ダーク・ファンタジー小説

Re: 白夜のトワイライト【完結版】テスト期間中ですが、ぼちぼち再開 ( No.15 )
日時: 2013/01/19 12:45
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: 5LwYdnf7)

 小さな子犬が鳴く。それはダンボールに入れられた子犬。
 公園のすぐ傍で、日の光も当たらないその陰で子犬は鳴いていた。それは捨てた主人を待つ声なのか、それは分からない。しかし、その声を耳にし、近づく者は小さな子供達が興味本位で近づき、ほどほどに相手をしてその場に放置するぐらいで、行き交う人々は誰もが見知らぬふりをする。

 だが、そんな子犬に差し伸びる手があった。
 日傘に、涼しそうな薄い着物を着ているその女性は、柔らかな表情を浮かべて子犬に笑いかける。

「一緒に行こうね」

 女性は、子犬を抱きかかえた。その重みはとてつもなく儚い気がして——

女性は、涙を流した。


——————————


 アスファルトの地面がまるで生きているかのように蒸し返していく。少しの水滴も逃さないかのように水はアスファルトの中へと飲み込まれていく様が簡単に見て取れる。
 梅雨の時期ではあるが、今日はその中でも特に暑い日であるらしい。更にこの間降った雨で地面がジメジメして無駄に気温が上昇している。
 そんなアスファルトの地面を踏み、とある施設へと向かう一人の青年がいた。

 警察とは異なるその存在、能力者を取り締まる存在であるその施設、武装警察へと日上 優輝は向かっていたのだ。

 ジメジメとした暑さにやられ、汗が体中から出てくるのに嫌気を差しつつも額の汗を拭いて一歩ずつ歩いていく。
 目の前にはパトカーが何台もとめられており、見た目はほとんど警察署と変わりない。
 ようやく入り口へと入ったかと思うと、涼しい風が前の方から吹いてきた。それを味わいつつも優輝は用のある地下へと向かう。

 忙しなくテーブルワークを行っているロビーを抜け、脇にある階段を下りていく。下へと降りていくと、一つの大きめの扉が見えてきた。
 日上はそれを見つけるや否や、懐からカードのようなものを取り出して扉のすぐ横にあるカードリーダーへと差し込んだ。すると、電子音が小さく鳴り、扉が音を立てて開く。日上は勿論、カードを取ってからその中へと入って行った。

 中は普通の仕事場と何ら変わりはないが、何か変化があると言うならばそこはボロかった。
 埃などが所々に見え、すぐ扉の上の方に掲げられている"能力犯罪課第三部隊"と書かれてあるプレートが若干ズレていたりする。一言で言えば、汚さが目立つ職場であった。

「やっと戻って来やがったか!」

 鬼のような形相で、更に怒号を室内に鳴り響かせるのは30代半ば程度に見える男である。男は爪楊枝を咥え、噛みながら優輝へと近づいてきた。

「あぁ、橋本さんじゃないですか」
「なぁにが橋本さんじゃないですか、だ! 一人でまた勝手に行動を起こしやがって! 俺の身にもなりやがれ!」
「……の割には、何か食事をしていらしたみたいですけど?」

爪楊枝はともかく、橋本の口周りには何かの食べカスがあることを優輝は発見し、それを見つめながら指摘する。

「め、飯ぐらいはいいだろう! とにかく、反省しろ!」
「何をですか?」
「単独行動をだよ! 他に何があるんだ!」
「橋本さんも、酒癖悪いのも反省してくださいね?」
「俺のことはいいんだよ! 俺のことは! それとこれとは話が別だろうが!」

 橋本の怒号がこの職場で訪れることは珍しくない。日常茶飯事なことで、特にその矛先が優輝に向くことが普通だった。

「にしても……いつ見てもボロいっすね、この職場」
「そんなことよりだ! 報告書を書いてさっさと提出しろ!」
「や、それをやろうとしたら橋本さんがこうして……まあいいですよ」

 橋本の隣を通り、優輝は自分の席へと向かい、座る。それを見届けた橋本はまだ言い足りないところがあるのか、少しの間そこに突っ立っていた。

 能力犯罪課と呼ばれるものは署によって異なるが、様々な部隊によって分かれている。全体としての総まとめは能力犯罪課と呼ばれるものだが、実際は部隊そのものが各部署として扱われているのが現状である。
 特に、この第三部隊というのはその他部隊よりも比較的に扱いが酷い。他の部隊は皆仕事スペースが十分に設けられているのだが、第三部隊に関してはこのように地下で、それも狭くボロい職場なのであった。

 どうしてこのような扱いを受けているのかというと、第三部隊のモットーが関係しており、そしてそれは事件を解決まで導くこととしている。そのモットーは理論上とても立派であり、正当な印象を持つが、上層部の連中にとってはなかなか邪魔な存在であった。
 その為、そのモットーを変えない限りはこのような扱いを受けざるを得なくなっている。端的に言えば、嫌がらせであった。
 それぞれの部隊には各担当の部長がおり、その部長がモットー等を決めて部隊ごとで事件を取り扱うのだが、第三部隊には先ほどの優輝が行った任務などの危険な仕事がほとんど任されている。
 やりがいとしては一番第三部隊が多いと思われるが、危険も扱いも酷いのであまり行きたくないと思う者は数多く。他部隊でも厄介だと思われたものは第三部隊に集まる、というのも過言ではなかった。

 実際に、その中の一人が日上 優輝のことである。

「橋本さん、報告書書きましたよ」
「あぁ、こういうところは仕事早いな」

 橋本は頷いてその報告書を受け取る。殺風景な職場の中には橋本と自分以外に無人であることを優輝は気付いた。

「あの、他の人は?」
「任務中だ。部隊ごとに何人か派遣されて一つの任務にあたるそうだ」
「へぇ……あの、そこまで大きな任務って、何かあったんすか?」
「あった、というべきか……指名手配中の能力犯罪者の目撃情報があったりしたんだ」

 橋本の言葉に優輝は目の色を変え、名前はと聞いたが、橋本はそれを数秒見つめた後、爪楊枝を指で折り、それをゴミ箱に捨てて言った。

「氏名は神楽 社(かぐら やしろ)。通称"断罪"と呼ばれる能力犯罪者だ」

 と、橋本の口から放たれた言葉を聞いて優輝はその強張った表情を緩める。

「断罪って、犯罪者なのにそう呼ばれてるんですか?」
「神楽が自分で名乗っているんだが……どうにも似合わないよな」

 近くの小さな冷蔵庫を開け、そこから缶ビールを二つ取り出した。片方を優輝へ渡そうとしたが、優輝は昼間なんで、と断った。

「……それより、何で続きを捜査させてくれなかったんですか」
「続きって……お前の見つけたっていう、あれか?」

 プシュッ、と缶ビール特有の音が鳴る。換気扇が重い音を響かせる中には新鮮な音のように思えた。

 優輝の見つけたあの謎の施設の捜査を止めたのは橋本だった。
 優輝はどうしてもあの場所を調べたい思いが込み上げていたが、それは当初の予定の中ではないことであり、第一優輝の単独行動の時点で当初の予定とはかけ離れていた為に、これ以上の単独行動はこれからの捜査に対して不利になることがあるだろうと見て止めたのである。

「それでも、俺は……」
「……まだお前、引き摺ってんのか」
「……何が言いたいんですか」
「分かってるだろう。俺も分かってる。お前がそう動きたいって気持ちもな」

 缶ビールを片手に持ち、思い切りよくそれを飲んだ。喉へ何度かそれが通った後、缶ビールをテーブルの上に強く叩きつけるかのようにしておき、優輝を見つめる。

「でもな。それはお前の都合だ。それでお前が死んだらどうにもならねぇ。その単独行動は勇気でも何でもねぇ、ただの復讐にしかねぇんじゃねぇのか」
「分かってますよ、そんなことぐらい。ただの復讐でしかならないってことも。それでも、俺は——!」

 ドンッ! と、唐突に大きな物音が室内に響く。  どうやらドアを開いた音ようで、それによって優輝の言葉は喉の奥の方へと消えていってしまった。

「あー! もう無理!」

 優輝にとって、その声は慣れ親しんだ声だった。
 長い黒髪に、凹凸のハッキリした体つきで、スタイルの良いその女性はムシャクシャした様子でドアを開けて入ってきたのだ。

「ま、まあまあ……千晴ちはるさん、落ち着きましょうよ……」

 その女性、柊 千晴(ひいらぎ ちはる)を宥めながら続いて入ってきたのはどうにも気弱そうな感じのショタな雰囲気が抜けきれない少年だった。

「もー、相原あいばら君も少しは言ったらどう!? にしてもあの態度はないよね! 私達の方が成績はいいのに、どうせ第三部隊? 絶対見下してる!」
「まあまあ……いつものことなんだし、仕方ないよ……」
「仕方ないって、そればっかりだよね? もっと自信持っていかないとダメだよ!」
「ごめん……」

 そしてこの少年の名前は相原 祐太(あいはら ゆうた)である。
 二人共、橋本と優輝と同じく第三部隊に所属している仲間であった。

「千晴は自信ありすぎなんだろうが」
「誰がよっ! ……って、橋本さんに、優輝? 二人共、いたんだ?」
「いたんだ、じゃないだろう、柊。文句を言いながら戻ってくるなとあれほど……」
「細かいことはいいじゃないですか! 橋本さん! ……それで、こっちのアホがまた単独行動したって聞いたんですけど、大丈夫なんですか?」

 軽く目線で千晴は優輝の方を向いて鼻で笑いながら言う。それを見た優輝も黙ってはおらず、ついついその挑発に乗っかってしまった。

「おい、誰がアホだよ、誰が——」
「あんたしかいないじゃない」
「こ、この野郎……! 言わせておけば……!」
「ふ、二人共、落ち着いて……」

 気弱に宥める相原が介入しても、この二人の勢いは止まらない。橋本でさえもこの二人が本気で言い争いや喧嘩をした時はもうどうしようもない状態にさえなる。この二人の騒動が抑えられるといったら——

 ガチャ、とそこで再びドアの開く音が聞こえた。その時点までは誰もがそれに気づかない。いや、一人気付いた者がいた。相原である。相原は、その入ってきた人物を見て、驚いた様子でその者を見て頭を下げた。そして、その人物が一言、


「あら? どうしたの?」


 ただその一言だけで、先ほどまで言い争いをしていた二人がピタリとそれを止め、声の主の方へと顔を向けた。
 4人が全員、その方へと顔を向けるや否や、少し青ざめた顔色を見せて、入ってきた者へと頭を下げる。

 その者は、薄い着物を着ていた。綺麗な顔立ちをしており、どこか大人びた様子もありながら、子供染みた様子も見えるその人は、白く細い腕に——何故か子犬を抱いている。

「や、八雲やくも部長……!」

 橋本が思わず口に出したその名前。

 この着物の女性は、紛れもない、武装警察第三部隊の部長、八雲 涼風(やくも すずか)であった。

 小さな子犬が固まる4人を見て一つ、鳴き声を室内に響かせる。