ダーク・ファンタジー小説

Re: 吸血鬼と暁月 ( No.99 )
日時: 2012/10/28 23:06
名前: 枝垂桜 (ID: tVX4r/4g)





「──────ッ!?」



 久遠が沙雨との戦闘中に、突然目を見開いた。そして赤く染まっていた瞳がどんどん元の緑色に戻っていく。

 久遠の様子をおかしいと思ったのか、殺気を放っていた沙雨も『闇華』を下ろした。清んだ青に戻った目が久遠を見る。


 この微かな変化を感じ取ったのは久遠だけではない。久遠ほど明確にではないが、沙雨も確かに感じ取っていた。


 突然流れ出した邪悪で不快を思わせる気配。濃すぎる血の匂い。


 吸血鬼は血が濃いほど強力な力を持つ。久遠と沙雨も、強い吸血鬼に値するのだが、この匂いは尋常ではない。二人でも比べ物にならない。むしろ濃すぎて吐きそうになる。


 そしてもう三つ。沙雨が感じ取った変化があった。


 不快な気配と共に、朱音の気配も流れてきた。しかしその気配はいつもの朱音に比べれば酷く荒んでいた。


 もう一つは、久遠の瞳に光が宿った事だった。今まで心のない人形のような目をしていた久遠の目に、光が宿ったのだ。


 それはここから皐月の気配が〝消えた〟と同時だった。


 久遠の腕がゆっくり動いてブロードソードを鞘に収める。そして、沙雨をしっかり見据えて、微笑んで見せ、床に崩れ落ちた。


「久遠っ」


 沙雨が駆け寄って抱き起こす。以前より遥かに細くなったその体をゆすると、久遠が目を開いた。



「───沙雨じゃないか」



 その瞳は、もはや水袮 久遠のものではなかった。美濃の斎藤氏に仕える天才軍師、竹中半兵衛重治のものである。



「いやはや。皐月に操られてる間に、色々仕出かしたみたいだね」


 無理に微笑んだせいか、その笑みは酷く苦々しい。

 久遠は大きな事績を抱いているのだ。


「久遠───いや、半兵衛」

「久遠で良い。俺はもう、〝竹中半兵衛重治〟を名乗る資格など持ってない」

「なら久遠。力を貸してくれ」

「言われなくても貸すとも。───この気配だけで、すべて悟った」

「ああ」


 沙雨は目を伏せる。そして、


「『暁月』が皐月の身体で復活した」


 『暁月』は本当の肉体を手に入れようとする。その為には幾千もの、魂と、数体の身体が必要となる。

 前回の復活では魂が足りず、失敗に終わったと言われている。

 『暁月』にはタイムアップが存在し、三十分以内に肉体を手に入れる条件を満たさなければ再び血に戻り、何百年も眠りに付かなくてはいけなくなるのだ。


 しかし今回は、全てがこの場所にそろっている。


 幽霊界。魂はたくさん存在している。

 そして復活条件の五体と身体もここに存在する。

 皐月で一体。残りはもう四体。時間がない。



「久遠、頼む。『暁月』の手から朱音を───」










 そこまで言った時、久遠の胸を銃弾が貫いた。

 血が噴き出し、久遠は再び床に倒れ込んだ。



『最後の魂は、貴方』



 不気味な声が響いた。



「あか………つき……」



 力なくその唇から漏れだしたのは、たたずむ彼女の名前。そして彼女はニヤリと笑う。



「誰……?」



 沙雨は背後を見た。するとそこには重そうな鎖を足に付け、目を濃い紅蓮に染めた朱音が、足を引きずりながらこちらに向かって来ていた。


「朱音ッ! 逃げろッ!」



『邪魔者』



 そう暁月が言った瞬間、雷が落ちてきた。バリバリと音を立てて、沙雨と久遠、朱音を襲う。


 これは天候を操る天狐の技。きっと彼の肉体は、暁月の中にあるのだろう。もしくはマーチ。技をコピーできる。しかし恐らくは、どちらも中にあるのだろう。

 全員なんとか逃げ切った。朱音も少しかすらせて服が焼けていた。

 無事な事を確認し、ホッと胸をなで下ろした瞬間───、




朱音の体が力を失い、床に倒れた。



 ハッと暁月を見ると彼女が作りだした氷の短剣が、朱音の胸をえぐっていたのだ。


 暁月はそれを見て、満足げに微笑む。


『邪魔者は消えた』