ダーク・ファンタジー小説
- Re: 吸血鬼と暁月 ( No.95 )
- 日時: 2012/10/18 22:43
- 名前: 枝垂桜 (ID: tVX4r/4g)
「朱音さん! 落ち着いて下さい!」
「おい天狐! こいつどうしちまったんだよ!」
普段物静かな天狐が声を荒げていた。天狐の手が掴んでいるのは朱音の手首だった。
同様、朱音の様子も尋常ではなかった。
「だって聞こえたんです! 沙雨を助けに行かなくちゃ!」
先程朱音の耳に入り込んできたのは、確かに沙雨の声だった。間違えるはずもない。あの低くても、確実に響きを持つ声は、沙雨の声の他誰のものでもない。
「天狐、こいつと沙雨はお互いの声が聞こえるのか?」
「分かりません。だから不思議ですね」
オリオン・ポイルに朱音が連れ去られた時も、沙雨は〝朱音の声が聞こえる〟と言って桔梗との交戦を中断。朱音を助けに向かったのだ。
「朱音さん、貴方は沙雨さんの声が聞こえるのですか?」
「今初めて聞こえたの。普通じゃなかった。だから助けに行かなきゃ!」
「助けに行くって……。幽霊界までか」
「そうです! 助けに行かなき……」
不意に強いめまいが朱音を襲った。その場に膝をつき、目を押さえる。
「朱音さん、その体では無理です。貴方は今血が不足している。そんな状態で幽霊界に行くのは危険です」
「でも、時雨とロア君は半兵衛様を探しているのに……」
「朱音さん。僕たちは貴方を守らなければならない。それが沙雨さんからの命なのです」
「でも……ッ!」
「朱音さんッ!」
窓から見える空を電撃が切り裂いた。大きな音を立てて、窓にピシリとひびが入った。
「───!」
「すみません。僕とした事が取り乱しました。僕は天候の神で天候を操る事は出来ますが、なるべく使いたくなかったのです。しかし出てしまったようですね……」
朱音は天狐を困らせている事など重々承知だった。それでも……、
「天狐さん。お願いです、私を連れて行って下さい」
「みーつけた」
突然別の声が部屋に響いた。
入口に立っていたのは翠色の目をした青年───李園だった。片手には大きなピンを一つ持っている。