ダーク・ファンタジー小説
- Re: 吸血鬼と暁月【最終章突入】 ( No.101 )
- 日時: 2012/11/02 21:25
- 名前: 枝垂桜 (ID: tVX4r/4g)
───あれから、200年もの時がたった。
人間界はどこも成長を遂げ、大きくなっていた。
そして幽霊界には〝あの王〟が帰って来た。
ファウスト・ブラッド王。
一回死んでしまった彼を幽霊界に帰したのは、死神の最高君主である死の女神だったという。
他の神や女神に話を付け、まだ生命の輪廻に戻されていなかった彼の魂は、再びあの夜会を開く事を許されたのだった。
そして神の最上位に当たる神は、『暁月』をこの世から消し去った。
『暁月』の消滅により、その呪縛から解放された魔族たちは喜びに浸った。
また、今回の事件の主犯、皐月と久遠の魂は地獄へ葬られた。久遠はたとえあやつけられていたとしても、それまで起こしてきた罪は、『王の暗殺』などから重いと考えられた。
『暁月』に取り込まれていた魂と肉体はすべて無事に帰って来た。
かくして、すべての者が『暁月』の呪縛から解放されたのだった。
+ + +
朱音は生きていた。
あの時、いち早く駆けつけたマーチと守護神である天狐の加護に守られた朱音は、消えかけていた命の炎を再び燃やしたのだった。
そして今はあの神社に戻り、平和な江戸の世で暮らしている。
戦国乱世とはかけ離れた平和な世。200年前の緊迫感などなくなってしまった。しかし朱音もまた、戦いの終わりを喜んだ。
久遠が竹中半兵衛重治として仕えていた斎藤家は織田信長の手によって滅んだらしい。ずっと世を見続けてきた静香が教えてくれた。
そのあと静香は細く微笑むと、風となって消えてしまった。
静香が人間として仕えていた家は、この世で静香と名乗る神・ミツハを覚えてくれていた最後の家だった。
200年の時を過ごしなくなってしまった家。隠れ家を守ると言う最後の役目を終えた彼女は消えてしまった。
朱音では駄目だったのだ。朱音は人間ではない。だがせめて、彼女を祀るこの神社を永遠に守って行こうと思った。
そして今年もまた春が訪れた。
6本の桜の木が咲き乱れ、花弁を散らしている。
「沙雨」
縁側に腰を掛け、桜を見ていた沙雨に後ろから声を掛けた。
沙雨はゆっくり振り向き、微笑んで見せた。
「───おいで」
朱音は沙雨の隣に座る。沙雨は朱音の体を抱き寄せ、宝物を包むように抱きしめる。
沙雨の温もりを感じながら、朱音はゆっくり目を閉じた。
しばらくそうしていると、神社に人が訪ねてきた。その人物に気付いた朱音は聞こえるように声を大きくして、その人物の名を呼んだ。
「飛冷様!」
飛冷と呼ばれた男は軽く手を振って笑って見せた。
その姿は久遠と瓜二つ。輪郭、目の位置、髪の質さえも一緒だ。しかし口調や体温は全く違う。別人だった。
飛冷が去った後、天狐が和菓子持ち、時雨が人数分のお茶を持ち、その後ろにマーチ、寧々、桔梗をひきつれてやって来た。そして二人の元に置くと、足早に去って行った。
アネッサは人の身だったため、100年も前に亡くなってしまったが、その魂は今、幽霊界にあり、ファウストの側近として、また話し相手としてそこにいた。
朱音は沙雨の腕の中で瞳を閉じた。
「ねえ、沙雨」
あの時言った言葉をもう一度、貴方に送る。
「───私、幸せだよ?」
沙雨は微笑んで頷いた。
「分かってる。僕も同じ気持ちだ」
「──────うん」
朱音もその言葉に大きく頷いたのだった。
【完】