ダーク・ファンタジー小説

Re: engrave ( No.17 )
日時: 2012/12/10 17:48
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)



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「劣等感に敏感だねぇ」

白い息を吐きながら、倉庫に近づいて行く。ドアに耳をつけて、中の様子を覗った。何も聞こえない。先ほどまで銃性や罵声が響いていたが。
いやな予感を感じて、光はスマートフォンを取り出した。連絡帳からある名前を引き出して、それに掛ける。
そもそも、一人でいかせたのが間違いだったのだ。
苛立ちながらも、二回のコール音の末出た相手に声を掛ける。

光は相当焦っていた。
ああは言ったものの、やはり知り合いに死なれるのは良くない。精神的にも、肉体的にも。
高城 直里と黛 一鷹は二人で一つ。そう考えていれば、こんなことにはならなかったのに。

「あー、一鷹君。あのね、貴方の片割れが大変なことになっているかもしれないの」

少し声のトーンを高くしながら喋る。
光は黛の方が好きだった。あのだらけきったスーツの着こなしも、ぼさぼさの黒髪も、光の母性本能を刺激する。
お互いにお互いをライバル意識しているせいで、時々こうやって別行動をとる高城と黛だが、そうしない方がいい。圧倒的に。
しかし、そうしない。
だからバカで、放っては置けない。光にとっては結局、高城も黛も切り捨てられない人間だった。

スマートフォンをポケットに入れる。すぐに黛は来るだろう。

二人がしている事は、神の領域を守っていることだ。
アグロピアスPF。神の領域を脅かす物質。それで生み出された人間を排除する、無神論者。
神の領域を守る無神論者の二人は、どうにも仲が悪いらしい。もっと協力をすれば良い物を。

光はそっと溜息をついた。
中から銃声が聞こえてくる。事態は思っている以上に深刻らしい。
そして、笑い声。

「やっぱり一人じゃだめじゃーん?」

額にジワリと滲んだ汗を手の甲で拭い、コートで隠していたホルスターから拳銃を引き抜く。
仕事の立場上、光が飛び出していくのは極力控えたい。だが、自分が飛び出さなければ高城がどうなるかわかったものじゃ無い。
光は迷っていた。行くべきか、行かないべきか。高城を助けたら、高城がいらない罪悪感を感じるだろう。
アイツはそういう男だ。

「どうする、幹 光っ」


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ナイフを蹴り上げられて、顔を床に叩きつけられる。鼻から赤い液体が伝って、コンクリートの上に落ちた。届かない位置にナイフを投げられたため、もう反撃はできない。
ナイフ一本で、男十数人の相手は無理だった。
高城は自分の血を舐めないように口を結んだまま、自分の髪を掴んで馬乗りになっている男を睨む。そうすると、また叩きつけられた。
頭蓋骨が割れるような衝撃と、脳みそが揺さぶられるような感覚で目頭がツンと痛くなる。

「おい、餓鬼。誰の差し金でこんなところに居んダァ? おら、言えよっ」

今度は眉間に銃口を突き付けられる。
額が割れたのか、徐々にコンクリートに落ちる血液の量が増えていく。意識を失いそうになるが、上の男がそうはさせてくれない。

高城は口を開かなかった。
開いて、自分をここに案内した光の名前を言えば、光に迷惑がかかる。
光は自分たちを世話してくれる大切な人だ。少々ムカついくし、変人ではあるが、高城は光に迷惑を掛けたくはなかった。絶対に。

相変わらず銃に怯まなければ、口を割る様子も見せない高城に、男たちが舌打ちをした。
そして、銃口を左肩に向ける。

「弱いくせに俺たちの邪魔しやがって、よっ」

「……ぐっ……」

一発。
乾いた銃声が響き、銃口から煙が上がる。
空薬夾が落ちる冷たい音がして、高城は歯を食いしばった。

ジワリと肩が熱を持つ。痛みで腕は動きそうにない。額と鼻から落ちつ血液は止まることを知らない。脂汗が全身から噴き出して、思わず荒い息を口から吐き出す。
そんな高城を、男たちが面白そうに笑った。
馬乗りをしている男は周りに突っ立って様子を見学していた仲間を振り返る。

「おい、この中で男でもイケる奴居るかぁ?」

「なっ!」

突然の言葉に、それまで動じなかった高城もさすがに身をよじる。驚愕に目を見開く高城を、男たちが楽しそうに見つめる。
高城は胸から込上げる何かを必死に呑み込んだ。

「よくよく見れば、なかなかいい顔してんじゃん。こんなふざけたことしたんだ。ただじゃ済まさねぇ」

痛みに震える左腕を無理やり動かして身を起こそうとするが、男にとってはそんな抵抗は痛くも痒くもない。
せせら笑いながら、男はズボンのベルトに手を掛けた。

「ちょっ、落ち着け」

「落ち着いてんよ、ばぁか」

男は舌を出しながら珍しく焦る高城を見下ろす。周りの奴も、とんでもないという顔をしている奴と、同じくベルトに手をかけている奴がいる。
高城は迷った。光の名前を言うか、言わないか。光か、自分か。

————言えるわけない。

高城は諦めて目を閉じた。

「高城ぉーなにへばってんだよ、みっともねぇ」