ダーク・ファンタジー小説

Re: 吸血鬼と暁月【100越え感謝】【オリキャラ募集中!】 ( No.21 )
日時: 2012/07/23 21:57
名前: 枝垂桜 (ID: gZQUfduA)



『貴方はこれからどうするの?』


『私は囁き続けるわ。──最期まで』





『────その体に、〝愛〟をしっかり刻みましょう──愛しの久遠──』




「───皐月……?」


 半兵衛は呟いて、それが夢だったことを知った。

 そこは朱音と沙雨が長年を過ごしてきた神社の天井があった。

 半兵衛はこの間から、この神社で寝泊まりしていた。

 沙雨たちがいつ帰ってきても良いように。無謀というか絶望的な考えだったが、半兵衛はなぜか、あの二人はいつか帰ってくるような気がした。


 そしてたった今、自分が泣いていることに気が付く。


 『皐月』


 懐かしい名だ。最後にこの言葉をいつであっただろうか。

 唯一、自分を本来の名前で呼んでいた女だ。


『久遠』


 水袮 久遠(ミナイ クオン)。自分が、竹中半兵衛重治と名乗るより前に名乗っていた本当の名。もう覚えている物なんていないだろうと思う。

 自分だって、忘れかけていた。

 いつもそうだ。自分が自分の名を忘れそうになると、必ず皐月が夢に出てきて、自分の名を囁くのだ。


 心に〝愛〟の傷を負った、美しい女性。


 どこからともなく現れ、愛の本質を述べ、風のように去ってゆく。


 不思議な女。


 ────かつて、自分が愛し、愛されていた女。


 彼女は水のように自分の所まで流れ着いて、風のように去っていった愛しの女性。


 その正体は───悪魔。


 彼女は自分の魂で腹を満たそうと、自ら近づき、自ら去って行った。



 今、一体どこで何をしているのかは、全く分からない。




──────────────────────────────── 


「───マーチ、いる?」


 誰もいない部屋で、沙雨がそうつぶやくと、床に描かれた魔法人から一人の女性が現れた。

 白いフードから覗く、青に近い銀の髪。右目は真っ白な包帯で隠されており、片方の目は淡い青だった。

 白と青のエプロンドレスを身につけて、自分より背の高い、青い薔薇の鎌を手にしていた。


 どこか道化師を想像させる彼女は、死神・マーチ・アントリーヌ。

 沙雨の召喚した死神であり、半兵衛の旧友である。

 マーチは笑顔を保ったまま、崩さない。


「ご機嫌麗しゅう、我主」


 沙雨が召喚した今、沙雨はマーチの主ということになる。


 沙雨の命によってだけ動き、力を発揮する。


「今宵は何をお話になられるのですか? 主」


「いや、特にはないけどね」


「用がないのに私を呼び出した、と? ……貴方ならば許しましょう。他の者だったら、じっくりと遊んであげますがね」


「怖いね。 主へ忠誠心もない」


「私は貴方だけのもの。貴方の命のためだけに動くのですから」


「それは嬉しい一言だよ。マーチ」


 沙雨はふ、と微笑みをこぼす。


 そう。マーチは沙雨以外に呼び出すことはできない。

 否、マーチ自信が沙雨以外に呼び出されたくない様子だ。

 かなりの興味を沙雨に持っているようだった。



「ついに、貴方は宝物を取り返したのですね」


「でも、まだ全ては帰ってきていない。帰ってきているのは、体だけ。心はまだ、閉ざされたまま」


「そう焦らずとも良いでしょう。宝物を守っている守護神、大神 天孤も貴方を認めたのでしょう?」


「信じてはいない、と言っていたけどね」


「貴方様がこれ以上堕ちなければ良い話でしょう?」


 淡々と、ずっと悩んできたことをいとも簡単に解決させるような、口調でそう告げる。


「私は、いつでも貴方様のお傍に……」


「助かるよ。 これからはまた、僕の為に働いてくれるかな」


「Yes,your majesty(イエス・ユア・マジェスティ).


────全ては貴方の御意のままに」



 そう言って、沙雨の前でかしづくと、包帯で隠された紅蓮の瞳と蒼い瞳が怪しい光を放った。