ダーク・ファンタジー小説
- Re: 吸血鬼と暁月【外伝upしました】 ( No.92 )
- 日時: 2012/10/11 22:50
- 名前: 枝垂桜 (ID: tDpHMXZT)
沙雨たちがいなくなった王室は一瞬静まり返った。そしてずっとどこか遠くを見ていた女王の目がふっ、と帰って来て強い眼差しに戻った。
───命令が下る。
女王が命令を下す時、その時は決まってその瞳に強い光が宿る。
だから付いていける。自分よりもかなり幼い少女に従い、この王国を任せる事が出来る。それが不思議なときもあった。
最初は誰もが反対した。見た目が十四歳の少女に、天国にも地獄には行けなかったたくさんの霊たちが住む王国を任せられるはずもなかった。
それは前国王のファウストが信頼深い人物であったことにも関係した。前国王が優秀であればあるほど、次の国王はすさんでしまうのだ。
歴代の国王の中でも右に出る者はいないほどの支持があったファウスト王は暗殺された。その事実を知った者たち全員が揺れ動いた。
ファウストは優秀なあまり、他人が寄りつかなかった。否、寄りつけなかった。自分が傍に居るには恐れ多い人物だったのだ。その為、彼は孤独で、結婚相手どころか恋人さえいなかった。
彼の友人といったら異族、吸血鬼の男。その男は吸血鬼の身にしては強すぎる力を持っていて、同族の中でも恐れられていた。しかし他人の彼のその力を見る目は、決して優しいものではなかった。
そんな気高い幽霊界の王は二度目の人生を他人の手で閉ざされ、今の女王が現れた。
王の側近は毎回変わる。
力のある者を数名選び、その中から優秀な人材を探し、三人に絞るのだ。
「沙雨殿とそのお付きの者たちを捕まえなさい」
「御意」
即座に返事をして、メイド二人が部屋を出た。使用人でも戦闘能力に優れている為、一般兵がいなくても互角に戦えるはずだ。
一方、執事のルーチェ・フラウアンティ・クオイダは、女王の信頼を一番勝ち取っており、いつでも彼女の傍にいる事が義務付けられている。しかしいざとなれば、彼も剣を抜くことになる。
「女王様、何かお飲み物は」
「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとう」
女王が信頼を置くため、彼は女王に忠実だ。命令は絶対。どんなことをしてでも叶えなければならないと言う考えを持っている。
どんな細かい気配りも忘れる事はなかった。
すると扉にノックがかかった。
「またお客様のようですね」
「女王様、涙樹アネッサ殿がお会いしたいと申し上げていますが」
「通しなさい」
厚く重い扉がゆっくりと開いた。
そこには美しい紅蓮の髪と緋色の瞳を持ち、赤と黒のゴシックを着て立つ美しい少女の姿があった。
アネッサが中に入ると背後の扉が閉まった。
「私は涙樹アネッサ。未来を視、真実を伝える者」
「私はシャルロット・レア・アレクシア・クリスタル。まあ名乗る必要もありませんがね」
女王の名も知らないで、王宮に来るはずもないだろう。
「貴方は未来が視えるのですか?」
「ええ。神の目の一部を授かり、その力を使い、私は私の正義を貫いている。今日は貴方に未来を伝えに来たわ」
「未来を?」
「そうよ」
ファウストに『死』の宣告をしたのもアネッサだ。しかし彼は沙雨と朱音の未来が変わることを恐れて、自らの死を受け入れた。
そしてアネッサは、またしても幽霊界の王の未来を視てしまったのだ。
『涙樹、本当に未来を教えてしまうの?』
耳元で花染衣が囁いた。
『この未来は激動だ。これを教えてしまえば、そのまた未来が激しく揺れ動く。それを捕える涙樹の負担も大きいでしょ?』
「構わないわ」
『そう? いざとなったら我が助けてあげる』
花染衣はそう言って、アネッサの耳元から離れた。
「じきに幽霊界は、吸血鬼水袮久遠と悪魔皐月の手に落ちる。そして貴方は心を皐月の闇で塗られる。幽霊界は破滅へ追い込まれ、『暁月』は復活する」
先日アネッサが見た未来をそのまま言葉にして伝える。
一瞬の静寂の後、その空気を割ったのは女王の笑い声だった。その笑い声にアネッサは不快を覚えた。信じていないのだろう。
「私が言いたかったのはこれだけよ。後は好きにして頂戴」
笑っていればいい。伝えても動かない事は、未来で視ていたから知っていたのだ。
王室を後にしたアネッサ。また数分後に来たのは、『闇華』を片手に、他人の血に染まった沙雨だった。