさ。女将さんも源次郎さんも肩が痛くないってさ」
緩い気持ちで店の者の体調を述べる。
「与作も腹の調子が度々悪くなるから腹痛の薬を買ったろう?さっそく昨晩腹が痛くて呑んじまったらしいんだよ。だからまたお前さんの薬を買うだろう。儲かったね。……あの薬、まだあるかい?ちっとおくれ」
無言で薬箱から青い小瓶を差し出した。銭を払うとお梅は、たいそう嬉しそうな顔で感謝を述べた。そして、そそくさとその場を引き上げた。あいはそれを外道を見るような眼差しで見つめた。じぃっといつまでも罵るような眼で。
夜。女将は機嫌が良く。源次郎も薬の礼にと甘い菓子を出してくれた。朝食もさながら夕食も他の旅籠に比べると質素ながら心の籠った丁寧で暖かい料理、女将お多恵の性格も相まって暖かい庶民の家を連想させた。あいは何も語らず、黙々と食べる。そんなあいに少なからず気味悪がる者もいた。
仙太郎もその一人で。営業を終えたころ、自身の寝室でお多恵に零す。
「全く何にも喋らねぇ奴だ。気味悪いっらありゃしねぇ」
「お前さん。そんなこと言うのおよしよ。可愛い子じゃないかっ」
「まあな、別嬪だけどよぉ………嫌ぁな予感がしてならねぇ」
「何を馬鹿なことを。そんなのある筈ないじゃないか」
バカバカしいと布団に潜り込み、寝返った。真正面に寝た姿勢で仙太郎は仄かに押し寄せる不安を抱えたまま、無理にある訳ないと笑い飛ばし眼を瞑った。
朝。お多恵が朝食を届けに部屋へ入った。まだ安らかな寝息を立てて、眠っているあいを見てそっと机に置く。あいの傍らで肩を手に置き、揺らして起こす。数回揺らすとあいの冷たい、凍るような瞳が見開く。ゆるりと上半身を起こした。
「おはようさん。珍しいねぇ。こんな遅くまで寝てるなんて」
返事はない。けれどあいを実の娘と重ね合わせているお多恵は然程気にせず、あいに根気よく喋り続けた。少しボサボサの髪を櫛で梳かそうとしたとき、懐かしむ声でぴたりと止まった。
「私の娘も良く櫛を梳いてっ、て拝んだもんだ。ホントお前さん見てると私の娘も生きていたら、お前さんの歳になったろう。……おおっ、もしもあのとき、まともな医者に見せれば好い加減な治療せず、生きられたろうに。あの人も幸が死んで以来、弱くなっちまって!」
おいおいと泣き崩れた。子を授かりたくとも授かれない体なんだよ、と泣きながら言う。涙が零れ鼻水が垂れ、ぐちゃぐちゃの顔で。あいのまるで異端者を見る目で、冷たく見下ろした。泣き続けるお多恵をじぃっと見つめ、帰りが遅いお多恵の様子を見に来たお梅が来るまで、じぃっと見続けた。じぃっと、じぃっと、じぃっと見続けた。
ようやくお多恵が部屋を出たころ、食事は冷え切っていた。けれども、心の籠った丁寧さと心の暖かさが滲んだ食事はとても美味だったという。黙々、黙々と箸を口の中へ押し込み、喉へ流し込む。緑茶を啜り、黄色いたくあんが良く漬けられててポリポリと良い音がした。美味な朝食を終え、茶碗などが下げられた。
そのときも、彼女はじぃっと泣き腫らした顔の女将を眺めた。まるで、バケモノを忌み嫌う人間のような眼差しで、じぃっと、じぃっと眺め、無理に引きつった笑みを貼り付かせて、笑うお多恵を。どす黒く、どす黒く、何かが黒くて混沌した黒さで、ドロドロした黒さが広がる。それを傍観する、あい。
黒い、黒い、黒い。
ドロドロ、ドロドロ、ドロドロ。
ねっとりした欲望、ねばりつく悪意、ぬめりつく殺意。
クスクスクス、クスクスクス。
クスクスクス………。
さあさあさあさあ、知ってみなさい。
嫌な、いやァな、厭な事を知れるよ、
触れてごらんなさい。
汚らしく、気色悪く、ねっとりしたものが触れるよォ………。
あ、あ、あ、ああ、ああ、あああ、あああ。
町を練り歩くあい。彼女の美貌で薬を買う人間ども。
されども、彼女が売った薬は、
死を誘う薬。
破滅を誘う薬。
呪いのような、薬でした。
- Re: 薬売り、あい ( No.3 )
- 日時: 2012/02/25 23:34
- 名前: ひな (ID: w3T/qwJz)
明日で一週間、あいが此処を出る日。女将は寂しくなるねぇ、と一期一会の旅籠という商売をしみじみと思い耽った。実の娘を嫁に出すような感じで寝付けれず、寝室を抜け出し台所へ行った。廊下は老朽化が進み歩くとギシギシと音を軋む。台所に通じる廊下を右折したさいの途中、あいの泊まる部屋があった。
そして障子から—— 突き出て。
おいでおいでって手招きする、満月の光に照らし返った細長い生白い青白い、妖艶で不気味な手が上下、動く。おいで、おいでと手招く。何度も手招いて、誘う。ふらりっとお多恵は誘いに抗えず、近づいた。中で無表情だった。あいの顔が。蝋燭のか細い光で照らし、笑みに歪んで。
—— 彼女の傍らに前屈みで両手を肩に置き。耳元に、そっと囁いた。
「子供、欲しい?」
朝。貧相な身なりの男の旅人が潰れ旅籠を訪れた。中へ入ると一変。この世と思えぬ絶叫を上げながら、地面に這いずるように外へと飛び出した。何事かとその場に居合わせた見回り同心は、訊ねると————。
「ば、ば、ば、……化けもんがぁあ!ししし、死んでるぅううう!」
それっきり、カラカラと笑い出し男の旅人は気狂いになっちまったそうだとか。見回り同心も後に神経を病み、切腹したそうだ。とにかくその旅籠が何故そのようにさせたのか。肝が据わった町一の男が見回り同心の命令で中へ入りて、様子を窺い無事帰還。だが、顔面蒼白しながら言うに。
「本当に人間かと疑っちまう光景でした」
- Re: 薬売り、あい ( No.4 )
- 日時: 2012/02/26 12:18
- 名前: ひな (ID: w3T/qwJz)
真夜中。子供が欲しい一心で頷く。すると掌に小さな錠剤が渡された。
「それの銭はいらない。今までのお礼よ」
「あ、ありがとうっ……!」
後はこれ以上、喋らなかった。お多恵は感謝を沢山述べ、部屋を出た。
台所で水を飲むと錠剤も一緒に流し込んだ。これで子供が出来るのねと喜んだ束の間、激しい腹痛に襲われる。余りの激痛にその場で蹲った。腹が、腹が、どんどん、どんどん、まるで臨月の妊婦ようにはちきれんばかりに、膨らむ。シャボン玉みたいに、膨らんだ。現実でありえぬ光景に、驚愕と恐怖で絶叫を上げた。ごろんと床に倒れる。
「ひっ……ぎゃあああっ!……やめとくれぇええええっ!!」
どくんどくん、と脈打った。瞬間、腹が裂けた。
赤い血が噴き出し、中から—— 肉塊が出てきた。お多恵は見ぬ間に息絶えた。肉塊は、もぞもぞと動きだし、やがてぴたっと動かなくなった。ぽっかり、ぽっかりと空いた大きな腹。汚らしい血をどくどくと流し続ける。お多恵は死んだというに。
寝室で絶叫を聞いた仙太郎。飛び起き、急いで向かおうにも動かない。何故なら、—— 体がどんどんどんどん、はちきれんばかりに膨らんだ。一見、筋肉がついたように見れ、強そうだが。筋肉を通り越し、腹も膨らみ、体中が膨らんだ。まるで力士みたいに。
「ぎ、ぎゃあああああああああああ、ああああああああああああっ!」
絶叫。そして体中が血を噴き出し、死んだ。意識が耐える前、源次郎の絶叫を聞きながら。—— 源次郎も自室の所にて、肩が異常に重くなり、やがてありえぬ方向へと曲がるにつれ、激痛が襲う。バキバキ、と骨が腕の筋が砕け、捩じったまま、息絶えたり。死ぬ間際あいを呪うような、蚊の鳴く声で言う。
「………あんの、……ぐず……り…………う、り………」
女中のお梅が、鏡で髪を梳いたとき。相次ぐ悲鳴に何事だと思い、櫛を机に置いた。他の女中たちもドタバタと部屋を出て行く。お梅も出ようと障子に触れたとき。—— 鼻が痛くなった。何事、と思いつつ鏡で覗きこむ。その場で凍りついた。鼻が、鼻が、異常に高く伸びたのだ。まるでひょうきんな天狗そのもの。あああ、ってお梅は叫ぶ。
髪もどんどんと枯れ木みたいなパサパサのバサバサの細い細い黒髪。青白く死人の如く青白な肌、全体的に枯れた枝と見間違える痩せ細った体で、今夜平太郎に逢う約束で黙って着てこうとした着物はボロボロに破け始める。そうするうち、今度は肌が皺が出来るようになった。
「いっ、いやぁあああ!——— 何なのよ、これぇええ……」
声もしわがれ、足腰が弱く、背が猫背になっちまったそうな。
「あんの……薬売り!!………どういう、ことだい!」
あいは用意された部屋で荷物を纏めてるとき、〝お梅だった〟者が怒声を浴びせながら、入り込んだ。
「薬売りぃっっ………!こんの……バケモノめ!!」
バケモノ、の言葉で初めてあいがクスっと笑う。
「バケモノですって。それはあなたのことよ、違う?そもそも、恋人に逢いたいから綺麗になれるような薬をあげたじゃないの。あなたには、それがピッタリよ。お綺麗、じゃない。—— 何処が気に入らないのかしら?」
「こ……こんな、年老いた婆なんぞ、誰が見向きするもんかあああ!良くも……良くも……!」
「そもそも、自分の容姿に劣等を抱くのは勝手だけど、大した努力せず薬に頼る自分が可笑しいんじゃないの。恋人の平太郎って人もあなたの元の容姿も好きな一部なのだろうにね?—— それに女中が世話になってる旅籠を抜け出すような真似自体が、可笑しいわ」
冷たく正当な意見に、お梅は言葉を失う。床に伏せ、泣き崩れた。その声すらしわがれてて、何を言うてるのか分からぬ始末。しわしわの眼から涙、薄汚らしい涙、しわしわの顔が全体で深くしわしわになる。
あいの冷たい、外道を見るような眼差しで。
「そんなに嫌なら———— 死ねば良いのよ、はいこれ、あげる」
そっと右手に握らせたのは—— 毒薬。老婆のお梅は救われたような、呆気にとられた顔で見つめる。がらっと障子が揺れ動く。前を見上げたら、廊下でいる、いつもの商売姿のあいが。
「さよなら、良い宿だったわ」
ぱたん、と障子を閉めた。
- Re: 薬売り、あい ( No.5 )
- 日時: 2012/02/26 18:09
- 名前: ひな (ID: w3T/qwJz)
旅籠の建物中が断末魔で響き渡る。廊下を渡り玄関で靴を履いていた。ずるずる、と音がし、振り向いたら腸が飛び出した与作が這いずって、恨めしい顔で見ていた。目から血がボタボタと出し、口からも吐血し、見事に凄惨な姿。この世の地獄、が似合う姿。あいはクスッと笑う。そう、まるで悪魔みたいな笑みで。静かな笑みを、くっきりと浮かべた。
「痛みの元である、腸(はらわた)が無くなって良かったじゃないの。なのに、怒らなくても良いじゃない?あなたが望んだことでしょうに。アタシは薬を売る。効果あるかないか、副作用あるか、知ったことじゃないわ」
怒りで喉を絞り出しても、声にならない声が出る。荷物を背負ったあいは廊下で息絶えた与作の亡骸に目を細める。腸が引きずり出し、世にも凄惨な姿。此処でも、異端者を眺めるような目で見つめた。背を向き、無情にも旅籠を後にした。
———— 手厚くもてなした旅籠の住人を見殺しにしつつ。
朝一番に開いた茶屋で赤い布を敷いた椅子に腰を下ろした。店員に茶とみたらし団子を頼み、一息ついた。先にいた男の旅人同士の会話を耳にした。
「おい、おめえさんも知ってるか。……あの旅籠のこと」
「ああ、何でも別嬪な薬売りが止まった途端、皆、死んじまったとよ」
「……なあ、隣にいるあいつがそうじゃねえか」
「べらんめえ。あんな小娘が旅籠の奴等を殺せるもんか!」
ある旅籠で従業員たちが、怪死したと。人間と思えぬ有様で死んだと、女中の一人が老婆に変わり果てたと。あいは人間共に噂されようとも、無言で運ばれた団子を口に放り込んだ。甘い味が口の中で広がり、とろとろしている。出された緑茶を啜る。旅に絶好のお天気日和。今日も江戸で多くの旅人や通行人が、小さな茶屋の建ち並ぶ此処に集うだろう。
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