ダーク・ファンタジー小説

Re: 白夜のトワイライト【完結版】テスト期間中ですが、ぼちぼち再開 ( No.11 )
日時: 2013/01/19 12:03
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: 5LwYdnf7)

「名前、教えてくれるかな?」

 白夜が団長室から出ていた頃、別室にて春は少年と話していた。
 春が柔和な笑顔を浮かべて聞く最中、少年は彼女の目を不思議そうに見つめるばかりで、言葉を口に出さない。

「うーん……どうしましょうか……」

 かれこれ、春は4,5回ほどもこの質問を繰り返しているが、少年は全く答えないどころか、何を聞かれているのかさえも分からないような様子だった。
 春と少年の傍にあるベッドでは少女がいまだ目を覚まさずに小さく寝息を立てて横になっている。少年がこの様子だと、少女もまた同じような様子なのかと思うと溜息が出る。

「そうですね……何か、持ち物の中で手がかりがあるといいのですが……」

 あくまでもゆっくりと、春はそう言って少年に何か持っていないか訪ねながら確認していく。すると、首からペンダントのようなものを提げているのを見つけた。

「これは……?」
「……ッ!」

 春がそれに触ろうとすると、過剰な反応でペンダントに触らせるのを拒むように両手で隠し、体を仰け反らせる。

「あぁ、ごめんなさい。別に君からそれを奪おうってわけではなくて、君の手がかりが知りたいのです。……って、伝わらないですかね……伝わってたら、とっくに何か話して——」
「……嫌だ」
「え?」

 突然、少年が呟いた。それは確実に少年の口から漏れたもので、その表情は何らかの苦痛によって歪んでいるように見える。

「あそこには……戻りたくない。嫌だ、いやだ、いやだ、いやだ」
「大丈夫。落ち着いて? ……君はどこから来たの?」
「……怖い。怖いよ……嫌だ、いやだ……」

 それから、少年は殻に閉じこもるかのように顔を膝の中へとうずめた。鼻水を啜る音などからして、どうやら泣いているようである。
 そんな少年に多少困惑した春はどうしたものか考えていた。

「どうした?」

 その時、白夜が春の後方にあるドアから入ってきた。どうやら少年が泣いた後にこの部屋を訪れたようで、白夜には少年がこうなった事情は知らない。

「突然、何かを思い出したみたいで……」
「何かを?」
「はい。それも……」
「それも?」

 未だに泣き止まない少年の方を見つめ春は呟く。

「とても、恐ろしいものから……そう、逃げてきた」

——————————

 エルトールに所属する風月 春も勿論キューヴの覚醒者だ。その詳しい素性は明らかとなっていないが、能力である彼女のキューヴは"相手の記憶や感情をフラッシュバックさせる能力"である。星のような粒子が相手を包み込んだ瞬間、記憶と共に感情もフラッシュバックさせ、相手に隠された記憶や感情、またはトラウマを明かすことが出来る能力だった。その為、敵の精神破壊や、尋問、及び分析なども得意としている。

 相手の素性の一部さえ分かればそれに伴って関連付けられるものをピンポイントにフラッシュバックさせることが出来るのだが、それがない状態ではどんな記憶であれ、探し当てるのには手間がかかってしまう。
現に、この人質であり、白夜が助けてきたこの少年の素性も何も特定するものがなかったので特定が出来ず、手間取っていたのだが、先ほどのペンダントを発見して少しだけフラッシュバックを起こすことが出来たようだった。

 ゆえに、それが原因で少年は思い出すことになってしまったと見て間違いはない。しかし、ペンダントにそれだけの秘密が握られているということもまた明らかとなった。

 現在は、混乱状態に陥った少年を介護し、ベッドへ寝かせている。春は、その後ペンダントを手に取り、自分の意識内で少年の記憶をフラッシュバックさせた。

「何か分かったのか?」

 白夜の言葉に、春は神妙な顔つきで頷く。

「これはとても重要なことかもしれません……。それに……」
「どうした?」

 春はゆっくりと息を呑むと、白夜に告げた。

「もしかすると、黒獅子が関連している記憶かもしれないのです」
「何……?」

 白夜の顔つきが変わり、春へと近づき、そして——

「おい、それは何だ? すぐに教えろ」
「落ち着いてください。まだ、上手く分析が……」
「早くしろ! 俺はすぐにでも、"あいつ"を——! …………すまない」

 春に詰め寄ることをやめると、白夜は小さくため息を吐き、頭を片手で押さえた。落ち着いた白夜を宥めるような口調で話を続ける。

「私が言えたことではありませんが……白夜光がエルトールに入団したきっかけは……」
「言うな。……俺の過去をフラッシュバックさせたいか?」
「……いえ、それは」
「あぁ、その時は容赦なく……俺は——お前を殺してしまうだろう」

 その言葉に、息を呑む。冗談などではなかった。白夜の目は、明らかに殺気に満ちた目をしていたからである。先ほどまでの白夜とは明らかに違う。見た目こそは子供の姿をしているが、実際は冷徹な、もっと他に何か重く苦しいものを抱えているような、そういう風に見られたのだ。
 春はゆっくりと息を吐くと、そんな白夜がどうにも孤独のような、何かに囚われているような、そんな気がして目を細める。

「あの……白夜——」
「ありゃ? お二人さん、こんなところで何をして?」

 声が二人の前方から聞こえてきた。丁度任務から帰ってきたところのようで、入り口から出てきた所だった。

月蝕侍げっしょくじですか……」
「またまた……春さんは少し固い固い。コードネームで言わなくても、名前の方で呼んでって言ってるじゃないすか」
「コードネームで呼び合うのは仕事中の基本ですから」
「ははっ、吾妻 秋生(あずま しゅうせい)って名前がちゃんとあるんだから。慣れたら呼んでくれよ」

 と、陽気に笑う秋生はいつもお気楽な雰囲気を身にまとい、楽観的な性格の持ち主である。黒髪がうなじの方まで伸びており、そこで軽く束ね、細いつり目は笑うとよく似合う。二つの刀を腰からぶら下げており、両手を頭の後ろに重ね白夜と春を陽気な笑顔で見ると、

「おぉ、久しぶりに生の白夜光を見たかも! いいよなぁ、春さんは。結構潜入任務が主流だから大抵本部の方にいるんでしょ? 白夜光とか、色々な人見れてるよな」
「いえ、そんなことは……あ」

 春は丁度その時、白夜はその場を去っていこうとしていたところ見つけ、思わず声を出していた。

「白夜光、どこへ行くのです?」
「……食堂だ」

 それだけ告げると、白夜は再び階段を登り、エレベーターの方へと向かう。それを見送る形で二人は白夜の後ろ姿を眺めていた。

「あれれ……腹が減ってたのかねぇ?」
「さぁ、どうでしょうか」
「……あ、そういえば今日の食堂当番って、確か……」
「えぇ、私ですね」
「やべ……! 俺ちょっと、白夜光止めてくるわ」

 突然、青白い顔をして秋生が言い出し、それを聞いた春は首を傾げる。

「どうしてですか?」
「……今日の門のキーワードは大和撫子の料理、だったな、そういえば……」
「私の料理が……何故かしら?」
「分からないのは、作ってる本人だからか……」
「? どうしたんですか?」
「いや、何でもない」

 秋生は急いで白夜の後を追い、食堂へと向かった。

 エルトールの食堂では、基本その他の従業員が料理を作る。余裕のある際のみに限られているが、緊急の任務などに兼ね備えて料理を作っている為、基本は用務員の者が作る。たまに能力者達もそれぞれに作り、例のように大和撫子である風月 春も作ったのだが……

 エルトールの中で、大和撫子の料理ほど怖いものはないと言われるほどに、その料理はとんでもない不味さを誇っていたのであった。


——————————


 深夜に鳴り響く警報の音。犯罪グループ組織を追う、何者かがそこにいた。

「こちら、準備完了してます」

 無線越しにそう言い放ったのは、若い顔立ちをした好青年だった。防弾チョッキ等を中に仕込んだ防弾服を着て、無線を手に持って壁からとある一つの倉庫の様子を確認する。

『準備完了って……お前、一人だろうが!』

 怒り声が無線の奥から聞こえてくる。それに耳を傾けつつ、青年は囁くように呟く。

「俺一人で十分いけます。相手は"無能力者"連中ですよ? ただのチンピラです」
『だからと言ってだな、お前一人で行かすわけにはいかん! それにお前は——』
「あ、今車が来ました。……確認。麻薬取引ですかね? あの中に——黒獅子はいるのか?」
『お前、やっぱり……!』
「突入します」
『待て! おい! ——日上!(ひかみ)』

 無線を切り、倉庫へと向けて突然走り出す。背中に大きく何かで包まれたものを携えて。
 その青年の名は日上 優輝(ひかみ ゆうき)。

 犯罪組織、主に能力者犯罪を止める能力犯罪組織担当用、警察本部ではなく、警察でも異なる警察の部類——武装警察ぶそうけいさつに所属している、俗に言う政府の犬だった。




第1話:白夜光の光(完)