ダーク・ファンタジー小説

Re: 白夜のトワイライト【完結版】テスト期間中ですが、ぼちぼち再開 ( No.14 )
日時: 2013/01/19 12:26
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: 5LwYdnf7)

 一体自分が何者なのか、分からなかった。
 ただ恐怖に塗れていた日常の中に、普通はない。安全もない。恐怖しかなかった。
 その先に何があるのかさえも分からず、私はどこへ行けばいいのか探していた。
 探した先に何があったわけでも、どう変わったわけでもなく、私はただ恐怖に怯えていた。それでも、前へと歩かなければならない。


 生きる為に。



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第2話:身に纏う断罪

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 眩しい電光灯の光がおぼろげに見えた。ゆっくりと視界が開けていくが、光に慣れず、視界は不安定にぼやけており、ここがどこかさえも分からない。

「起きた?」

 優しそうな女性の声が聞こえてきた。すぐにそれは隣に座っている女性のものだと分かったと同時に、その女性が自分の手を握っていることが感覚として伝わる。次第に視界が鮮明になってきた所で、慌ててその手を振り払った。

 ベッドの上でずっと寝ていた少女は、怯えた表情を見せ、必死に握られていた手をもう片方の手で擦る。その後鋭い視線を看病にあたっていた女性、風月 春へと向けた。
 しかし、何も言わず、ただ春は少女の顔を見つめる。その表情は、本当に心配しているかのような、悲しそうで安堵の様子も伺える、不思議な表情を浮かべていた。
 少女は春のそんな様子を見て、少しは警戒心がなくなったのか、睨むことを止めて周りを見回し始めた。

 殺風景な個室で、その中に少女と春はいる。その部屋にあるベッドには少女が。そしてそのベッドのすぐ隣にある椅子に座って看病をしていたのが春だった。
 電光灯の光がただ眩しく少女には感じる。久しくこの明るさを知らなかったように思えた。ずっと暗い場所で、暗い暗い、闇の中を逃げ回ってきたような気がしたのである。

「……大丈夫?」

 少女は、いつの間にか深刻そうな顔をして考え込んでいた。それを春が心配そうに聞いてきたわけだが、少女はその返事を飲み込んで、春から目線を逸らす。

「……ここはエルトール。貴方は人質としていたところを、私達の仲間が助けて、今貴方はここにいるのです」

 春の言葉を耳に聞くが、少女は黙ってただ前を向くばかり。春はゆっくりと口を再び開いた。

「貴方の名前を、教えてくれますか?」
「……知らない」

 初めて少女が呟く。春に目を合わせてはいないが、少女はちゃんと返事を返したのだ。そのおかげで春の表情が少しだけ和らぐ。

「……よかった」
「……?」

 突然、春が安堵のため息と共に口に零した言葉がどうにも引っかかった。名前を名乗るのを拒否して、何故安堵する必要があるのだろう、と。
 少女は少し違和感のようなものを持ちながらも、目線は決して春には向けない。何かの抵抗のような様子さえも伺えた。

「まだ、話してくれるってだけでも安心出来ました」

 少女の違和感、目には見えない視線を多少なりとも感じたのか、春は笑顔で言った。その様子を見て、少女は不思議な表情で思わず春へと視線を投げかける。
 そんなことを言われたのは少女にとって人生史上、初めてのことだった。
 たった一つの、こんな何気ない言葉だけでここまで動揺するとは少女にとって予想外のこと。先ほどとは打って変わり、今度は春の目から目が逸らせない状態になってしまっていた。

「……? どうしたの?」
「……ッ! な、何も……ッ!」

 声をかけられたことでようやく目線を逸らせたが、心臓の高まりまでは治まってくれない。

「……あ、そうだ。自己紹介してないですよね? えっと、私は風月 春。ここ、エルトールで能力犯罪者を取り締まっています」

 春の自己紹介を耳では聞いているものの、先ほどと同じように目を逸らした状態へと戻り、少女はそのまま目線を逸らしたままを保ち続けた。
 その様子を見て、春は悲しそうな顔でため息を吐こうとしてしまったその一歩手前、

「……ヒナ」
「え?」
「私の、名前」

 少女は、少しだけその閉じ込めた殻にヒビを入れた。しかし、光は眩しく照らしてはくれない。それは春にも分かっていた。少女の中では、まだ暗闇は続いている。延々と、どこまでも。
 それでも、春は少女の、雛の言葉を笑顔で、歓喜で表した。安堵のため息さえも出る。

「よろしくね? ヒナ"ちゃん"」
「……ッ!!」

 慣れない呼ばれ方をし、まるで猫のように体全体を強張らせるヒナへと、春は笑顔で手を差し延ばす。
 その手は、どこかで見たことのあるような、そんな気がした。けれど、ヒナには何時のことだったか思い出せない。思い出したくないのか、思い出せないのか。それさえも分からないままに、ヒナはその手へとおそるおそる手を伸ばした。


「ふぎゃああああ——!!」


 その時、凄い叫び声というより断末魔に近いものが部屋の外から聞こえた。その声に反応し、ヒナは思わず手を引っ込める。春はというと、またいつものことか、とため息交じりに言わんばかりの表情をしていた。
 ドアの向こうでは男の声が双方に言い争っているような様子が繰り広げられていたのである。

「あぁ? 入っていいんだろうが」
「いや、いいとは思いますけど! でも今は春さんが看病中というか!」
「うるせぇ! そんなことは聞いてねぇ! 邪魔するぞ!」
「ちょ、邪魔するなら帰っ——!」

 と、その時、引き裂くような炸裂音が鳴り響いた。 それはとてつもない音で、爆風のような熱気が部屋の中にも入ってくる。しかし、次第にそれは抑え切れずにドアをぶち破って室内へと入り込んできた。熱風が途端に吹き上がり、室内温度は上昇する。その男がいるだけで、温度は上昇していくのだ。
 それはその男の能力のせいであった。

「っと、派手にやっちまったな」

 季節はもう梅雨の時期だというのに、それにそぐわないジャケットを着て、首元にはもふもふとした毛のマフラーのようなものをつけている。全体的に奇抜といえるその格好をした男は、サングラスで目は見えない。
 しかし、部屋に入るや否や、呆れた表情をした春と、驚き声も出ない雛の姿を見つけると、サングラスを外して嬉しそうに近づいてきた。

「お帰りなさい、と本来は言うべきでしょうが……今回は許せませんね? "紅蓮閃ぐれんせん"」
「相変わらずだなぁ、風月はよぉ。鑑 恭祐(かがみ きょうすけ)って、いつになったら呼んでくれるのかねぇ」

 "紅蓮閃"と呼ばれる男、鑑 恭祐は両手をわざとらしくおどけるが、春はそれを毎度のことようにスルーし、雛へと再び視線を向ける。

「大丈夫。一応、この人も私達の仲間だから」
「おいおい、一応って何だよそりゃぁよ? 随分ひでぇ言い様だとは思わねぇか?」
「はぁ……月蝕侍、これだから鑑をここに入れないでくださいとあれだけ……」

 部屋の入り口、先ほど鑑が自身の能力でこじ開けた扉の近くで倒れている人影が見えた。炭を頭から浴びたかのように黒ずんでいるその男こそが月蝕侍こと吾妻 秋生である。

「いや……俺に、鑑さん止めろとか……無理な話だろ……ガクッ」

 まるで力尽きたように手を虚空へと向けて伸ばしていたのだが、それは小さな音を立てて地面へと落ちていった。

「何がガクッ、ですか……。演技をするなら、もっと上手くなってからにしてください」

 と、呆れた声で春は呟いた。雛は何が何だか分からないかのように呆然とした立ち振る舞いをしていた。 そして、数歩先にいた鑑が雛へと視線を向け、若干怯えているヒナの顔を覗き込みながら、

「にしても……これが"白黒"が見つけたっていう人質か?」

 秋生と春をそっちのけで雛を見つめつつ言った。鑑は見た目的に二十歳ぐらいの若い年代だが、どこか子供っぽさのような部分もあり、大人っぽい部分もあるのが鑑である。その鑑に見つめられた雛は少し強張り、体を後方へと引かせた。

「別に、捕って食うわけじゃねぇんだ。そんなにビビらなくてもいい。逆に変な奴が来れば俺等が追い返してやるよ」

 と言って、高笑いする鑑の姿はどう見ても初対面の相手に振舞う行動ではない。
 鑑の言った白黒、というのは白夜のことである。鑑は幾度とか白夜と共闘したことがあり、そのたびに任務を必ず成功させていた。白夜のことを白黒という愛称で呼ぶのはエルトール内でも鑑しかいない。

 鑑のサングラスの奥には、大きな目が映っていた。 黒い、その大きな目のある二枚目のその顔は不敵に笑みを浮かべて、雛へとそれを向ける。

「よろしくな、譲ちゃん」

 その笑顔には屈託のない少年のそれがあった。