ダーク・ファンタジー小説

Re: 吸血鬼と暁月【第二次オリキャラ募集中!】 ( No.54 )
日時: 2012/08/14 12:57
名前: 枝垂桜 (ID: gZQUfduA)




「あそこまで激情した主を見たのは幾年ぶりでしょうか」


 浅い溜息を吐きだしながらマーチは言った。

 基本の気性はそれなりに穏やかな沙雨だが、怒ると容赦ないのは知っていた。いつだかに一度だけ、その姿を見た時がある。


 あの時も恐ろしいものだった。

 あの太刀──『闇華』(ヤミバナ)と言うのだが、それを華麗に操り、相手を切っていく。闇華は今まで、どれだけ血に濡れたのだろうか。


 本当に、闇に咲く可憐な華───沙雨という男にもっともふさわしい。


 全知全能の神。そして冷酷な悪魔でさえ、自分の手駒にし、操ってしまうほど、彼は罪を抱えた男だ。


 この姿は朱音に見せない方が良い。これは確信だった。


 寧々の片目はもう存在しないか、もしくは何か術を掛けられてしまったのではないか。

 術を掛けられたという確率の方が高いのだろう。しかしそれは、とても罪な術のはずだ。


「寧々さん、主は」


「話しかけるな、低俗が……ッ」


「……その怪我でも、気は確かなようですね」


 マーチにとって、寧々のあの態度はどうということないのだ。

 たとえ魂を狩る同族であっても、嫌われているのならそれまでと言う事だ。


「今って部屋入っても大丈夫かな……?」


 分かり切った答えを求め、時雨が恐る恐る聞いてくる。


「おやめになっていた方が良いと思いますが」


「だ、だよね……」


 マーチは「ああ」と思った。


 時雨はあの沙雨を見るのは初めてのことだ。とても大きな恐怖を覚えているのであろうが、それを幻だと思おうと、部屋に入ろうとしているのか。


 とばっちりを受けることはまずないと思うが、時雨があの威圧に耐えられるとは思わない。


 入らない方が時雨の身の為であると、マーチは即座に判断した。


「本日のところは様子を見た方が良いでしょう。───それに、朱音さんは確実にこのヨーロッパに来ていますしね」


 天狐が言った。

 その通りだ。このヨーロッパ内に彼女の気配がある。あとはそれを辿って行けば良いだけなのだ。


「まあこれ以上、闇華が自分たちに向けられることをするのはよしましょう」


 マーチは淡々と告げた。


 『闇華』

 これは名の通り、闇の太刀である。

 この刀には伝説があった。


 昔のことだ。ある赤子が生まれた。その娘を『華』と名付けた。

 彼女は名の通り、美しい娘に育っていった。心優しく、いつの日にかは村一番の美しさを持った娘となっていた。

 その娘の噂を聞いた貴族は華を息子の嫁にしようと、次から次へと使者を送って来た。

 その時華の両親は亡くなってしまっていたため、見合いの判断はすべて華に任されることとなった。


 しかし一度送った使者は、何日経っても戻って来なかった。

 そしてある日、貴族の家に華からの一通の文が届いた。

 恐ろしい事に、その文は血で文字が書かれていた。『お断りします』と。

 華は化け物だったのだと考えた貴族は、陰陽師を雇い、華を退治に向かわせた。


 しかし陰陽師が尋ねると、華は化け物だったのではなく、『闇鬼』という鬼に憑りつかれてしまっていた。


 その鬼は華と完全に一体化してしまっていた為、闇鬼だけを華の体から引きはがすのは無理だった。

 覚悟を決めて、ある一刀の太刀で華共々鬼を切った。

 すると二人の魂は刀に吸い取られてしまった。

 陰陽師はその刀に『闇華』という名を付けた。



 こういう伝説が残っていた筈だ。

 陰陽師が作った太刀だ。悪を切ることができる。闇鬼の力もあり、正義をも切ることができる。華の魂もあるので人間も切ることができる。


 そんな恐ろしい太刀は、沙雨の愛用の太刀だった。


「主は明日にでも動きます。今の彼は、どんな手を使ってでも朱音さんを助けるでしょう。激情した主を見る覚悟をして置いて下さいませ」


 マーチは笑顔でそう告げた。