ダーク・ファンタジー小説
- Re: engrave ( No.20 )
- 日時: 2012/12/16 10:07
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
- 参照: http://霜鳥 千冬=しもとり ちふゆ
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拳銃の弾が、人の命を散らす。その破裂するような音で重くなっていた瞼を無理やりに押し上げた。もう終わったと思っていたのにまだ誰かが残っていたらしく、その最後の人が今処分されたらしい。
それを感じ取って、腕に力を込める。冷たい袋の感触だけが肌を刺激していた。
だが、風の音だけが聞こえていた静寂が破られた。
『……おいっ! 生きているかっ!?』
耳を覆うヘッドセットの奥から掠れた男の声が響く。
再びずり落ちてくる瞼に力を込めつつ、さび落ちた屋根の隙間から下を見下ろした。
「はぁーい、生きてまぁす。千冬以外は死んでまぁす」
下から漂ってくる血の匂いに鼻を摘まむ。
下には呆然としている緑のジャージの男がいる。さっきまで戦っていたスーツの男はもういない。ジャージ男一人では倒せなかったのだろうけど、スーツ男が加勢したせいで一気に男たちは倒されてしまった。
自分に気が付いていないことを利用して、その場から最も守らなければならないものを回収した霜鳥 千冬はいまだ覚醒しない頭で会話を続ける。
『生きているならしっかりと反応しろっ!! ブツは大丈夫だろうな!』
やけに興奮しているのか、相手はしきりに声を張り上げる。自分の口元のマイクを少しだけ遠ざけるように調整してから、手の中の白い袋の中身を確認する。重さは変わっていないし、自分はここから動いていないので変わっているはずもない。
その袋の中には、ちゃんとブツが入っていた。
もうあと少しで夜が明けるだろう。気温は下がるばかりだ。白い息を吐き出す。眼下の倉庫で動きは無い。視線を外した。
トタンの屋根に尻を付けて、完全にリラックスできる姿勢になった。さらなる眠気が襲ってくるが、耐える。だが、男の大きな声で眠ることはできなさそうだ。
「大丈夫だよ。千冬も大丈夫」
『敬語で話せと言っているだろうがっ! 私をバカにしているのか!?』
「あ、ごめん、なさい」
いつもの調子で動いてしまう口を覆うと、ヘッドセットの奥でため息が聞こえた。呆れられても困ると千冬は唇を尖らせる。
空を見上げる。
星が霞んで見える。綺麗だとは思わない。
音をたてないように立ち上がる。見つかってしまってはいけない。騒動を大きくしないようにしろと、この男から言われている。
ここを早く離れたかった。何より眠いし、寒い。
『まぁいい。それよりブツを早く持って来い。そのためにお前は居るんだからな』
「【お前】じゃない。千冬は千冬だ」
自分を示す言葉に大げさな反応をする。冷たくて、重い声を出す。すると、男は怯んだように声を詰まらせた。
怒りで止まった足を動かし始める。
ジャージ男とスーツ男に妨害されたために、計画はぐだぐだになってしまった。
千冬には関係のないことだが、自分の依頼主の問題を真剣に考えないことは良くないことだと知っていた。
だからこそ、依頼主と自分の立場を理解しているからこそ、その境界線は決して上下にはずれていないと言うことを意識している。
千冬は眠気を振り払うように自分の髪を撫でた。
生まれてから一度も染めていないが、その髪は普通の人間よりも茶色く細い。
『……千冬、働きを期待しているぞ』
千冬は自分の名前に無意識に自分を示す言葉。
千冬は自分の事は嫌いだが、自分の名前は好きだった。
オーバーオールから伸びるストッキングに包まれた両足でステップを踏む。そして、思い瞼を閉じながらにやりと笑う。ヘッドセットの向こうの男には見えていない。
それでも笑わずにはいられなかった。
「はぁい。千冬は負けないです。なんてったって最強のレプリカですから」