ダーク・ファンタジー小説

Re: 白夜のトワイライト【完結版】第2話完結 ( No.21 )
日時: 2013/02/16 00:01
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: 5LwYdnf7)

「おいっ、何事だッ!」

 鑑が玄関のドアを開け放つと、声を荒げて目の前の光景を見た。白夜も鑑に続いて後方より遅れて辿り着く。

「もう終わってる。今、葵が調べてるところだ」

 和泉がぶっきらぼうに言いながら目線を宮辺に移す。すると、そこには倒れている男の胴体部分にある防弾チョッキを外している宮辺の姿があった。

 男が突然襲いかかってきたあの後、何故か突然男は倒れていた。何が起きたのかその場にいた二人にも分からず、宮辺が脈を取る限りは既に死亡していると断定されている。
 検死をする為、宮辺はいつの間にか白いゴム手袋をつけて丁寧に男の情報を掴もうとしていた。
 男の倒れた地面には血が広がっているが、どうやら全体の傷から流れた血と、大部分は宮辺の撃ったであろう足の部分からの出血ということが見て分かる。なぜなら、足元の方にはそれだけ血の量が他と比べてみても多かったからだ。完全に折れ、開放骨折状態でも無理矢理立ち上がっていた男の足は、もはや足と言えるものではなかった。そして腹部には、不自然な出っ張りが確かにあり、その姿は異形そのものである。

「やっぱり……爆弾だ」

 宮辺がその時、小さく呟く。それを聞いた和泉が冷静にその爆弾について聞こうとしたが、間髪入れずに放たれた宮辺の言葉によってそれはどこかへ飲み込まれていってしまった。

「腹が切り裂かれて、そこに爆弾があると思ったんだけど……どうしてだろう」
「何がだ?」

 宮辺が怪訝な表情を浮かべ、不思議に思う所が和泉には分からないようであり、どうにもいえない難しい表情をしていた。それを考察する宮辺は次のように述べていく。

「出血量が全体の傷に比べて、あまりに多かった。それに、お腹の部分が不自然に守られていたんだ。包帯とかでぐるぐる巻きにされてたりして。……でも、お腹は切り裂かれてなかった。けど、何かが入り込んだ痕があるんだ」
「ちょっと待てよ。お前の言うそれだと、どこから出血してたんだ? 入り込んだ形跡があるって、切り裂かれてもないのに、そんなことできるわけがないだろ」
「うん。でも、爆弾はちゃんとお腹の中にあるんだ。無理矢理埋め込まれてる感じ。これだけでも相当酷いんだけど……どういうことなんだろう」

 倒れた男の謎の出血量。宮辺の言い分では、この出血量は間違いなく致死量であるらしい。足から流れた血がそれに達したんじゃないかという言い分も他にあったが、その前に宮辺の"能力"によって元からこの致死量だったということは分かっていた。最初の時点では致死量に達しても死なないように能力か何かによって処置が施されていたのか。あるいは男の自身の力によってここまで辿り着いたのかと考察する。
 と、その時。白夜が突然、鑑と和泉、そして宮辺を通り越して倒れている男の元へと歩き、次のように話す。

「腹を切り裂かれ、そこに何かを仕込まれたのはまず間違いないだろう。……男はそれで、助けを求めたのか?」
「いや……確か、そんなことは言ってなかったはずだ。俺にこの手紙をディスト団長に渡すようにと伝えてから、突然おかしくなったんだ」
「手紙……? この男がか?」

 和泉が白夜の質問に答えるが、その内容を訝しげに聞いていた鑑が問う。

「あぁ。これがその手紙だ」

 血で汚れたその手紙をその場にいる者に分からせるかのように、和泉は手で手紙を左右に振って見せる。

「助けを求めなかった。つまり、男は自分の腹に爆弾が仕込まれていることを知らなかったのか。もし腹を切り裂かれたまま爆弾を入れられていたならば、あまりの痛みでそれには気付くだろう」
「……だとしたら、何者かによって気を失っている間、無理矢理腹ん中にぶちこまれたってことかよ?」

 想像したものがあまりの惨劇な為、表情が強張っていく。

「……宮辺。お前は何故この男の腹に爆弾があると思ったんだ?」

 白夜の突然の問いに、宮辺は一瞬少しだけ肩を上下すると、自分の能力に確信を持つかのように淡々と話し始めた。

「僕の能力で幾分か把握した辺りでは、腹部の重装備を解くと不自然な出っ張りがあることに気付きました。そしてそれに伴って聞こえる一定音の電子音。体内部からでしか聞こえないほど微かなものですが、これは爆弾特有のものではないかと思われました。しかし、どうやらタイマー設定はされていないようで、爆弾自体に強い衝撃を与えると爆発するようになっているみたいです」

 白夜を除く、他の二人はその考察に納得していた。実際に腹を切り裂いてみたわけではないが、相当の観察力であろう。とは言っても、彼の能力なしにではそれは為し得ないことでもある。音などは全く聞こえず、彼の能力を使わねば捉えることの出来ない音。それは白夜にも聞こえていないはず。
 だが、白夜は男を見定め、こう言い放った。

「じゃあ、何故爆弾を仕掛けたんだと思う?」
「え……? それは、エルトールを攻撃する為なんじゃ——」
「それならこんな回りくどい真似はしない。爆弾で攻撃するなら、他にもっとやり様はある。この男は"撒き餌"に使われたんだろう」
「撒き餌だと? ……おい、もしかして——」

 鑑が呟いたその途端、一つの考えが過ぎる。出来れば考えたくないことだが、この男は爆弾を体内に積んでいる形で襲いかかり、それは能力者達の相手を勤めさせる役目を担っていたのではないかと考えられたのだ。つまり、白夜の言う撒き餌は有り得ると確信出来たのである。
 例え腹部に衝撃が走り、爆発したとしても、それは単なる時間稼ぎでしかない。何故そこまで手間のかかることをするのか。考えを募らせていくと、見えてくる答えは既に浮かんでおり、鑑は誰に言われることもなくエルトールの内部へと走り、戻っていった。

 犯人の目的。それはエルトール内に侵入すること。犯人が誰だか分からない以上、目的も何も分からない。しかし、爆弾が仕掛けてあることを予測できたのは、宮辺のみ。それは宮辺の能力を知っていての犯行なのか、それともこちら側が男の腹部を傷つけることを期待しての犯行なのか。
 男の現在の死因は、恐らく出血によるショック死と診ていいと思われていた。死=爆発でもない。攻撃が目的ではないようである。

 そこから導き出された答えは、エルトールの侵入をしてから、何者かを誘拐、または恐喝等の行動をとるということ。しかし、それが実行可能なのは、今日がこれだけ警備が手薄だということ。内部から出ようと思えば前の門からでしか出れないこと。そして、外から侵入するには内部で操作が必要だということ。それらをあらかじめ把握していなければならない。しかし、相手の能力によってそれはまた異なる。能力によっては通れないはずの道が通れるようになってしまうのだから。

 万が一のことを考えた鑑の行動に、和泉と宮辺も続いていく。しかし、白夜はそこから動こうとはしない。ただ一人、そこで立ち尽くした後、一つの物陰に向けて声をかけた。


「隠れてないで、そろそろ姿を現したらどうだ?」


 白夜の言葉は誰に向けられたのか。誰もいないはずのその場に、ゆっくりと闇から現れるかのように男が一人、"不自然な登場"をした。不気味な笑い声を発し、"それは仮面を被って"白夜へと数歩近づいた。
 それは恐らく男だと思われる。どことなく不気味な違和感のようなものを放ち、そこに立っていたのである。

「あれれ? いつからバレてたの?」

 おどけたような、小バカにしたような感じの声で男は話した。慣れた感じに首を左右に振って音を鳴らす。軽く骨が外れるような音が不気味に響く。
 白夜は後ろを振り返ることなく、男の質問に答えていた。

「不自然なことだらけだ。出血量があまりに多すぎる。この量ならここに辿り着く前に死んでいるはずだが、生きていた。爆弾か何かを埋め込まれていたのにも関わらず、それを怖がることもなく、手紙を渡した。その後、狂ったように暴れ、足を撃たれてから死んだように倒れる。……男の腹部にある爆弾は、恐らく衝撃を与えても爆発しないだろう。外部からの衝撃を与えて爆発するものではなく、内部からの衝撃……つまり、それ専用の爆発装置がある。それは、すぐに爆発されては困るものだったからだ」
「うん……まあ、そうだね。手紙を届けてくれないと、僕は困るからさ」

 と、当然のように男は話す。そのヘラヘラとした口調や、気持ちの悪い雰囲気といい、何かがこの男は違っていた。

「その血液の量は、ずっと垂れ流しだったんじゃない。お前がここでこの男を殺したんだ」
「ふぅん……まあ、確かにここでこの血は流したけど、死んでたら生きてないじゃない?」

 男の言葉は最もである。ここまでがこの場で考えられる限界だった。その後は、この男の何かしらの能力のせいで再び生き返り、手紙を渡させる。腹を切り裂かれた形跡がない以上、どうやってこの男が爆弾を仕込んだのか分からない。いや、それ以前にこの男ではない、別の者が埋め込んだ可能性だってある。そうとなれば、この場所で殺していたという推測は全くの別物ということになってしまう。
 仮面の男は、楽しそうに笑っているのか、微かな笑い声と肩を小刻みに上下させていた。

「ふふふ……まぁ、僕の"能力"を知らないしね……上出来だと思うよ、うん。……"黒獅子"も君のことを気に入るわけだ」
「何……!?」

 その言葉を聞くや否や、白夜はゆっくりと男の方へと振り返る——が
 その瞬間、飛び込んできたのは倒れていた男だった。そしてその後方には、男がニヤリと笑顔でいる。その手には、何かの装置が握られていた。恐らくは——

「どっかーん」

 と、男の一言と同時に装置のボタンが押される。その刹那、白夜のすぐ前方で男の腹部が盛り上がり、突然爆発を巻き起こしたのであった。


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「爆発……!?」

 鑑が突然の爆発に驚きを表すが、今はそれどころではない。館内に侵入者がいるかもしれないのだ。
 和泉と宮辺には人質だった少年少女の確認を急がせる。少女の方、雛は春がついていると予測されるのでまだ多少安心は出来たが、少年の方は分からない。犯人が何を目的として侵入してきているかも分からない状況だからである。

 鑑は急いでディストの元へと向かう。今日は本当に偶然か分からないが、メンバーが出揃っていない。他のメンバーは皆それぞれに仕事をしているはずだ。それを部外者が知っていることはない。
 エレベーターへと急いで駆け込み、ディストの部屋へと目指す。この少しの時間が限りなく惜しい。少しでも体を動かして急いでいる感覚を得る為にも階段での移動の方が良かっただろうか、とも考えた鑑であったが、間もなくしてエレベーターは軽快な音と共に開いた。

 目の前は既に団長室。急いでその中へと飛び込み、

「団長! 無事かっ!?」

 と、声を荒げ、部屋に入ると——そこにはディストに銃口を突きつけている何者かがいたが、今までディストと話していたのかどうか分からない。その者は男か女か分からないようにフードを被り、マントを覆い、仮面をつけている。この状況が把握出来ない鑑はディストの危機を感じ取り、煮え滾る思いをぶつけるかのように言い放った。

「てめぇ……! いい度胸しやがって。俺がいる限り、ここから出れると、思うなよ?」

 鑑の両手が熱を帯びる。それは赤く、紅蓮のように熱気を漂わせ、室内の気温を急上昇させていく。
 ディストは銃を突きつけられているというのに、平然な顔をしていた。それに加え、呑気に角砂糖をコーヒーに入れていたのである。

「鑑君、落ち着いて」

 ディストの言葉は意外な言葉だったが、鑑がその程度で落ち着けるはずがなかった。
 その瞬間、犯人らしき者はディストに小声何かを言うと、ディストのすぐ後ろにある窓へと飛び込もうとする。

「逃がすかよッ!!」

 鑑は右手をまっすぐ犯人へと伸ばす。紅蓮の手は恐るべき速度で、まるで紅蓮の槍の如く、熱を帯びた一閃が駆け巡っていく。しかし、犯人は既に窓から飛び降りており、その紅蓮の一閃は凄まじい熱気と共に窓を豪快に突き破った他、その近くにあるものを全て熔けさせていった。

「クソッ! あの野郎……!」
「鑑君! ……もういいよ。大事無い」

 ディストの言葉で、鑑は侵入者を追いかけようとするのを止めたが、それがどうにも納得いかずに反論の言葉を述べる。

「何で止めやがる! あの野郎、喧嘩売りやがって……! あのままタダで済ませたら……!」
「まあ、落ち着いて。……紅茶でも、いかがかな?」

 ディストの調子は変わらず、鑑は舌打ちをして悔しがる他になかった。


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 その後、白夜は爆発を難なく逃れ、煙の中で仮面の男を捜したが既にその場から立ち去っていた。男の死体も何も残っておらず、爆発の後の煙の臭いがその場に残っているだけである。

「あの男……黒獅子を知っていた……?」

 白夜はその煙の中でただ一人、佇んでいた。