ダーク・ファンタジー小説

Re: 白夜のトワイライト【完結版】第2話完結 ( No.22 )
日時: 2013/02/16 18:37
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: 5LwYdnf7)

 記憶が曖昧に残る。それはぼんやりと浮かんでは消えることを繰り返す。忘れたくても忘れられない記憶は残像の消えることなく留まり続ける。
 悲劇が後悔となって襲いかかった時。何も抵抗は出来ずに、不条理な運命に従ってしまっているような、そんな想いが張り巡っていった。


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第3話:過去の代償

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 一階の会議室にて、今いる限りのエルトール面々は出揃った。
 事の発端が終わりを迎えてから早くも30分は経過しており、円卓状の机の周りに並べられた椅子に白夜らは座ったと思いきや複雑な表情をそれぞれに浮かべている。
 そんな中、春だけが椅子に座ることなく立ち尽くしていたが、春はつい先ほどこの会議室を訪れたばかりの為、座るタイミングがなかったのだ。

 雛と共にあの部屋にいたのだが、部屋は防音防弾の設備が兼ね備えられており、中から外の音は聞こえないようにもなっている。外からは専用の鍵以外、強力な力でもなければ壊すことは出来ない。
 そんな部屋にいた春が外の様子に気付くまで時間がかかったことは必然であった。扉のすぐ傍まで来て話されると多少聞こえやすくなる為、力強くノックする音と和泉の声が聞こえたところでやっと気付いたのである。
 春に何も責任は無いが、多少なりとも力になれたことはあったのではないかと春は自分で責任を感じ、上手く話せず戸惑いつつこの場にいた。
 だからといって、誰も春を責めようなどとは思わなかい。むしろ、その逆だろう。犯人の目的が分からなかったあの最中では、人質を狙っているということも十分に考えられる。少年の方は宮辺が確保し、安全を確かめたが、犯人はどちらを誘拐するか、あるいはどちらも誘拐せねばならなかったか分からなかった為、気付かなかったのが原因だとしても、それは正しかったと暗黙の了解を全員がしていた。

「畜生……! 俺が逃がさなければ……あの野郎、必ず見つけてぶっ倒してやる……!」

 鑑が机を力強く叩き、その拳は怒りによって震える。
 格好や性格からはあまり想像つかないが、鑑は任務に忠実な男であり、承った任務は必ず全うすることが彼なりのポリシーでもあった。それを傷つけたことによる犯人への怒りに対しての反応なのだと、この場にいる全員が理解しているのは容易に分かる。分かっているからこそ、誰も諌めないのだから。
 彼に仕方が無かったという言葉はない。その考え自体が既に頭から消えてしまっている。言葉は乱暴だが、深く責任を負っていることが表情が察すことが出来た。

「俺なんて、滅茶苦茶申し訳ないっすよ……食堂で寝てたなんて」

 申し訳なさそうに秋生が突然口を開く。
 話した通り、秋生は食堂で仮眠を取っていたと証言している。
 食堂はエルトール内でも隔離された場所にあった。騒音等は聞こえるが、ロビーへと戻る際に時間がかかるのは確かである。それも、秋生が気付いたのは爆発音が鳴り響いてからのことであり、急いで起きてロビーへと向かった頃には宮辺が人質であった少年の身の安全を確認していた所だったのだ。
 秋生は春以上に悔しい思いを噛み締めていた。春はまだ部屋で雛を匿っている、というまともな使命を果たせたが、秋生は何も出来なかったのだから。ただ食堂で寝ていて気付かなかった、という言い訳は恥ずかしくてこれ以上は言えないでいたのである。
 しかし、それだけ誰もが予想だにしなかった出来事だということは間違いない。門前で侵入しようと図る者はいても、中に入らせたことは今まで一度もなかったのだ。それだけ徹底した防備を兼ね備えていたはずが、あっさりと侵入されてしまった。
 誰も、何も言えずにただ黙っているだけの時間が多少続いていく。この時間は、一人の人間を待つには長すぎる時間のようにも全員が感じていた。

 そんな重苦しい空気の中、突然扉が開く。そこにはこの空気とは随分かけ離れた笑顔を浮かべるディストの姿があった。

「やぁ、待たせたね」

 それだけ言うと、ディストは軽い足取りで自分の席、つまりテーブルの両端の片方へと座る。座席は適当であるが、ディストは団長ということもあり、会議を指揮する身としてもこの両端の一つを選ぶことを毎度心がけているようであった。人を待たせて悪かったという考えは彼にはないようで、いつもこうして周りを待たせている常習犯である。
 ディストの銀髪が優雅に揺れ、中世的な顔立ちに浮かぶ笑みを少し薄くし、

「さて。これより緊急会議を始めるよ」

 たったこれだけの言葉で、会議はようやく始まりを迎えた。

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 緊急会議の内容は誰もが分かっていた。勿論、先ほどの事件のことである。
 エルトール内は完全要塞と言われるほど難攻不落として有名だった。そんなエルトール内に侵入者が簡単に入ってきたのである。結果は何もなかったように思えるが、侵入されたこと自体がこれまでにはなかった緊急事態だった。
 どうして侵入することが出来たのか。簡単に侵入することは勿論不可能である。門以外の侵入経路は完全に防備している"はず"なのだ。それは誰もが分かっていること。ましてや、極悪犯罪人を処罰する組織の中に侵入しようなどとは普通誰も考えない。いわゆる自殺行為であると思われるからだ。

「おかしな点が沢山見つかってしまうが……まあ、とりあえずは無事で良かった。幸い、犯人は何も盗らなかったようだし、機密事項の書類等も無事でよかったよ」

 ディストが小さく笑いながら手元にあるコーヒーをよくかき混ぜていた。既に砂糖を入れたのか、その隣には角砂糖が多量に入っているビンが開けて置かれている。

「……確かに盗まれたものはないと思うが、渡されたこの手紙は何だ?」

 和泉が右手でその手紙を掴み、全員に見えるように掲げて見せた。
 手紙は多少血か何かで汚れた痕があり、正式に政府等から送られてくるようなものではないことは確かである。その理由としてはまだあった。宛先も届け先も何も書いていないのだ。正式の手紙ならば、勿論宛先や届け先は書くだろうが、この手紙にはまるでない。血やその他の何かで消されたような痕跡もなかった。

「それはもう読んだのか?」
「いや、まだだ。ディスト団長宛だって、一応宛先は口答で言われたからな」

鑑の質問をスムーズに返答する和泉はその手紙を左右へヒラヒラと振る。その会話が終わるにつれて、その場にいた一同の視線はディストへと向けられていた。その視線に気付いているのか気付いていないのか分からないが、ディストは変わらず優雅に多少の笑みを浮かべながら無言で提出の意を表した。
 和泉から手渡しでそれを受け取ると、ゆっくりと手紙を開く。いつの間にか、ディストの手には白い手袋をつけていた。

 手紙の中を探り、慎重に、丁寧にディストが取り出したものは——銀色に光るネックレスだった。

「ふむ……何だろうね、これは」

 興味深そうに言うと、続いてディストが細い指で摘みあげたのは紙切れだった。一見、普通の手紙の内容が書かれていると思われる紙。何か仕掛けがあるわけでもなく、普通の紙である。その紙を、丁寧に開く。皆の視線が集まる中、ディストは黙ってその手紙の内容である文面を見つめる。
 それから暫くの間が経ったような気がした。既にディストが読んでいるのか読んでいないのか分からない。ディストの目は一つも動いてはいないからだ。周りからは要するに"手紙の内容は長文ではない"ことが明らかとなった。しかし、ディストは黙ってそれを見つめるばかりで、言葉を発そうとはしない。

「おい……団長。何が書いてあるんだよ?」

 耐えかねた鑑がディストへと言葉を投げかける。その言葉によって、固まっていたディストがようやく時を再開させた。

「ふふ、まあ、面白いジョークかもしれないけど、なかなか冗談では済まないのかもね? これは」

 ディストは一人でようやく言葉を口にすると、手紙を前方の机へと投げ捨て、皆がその手紙を確認する前に言った。


「"トワイライトは、再来する"……。そう、書かれてあった」


 ディストの言葉は事実だった。文面には血文字かどうかは分からないが、赤い文字でそう綴られていたのである。
 ——トワイライト。その言葉を聞き、この会議にいた者は皆悪寒のようなものが走る。この言葉で悪寒を感じないものは能力者では恐らく存在しないだろう。

 電脳世界エデンが発見され、人々が覚醒し、能力を得てから幾月が流れ、能力は便利なことにも使えるようにもなり、その能力によって様々な現象や科学が生まれることになったことは歴史上、事実である。
 しかし、その事実とは裏腹に能力は世界に悪影響も及ばせていった。それは、一言で表せば"戦争"である。能力は戦争の道具の一つとして捉えられるようになったのだ。世界はだんだんと能力を行使していき、次第に世界は大戦を始めることとなっていった。
 そんな最中、突如能力を皆が使い、殺し合いが始まった途端に世界は現実世界ではなくなった。この時代のことを、今は"喪失の時代"と呼ばれている。その所以は、誰もがその事実を"曖昧になっている"為であるからだ。
 予測されたその時代の現象は世界で様々な起こり得ないはずの現象が起き、電脳世界エデンと一体化した、という説が強い。しかし、それは遠い昔の話ではなく、つい5年ほど前の出来事だというのだから不思議である。喪失した時代はすぐ最中にあったというのだから。
 
 しかし人類がただ覚えていることがあった。それは"トワイライト"という兵器によって喪失の時代は終焉を迎えたという紛れもない事実である。

 トワイライトの威力は凄まじく、全てを破壊し尽くした。人も、何もかも全てを飲み込んで——。
 トワイライトによって何が終わりを迎えたのか、誰も知り得ない。しかし、実際のところは誰もが"忘れてしまっているだけ"なのではないかという説が重要視されてきてはいるが、誰も真相は分からないままである。ただ、能力者が行使されて行われた戦争——それも近い内にそれが起こった。それを覚えていない自分達に対する違和感、恐怖が能力者達にはあるのだ。
 このトワイライトという兵器から基づいて、この喪失された時代に行われたはずの戦争の名をそのまま"トワイライト"と名づけたのであった。

「……これを団長に届ける為に侵入、ってか? とことんなめてやがるな……」

 鑑の言葉はこの会議にいる誰もが思ったことであった。
 根拠も何もなく、予言めいたことが綴られたその内容は度が過ぎたものだからだ。誰も真相を知らないことを再び再来すると予言する手紙。それはどういう意味を表しているのか。ましてや、それをディストに届けた所でどういう結果を得られるのか。それもまた疑問であり、そうして繰り返される疑問の数々は既に限界を超えていた。


 トワイライト。その言葉は、この会議にいる誰よりも白夜が一番深く捉えていた。
 その言葉だけで、曖昧に渦巻いていた過去が再び鮮明に色を表していく。頭に激痛が突如走り、頭を抱えて小さく唸り声をあげる。

 抵抗は出来なかった。どうしても、どうしても代償を背負えというのだろうか。


 何故俺が断罪者を演じているのだろうか。


 俺が一番——断罪されなければならない存在だというのに。


 記憶はこだまする。蘇る曖昧な過去が、白夜の薄れた意識の中でぼんやりと色を取り戻していった。