ダーク・ファンタジー小説
- Re: 白夜のトワイライト【完結版】 ( No.19 )
- 日時: 2013/01/20 23:11
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: 5LwYdnf7)
「……何がよろしくな、ですか! いきなりあんな乱暴に入ってきて言う言葉じゃないでしょうっ」
一方、エルトールではこうして春の怒声が鑑に向けて放たれたところであった。
「……ッて、そう言うなよ。どうせこれから顔合わせることになるんだしよ」
「そういう問題じゃありませんっ。ヒナさんが驚いてしまってるじゃないですか……!」
肝心のヒナは、春の言った通りかどうかは分からないが、確かに多少なりとも動揺はしているようだった。その様子を見た鑑はあんなものは挨拶代わりだろう、と愚痴を零しつつ、
「へいへい……なら俺は帰りますよっと」
このように言い残して鑑は部屋の外へと出て行く。それと入れ替わりのように今度は秋生が部屋へと入って来る。
「いてて……全く、鑑さんは容赦ねぇんだから……。で、ヒナちゃんだっけ? 俺は吾妻 秋生。よろしくな」
雛へと声をかけた秋生であったが、雛はその返事をするか否か戸惑っている様子にも見え、どうにもそれを拒否しているような様子も伺えた。
「ありゃ……? もしかして、嫌われてる?」
「……月蝕侍。それより、結局白夜光と食事を楽しんできたのですか?」
「え!? あ、あぁ……いや、白夜君、大和撫子の料理だと聞いた瞬間、方向変えて出て行ったけど……」
「きっと後から食べようと思ったんですね……後のお楽しみということですか」
「いや、それはないんじゃ……」
春の見事な解釈に秋生も少しばかり呆れたような物言いで口を挟む。その様子がヒナにとってどうにも滑稽に思えた。
こんな会話が今まで自分の目の前で繰り広げられたことは果たしてあっただろうか。
——なかった。そんなことは、決して、一度も。少女の過去はそれほどに残酷なものだった。語りたくも、思い出したくもない、忌まわしい記憶が現実としてそこにある。事実としてそこにあってしまう。
「ヒナさんは、私の料理を食べますよね?」
「え、あ……」
そんな過去のことを思い返していたら、突然話をふられ、言いよどんでしまったが、横から秋生が凄い勢いで猛反発して来る。
「ちょ、ダメダメ! やめとけって! 大和撫子の料理は……!」
「凄く、美味しいみたいですね」
「何で自分で言ってるんだよっ」
そんな会話が、少女には新鮮に感じた。今までなかった感情や、会話がそこにある。これが求めていたものだとすれば、それは何て幸せなのだろうとヒナは思った。
今までの不幸は、これからの幸せの為にあるのだろうか。もしそうであるならば、それに甘えたい。今までの過去など捨てて、新しく生まれ変わりたい。
だからこそ、少女は。
「——ふふっ」
だからこそ、少女は笑ったのである。それは、あまりに自然な笑顔で、春と秋生は思わずその笑顔に見惚れてしまっていた。
——————————
エルトールの門の外では、門番役を務める和泉と宮辺が二人して駄弁っていた。基本的に交代制ではあるのだが、今日は長らくこの二人が門番役を与えられることになってしまったからである。その理由は詳しく知らされてはいないものの、団長直々の指令であると共に、朝のじゃんけんで負けたから、という子供染みた理由があるから二人はこうして門番をやっているというわけであった。
「……にしても暇だよなぁ。門番なんてやらなくても、誰もエルトールに侵入しようとか、そんなこと考えねぇだろ」
「まあ、そうかもしれないですけど……一応本部ですし、そういう辺りはしっかりしておかないと"けじめ"がつかないんじゃないですか?」
「……けじめねぇ」
くだらない、とでも言うように呆れた顔をする和泉の様子を見慣れた宮辺はふぅ、と小さく息を吐いた。
長らくそんな風に愚痴っていたり、最近何か面白いことはないかと二人で言い合ったり、様々に退屈を凌ごうとする二人であったが、人影がその二人の目の前に現れる。
その人影に気付くまでに少しかかった。油断していたということもあったのだが、その人影の持ち主は見るからに変だったからである。
「ッ! おいっ、止まれ!」
和泉がその人物を止める。腰元に帯刀していた刀の柄をしっかりと握り締める。宮辺は目を少し細め、背中の銃には手をかけていなかった。
「待ってください、和泉君。……敵じゃないと思います」
「敵じゃねぇ?」
どういうことだ、と和泉の口から零れる前に、目の前の人から声があがった。
「うぅ……た、助けてくれ……ッ」
それは助けを呼ぶ内容。薄暗いアンダーの世界の中、ようやく人影の正体がハッキリと分かってくる。
その人物は、男であった。姿としては中年のようで、服装は、なんと警察の特殊部隊のような格好をしている。どういうことなのか服が所々汚れ、破れていたり、更に気付いたのは頭や体の様々な部分から血が流れているということだった。
「おいっ、大丈夫か!?」
和泉はその男の元へと駆け寄り、男を支えようと肩を貸す。男は動かない様子の右肩へと左手をやり、足を引き摺りながらここまで来たようである。
和泉が肩を持ち、とりあえず座らせると、男は震える口で話し始めた。
「頼む……これを、これをあんた達の団長に……」
和泉の手に渡されたのは手紙だった。血が所々にこびりついているようで、汚れている。
「手紙……? これは渡しておくが、一体何があったんだ?」
「……ダメだ……。俺には、もう……もう……頭が、イカれちまう……!」
「どういうことだ? おい、しっかりしろ! 大丈夫か!」
男は震え出し、だんだんとその震えは痙攣へと変わり、速度をあげていく。あまりの不気味さに、和泉は介抱していた手を放して離れるが、男は痙攣を続ける。
そして、その痙攣は暫く続いたかと思うと、次にうめき声をあげ、腹の辺りが大きく地面にバウンドした。男はバウンドした直後、急に意識がなくなったかのように地面へ倒れる。
「何だ……?」
思わず和泉が呟いたその瞬間、隣にいた宮辺がいつの間にか背中にあったはずのスナイパーライフルを構えていた。標準は、起き上がらない男に向けて。
「お、おいっ、葵! お前何して……!」
慌ててそれを制そうとした和泉へと目線を送らず、ただ表情と言葉で伝えた。
「和泉君。どうやらこの男は——まだ生きているようです」
そう言った途端、死んだと思われていた男が再び地面から体をバウンドさせ、まるでテレビの巻き戻しのように男は立ち上がる。
倒れてから塞いでいた目を大きく開け、口からは狂ったかのような叫び声があがると、先ほどまで傷塗れで瀕死のような状態であった男が突然襲いかかって来た。
「んな……ッ!」
和泉が反応するより前に、宮辺がその引き金を容赦なく引いていた。その素早い行動力は彼の能力である"鷹の目"のおかげであることが容易に理解できる。 その証拠は、彼の目にあった。能力を発動する時、彼の両目は黒い目ではなくなる。何色かに帯びるのだが、この色は特定されておらず、人によって見える色も違うらしい。
その異色の目で睨んだその先にいる狂った男の足へと銃弾が貫通した。
「ぐぎゃああああッ!!」
まるで正気の人間のよう、本当に痛みを感じているみたいであり、雄叫びをあげるが、状態としてはまだこちらに歩こうともがく。先ほどの足に当たった銃弾は肉を抉り、骨に激突して骨が更に折れている様子だったが、転ぶ様子は微塵もなく、不愉快な音を鳴らしながら和泉達へまだ襲いかかって来ようとしていた。
「葵ッ、お前それ威力強すぎだろうが! 拳銃で応対しろ!」
「……和泉君。そういうわけには行かないよ。この男、早く倒さないと結構まずいんだ」
「何言ってんだ! さっきまで普通の——」
「そう、さっきまではね。でも違う。元から普通じゃなかった。この人の傷痕にしては、やけに出血が多いような気もしたんだ。防弾チョッキで覆われて見えないと思うけど、多分無理矢理"固定"されてる」
「……どういうことだよ、って!」
話している間にも、男は突進してくる。スピードこそ遅いが、その人間ではない動きに恐怖さえも感じる。立てないはずの足で立ち上がるその男は明らかに異常と認識できた。
咄嗟に二人はその男から距離を離れる。そして再び宮辺が口を開いた。それも、衝撃の内容を言葉に乗せて。
「この男、腹が切り裂かれてる。それを縫わずに、何かで上から固定されてあるみたいだよ。切り裂かれた腹の中にあるのは——爆弾だ」
宮辺の能力である"鷹の目"はそんな部分まで分かる。相手を見るだけでその状態を分析出来てしまう。 その能力が捉えたものは、普通ならば有り得ない、衝撃の事実だった。