ダーク・ファンタジー小説
- Re: engrave ( No.15 )
- 日時: 2012/12/08 15:30
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
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「黛さん……?」
朝内 真幸は、不機嫌そうにカーペットに付いたコーヒーのシミを取っている黛を見つめていた。
先ほど、高城が部屋を出て行ってしまった。
聴いた事の無い女性名を高城が言った途端空気が張り詰めて、高城が逃げるように姿を消した後から一言も黛は発していない。
けれど、背中を見ていると分かる。
恐ろしく不機嫌だ。
男の人がこんなに怒っている姿を間近で見たことのない朝内 真幸は、縫い付けられたかのようにカップを持って硬直していた。
黛が出してくれたコーヒー。
苦くもなく、甘くもなく、おいしいそれをたたきつけてしまうなんて。もったいない。
黛は高城と違って親近感がわきやすくて、少しは話しやすいかと思っていたが、間違いだったのだろうか。
朝内 真幸は、びくびくしながら黛を見つめ続ける。
「……役立たずが……」
手に持っていた雑巾を握りしめて、ゴミ箱に放り投げる黛。
その声は凄く低くて、不機嫌さがにじみ出ている。
身を小さくしながら、カップを握る手に力を込める。
怖い。逃げだしたい。
そう思った矢先、黛が肩の力をふっと抜いて振り返った。黛の周りの雰囲気は多少柔らかくなっていて、朝内 真幸は背筋の力を少しだけ抜く。
黛はどかりと朝内 真幸の隣に座って、緩みきっているネクタイをさらに緩めて外す。テーブルの上にそれを放って、黛は長く息を吐いた。
「あの、黛さん……」
今なら話しかけても良いだろうか。軽く確認をしながらカップを置く。
さっきから立て続けに起こる意味不明な出来事に、朝内 真幸は吹っ切れそうだった。
自分のレプリカが居ること。アグロピアスの病の唯一の対策であるPFがそれを実現できる物質であること。
信じられないことではある。まだ目で見ないと確証はできない。今は信じてみよう。
怖いもの見たさだった。本当に心から信じているわけでは無い。
そんな、夢みたいな話。そんなのは物語の中だけで十分だと思っている。そうであってほしい。
自分は普通の人間であると。これからも普通の日常を過ごすことができると。
「んぁ? ……悪いな。俺、アイツのああいうところはどうにも好きになれないんだ」
「ああいうところ?」
「勝手に決めるところだよ。俺の意見とか全然耳貸さないの。何を意地張ってるのか知らないけどさ」
普通に会話できるようになったことに安心して、冷めてしまったコーヒーを飲んだ。冷めてしまっていてもあまり変わらない味は、やはり舌触りが優しくておいしい。こんなコーヒーが入れられるなんて、黛は実は器用なのかもしれない。
だらけきったスーツからは全くそんなことは想像できないが。
淡いピンク色に変わっているワイシャツの前のボタンは、相変わらず上まで閉めていない。
「双子って仲が良いイメージですけど、やっぱりそうでもないんですね」
謎だらけの二人の深い部分を見たような気がして、朝内 真幸の体から緊張が消えた。