ダーク・ファンタジー小説
- Re: engrave ( No.3 )
- 日時: 2012/12/03 17:01
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
+1+
辺りはもう暗くなっていた。
街頭なんかついていない道を、急いで歩く。走ってもいいけど、それだと疲れるから。
夜中に本屋なんて行くもんじゃ無かった。月だけがぼんやりと道を照らして、私の影を伸ばしている。
帰らないと。アパートの大家さんに怒られてしまう。こんな時間まで高校生が出歩くもんじゃないよって。
だけど仕方がない。今日は時間が無かったから、今行くしかなかった。
本屋の袋を胸に抱えながら、道を進む。
寒いな。
首に巻いたマフラーを手で直す。
参考書を買った。さすがにテストが近づいてきて、まずいと思ったからだ。もっとちゃんと勉強をしないと。
この角を曲がれば、愛しの我が家が見える。
何も考えずに、角を曲がろうとした時だ。
「よぉ」
後ろから、声をかけられた。やけに落ち着いた声で、勿論聞いたことなんか無い。
私はどちらかというと人と関わるのは苦手で、男の人と喋るのだって得意じゃない。
だから、男の人の知り合いを数えれば、片手の指で足りる。
そんな私が夜中に道で声をかけられるなんて、有り得ない話だ。
「……人違いじゃないですか?」
後ろを振り返りながら、眉を顰める。
見ると、片手をあげたスーツ姿の男の人が立っていた。
短い黒髪。スーツは結構高そうなものなのに、雑に着ているせいで皺だらけだった。
前のボタンを外したシャツの色は、暗いせいでよく見えない。白じゃ無いみたいだけど。
ネクタイは、黒。多分。
男の人は、私に近づいてくる。私の顔をじっと見つめた。
人違いだろう。絶対にそうだ。
私がこの人に声をかけられる理由が、見つからない。
「いんや、合ってる。俺、あんたに用があるんだ」
「……え?」
私に用がある?人違いじゃない。それで用がある。
となると、もしかしたら危険な人かもしれない。私はこれでも女だし、よからぬことを考えているのかもしれない。
それなら、逃げないと。
顔も名前も知らない女の人に声を掛けるなんて、他にどんな理由があるっていうんだ。
犯罪関係だ。そうに決まっている。
男の人に気付かれないように、半歩身を引く。
音を立てないように、靴を地面で滑らせる。
「あっ! UFO!!」
「何っ!?」
男の後ろの空を指さして、全力で角を曲がった。
騙されてる。あの人、バカだ。絶対バカだ。あんな古典的な方法に騙されるなんて。
角を曲がれば、私の住むアパートまではすぐだから。
だから、平気だと思って居たのに。全力で走っていたら、人にぶつかってしまった。
本屋の袋を落としてしまって、体がよろける。
そんな私の腕を、私にぶつかられた人が掴む。
そのおかげで、転ばずに済んだ。
「ご、ごめんなさい! ありがとうございます!」
その人は、左手をポケットに突っ込んでいる、緑のジャージ姿の男の人だった。髪はおかっぱというのにはちょっと雑すぎるけど、切りそろえられている。
ファスナーを上まで上げているせいで、口元がジャージで覆われていた。
そして、驚くことに。
「……別に、平気」
さっきのスーツの人と、顔が全く同じだったのだ。