ダーク・ファンタジー小説

Re: engrave ( No.9 )
日時: 2012/12/04 20:43
名前: 揶揄菟唖 ◆bTJCy2BVLc (ID: w1J4g9Hd)



+7+


「さて、ここからが本題」

黛は、いつもよりも真剣な声を出した。
安っぽいソファに昨日と同じ順に座っている。ただ、高城と黛の位置が逆になっていた。
黛は朝内 真幸の瞳を覗き込みながら、慎重に話を始めた。一気に張りつめた空気に、朝内真幸が唾を飲み込んだ。
高城は聞き飽きた話に、朝内 真幸がどんな反応をするのか微かに観察をしている。そんなことにも気づかないくらい、朝内 真幸は緊張をしている。

風が無いというだけで、ずいぶんと室内は温かく感じる。朝内 真幸は、膝の上に載せている鞄の紐を、ぎゅっと握りしめる。
そんな細かい動作さえも、高城は見つめていた。

「これ、知ってるでしょ?」

黛がスーツの裏ポケットから取り出したのは、長方形の細長い箱。水色の線が入ったものだ。
朝内 真幸は、それを恐る恐る手に取る。
その箱には、誰でも見覚えがあるはずだった。

「PF……?」

「せーかい」

黛は、長い指を鳴らした。

高城はちなみにそれができないので、自分の人差し指と親指をこすり合わせて見る。やはりできない。何度か練習して見てもどうしてもできないのだ。

高城はあきらめて、黛と朝内 真幸の話を見守ることにする。
朝内 真幸は、箱と黛を交互に見ながら首を傾げる。

「アグロピアスの病のために作られた、抗生物質だ」

「確か、もう使用禁止になっていますよね? あの、まずいんじゃ……」

まずいも何も、もうすでに高城は銃刀法違反だし、黛だって銃を朝内 真幸に向けている。

それはもう今は考えられないようで、朝内 真幸は箱を机に戻した。それを黛が手にとって、空中に投げた。そして一回転半した箱を掴み、蓋を開ける。
ひっくり返して見るが、中から何も出てこなかった。
中身は空。つまり箱だけだ。これだけなら別に違法じゃない。驚いている朝内真幸に、黛は舌を出した。別に騙すつもりだったわけじゃない。

世界中を脅かして、たくさんの死者を出したアグロピアスの病。それの予防のために作られた薬。

それと自分に何の関係があるのか、全く朝内 真幸は理解できないみたいだ。

「このPFに、卵と、細胞を混ぜる。そうするとなんとbabyができるんだ」

黛が離す内容は、もう一般人は知らない事だ。
PFにはある能力がある。
それを発見した科学者がその知識が広がることを恐れたために、このことを知る者は少ない。
科学者はその能力を、独り占めしようとした。だが、失敗した。隠していることがばれてしまったのだ。

朝内 真幸は、黛の話に真剣に耳を傾けている。
けれどまだ、自分との関連性を見いだせないだろう。

「そして。その子供が問題なんだ」

「え?」

高城はずっと黙っていた。
隣の朝内 真幸の行動を観察することも、止めてしまった。もう何度も見て来た普通の反応だからだ。もっと意外な反応をしてくれていたなら、面白かったのに。
ソファに深く座り込んで、軽く俯く。そのまま寝てもいい体勢になった。

「その遺伝子を採取した人間と、全く同じ人間ができる」

PFは、神の領域にたどり着いてしまった。
この世界のルールから外れてしまった。

朝内 真幸は、そこで初めて顔を青くした。そろそろ、自分の立場を理解し始めたようだ。

高城は、無意識に両手をポケットに入れていることに気付く。その指が、小さく震えていることにも。
ギュッと拳を作ってみる。でも、震えが止まることは無かった。

「顔も、背も、体重も、声も、血液型も、髪質も、肌の色も。全部だ」