ダーク・ファンタジー小説

Re: 吸血鬼と暁月【完】 ( No.108 )
日時: 2012/11/22 22:45
名前: 枝垂桜 (ID: DMJX5uWW)




 母はもしかするともう死んでいるのかもしれない。それでも、生きている可能性が低いとしても、『死んでいる』と決めつけたくない。


 『死んだ』と認めるのは母の骸を目の当たりにしてからだ。


             +      +      +


「───雨……沙雨」


「………! はい」


 自分が呼ばれている事に気が付いた沙雨は即座に返事をした。しまった、と思い姿勢を正した。仕事中に別の事を考えていた。


 沙雨はファウストの元で相談役として、また側近として働いていた。相談役と言っても政治方面ではなく、個人的な相談。話し相手のような存在だ。側近としてはしっかり役目を果たしている。


 王の交代により、前女王・シャルロット・レア・アレクシア・クリスタルの側近だったクロネ等は側近を降りた。

 代わりに側近に選ばれたのは、涙樹アネッサと沙雨。今回ファウストが指名したのはこの二人だった。


 前回王だった時、彼は側近を持たなかったが、今回は『本当の自分』で話せる人が出来た為、側近を持ったのだった。



「悩み事か?」


 ファウストが沙雨に訪ねた。

 沙雨は静かに首を横に振った。そして視線を伏せ、紅茶を入れる。するとファウストにまたしても名前を呼ばれ、近くの椅子を呼び刺された。「座れ」、と言わんばかりだった。


 沙雨はファウストを一回見ると、大人しく椅子に腰を落とした。


「お前がいくらポーカーフェイスだからって、長年一緒にいる俺が気付かないと思うなよ?」


 ファウストは得意げに足を組み直した。先程淹れた紅茶のカップの取っ手に指を絡め、持ち上げて口に運んだ。


「で、何を考えていたんだ?」

「………朱音と、朱璃の事を」

「……お前、父親っぽくなったよな」

「『父親っぽく』ではなく、父親ですから」

「言うと思った。───朱音ちゃんは、俺も使いを色んな所に送って探しているけど、新しい手掛かりはないよ」


 ファウストも微かに目を細めて、悲しそうな面影を見せた。

 朱音が突然姿を消した時、どれだけの絶望感を味わった事か。数十年たった今、傷さえ癒えてきているものの、傷跡は治ることなく、はっきりと形を持って沙雨の中に刻み込まれている。


 『暁月』が消滅し、子が生まれ、やっと幸せと静寂に恵まれたと思っていた。


 ずっと永い間、朱音を失うまいと思ってきたはずが、気を抜いた途端この有様だ。情けなくて、腹が立つ。


 そしていなくなったあの時、朱音は第二子を妊娠していた。朱音が助かっていたとしても、子は助かっていないのではないか。逆に、子のため命を落としたのではないか。

 不安が後を絶たなくて、毎日毎日、心が不安に押しつぶされそうになる。


 マーチたちも必死に探してくれてはいるものの、分かったのはたったの一つ。



 それはマーチと寧々と桔梗から情報。否、推測だった。

 あの後、朱璃の身体には薔薇の印が付いていた。擦っても擦っても取れない漆黒の印は、今でも消えることなく朱璃の胸に刻み込まれていた。


 むしろ、年を重ねる事に花弁が増えていく。


 それが何よりの証拠なのだ。


「漆黒の薔薇を愛すのは悪魔の中でも悪夢を見せる悪魔───ナイトメア。そしてナイトメアは『神隠し』をする」


「しかしナイトメアは千年以上前に滅んでいるはずなのに……。何故今になって……。なぜ朱音を……」



 悪魔の王とナイトメアをまとめる統領が敵対。悪魔主戦力とナイトメアが絶望的な戦争を起こし、ナイトメアは惨敗。後に生き残りのナイトメア狩りが始まって、ほとんどのナイトメアは殺されたのだ。


 そのナイトメア狩りに神威寧々の兄、神威桔梗は参加していた。



「沙雨」

「はい」

「───朱音ちゃんは生きてるよ」

「………ああ」



 こんなに安心できる笑顔を見せる人物は朱音以来だった。