ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

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VATTLE BOT  
日時: 2012/02/27 16:12
名前: HAYASHI (ID: Uxa2Epx7)

Pre-stage


これから先は近い未来、二一世紀の始まりからちょうど三〇年後の物語—



目の前で悲鳴が上がる。
目の前で爆音が上がる。
一体何なのか理解できない。
目の前で起こっていることが全然分からない。
わたしは自分にそれなりの知能は備わっていると思っている。大学の試験ではいつだって恥ずかしい点を取ったことはないし、講師からお墨付きをもらったことだってある。
それでも私の頭の中をどんなに駆け巡っても「答え」は出てこなかった。

「何なんだ、アイツゥ!!!」

「どいてよ!逃げられないじゃない!!」

「ああ、神様・・・」


『怪物』

目の前でそいつらが人々を喰らっている。
目の前で起こる惨劇を、まるで理解できなかった。
テロ、暴力団、テレビ・・・。
どれも当てはまらずに消えていく。
自分の常識が全く役に立たないときが来るなんて、思ってもみなかった。回答を得られないままわたしはあたりを見回した。
怪物に殺されていく、人、人、人・・・・・。

「ギィヤオオオオオオオッ!」
不意に気味の悪い奇声が上がる。怪人がこっちにやってくる。途端に心が怯える。ここから速く逃げようと、足を動かす。交差点を左に曲がり、住宅の多い地区に逃げ込む。今にも狂ってしまいそうな自分を抑え込んで必死に逃げみ、考える。
あいつら、足は速いだろうけど頭は悪そう。この入り組んだ路地を使えば、きっと撒ける。
右、左、もう一度右・・・。
けれどあいつはそれくらいでどうにかなる相手じゃなかった。
何かが崩れる音と共に邪悪な気配が近づいてくる。
あいつは民家を突き破って、一直線に追い掛けて来たのだ。恐ろしいほど速く迫ってくるあいつにわたしは体当たりを喰らわされ、遠くまで吹き飛ばされた。
体中に強烈な痛みが走る。
強い。
この生物の異常な程の強さが理解できなかった。
この生物は一体何なのだろう。ただ、異形なだけじゃない、未知の力が蠢いてる。
どうすればいいんだろう。
黒い力に縛られたように、体がうんともすんとも動かなかった。
「てこずれせやがって」とでも言うかのように、ゆっくりと大きな爪を振り上げてくる。ボタボタ、と流れ落ちる血の滴がさらに恐怖を煽った。心臓が破裂しそうになるなか、振り下ろされるそれに目を閉じた。
しかし、ふと轟いた爆音に恐怖は吹き飛ばされ、わたしは眼を見開いた。
目に映ったのは何かに吹き飛ばされた怪物の無残な姿だった。全身火火だるまとなって横たわっている。
すでに死んでるのだろう、ピクリとも動かなかった。
誰なのだろう、この怪物を倒したのは。
あれほど強靭だったこの怪物を倒したのだから、きっと人間ではないのだろう。もしかしたらもっと強い怪物かもしれない。だとしたら次に殺されるのはわたしだろう。
死ぬまでの時間が延びただけ。
また恐怖心がぶり返してくる。
でも、たとえもうすぐ死ぬとしてもあいつを倒した人物を見ておきたかった。
そして、震える心を抑えながら、わたしはその人物を見た・・・・・・

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遅くなりましたが  ( No.1 )
日時: 2012/02/27 16:06
名前: HAYASHI (ID: Uxa2Epx7)

どーも。今回カキコに小説を載せてもらったHAYASHIです。

自己紹介が遅くなってすいません。

ここではこの「VATTLEBOT」について少し説明しようと思います。

まず、題名は「BATTLE」と、「ROBOT」を組み合わせた造語です。その時点では「BATTLEBOT」となるはずですが、頭文字を「B」から「V」に変えて、「VATTLEBOT」としました。
 さらに当初は「VATTLEBOT  The Powered Suit Warrior」という題名としていたのですが、どうもカキコの題名の許容範囲をオーバーしてしまった様なので、渋々「VATTLEBOT」としました。という訳で、本当の題名は、「VATTLEBOT  The Powered Suit Warrior」です。覚えといてください。(UPしてから気づいたけど、なぜかVATTLEとBOTの間にスペースができちゃってる・・・)

あと、登場人物紹介は物語がひと段落したら、しようと思います。先に書いちゃうのはネタばらしするみたいなので。

更新速度は非常に遅いと思います。いつも書くときは一進一退なんです。しかも、書き上げたものを全部消してまた1から書き直すなんて事もしょっちゅう・・・。あと、一つのエピソードが非常に長いと思います。読みにくくてすいません。読者の皆様に「早く続きかけ!」なんて言われないように頑張ります。(ファンができたらの事だけどね!)

とにかく頑張りますのでよろしくお願いします。


列車  ( No.2 )
日時: 2012/03/05 16:28
名前: HAYASHI (ID: Uxa2Epx7)


目の前に見えるのは、電車の蛍光灯。
快適そうに走る車輪の振動が足元から伝わってきた。
鼻から入ってくる新鮮な空気。
その快適な空間の中に私はいた。
起き上がって窓を見たら、外には街が広がっていた。きれいな街、ビルや高層マンションの多い都会のようだ。耳のイヤホンからは、人気アーティストのノリノリの歌が流れていた。ボーカルの元気な声が耳の中で反響していた。
でもその歌声は反響していくばかりで、全く聞こえてなかった。
さっきの夢が何なのか考えるだけで頭がいっぱいだったから。
一体何の夢だったんだろう。
二一世紀の始まりから三〇年後、二〇三〇年は丁度今年だけど……。
現実よりも大人っぽい私。
怪物が出る世界。
やっぱり意味が分からない。
二〇年位前に流行ったマヤ文明の地球滅亡だろうか。
マヤ文明にある暦は二〇一二年で途切れていて、その年に世界は滅亡するという話だった。みんな最初は騒ぎたてたりしたけど、一週間もすれば他の話題に変わっていたくらいだった。わたしは最初からそんな荒唐無稽な話など信じていなかった。ただ、暦が途切れているだけ。二〇〇〇年のカレンダーを見て、一二月三一日で途切れているから『二〇〇一年に地球が滅亡する!』なんて騒いでるだけだ、と。
でも、地震でも、嵐でも、火山の噴火でもない、あれが世界の滅亡だとしたら?もしも世界が滅亡するとしたら、あのような異形の怪物が徘徊するのだろうか。人を喰らう怪物が蠢く世界の最期。それを私は夢の中で人々よりも先に体験してしまった様な気がして、すごく嫌な気分がした。
「間もなく、名古屋、名古屋。お出口は右側でございます。」
車掌の癖のある声がする。
もうすぐ目的地みたい。
「あなた、どこから来たのかしら?」
ふいに、向かいに座っていた女性に声をかけられた。ゆっくりと声の主を見たら、品のある洋服を着た、五十代半ばの女性だった。きっとちょっとした世間話でもしようと思ったのか。
「わかりません。」
「えっ……、どういうこと?」
「憶えてないんです。どこから来たのか、どこへ行くのか。」
私は悪ふざけで言ってるのではない。
気が付いたら東京方面への切符を買っていた。もう東京はすっかり通り越して、愛知県にまで来ていた。
「あなた、大丈夫なの?御両親はどこにいらっしゃるの?」
「とても遠いところへ。」
お婆さんの困惑する顔を見ながら、わたしは遠いところへ行ったしまった、大切な人たちとの日々を思い出していた—





「凜〜、美羽を起こしてきてくれない?」
母の問いかけにうん、と答えながら二階の藍のいる部屋へと向かった。また布団を蹴飛ばして寝てるんだろうな。ひょっとしたら、ベットから転がり落ちてるかもしれない。美羽がどんな寝ぞうかを想像するのがわたしの毎日の日課になってしまった。
「美羽〜もう起きなさい!」
美羽の部屋に着いて大きな声を出した。案の定、ベットから転がり落ちている。これでもう五回目だよ?
「う〜ん、もうすぐ起きるから……」
寝ごとと地声の入り混じった声が返ってきた。そのセリフはもう五十回目!
「早く起きないとまたアレやっちゃうYO〜?」
言うか早いかわたしは美羽の脇腹をくすぐり始めた。「わ、ちょっと待って……」という声など気にせずくすぐり続ける。「ギブ!ギブ!」と降参してもくすぐる!!
「もう分かったって、起きるよ!お姉ちゃんのくすぐり強すぎるよ。」
起き上がって藍はすぐリビングへと降りていった。

 リビングには父もすでにいて、桜沢家の朝が今日も始まった。
父、桜沢 武志は工業会社の支店長。母、桜沢 広美は小学校の先生。わたし、桜沢 凜は海の見える大学へこれから入学する18歳。妹、桜沢 美羽は地元中学校の二年生。そんなちょっとだけ裕福な家族です。
「凜、美羽、今度の日曜日、釣りにでも行くか?」
「え〜っ、美羽は行きたくないよ〜」
美羽がダルそうな声を出した。父、武志はよくわたしと美羽をハゼ釣りに誘う。あたしは釣りは少し好きだけど、美羽はすごく嫌い。餌であるアオムシを触るのが死ぬほど嫌なんだって。それと、ハゼは美味しくないから、とのこと。そもそも、ハゼに限らず美羽は魚全般あまり好きじゃなかった。
「そう言うなよ。ハゼは美味しいぞ。」
「美味しくないから嫌って言ってんの。それよりもお父さん、イオンに連れてってよ。」
「イオンって・・・、この前行ったばかりじゃないか。」
「また行きたいの、お父さん!」
また父と美羽の『休日お出かけ先争奪戦』が始まった。たいてい、金曜日の朝になると勃発する。今のところ、父が五勝、藍が七勝である。
「凜、お前はどこ行きたい?」
ほ〜っら、またわたしに振ってくる。争奪戦が始まると、母は、「どちらでもいい」と言うから、絶対わたしの意見が決勝点になるのだ。父と美羽がじっとあたしを見てくる。そんなに睨まれてもねぇ〜……
「わたしはイオンのほうがいいかなぁ〜???」
言った瞬間、美羽が「イェーイ!」と大きな声を出した。父は「またぁ〜?」と言いそうな顔をした。あたしはクスクスと笑った。
「言い合いはそれまでにして、早く朝ごはん食べなさい。」
母が優しく諭した。いつの間にかテーブルには朝ごはんが置かれていた。トーストと、コーンスープとその他もろもろの美味しそうな匂いがした。
「いただきまーす!」
言うか早いか、美羽がトーストにがっついた。続いて私もトースト少しをかじる。母お手製のマーマレードの甘酸っぱい味が口いっぱいに広がった。その味が病みつきになってもう一回かじりたくなる。
「凜はあと少しで大学だが、勉強は追い付いてるか?」
父がコーヒーカップを置いて言った。あとニヶ月で大学生になるわたしに父はよく勉強のことを聞いていた。
「うん、大丈夫だよ。」
「へぇ、誰かさんから気に入られてることばっかり考えて、勉強どころじゃなかったと思うけど?」
美羽の不意打ちにびっくりするあたし。ゴホっ、と口の中のコーンスープがむせ返り、吐き出しそうになった。
「ちょ……、何言ってんの、美羽!」
「だってそうでしょ、お姉ちゃん。C組の篠原く・・・」
「あのね…、それ以上言うな!」
「ん?篠原君がどうかしたのか?」
「それがね、お父さん……」
「聞かなくていいよ。どうでもいい話だから。」
なんで美羽が篠原君のこと知ってんのよ。部活の先輩でちょっと顔が良いだけで全然好きじゃないんだけど……。
「だから、成就する様に親に相談・・・」
「うるさい!!」
そのとき、七時を告げるチャイムが鳴った。良かった、時間はわたしに味方してくれたみたい。
「さあ、早く食べて学校行きなさい。」
「そうだよ、美羽。無駄口叩いてないで速く食べなさい。」
「あ〜あ、チャンス逃しちゃった。」
サラダとコーンスープを口の中に流し込んで、朝食を終えたわたしは美羽をせかし、高校へ行く支度をした—





そう、わたしは今、たった一人でこの列車に乗っている。家族と呼べるものは既に無くしてしまったのだ。
怒りっぽかったけど、とても穏やかだった父。
いつも笑いを絶やさなかった母。
毎日アイスの取り合いをした妹。
それらをすべて失ってしまった。
そして、良いのか悪いのか、死んだときのことを覚えていない。
わたしが割と平気でいられるのはそのためだった。ただ、知り合いや友達のぎこちない労わりの言葉から、『ああ、そうなのか』と、知っただけだった。
だから悲しみよりも、ただ「亡くした」という気分のほうが大きかった。もしかしたら誰でも受け止められずに喪失感を味わうかもしれない。そうして、わたしは生まれ育った町を捨てて、この列車に乗っていた。
キーっ……、と線路と車輪が軋む音がして、電車が減速し始める。
もうお婆さんは話しかけてこなかった。その場から逃げるように列車の出口へと向かっていった。
切符には『名古屋』の大きな文字。
ああ、この電車はナゴヤに向かってるんだ。
行ったことのない街。
聞いたことはある街。
どんな所なのだろう……。





部隊 ( No.3 )
日時: 2012/03/06 17:29
名前: HAYASHI (ID: Uxa2Epx7)

闇夜を疾走する男たちがいた。
皆、全身に装着されたプロテクターに、右腕にナビゲータ、頭にヘルメット、両手には機関銃と、特殊部隊の姿をしていた。
「作戦ポイント到着。CIC、指示を。」
息を潜め、物陰に身長に隠れると同時に隊長が司令部に指示を仰いだ。
僕もほかの隊員を一緒に電柱の裏に隠れた。
ヘルメットの中の頭から、ダラリと汗が流れる。毎度、毎度、こういう場面では緊張していた。電柱から身を乗り出し、前方を向いた。先にあるのは5年前に倒産した廃工場だ。窓ガラスは割れていて、骨組みが見え隠れして、全体的に黄ばんだような色合いになっている。このようなシチュエーションで既に気づかれた方もいるだろう。あの廃工場の中に立て籠もっているものを殲滅する。それが俺達の任務だ。
「第四部隊が反対側で待機しています。同時に突入して目標を殲滅してください。くれぐれも同士打ちにはご注意を。」
司令部からの落ち着いた声が耳に捻じ込んだイヤホーンから聞こえてきた。今、話しかけて来た女性は僕達の上司の声を伝えるオペレーターだ。俺たちに必勝法を教えてくれる人間だ。
「第四部隊、応答せよ。」
隊員の一人が無線で交信した。即座に相手からの声が返ってきた。
「こちら第四部隊、突入準備完了。これより突入する!」
「了解、こちらも突入準備に入る。合図を。」
交信を止め、更なる緊迫が僕を襲う。額から噴き出した汗が鼻筋を通り、ピチャ、とヘルメットの中に落ちた。近くにあった丘にみんなで移動し、ひびの入った窓ガラスに目を付けた。手に持った自動小銃アサルトライフル安全装置セーフティを外し、引き金に指をかけた。
「突入7秒前。6……5……」
向こうの隊長が秒読みを始めた。瞬く間に数字が減っていく。
「4……3……2……1……、突入うううぅぅっーーー!!!」
イヤホーンから大声が響く。その瞬間、僕達は走り出し、目的の建物へと突入した。窓ガラスを体当たりで破り、中へと飛び込んだ。ゴロリと一回転し、立ちあがってライフルを構える。同時に第四隊も窓を突き破って、建物内に進入する。そこは開けた部屋で、倒産した時に機械は撤廃したのか、何もなかった。敵はいない。
「一階だ、降りるぞ!!」
向こうの隊長がまた叫ぶ。僕達はうなずいて、バラバラに散り四つの階段に分かれ降りた。ガタガタと音を立てて、下に降りる。銃を正面に向けながら進む。隊長が『待て』と手を上げ、足音が止む。前方十メートル先。居た……!!
「掃討せよ!!」
また、隊長の大声が響く。そして皆、目の前の敵に発砲し始めた。

ダララララッ

ダララララッ

リズミカルな銃声が響き、敵を貫いていく。少しずつ、標的との距離を縮めていく。残弾が残り少なくなるなかで、早く死なないのかと焦った。
「よし、もう大丈夫だ。」
隊長が少し安堵の混じった声を出した。その声とともに、機銃掃射は終わり、敵は後方へと崩れた。同時にあれほどの緊張も解けていった。
しかしこんなのに緊張していいのだろうか、これは……
「はい、STRIKERS第十五部隊さま、訓練お疲れ様でしたあ!」
イヤホーンから可愛げな声が飛んできた。さっきの落ち着いた声の主なのだが、こちらが本来の彼女の声で、あまりのギャップが僅かに残っていた緊張感を吹き飛ばしてしまった。
「あのさあ、最後まで真面目にやってくんない?」
「無理ですよー、マジメになんて。何十回もやってるとふざけたくなりますよぉ。」
「…」
ヘルメットの中で絶句する。どうしてこんな女がオペレーターなのか。これは僕達だけではなく、彼女の訓練でもあるのに。
もう気付いているでしょうがさっきまでの臨場感あふれる戦闘はすべて『訓練』。ナビのスイッチを押せばこのバーチャル映像は消え去り、闇夜は蛍光灯の光と入れ替わり、薄汚れた廃工場は体育館ほどの四角く白く清潔な部屋へと変わる。
「さ、撤収だ。」
隊長が呆れ声で言った。向こうの部隊もすでに撤収していた。僕達もそそくさと廃工場を後にする。
 もう何十回もやっているこの訓練だが、なぜか俺は慣れないままだ。それも当然かもしれない、さっきまで俺が『敵』と呼称していたのは、訓練用の的みたいなものだ。それ自体は何ら不思議ではないが、不可解なのはこの部隊の殲滅すべき敵がはっきりしていないことだ。実際の任務では敵は人かどうか分からない。そもそも任務が下ったこともなかった。実践ではどんな敵が現れるのか。そういった疑問が日に日に大きくなっていた。
「隊長、本当の任務ではどんな敵と戦うんですか?」
白い空間へと変わったとき、不意に口から言葉が出ていた。そんなこと、隊長にだって分からないのに。
「…それは任務が下るまでは分からん。」
「ですよね…。けど、いつまでこんな訓練をやってれば…」
弱音を言いかけたそのときだった。
ピリリッ、ピリリッ。
隊長のインカムに、通信が入った。待ちに待った緊急事態かと思ったが、隊長が通信システムを起動させた瞬間また呑気な声が飛んできた。
「大至急戻ってきてくださいな。そんなんじゃお望みの緊急事態も通り過ぎちゃいますよ?」
一時的に高まった緊張が怒りに変わってしまう前に、僕らは足をそろえて、廃工場を後にした—





異変   ( No.4 )
日時: 2012/03/12 15:47
名前: HAYASHI (ID: Uxa2Epx7)

「でも、いいんじゃない?緊急事態なんて起こらない方が。」
スケッチブックに目の前に広がる風景を写していた桐谷 愛美がそう返してきた。お昼時を過ぎたカフェには僕と彼女の他には客は数えるほどにしかいなかった。STRIKERSの訓練のせいで僕は常人の生活を二時間ずらしたリズムで過ごさなければならず、彼女にもそのリズムに合わせてもらってしまっている。しかも、訓練の直後の食事のため、僕はプロテクターを外した黒いタンクトップと隊員服という風体で、彼氏のために白のワンピースという可愛らしい恰好で来た愛美とは大いに釣り合ってない。
「まァ、そうなんだけどね。」
僕、五十嵐 拓が気の抜け切った声で答えた。
「でもそれじゃ退屈?」
「ぅ〜ん……」
そうかもしれない、と心の中で呟く。この退屈な日々を抜けだしたいと思ったのは昨日今日の事じゃない。同僚に行ったら大ヒンシュクを買うかもしれないけど、僕の言う退屈は世間一般的なそれとは違うと思う。決して銃をぶっ放すのが好きではない。そもそも僕は陸上自衛隊にいた。父が消防士、母が看護婦という仮定に生まれ落ちた僕は、いつも両親が人の為に働く姿を見ていた。そんな家庭だから子供の頃の僕は口が酸っぱくなる程こう言った。
「大きくなったらお父さんとお母さんみたいになる!」
そんな夢を持っていた僕だが、世界の見えない部分が見えてくるのも少年時代だ。小学校へ行き、中学校へ通い、僕の頭の中は見えない部分で教わったたくさんの夢だった。芸能人、ミュージシャン、サッカー選手……。でも、飽きっぽさと挫折にさらされ、最後に残ったのはもう何年も考えてなかった「人の為に働く」だった。そして僕は自衛隊になるために、防衛大学へと進んだ。過酷な訓練を終えて晴れて陸上自衛隊に配属されたのだが、それがこの退屈な日々の始まりだった。平和すぎる日本では僕らの出番は無かった。
「…で、そんな五十嵐君を引き抜いたのが、その袴田さんなんだ。」
これまでのいきさつをはなし、一息ついた僕に愛美が問いかけてくる。
「そ。それでこのSTRIKERSに入隊したんだけど…」
「やっぱり退屈?」
そう、退屈だ、と返答して両腕にうずくまった。あの袴田隊長に腕を買われて、STRIKERSに入ったまではよかったが、配属先がこの名古屋支部と決まった瞬間、僕の人生はあの退屈な毎日へ逆戻りしてしまった。陸上自衛隊にいたときも名古屋駐屯地だぞ!
「なんていうかさ、人の為に働くためにこういう仕事を選んだけど、こういう何も起こらない日々が続くと、俺ときどき思うんだよね。俺は人の為に働いてる?って。」
喉につっかえていた本音がゴロリ、と出た。生活も充実している。不自由な事は何一つない。だが、僕は両親の様に慣れたのか?それを実感できない毎日を脳は『退屈』と訴えていた。
「でもさ、富士見谷君がこの基地に居なかったら、私たちずっと出会えなかったんだよ?」
愛美が覗き込んで言った。その表情は少し恥じらっている。そう、彼女と初めて会ったのも配属先が変わってからだったもし愛美と会えなかったらきっとこの退屈加減はさらに拍車をかけていただろう。愛美は知らない部分をほとんど知ってしまった僕に吹いた新しい風だった。美大生という忙しい職業柄、暇を見つけては僕と一緒に居てくれた。休みの日にはいろいろな場所へ連れまわしてくれた。遊園地、映画館、お気に入りの場所……。おかげで退屈な毎日に一筋の光が見えるようになった。
「そうだね、やっぱここに来てよかったよ。」
もどかしさと喜びが入り混じったまま、僕はその一言で無理やり締め括った。だが、話題を変えようと口を開いた瞬間、僕の中のもどかしさはある一言で遥かかなたに吹き飛んでしまった。
「緊急事態発生!STRIKERS出動願います!」
赤い点滅するランプと、警報音とともにその言葉は鼓膜を鋭く刺激した。

きんきゅうじたい?

キンキュウジタイ?

緊急事態!

体の血が沸騰する。目から、鼻から、耳から、噴き出てこようと煮えくり返る。
「愛美ちゃん!そこで待ってて!!」
「五十嵐君!」
愛美の声を振り切り、僕は中央聖制御室へと急いだ—





「おーい、あんまり遠くに行くなよ!」
「分かってるよー!」
山の中で息子と自分の声がこだまする。
自分が子供の頃は山ばっかりの故郷で一日中遊んでいた。昆虫や魚、クマがいるのが当たり前の世界がそこには広がっていた。だからこの名古屋に着たときは同じ日本なのかとひどく驚いていた。五年も経つと、そんな違和感も消え去っていたが、上司に市の要請で自然環境の再現の一環として山を作れ(・・)と言われたときはまたひどく驚かされた。驚愕はしたものの企画に乗り気であったのも事実だ。山少年だった頃の血が騒ぎ出さないわけがない。会議を開き、実際に開発がおこなわれ、一次行程が終了したのを聞いて十歳になったばかりの息子を連れて来たのだが……
「これが山と言えるのか?」
登ってみての率直な感想だ。山と言うには大変小さなサイズだった。かつての山少年を満足させる程とは思えない。いや、それより不満なのは生態系の乏しさだ。足の裏にくっつく落ち葉も、地面を這う虫たちも、ブザーの様に鳴り響くセミの鳴き声も、ここにはどれ一つない。ついさっきまで騒いでいた血は完全に静まっていた。眠っていた遠き日の思い出に夢を見せようという熱意は、皮肉にも失った自然を取り戻す困難さを教えてしまったのだった。こうも出来が悪いのならば、仕切り直しも考えた方が…
「お父さん!ヤマって楽しいね!」
…だが息子と二人で山登りをするくらいならこれでもいいかもしれない。
しかし、興奮しすぎて走り回るのはいただけなかった。息子一人だけで遭難するんじゃないかと不安でたまらなかった。
しかし息子も今年で十歳。さすがに山の中で迷子にはならないだろうか。逆に父である私がみっともない姿を晒すかもしれない。
「父さーん!おいてくぞー!!」
「ああ、今行くよ。」
本当に大きくなった我が子。
もう天井に向けて放り投げることもできなくなったが、反抗期など全くなく毎日楽しい日々を暮らしている。
これからもずっと一緒だ。
ずっと一緒……
「わあああぁぁぁぁーーー!!」
突然響いた叫び声。
全身の神経が凍りつくような恐怖が走った。まさかクマか何かにでも襲われたのか?いや、そんなはずはない。動物の搬入は第二工程以降で行われるはずだ。もしクマだとしたらどうでもいいとこだけリアルにした社員を絞め殺してやる。
全速力で走りだす。
だが、息子が消えた地点では、私が悲鳴を上げざるを得なかった。
クマではない、というよりこの世のものとも思えない生き物だった。
禍々しい指先が視界を遮り—


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