ダーク・ファンタジー小説

Re: 吸血鬼と暁月【まさかの参照300越え!感謝!】 ( No.37 )
日時: 2012/08/08 10:25
名前: 枝垂桜 (ID: gZQUfduA)



第7章 隠された記憶の奥底へ


 朱音は目を開けた。しかしその明るさに目がくらんだ。


 自分は横になって寝ているのだと気づき、上体を起こして周りを見た。


 自分の寝ていた場所は昼の青空と、夜の夜空のさかえ目だった。


 不思議な現象にすぐ、これは夢なのだと分かったが、意識がはっきりしていて現実味があった。


 そしてその青空の中心には、明るい笑顔で微笑んでいる紗雨がいた。


 夜空の中心には、優しい笑みで綺麗な瞳をしているものの、どこか寂しそうな顔をしている紗雨がいた。


「紗雨が……、二人?」


 朱音が混乱していると、どこからか声が流れてきた。


『聞こえますか? 朱音さん』


 天狐の声だった。


『これは貴方が選ぶ選択です。


 今までの記憶をなくし、前のようにあの神社で紗雨さんと幸せに暮らしたければ、青空の紗雨さんの手を取ってください。


 紗雨さんの本当の姿を理解し、そして隠された自分の記憶を取り戻して、自らが授かった運命に立ち向かうのであれば、夜空の紗雨さんの手を取ってください。


 しかし運命に立ち向かえば、貴方の記憶は目覚め、もう前のように神社で暮らすことは未来永劫叶いません。そのときにはもう貴方は、〝人ならざる者〟なのですから。


 僕はこれ以上言いません。もう何も。 すべては貴方が決めること。


 真実から目をそらし、耳を塞いでも、僕たちは貴方を攻めません。



さあ───お選びください』



 そこまで言うと、天狐の声は完全に聞こえなくなってしまった。



 前のような暮らし。

 戻りたい。前のように、城へ働きに行く紗雨に「いってらっしゃい」と言いたい。静と色々な話をしたい。半兵衛に紗雨の隠れ話を聞きたい。


 しかしあの久遠と言う男は、紗雨と同じ〝吸血鬼〟だと言った。そして久遠は半兵衛と同一人物であることは、薄々勘付いている。

 ならば戻っても、半兵衛には会えないのではないか?


 天狐は今までの記憶をなくして、前の暮らしに戻ると言っていた。

 では記憶がなくなった後の紗雨たちはどうなるのだろう。

 すべてを忘れてしまって、他人行儀になっている自分を見て、どう思うのだろう。


 もしかすると前にも、自分は皆に出会っているのかもしれない。

 だから時雨は朱音が「時雨さん」と読んだ時、あんなに寂しそうな顔をしたのではないだろうか。


 紗雨だって、今まで我慢してきたものが、あの日にあふれ出てしまったのではないだろうか。


 記憶を失うと言うことは、我慢できなくなるほどの我慢を、もう一度紗雨にさせてしまうのではないか?


 最初は拒絶していた吸血鬼としての紗雨も、前とあまり変わらない。

 恐怖を覚えていたが、やはり紗雨が好きなのだ。

 それだけには変わりない。


 時雨や皆のことだって好きだ。その者達に自分の我侭でもう一度傷つけてしまうのだけはしたくない。


 そう思えば、朱音が出す答えは決まっていた。



 俯いていた顔を上げ、真っ先に夜空を駆け出した。

 中心にいた紗雨の胸に飛び込んだ。


「私は、逃げていた運命を受け入れます……っ!」




『─────選択は 選ばれたり』




 次の瞬間、青空にいた紗雨が花びらになって消えた。


 そして今まで立てていた夜空に落ちていった。


 なぜか、全く怖くなかった。




『すべての記憶は───貴方のもの』




 その声が聞こえると、意識はまた暗闇に消えてしまった。