ダーク・ファンタジー小説

Re: 白夜のトワイライト【完結版】 ( No.18 )
日時: 2013/02/16 00:06
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: 5LwYdnf7)

 人助け、と簡単に人は口にするが、そうそう皆が皆出来ることじゃない、と日上 優輝は思っていた。
 もしそんなことを口走りながらそれをする者がいたら、一発ぶん殴ってやろうかとも思っている。人のことを何も知らないクセして、そんな偽善者染みたことを抜かしながら行う人助けとやらは一体何だろうか。

 ——侮辱だ。

 少なくとも、優輝はそう思っていたのである。
 しかし、そんな優輝はその考えをたちまち改めなければならない出来事が起こる。目の前で子犬を愛でる女性、八雲 涼風がその発端であった。
 八雲は若くして(年齢不詳らしいが)第三部隊の部長を務めあげる実績を誇っているわけだが、その過去は誰も知らない。知っているとなれば、上層部の人ぐらいで、彼女の過去は人知れず伝染していくこともないまま"この有様"であった。

 捨てられた子犬や子猫、勿論既に大人になって犬や猫もそうだが、何せ動物系は全て連れて来る。持ち主に返す為という理由があるわけだが、その分それを手伝わざるを得ないのは彼女の部下達である優輝らなのであった。

「また連れてきたんですか……」
「んー……えっとね? 迷子になっちゃってたから——」
「それは迷子じゃなくて、捨て犬って言うんですよ……捨てた持ち主を探してどうするんですか……」

 八雲のタチが悪いのはここからである。
 持ち主に返す為、という理由は考えてみれば、捨て犬らを拾ってきての事なので、優輝らにとっても、また捨てた持ち主らにとっても非常に困ることなのだ。
 というわけで結果的にどうするかというと、

「また動物園って言われちゃいますよ……」
「いいじゃない。第三部隊限定の動物園、凄く楽しそうっ」
「楽しくないですっ!」

 と、思わず優輝は言ってしまったとすれば、

「……楽しく、ない……?」
「あ、いや、その……」

 優輝へ一斉に周りから痛い目線が送られてくる。
 八雲はというと、だんだんと顔が塞ぎ込んできて、更には一人で呟き出した。

「楽しくないんだ、楽しくないんだ……皆の為を思ってのことでもあるのに……私、やっぱり余計なことしちゃったんだ……」
「あ、あの……八雲部長?」
「うわああああああああん! いらないことしちゃったんだああああ!」

 全員がため息を吐く瞬間である。
 見た目は凄く大人の女性の風格を漂わせている八雲だが、良かれと思ってやったことを強い言葉で否定されるとこのようになる。気をつけてはいるのだが、一週間に何回か、誰か一人はやってしまう。

「お、落ち着いてくださいって、八雲部長!」
「はぁ……またダントツで今週の泣かせ大賞一位だな、日上」
「いや、俺はっ!」
「うわああああん! 何で勝手に泣かせ大賞とか作ってるのぉぉー? 橋本さん酷いよぉぉおお!」
「え、俺ですかぁッ!?」

 突然矛先を自分に仕立て上げられた橋本は思わず自分に指を指して驚く。

「あーあ。橋本さん……」
「いやいや! 柊! お前も俺じゃないって分かるだろ!?」
「いや、今のは橋本さんのせいっすね」
「日上! お前はいいんだよ! 元はといえばお前が——!」
「うわああああん! 私のせいで喧嘩してるぅぅうう!」
「違いますから! 違いますから! 八雲部長!!」

 そんな第三部隊の面子らに横からか弱い声で落ち着いてください、と声をあげるのは相原のみで、そんな相原の声は八雲の泣き声に難なく掻き消されてしまうのであった。


 ——数十分後。


「……落ち着きました?」
「……何とか、うぅ」

 まだ余韻があるのか、少し涙目の八雲に優輝は何枚ものティッシュを渡す。
 皆よりまだ幾分と大きめで、そこそこ立派な机の上に乗せた『第三部隊部長 八雲 涼風』と書かれた三角錐が形無しである。

「落ち着いたところで、話があるんですけど、部長」
「優輝君、部長って呼び方はダメだよ。八雲さんって呼ばないと、デコピンするよ?」
「あ、いや、すみません、八雲さん。デコピンはマジで勘弁してください」
「ふふ、冗談だよぉー」

 優輝が焦り焦りにそう答える。その様子に八雲は満足そうに涙目ながらも頷いて笑った。
 優輝らが八雲に対してすぐに泣くから恐縮しているというわけではない。
 この涼しそうな着物姿に、泣きやすく、いつも笑顔を含めている八雲であるが——能力的には恐ろしい力を秘めているのだ。能力犯罪事件のいくつもをたった"一人で"解決へと導いたその姿は英雄視されていたぐらいだったそうであるが、とある事件をきっかけに第三部隊の部長となり、大きな役目もあまりなく、捨て犬などを拾ってくる生活になっている。
 本人はこれで満足しているのか、それは全く分からない心理ではあるが、優輝でさえも大丈夫かと思う一面が沢山あった。どうしてこの人が部長になったのか、そこまでの伝説を作っているのか、謎に包まれている。

「それで、何かな?」
「あぁ……昨日、とある組織がある人物と密談するという情報が入り、調べあげて、捜査してきました」
「ん……ある人物?」

 八雲の言葉で、一瞬沈黙が部屋に訪れた。橋本らも耳を傾けている様子だったが、優輝は八雲の顔を真剣な眼差しと、他の"感情"を乗せて言った。


「——"黒獅子"と呼ばれる男のことです」


 バンッ! と、その時机を叩く音が室内に響く。相原のみが音に反応してビクリと体を震えさせる。音の発生源はその相原の傍にいた橋本からだった。

「優輝。お前、やっぱり……」
「俺にとって、黒獅子は贖罪なんです。単なる復讐なだけかもしれない。だけど、俺は真実が知りたい。真実を知る為に、俺は此処にいるんです」
「お前……」

 橋本はそれ以上、口は開けなかった。優輝の強い意志がその言葉の全てにこめられていたからである。後ろにいる橋本の方へは振り向かず、ただ目の前にいる八雲に、そして橋本にもこの思いはぶつけていた。

「はぁ……またこれね」

 頭を抱えるようにしてため息を吐いて言った千晴に、どうすればいいのか分からなくて勝手に慌てる相原。そしてそれら全てを受け止めた八雲が口を開く。

「それで……黒獅子さん? とやらの居所は掴めたの?」
「いえ……まだです。ですが、収穫はありました」
「収穫?」
「はい……。密談場所の倉庫に、用途不明の研究所らしき施設が見つかったんです。更に、密談相手の組の男が最後に、極秘の何かをやっていると、言い残したんです」
「極秘の何か……もっと詳しいことは掴めてないの?」
「すみません……仮面をつけた、謎の男にそれを阻止されてしまって……」
「仮面の男……ふむ」

 考え込む仕草は見せず、八雲はただ子犬の頭を撫でながら話していた。そして、ゆっくりと頷いて優輝に告げる。

「優輝君は、覚悟あるってことだよね。真実がどうであれ、それを解明したいという、強い覚悟が」
「……はい。俺のやるべきことは、それだと確信しています」

 八雲は数秒間、優輝の顔を見つめ、それからすぐに元の笑顔へと切り替わって笑った。

「ふふ、じゃあ捜査手伝ってあげる。第三部隊の部長としてね」
「あ……ありがとうございます!」
「部長! いいんですか?」

 橋本が声を室内に響かせる程度の声を張り上げ、八雲へと問うが、八雲の表情は変わらず、

「少年は少年らしく。信じた道は自分の手で開いていくものですよ、橋本さん?」

 八雲は笑みを浮かべたままそう答えた。
 まるで、遠い頃の自分を見るかのように、八雲は優輝のやる気に満ちた表情を見て頷き、そして誰にも聞こえないような声で呟く。


「……運命、か」


 八雲の腕元では子犬が嬉しそうに目を細め、その手を遊び相手にじゃれていた。