ダーク・ファンタジー小説
- Re: engrave ( No.8 )
- 日時: 2012/12/04 17:17
- 名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)
- 参照: http://高城=たかしろ 黛=まゆずみ
+6+
警戒しながら自分の後についてくる少女に、ジャージ男は戸惑っていた。
いつもスーツ男と歩く時には、スーツ男からくだらない話題を振って来るが、あいにく今は無いない。だから、妙に隣が静かだった。
ジャージのチャックの冷たさを唇で確認をしてみるけれど、全然落ち着かない。
自分から話題を振ってみるということも考えたけれど、何を話していいのかわからない。
今二人でビルに向かう途中なのだが、いつも通っている道も、長く思えた。
指で折り畳みナイフをいじるのにも飽きて、気が付けば指は自然とポケットの裏生地を触っていた。自然と少しだけ猫背になっている背筋を直しても、しばらくしたらまた丸めてしまうのだった。視線は自然と下に向いて、コンクリートの道の小石を目で追っていた。
自分の後をついてきているのを時々視線を泳がせて確認する。
そうすると、朝内 真幸は周りをきょろきょろと見渡していた。特に変わりのない道だというのに、何が珍しいというのか。
ジャージ男には朝内 真幸の考えが全く分からなかった。
ときどきすれ違う人間の話や、すれ違う車だけでは、とてもこの深い沈黙は埋められない。
仕方がなく、何か話題を振ろうと思った時だ。
「高城ー」
苗字を呼ばれて、背筋を伸ばしながら前を向く。すると、自分と全く同じ顔をして、スーツをだらしなく着た男が歩いてくるのが見えた。
右腕を軽く上げて振ってくる。
助かった。
ジャージで口元を覆っているせいで、寡黙に見える高城だが、実はそうでもない。ちゃんと喋るし、ちゃんと笑う。だから、この静けさには耐えられなかったというのが本音だった。
少し後ろを歩いていた朝内 真幸が、自分の横に並ぶ。やがて、スーツ男と接触した。
スーツ男は、それまで間抜けにあげていた右手を下げて、ズボンのポケットに突っ込む。
「何だ、逃げないんだ」
スーツ男はつまらなそうに唇をとがらせて、朝内 真幸を軽く睨む。それでも昨日のような朝内 真幸は怯まなかったし、涙も流さなかった。
昨日と時間帯は変わらない。もう月は登っている。昨日と違うところは、ここには街頭がしっかりついているということだろうか。
「逃げません。ちゃんと昨日の質問の意味、知りたいですから」
きっぱりという朝内 真幸に、スーツ男は軽く髪を掻き上げた。だらしないその動作も、顔が整っているせいか様になっている。
風が昨日より強い。高城は身を震わせた。
自分が歩けば、スーツ男も朝内 真幸も歩き出す。早く自分の家であるビルに戻りたい。
あんな派手で趣味の悪い色のビルでも、一応は寝床だった。借りている部屋だが、スーツ男と高城は家賃を払っていない。
「あ、そういえば、高城?」
朝内 真幸が、学校の鞄に本屋の紙袋を入れながら、ジャージ男の苗字を口にする。顔を傾けるようにして答えると、朝内 真幸は鞄を両腕で抱えた。
「俺の名前。高城」
「俺は黛」
二人で名乗ると、朝内真幸は首を傾げた。
染めるという言葉を知らない黒髪は、青いマフラーのおかげで風になびいていない。
ずっと使ってきた名前に首を傾げられて少し不満だが、なんとなく意味は分かった。
「あれ? 苗字違うんですか? 双子なのに?」
やはり。
同じようなことを、もう何度も聞かれてきた。それを聞かれるたびに、何とも言えない気持ちが湧きあがるのを、高城は堪えた。
この気持ちにすべてを支配されてはいけないと、高城は理解しているからだ。
「双子でも、違う人間だしねー。俺たち、そういうの嫌いなんだよ」
黛も同じようなことを思っているようだ。言葉に少し棘がある。朝内 真幸はそれ以上何も言わなかった。
いつの間にか、ビルの前に来ていたので三人で階段を上る。
愛しの我が家に帰ってきて、高城は何かに解放された気分になって、そっと安堵の息を吐いた。