ダーク・ファンタジー小説
- Re: 白夜のトワイライト【完結版】 ( No.1 )
- 日時: 2013/02/23 05:21
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: 7uAf8sm0)
とある廃墟と化したはずのビルの、とある一室。その部屋の中で、酷く荒々しい声が鳴り響いていた。
「急げ! 急げ!」
忙しなく動く男たちの中に、命令を下す紳士服を着た見た目的に20代後半ぐらいの者が荷物を抱えながら言い放つ。
既に廃墟とされているビルから見下ろした先には、ほとんど何も無い一面荒んだ土地となっていた。遠くの方には人が住んでいると思われる住宅街等があり、その近くには川が流れ、桜並木等が立ち並んでいる様子が見渡せる。
廃墟ビルの一部屋としては十分に広く高いそこで、何を恐れているのか男はただこう言った。
「"奴"が来る!」
恐怖、畏怖……それらの言葉が相応なほどに、男の顔は強張っている。命令を指示するだけでは物足りず、男自らも移動の準備を手伝おうとしていた——その時、男は何かに気がついたのか、慌てた様に全体へと叫んだ。
「ふ、伏せろぉぉっ!!」
瞬間、一閃の凄まじい勢いで物体と化した"光"が丁度男達のいる部屋を平行して通り過ぎる様がスローモーションで流れていく。その速度は光にしては遅い。しかし、"重い"ものだった。
男の叫びが何とか聞こえたおかげか、幸いにも全員この光を避けたが、部屋の中にある荷物等は熱によって真っ二つに斬り裂かれ、赤い火花を断片に灯らせては散乱していく様が描かれてる。
しかし、これだけではなかった。
「な、何だ……!?」
突然、何か軋む音が男の耳に届いたその刹那、天井の位置が見事にずれ始めていたのである。先ほどの光はビルを真っ二つにしてしまっていたのだ。
斬られたその部分からずれたビルは少し位置がおかしいものの、地面に落ちて大破ということはなかったが、男にとってはそれがあまりに予想外の行動だった。
「あ、有り得ない……! こっちには人質がいるんだぞ!? なのに何故"奴等"はこんな攻撃を……!」
うろたえる男は、頭を掻き毟りながら声を震わせる。
男の言うことに嘘など全くなかった。男達には人質がいる。そして、この"光"を繰り出してきた"奴"は人質を助ける為に此処に来たはずだった。
しかし、現実として真っ二つにビルを切り裂いたのである。人質さえも一緒に斬ってしまう心配は無かったのだろうか、と男は必死で相手の心を読もうと考えるが、その必要は既に無くなった。
部屋の窓ガラスが、ゆっくりと熔けていく。それは、まるでアイスのようにドロドロと液状に。そして赤く火花が点灯したガラスはそのまま地面へと流れ落ちていく。溶けた大きな窓ガラスの外からは、一人の少年が映り込んでいた。
「ま、まさか……」
男は、その少年の姿を見て言葉を漏らす。
少年は、白いパーカーを着ており、髪の色は銀髪。透き通ったような黒い瞳が少年にはあり、そして何より——この少年は、身長が小さく、まるで子供のようだった。
「人質はどこにいる」
少年が呟いた。ただ淡々と、無表情で。
大人になっても美形だろうと思われるその整った顔がやけに恐ろしく感じる。しかし、少しの沈黙の後、ゆっくりと男の口元が歪みを見せていく。
そこから漏れたのは、叫び声でも呻き声でもない、笑い声だった。
「ははは……ははははッ! これは傑作だ! 恐れを為していた断罪組織、"エルトール"の奴等はこんなガキを採用しているのかよ?」
先ほどまでの怯えを必死に取り払い、冷や汗をかきながらゆっくりと腰を浮かせて立ち上がる。口元の歪みをそのままに、男は目の前の少年へと向けて指をさした。その他の者も、男が笑うと同じように笑い始めていく。
大丈夫だ、こんなガキ程度、と誰もが心の中に安堵を求めていた。
「いくら"電脳能力者"だろうが、所詮はガキ! それに……俺も能力は覚醒してるんだぜぇ?」
男は自信満々にそう言ったが、少年は全くの無表情で、ただ一言。
「人質はどこにいる」
「……はっ! お前、自分の置かれた立場が分かっちゃいねぇようだな……! なら——教えてやるよぉっ!!」
男は突然走り出すと、溶けた窓の傍に立っていた少年に向けて鋭いナイフを投げつけた。コンクリートの壁や、その他諸々に右手や左手で触れていく。すると、突然溶けて液体となり、それぞれナイフの形へと変形し、それらを何十本も作ると、走りながら少年に向けて投げつけることを繰り返す。
しかし、少年は表情を変えることもないまま、決して遅くない、むしろ尋常ではない速度で襲い掛かる無数のナイフをギリギリのタイミングで避けていき、ただ男の姿を見つめていた。
6階にあるこのオフィスに辿り着く為、勿論普通は内部から侵入しなくてはならない。しかし、この少年は窓の外から現れたという異変に男達は油断する前に気付くべきだった。
ナイフは虚空が広がる窓の外へと飛び出し、少年は姿勢を低くして床を滑りながら男達の方へと近づいていく。男の仲間は咄嗟にバッドやナイフなどの装備を持ち、見た目は子供の少年に向かって大人が6,7人で囲みこんだ。少年の後方には、少年自らが窓を溶かして侵入してきた空中が広がっている。そこから落ちれば即死は間違いないだろう。少年に逃げ場はないように思えた。
「さて……残念だったな。数的にもこっちが有利だ。それにしても、よく一人で来たな。褒めてやろうじゃねぇか……今まで警察が何度も嗅ぎ付けて来ても俺たちは逃げてきた。だからエルトールが動き出したんだろ? ふふ……よくお前のような——」
「無駄口を叩くな」
「……あぁ?」
少年が呟いた言葉を、何を言ったのか信じられないような表情をして、男は聞き返す。
「何か言ったか? この——」
「無駄口を叩くな、と言ったんだ。お喋りがよほど得意なんだろう。さすがのペテン師だ、褒めてやる」
「……てめぇ、聞いてりゃあ、何を偉そうに——」
男が続けて何か言おうとしたその直後、少年はポケットから一枚の紙を取り出し、男達に向けて見せた。
「お前らの犯罪暦だ。殺人等の報告もある。警官も何人か殺害されていることは確認済みだ」
「はっ、あぁ……そうだよ。警官も殺った。奴等はしつこいからな……一度殺してやったら"武装警察"にも追われ、俺達はそれでも逃げ切ったんだ。だからあれだろ? バケモノの集団、エルトールに依頼を——」
「無駄口を叩くな、と言ったはずだ。……今からお前達に選択肢を選ばせてやる」
少年は人差し指を立て、男の反論よりも先に口を開いた。
「一、罪を認めて一生出ることが出来ない牢獄行き。二、全員此処から飛び降りる。三、俺を相手にする。ただし、三の場合は死を覚悟した方がいい」
「……何をなめたこと抜かしてんだ? 選ぶまでもねぇ。お前をぶち殺して、俺らはまた犯罪を犯し続ける! それ以外にねぇっ!!」
男達は一斉に少年へと襲いかかっていく。左右からも、前からも向かってくる男共を見つめ、少年はただ無表情で呟いた。
「——くだらない」
——————————
「あ、が……」
部屋中がまるで暴風によって荒らされたかのように悲惨な状態。唯一、まだ意識のある紳士服の男は、満身創痍の状態で床を這いずっていた。
そんな男の目の前には——少年の姿が映っている。無表情で、真っ白のパーカーには何一つ傷も血もついていなかった。
「ぅ、ぁ……!」
男は、少年の姿に怯えていた。声も出せないほどの恐怖によって全身を殴られているような感触に陥っていく。先ほどまでの余裕は微塵もない。
殺される。確実にそう思った男は、目を閉じ、死を覚悟したが——少年は突然「おい」と声をかけてきた。その声に反応して、目を開ける。男が頭上にあるその顔を見れずにいると、少年は無表情のまま問いかけていた。
「"黒獅子"というネームで通っている男を知っているか?」
男は慌てたように首を横に振る。ただただ目の前の少年の存在に怯えている状態であり、質問されたこともよく分からないほどだった。周りには、先ほどまで元気だった連中のうめき声が聞こえ、連中らの腕や足は骨折して既に動けない状態が目に映る。自分の四肢は存在しているが、どれも感覚がない。それほどまでに恐怖が全身に帯びていた。
「……そうか」
少年はそう呟くと、ゆっくりと身を翻し、窓の方へと向かい、そして——少年はそこから飛び降りていった。
うめき声も何も聞こえなくなり、男は一人、少年が去っていった窓の方を見つめていた。自分を殺さなかったということが信じられない、という風に。そして、"あれは一体何だったのだ"と己が体感した信じられない数々にこれは夢だと思い込むしかなかった。
しかし、その直後のこと。
「ありゃりゃー。生き残り?」
どこからともなく、声が聞こえる。一体誰なのかも分からない。その声が果たして救いの声なのか、それとも。
ただ目の前には赤色と薄い闇しか見えなかった。
「普通にピンピンしてるやん。意識がぶっ飛びそうになってるけど」
この男は敵なのだろうか、味方なのだろうか。だとしても、人間であることは間違いないと男は安堵した。あんな子供があれだけ恐ろしい力を持っていたのだ。そんなエルトールの連中に比べれば、それより怖いものはまだ体験したことがなかったのである。
「た、助けてくれ!」
「おや? 助けて?」
「そ、そうだ! 金ならいくらでも払う! 頼む! 助けてくれ!」
男は命を助けてくれるように乞うた。姿も分からない相手は、悩んだように唸り声をあげると、それから数秒後、ほんの鼻の先付近から吐息が当たる。
「残念やけど、弱者には興味ないんだよねぇ」
「え——」
その瞬間、男は絶望と共に腹部に"何か"が貫通していた。生々しい音が体内から聞こえる。激痛など、もう既になくなっていた。ただ力が抜け、この世界に存在しているのかさえも曖昧になっていく。
最期に男が見た景色は、自分の腹に手が貫通していることと、目の前に仮面をつけた"人間ではないもの"がいたことだった。
「……ふう。困るわぁ、死ぬなら死ぬでさっさと死んでもらわな……」
男が絶命したことを確認すると、腹に突き刺さった手を引き抜いた。その手にはべっとりと血の痕がついていたが、やがてそれは"銀色の液体"によって吸収され、体の表面に吸い込まれていく。何事もなかったかのようにその手は男の腹部を突き刺す前の状態に戻っていた。
仮面がゆっくりと辺りを見回し、少年が去っていった方向へと目を向けて小さく呟く。
「あれが……月影 白夜(つきかげ びゃくや)。アバターコード——白夜光か」
太陽が、光を失ったように闇と交わり、世界が音も無く静まっていった。
〜白夜のトワイライト〜