ダーク・ファンタジー小説

Re: 吸血鬼と暁月【外伝upしました】 ( No.93 )
日時: 2012/10/13 23:31
名前: 枝垂桜 (ID: tDpHMXZT)



「汚い人だ。貴方は」



 漆黒の服と肌にべっとりと他人の血を付けて帰ってきた紗雨。『闇華』から血が滴り落ちて、はじけた。


 メイド二人に苦戦したらしい紗雨は、かなりの体力を消耗していた。


 今、更に女王が命令を下し、追っ手が掛かればもうどうにもならないのではないかという、落ち武者状態に陥っていた。


 そんな中、部屋に戻ってきたあとの第一発言は苦笑しながら言った、女王への批判だった。


「ファウストは何故死んでしまったのだろう。貴方という存在のおかげで、久遠がまた更に憎くなってきた」


「『暁月』を私の元に持ってきなさい」


 淡々と言い放つ言葉はまさに命令だった。


「無理だ。貴方は『暁月』をなめている。彼女がどれだけ、恐れ多く、怖い人なのかを、貴方はまだ知らない」



 『暁月』も元はしっかりとした身体を持っていた。彼女は大罪を犯した罪多き悪魔だった。


 しかし悪魔は悪魔でも、上位階級の天使と悪魔界の第一皇子を両親に持つハーフであった。


 普通ならば一生分かり合う事などできない敵同士が愛し合い、子を成した。その時点で『暁月』は大罪に犯されていた。


 しかし戦いに戦いを重ねた彼女はついに魔族の頂点へ上り詰めた。魔族で最も強い力を持ったのだ。だが彼女は天使の清浄として暗殺されてしまう。


 彼女は肉体を失った。しかし血だけは脈を打ち続け、時を待って、己の身体に相応しい肉体を捜しているのだ。


 そして今も。『暁月』が紗雨の下に来たのはアカネを吸血鬼にしてから数日もしない頃だった。


 彼女は次の『暁月』に選ばれたのだ。


 『暁月』は誰にも操ることはできない。そんな恐ろしい血を求めているということを、女王はまだ分かっていないのだ。




「………」




 女王がすっ、と片手を挙げた。背筋に悪寒が走って振り向くと、メイドの一人、クロネ・ヴェルトリート・アネスが影の剣を振りかざしていた。



「殺すのではありません。捕まえなさい」


「御意」



 しかし振り下ろした影の剣は紗雨にあたることはなかった。

 横から飛んできた短剣にさえぎられ、その短剣と共に床に落ちた。



「まさか君が助けてくれるなんてね」


「意外かしら? でもこれが私の信じる───正義よ」



 ずっとそこに身を潜めていたアネッサは短剣を拾うと、クロネとの交戦に入った。



「部屋が壊れてしまいますね。ルーチェ、紗雨を捕まえて」


「御意」



 ばりっ! と音を立てて空中に電撃の亀裂が入った。それはまっすぐ紗雨の元へ伸びて行く。


 しかし紗雨にたどり着く前に、いつの間にか戻ってきていたマーチの鎌がそれをさえぎる。


 その反動を使い、身をひねり床に鎌を突き刺す。床を先ほどと同じ雷が通って、ルーチェに向かっていった。

 ルーチェはそれを避けると、舌打ちをした。


「なぜ俺の雷を……」


「私の能力は、攻撃を受けると、相手の能力をそのままコピー・保存ができるのでございます。卑怯で、御免あそばせ?」


 にっこりと微笑むマーチ。マーチはルーチェとの交戦に入った。




「アレクシア、貴方は何に心を奪われているんだい?」



 優しく。あくまで優しく。紗雨は女王に問いかけた。


 そして次の瞬間、部屋が静まり返った。









「────女王は『愛』に心を奪われているのよ?」





「─────────ッッッッ!!!!!」





 甘く、優しく部屋にその言葉は響いた。


 静まり返った部屋にコッ、とブーツの音が響く。一つ。また一つ。そして部屋の置くから姿を現したのは───……、



「愛してるわ───紗雨」



 『愛』をこの世で最も愛し、『愛』をその身に焼き付けた悪魔、皐月だった。



「ね? 久遠」



 部屋の入口から、まるで物語の中に現われるような、洒落た喪服に身を包んだ久遠が現われた。


 腰には鞘の中に入った二本のブロードソードがあった。



 静まり返る。どこまでも。異様な空気を感じ、戦闘を止め帰ってきた寧々とルリアもその場を見て凍りついた。



「女王……これは? なぜ貴方と、ファウスト様を殺したかもしれない皐月と久遠が一緒に居るのですか?」


「私は最初からこの二人と手を組んでいました。ファウスト様が殺される前から。ファウスト様が死ねば次の王は私。私は最初から『暁月』を狙っていた。だから最終的な目的が同じ皐月さんと久遠さんと手を組んだ。


すべては『最初から』仕組まれていたのですよ」



「そんな……ッ、女王様……ッ」



 三人がうなだれる中、以前朱音を連れ去り毒漬けにしたオリオン・ポイルと、藍色の目に、翠色の瞳を持った少年が現われた。



 次の瞬間、部屋のガラスが激しく割れ、シエルが飛び込んできた。その後ろにはシャルーゼもいる。



「水称久遠────ッッッ!」



 久遠に向かって、その大きな剣を振り下ろした。