ダーク・ファンタジー小説

Re: 白夜のトワイライト【完結版】 ( No.20 )
日時: 2013/04/07 02:39
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: cEkdi/08)

 思い出したくもない戦慄が、ふとした瞬間に蘇ってくる。
 体が、脳が、自分という存在が、全てそれらを拒絶しているのにも関わらず、その戦慄という名の"傷跡"が思い返せられてしまう。

 白夜は一人、その戦慄が渦巻く中に立たされていた。春に自分の過去を覗かないように言ったことは、つまりこの戦慄のことを指している。
 白夜にとって、触れられたくない過去。それは厳重に、断じて他人に見られないように鍵が閉まっていた。その過去には一体何が起きたのか。春はいまだに見られないでいる。いや、見た瞬間に白夜に殺されるであろうことを口で言われなくとも理解してしまっている自分がいたからであった。

 そんな白夜の戦慄の渦の中には、どうしても彼自身、拭いきれぬ身に纏う罪が存在する。
 その罪は、決して断罪されることのない罪。彼は未だに誰にも語ろうとはしなかった。

「おー、白黒。お前こんなとこで何してんの?」

 エルトールの会議室は数多くある中、一階の会議室は特にこれといって使う用途もない。使うとするならば、団長室近くの会議室がほとんどである。外観を損なわない為か、一階の会議室だけは騎士系統をモチーフにしたのか分からないが、円状に作られた机に椅子が設置されてあった。天井には華やかな色彩にいかにも洋風の表しともいえるシャンデリアが施されている。

 その会議室に、白夜は一人で佇んでいた。それを鑑が見つけたのである。
 前々から白夜は何かとあればこの場所で一人になっていることが多い。それを知っている鑑からすると、この場所にいたことがまさに必然ともいえることだった。そのことを分かっているか、白夜も鑑が来たとしても目を一瞬向けただけで、他には何も言葉を口にしない。

「なんだよ、つれねぇなぁ」

 小さく嘆息しながらも、鑑の表情は笑みを浮かべていた。このような愚痴ともいえる言動は毎度のように言っている為なのか、両手を大袈裟に挙げて大きくリアクションをとる。しかし、白夜は全く興味を示さない。窓の外をぼんやりと眺めていることから全く行動を逸らさないのだ。

「……白黒よぉ。食堂の飯は食ったのかよ?」

 鑑の問いに対して、白夜は沈黙を貫いたが、少し経つと食べていない、と呟いた。

「ははっ、やっぱりな。お前といえど、大和撫子の料理は避けるわな……俺も、あいつの外見的にもコードネーム的にも料理出来そうだったからな……最初はあっさり騙されて、やばかった」

 と、口に出してから無邪気な少年のように笑った。その姿を見て、白夜は窓から鑑の方へと向き直し、

「俺も、騙された。……それからは食べてはいないが」
「お、やっぱり白黒もか。まあなぁ……あれはねぇよなぁ。あいつの目の前で言ったら、ぶん殴られそうだけどな」

 基本、白夜と鑑はこんな感じだった。鑑が話しかけ、白夜がそれに答える。いつも冷たい様子の白夜ではあるが、その白夜が本来の白夜ではないことに鑑は気付いていた。そして、白夜が"白夜しか知らない戦慄の渦"の中に放り込まれていることも。

「……やっぱり、まだ"黒獅子"を探してんのか?」
「……あぁ」

 鑑の急な話題の変更に加え、探している黒獅子の名があがったことで表情はすぐに固くなる。少しの間があったものの、返事を交わしただけまだ心は落ち着いているようだ。

「もうお前が来て一年になるな……。今思えば早いし、それまで色々ありやがったな」
「……いきなり何だ?」
「まあまあ、聞けよ。俺が突拍子もないことはお前も重々承知済みだろ? ……なあ白黒。俺はお前を手伝ってやりたいとは思うぜ。でもな、一番聞かせて欲しいのは、お前の過去だよ」

 鑑がそこまで喋ったところで、白夜は特に何も反応もせず、無言を押し通していた。
 関わりたくない、出来ることなら目を背けたいことがこの過去にあるのではないかと鑑は思っていたからである。

「……俺は、お前の——」
「迷惑だ」

 お前の力になりたい。そんな言葉をかけようとした鑑を、白夜は拒絶の言葉で迎えた。思いもしなかったその言葉。いや、鑑はどこかでそれを予想していたのかもしれない。拒絶されると分かっていて言ったのである。

「馴れ合いはいい。ディストから契約通り黒獅子についての情報を貰う為にここにいる。それがないなら、ここにはいない」

 キッパリと言い切った白夜は、明らかに拒絶を示していた。他人を寄せ付けないとするその目に、威圧感が伴う。見た目的には子供で少年の白夜だが、この拒絶の威圧が鑑を黙らせた。

「……分かったよ。俺は何もいわねぇ。……でも、お前はもしかして——」

 と、鑑の言葉は突然何かで遮られる。それはこの入り口から近い一階からだからこそ分かったのかもしれないが、その音は明らかに銃声。それもその銃声は普通の拳銃のものではない。近距離でも長距離でも瞬時に放つことの出来るその特徴がある鋭く、響く音は同業の身であるならばよく知っているものだった。

「この銃声……宮辺のものか?」
「……行くぞ」

 白夜と鑑は異変を感じ、会議室から飛び出す。
 ——二人が立ち去った後、白夜が見つめていた窓から"何か"がいたことを二人は勿論、誰も知りえるはずがなかった。

 そう、"誰も"。


——————————


 一方その頃。武装警察ではとあるニュースが飛び込んでいた。
 神楽 社、別名断罪と呼ばれる犯罪者を捜索する為に駆り出された特殊部隊一同が"帰って来ない"という報告である。

 その不可解な事件は、瞬く間に武装警察内部に広がり、マスコミ等には今の所漏らさないように徹底するつもりのようであった。
 その情報は勿論、優輝らのいる第三部隊にも流れる。丁度その時、拾ってきた犬を例の動物園疑惑の部屋へと入れたところだった。

「消息不明? どういうことよ」

 千晴が思わず呆れた様子で呟く。これだから無能は、とでも言いたいような仕草をとっているが、誰もそれを咎めなかった。

「断罪って奴に全員拘束されたとか?」
「バカ言うな。特殊部隊は20人以上いたんだ。それに、いくら相手が凶悪犯罪者だからといってこちらは人数に合わせ能力を持ったものに、戦闘訓練を幾度もなく積んだもの達だぞ? 簡単にやられるとは思えん」

 優輝の言葉を否定した橋本であったが、現状では今の所何も分からないのが事実である。可能性は100%ではないということだった。

「んー……多分、救出部隊を配属されることになるかな。各部隊から集まって……」

 と、八雲が純粋にそう述べた時、突然第三部隊の部屋が開け放たれた。まず最初に入ってきたのは、SPのような格好をした長身の男。更に続いてきたのがいかにも偉そうな振る舞いをしている20代の男だった。
 警察官の服装がどことなく似合うその男は、入ってきたや否や、座っている八雲の方へと近づいて来る。

「……これは、どうされましたか?」

 八雲が冷静に男に向けて言い放つと、男は不敵にそれを見て笑う。

「ふっ……八雲 涼風。歴戦の武装警察官だったお前に問う。今回の件についてだ」

 今回の件、というのは皆言わずとも分かっている。勿論、その内容は例の失踪事件のことだとその場にいた者はすぐに判断できた。
 八雲の返事などさておき、男は流暢な口調で喋る。

「今回の件、断罪の仕業だと思うか?」
「……まだ詳しくは分からないですが、断罪である可能性は低いと思われます」
「……根拠は?」
「断罪を狙った捜査の中で20人以上の特殊部隊が姿を消した。断罪を狙うことに関して、それを断罪が知りえるはずがない。もし知りえるとするならば、味方に内通者がいたかもしくは別の所から情報が漏れたか……ですが、それもないと思われます。特殊部隊は裏切り者に関しては徹底しており、今回派遣された部隊はその中でも特に優れた精鋭部隊だからです。そうとなれば……第三者の介入が無難だとは思われますが、全員が全員消息不明というのは明らかにおかしな事例です。この事件には、何か一枚噛んでいる……と見るのが妥当ではないでしょうか」
「……なるほど」

 八雲の言ったことに、男は特に感嘆した様子もなく、無表情に呟いた。そして、一度目を閉じ、すぐに開けたかと思うと八雲へと突如言い放つ。


「上層部からの命令だ。今回の件について、"第三部隊のみ"に特殊部隊捜索を任せる。……以上」


 その言葉は、全員の表情を凍りつかせるには十分な内容だった。

「ちょっ……! ちょっと待ってください!! ただでさえ得体の知れない事件なのに、どうして俺達だけなんですか!」
「落ち着け! 日上!」

 橋本は必死に優輝を抑えたが、橋本も気持ちでは同じのようで優輝同様の視線を上層部の者らしき男に向けた。
 しかし、男は無表情でそれを見つめるばかりで、SPらしき男が懐に手を出している。どうやらその中には拳銃があるようだ。

「いいか? 勘違いしているようだが……これは命令だ。お前等はそれに従う。それがお前等の仕事だろう。いいか、命令だ。従わなければ……ここからは出て行ってもらうことになる」
「ッ! ふざけ——ッ!!」

 優輝が再び怒鳴ろうとしたその時、

「やめなさい」

 ただ一言。凍りつくような八雲の一言で優輝は言葉が詰まった。見るだけで分かる。八雲は内にその怒りを抑えていた。しかし、それを表そうとはしない。程なくして、八雲は告げる。

「了解しました。早速任務に取り掛からせていただきますので」
「……ふんっ。それでいい。……君も、こんな乱暴な部下がいると参るものだね、全く」

 そのまま黙って引き下がっていればいいものの、男はそんな言葉を口に出してしまっていた。

「……お言葉ですが、この者は私が最も信頼する部下の内の一人です。訂正してください」

 何か冷たい——冷気のようなものが部屋の中に散布する。それを放っているものは、コードネーム"零傑"と呼ばれた、八雲 涼風その人である。
 しかし、それに気付いていないのか、男は特に何も返さずに扉から出ようとした——その時。

 突然、男の行く手に巨大な氷柱が勢いよく放出される。それに驚き、男は思わず尻餅をついてしまう。護衛の男達もみっともなく叫び声をあげる。

「訂正、まだしてませんよね?」

 笑顔と共に放たれた言葉は、まさに"零傑"その人であった。
 八雲を睨み付けるように見つめた男は、愚痴を零しつつ、上層部に連絡してやると捨て台詞を吐いて早々と出て行き、沈黙が漂よう。

「ふふ、貴方の無能さを早く気付くように、とも連絡しておいた方がいいですね」

 と、八雲は呟く。こんな感じで冷静そうに見えて切れている八雲は毎度のように言葉が今までとは違う。 これが本性なのか、普段の彼女が本性なのかは第三部隊の全員でも未だに分からない。

「……でも、本当にやるんですか? 八雲さん」

 冷気がまだほのかに残っている中、優輝が話を切り出した。自分のことを庇うという言い方はおかしいが、大切な部下だと言ってくれた八雲にはもはや感謝の言葉もいらないほどの信頼関係が出来ている為、早々と任務のことを切り出したのである。
 その途端、冷気は静かに消えていき、八雲が笑顔で、

「私はやらないといけないね。第三部隊の部長だし……皆はどっちでもいいですよ?」
「いやいや! 俺も……いえ、私も勿論参加しますよ、八雲部長!」

 橋本が賛同した後、優輝らもそれに賛同する意思を示すかのように頷いていく。
 それを見た八雲は、一瞬驚いたような顔は見せたが、また朗らかな笑顔に変わっていった。

「ふふ、じゃあ、よろしくね?」
「「はいっ!」」

 あの気弱な相原でさえも強気に返事を言い切った。
 その様子を見て、小さく笑い声をあげ、また誰にも聞こえないように呟く。


「……誰も、死なせない」


 彼女の運命、もしくは彼女なりの"身に纏う断罪"は小さく現れ始めていたのである。



第2話:身に纏う断罪(完)