ダーク・ファンタジー小説

Re: 白夜のトワイライト【完結版】第3話スタート ( No.23 )
日時: 2012/08/14 01:12
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Wzrhiuo9)

そこは実験名称、または呼称。そんなものが付けられていた。

学者達が研究をする為に作られた研究所。研究という言葉の中には実験やその他の言葉も介入しているが、何の研究にあたるかは全て共通しているものがあった。
電脳世界、エデンのことに関してである。

世界大戦が起き、トワイライトによって世界に一時期破滅の危機をもたらしたその前の時代。

あの邂逅は変えることは出来なかったのだろうか。

白夜の脳内には、あの時の日々が色を取り戻していった——

——————————

「そっちだ! 捕まえろ!」

大声で叫ぶ男の姿が目に映る。必死で走るのは、高校生ぐらいの年齢だろうと思える少女だった。
工場の跡地のような場所で必死に逃げる少女と、それを追いかける黒服の男達。少女の足は、どこからか逃げてきたかのように裸足で、既に血が滲んでいるのを見た辺り遠い距離を走ってきたのだろうと伺える。

怖い。怖い。怖い。

少女はその緊迫した感情を足の痛みで押し殺すように、精一杯走る。だが、男達の方が勿論速度は速い。だんだんと近づく後ろの気配に、少女は胸が圧迫して今にも死んでしまいそうだった。

助けて。助けて。助けて。

何度も願う少女の手に掴まったのは——

「鬼ごっこは終わりだ……! №273!」
「いやっ! 離してッ!」

少女は抵抗するが、その手はしっかりと黒服の男に掴まれていた。
気付けば、その他の黒服の男らが4,5人そこにおり、少女は完全に逃げることの出来ない状況になってしまっていた。

「……こちら、"回収部隊"。№273を発見、確保しました」

黒服の内の一人が無線で知らせる。その言葉を聞いて、少女は絶望を感じた。
また、再び、あの場所へと戻ることになるのか。逃げ出した先は何もなかった。逃げ出さなければ何も痛みは感じなかったのだろうか。
ぼんやりと、足の痛みが先ほどよりも増して痛みを感じてきた。

「よし……撤収だ。行くぞ」

黒服の男の内の一人がそう告げ、少女は表情が死んだ。——その時、黒服の一人が突然倒れた。悲鳴もなく、ただ突然の出来事に他の黒服達も動揺したが、やがてその出来事が起きた原因が見えてきた。

一人の男が、倒れた黒服の男の隣に立っているのである。
男は、スタイリッシュな細身の体をしているように見えるが、随分と鍛えられていることが分かる。多少長い銀髪に、中性的な顔立ちが整っている。まるで外人か何かかと勘違いするぐらい、それは不思議な男だった。

「全員、構えろ!」

放たれた言葉とほぼ同時に男達は全員懐に持っていた銃を構えた。銀髪の男は、それを見て微かに——笑った。
その瞬間、銀髪の男の近くにいた黒服の男が突然何かに切り裂かれたように肩から一直線上で分裂した。血が飛び散る最中、そのあまりの速さに恐れさえも抱いた黒服達であったが、

「う、撃て! 撃て撃てぇぇ!!」

何とか引き金を引き、黒服たちは銀髪の男に向けて銃を乱射する——だが、銀髪の男が左手を構えたその時、黒い闇のようなものが増大し、全ての銃弾を飲み込んだかと思うと、どういうわけか銃弾は先ほどまでの威力を失い、銀髪の男の足元に落ちていった。
そして次に銀髪の男が右手を光らせる。

「の、能力者——!」

バシュン。と、少女には生まれて初めて聞いた音のような気がした。その音が鳴ったほんのわずかの時間。その時間の間に、男達の上半身と下半身が分裂していた。
震えて、何も言えず、何も出来なかった少女に纏わりつく手はもう無く、代わりに血の海が周りに散乱していた。

銀髪の男は、返り血を浴びておらず、冷たい目で真っ二つとなった男達を一瞥してから少女へと顔を合わせる。
小さくビクリ、と震えあがった。銀髪の男の目は、普通ではなかったからである。殺人者のような、冷徹な目をしていた。とても人助けなどをするような男ではない。そう感じていた。
ゆっくりと近づいてきた男は、何をするのかと思うと、少女を立ち上がらせた。そして——

「大丈夫か?」
「……え、あ……」

少女が次に間近で見た白夜の目は、とても綺麗な黒い目をしていた。先ほどまで、目の色が違っていた気がしたのだが、あまりの豹変ぶりに呆気をとられ、上手く声が出せなかった。

「足を怪我しているようだな。どこかで休んだ方がいい。ここから少近い場所に……」
「あ、あの、その……」

銀髪の男が勝手に物事を進めようとしているので、どういうことなのか分からなかった少女は思わず言葉を遮ってしまった。
それに反応した銀髪の男は、この地面にいる自分を追い掛け回した男達を無残な姿にさせた者の目とは思えないほど優しい目をしていた。

「……何だ?」
「あ、えと……あ、ありがとうございます……」
「……礼はいい。早く移動するぞ。気分が悪くなる」

銀髪の男は、それからゆっくりと少女へと近づいていくと、突然少女をお姫様抱っこして持ち上げた。あまりの突然の出来事に、少女は何も反応できずにいた。

「え? えっ!?」
「足元は血の海だ。足に怪我した状態で歩いたら厄介だろう」

何がどう厄介なのかまでは言わなかったが、銀髪の男はとりあえず自分の身を案じてくれてのことなんだと少女は認識し、多少安堵の気持ちが芽生えた。

———————————

目の前にコーヒーが差し出され、ようやく落ち着いた少女はそれを啜る。
殺風景な部屋で、綺麗に片付けられている。どうやらこの銀髪の男の住んでいる家に見えた。一軒家というより、館に近い感じの広いスペースが空けられたこの家のリビングだろうか。そこで少女は足と共に精神を休めていた。
銀髪の男が何故ここまで優しくしてくれるのかも分からないまま、コーヒーも戴くことになるなんて少女には想像もつかなかった。
場所としては、お姫様抱っこされながら周りを見てきたのだが、どうやら市外から離れた場所にあるらしい。特に人の目を気にするような場所ではなく、ポツンと一つこの家が建っているようなイメージだった。

銀髪の男はというと、少女の前の席へと座り、チョコレートを齧っていた。甘いものが好きなのかな、と少女は思いつつも、この沈黙をどうしても解きたかったこともあるので、少女は口を開けた。

「あの……」

しかし、口を出したもののそこで声が出なくなった。緊張してなのかどうかは分からないが、銀髪の男はそれに反応して少女を見つめた。
何を言うか考えた末、銀髪の男が持っているチョコレートが何となく目に入ったのだ。だからであろうか、少女はこんなことを言ったのは。


「あ、あの……甘いもの、好きなんですか?」


何でこんなことを聞いたんだろう、と即座に後悔する少女がいた。命の恩人ともいえるこの人になんてことを聞いたんだろうか、と。
しかし、銀髪の男は小さく笑って、ゆっくりとした発音で、

「好きだよ、甘いもの」

そう応えてくれたことでどれだけ感謝したことか。少女は瞬く間に表情が明るくなり、気分が楽になった。

「貴方のお名前は?」

少女がそう聞いた時、一瞬躊躇ったのかどうか分からないが、銀髪の男は少しの間を抜け出した後に応えた。


「月影 白夜だ」


いつの間にかチョコレートは握られていなかった。白夜の手元には紅茶が入ったカップがあり、それを飲もうとしている最中のようであった。

「つきかぎゃ……? あれ、つきかげばくや? ……ゴホン。つきかげ、びゃくや、さん……」
「どうした?」
「あ、いえ……凄く申し訳ないけど、言いにくくて……」

怒られるかと思い、多少恐縮していた少女だが、白夜は特にそんな気配もなく、鼻でそれを笑うと、

「よく言われる」

とだけ答えた。何だか不思議な人だとは思ったが、悪い人ではない。それは話してみて少女はよく分かった。

「それで、お前は?」
「あ……えっと、禾咲 那祈(のぎさき なき)っていいます」
「へぇ、珍しい名前だな」
「よく言われますっ。最初、皆と会った時も……」
「皆?」

白夜が何気なく疑問を口にすると、瑠兎は気付いたようで悲しそうな表情になり、俯いた。
今先ほどまで手に持っていたコーヒーは既にテーブルの上に置かれ、ただならぬ気配を白夜も感じていた。

「……皆って言うのは、研究所にいた、皆のこと」
「研究所? ……お前はそこから来たのか?」
「……私だけ、逃げられたんです。あの研究所は、とても恐ろしい場所。……毎日のように実験実験って、人をモノか何かと間違えてるんじゃないかって思うぐらい。……私達は、皆モルモットなの。あそこにいる、イカれた研究者達の。あの人達は、私達を人間と見てない。科学者って言ってたけど、何か違う……。とても怖い。怖いの」

気付けば、那祈の手足は震えていた。恐怖によるものも勿論あるだろうが、握り拳が作られ、必死に力を抑えているようにも見えた。きっと悲しみの前に怒りも出ているのだろう、と白夜はそれを見て思った。

「……私を、助けてくれたことはとても嬉しいです。でも……私は、皆を助けに戻らなくちゃいけない。その為に、今ここにいるの」

先ほどまで敬語だったのに対し、今はまるで、自分に言い聞かせているような、そんな気迫のようなものを感じた。
この高校生ぐらいの少女は、たった一人で立ち向かおうとしている。白夜にとって、それは不思議にも思えることだった。

「……何故だ?」
「え?」
「何故、助かるかも分からない奴等の為に戻る。お前が死ぬかもしれないんだぞ?」

白夜は気付けばそんな質問をしてしまっていた。その目は、先ほど黒服達を殺した時と同じような目。どこまでも冷たい目だった。その目を見て、那祈は怖気づいたが、唇をしっかりと噛み締め、力強くそれを開いた。

「それでも、守りたいから。私は、私にとっては、とても大事な"家族"だから」

——家族。久しくその言葉を聞いた覚えがなかったように思える。白夜にとって、無縁にも近いその言葉はどういうわけだか少女の核心の部分なのだと分かった。
那祈の目は、しっかりとした決意の元に作られた目で、どう諭そうが、どうしようが、この目は変わることはないだろう。この少女は、これだけに強い目をするのか、と内心少し驚いたほどだった。

「……まあいい。俺には関係のないことだ」

白夜はそう言って切り上げると、まだティーカップの中に紅茶が残っているというのにそれを飲まずして立ち上がった。その言葉で、那祈の表情が少し強張る。他に宛もなく、このままこの家を立ち去ったところでどこに行き着くのだろう。誰が助けてくれるのだろう。助けて欲しいと願うばかりでは何もならない。そんなことは、研究所での生活で那祈は嫌というほど分かっていた。
先ほどの黒服との一件の時に見たあの力。あれは間違いなく電脳能力、キューヴの力であることは既に那祈は分かっていた。それも、強大な力。その力さえあれば、研究所にいる皆を助けることは不可能じゃなくなる。なら、どうするべきか。

「月影さんッ!」

那祈の声は、白夜へと届いた。しかし、白夜は立ち止まって、振り返ってはくれない。それでも聞いてくれているのだと認識し、那祈は続けた。

「お願いしますッ! 貴方の力が必要なんです! 研究所の皆を、どうか助けてください!」
「……助ける義理はない」

見事に一蹴される。勿論、その通りである。研究所のことなど白夜は知らなかった。それを助けてくれ、などというのはおこがましいことであることも十分承知であった。しかし、それでも白夜に頼みたかった。何故だかよく分からないが確信がそこにあったからである。


「じゃあ、どうして私を助けたんですかッ!? 何でそんな中途半端なことをしたんですか!?」


那祈は思っていた。この白夜という人は、決して怖い人でも、頭のおかしい人でもない。とても優しい人なのだと、何故だかそう思うことが出来ていた。
彼の過去に何があったのか分からないが、那祈には黒服の男達を薙ぎ払った時の彼の表情は冷たく、残酷で、そして——悲しそうに見えた。
彼に頼る義理も何も無い。厚かましい。自分でもそう思っていた。けれど、他に宛もない。
すると、突然白夜が振り返った。そして、言い放つ。

「その研究所に、俺は用がある。だからお前を助けた。お前が家族とやらを助けるのはお前がしろ。俺は俺の為すべきことをする」
「え……ということは、一緒に来てくれるんですね!?」

那祈がそう言っても白夜は何も答えなかった。照れ隠しなのか分からないが、何にせよ承諾してくれたことの喜びは果てしないものだった。

「ありがとうっ!! ……って、敬語じゃないけど……」
「……別にいい。いつも通り話せ」
「よかった! それじゃ、よろしくね、白夜君!」
「……ッ!?」

突然の君付けに少し戸惑った様子ではあったが、勝手にしろとでも言いたそうに溜息を吐くと奥の方へと行ってしまった。

——————————

「何ぃ? №273を回収出来なかっただと?」

いかにも学者のように白い研究服を着た40半ばの男がそう口にした。それを申し訳なさそうに言うのは黒服の男だった。

「申し訳ございません……部隊と連絡がつかなくなり、何者かに襲われた様子です」
「様子です、じゃないだろう! 何をやっている!!」
「も、申し訳ございま……」
「もういい! ……それで、どんな奴にやられたんだ? 我々に刃向かうなど、"政府"に反抗するも同じぞ」

男は訝しげにそう言うと、黒服の男は恐縮しながらも答えた。

「は……。片方の手に太陽のような光を纏わせ、もう片方の手には重力の……まるでブラックホールのような闇を纏わせた男が部隊をたった一人で全滅させたとのこと」
「何……!? それは本当か!?」
「は、はい……。"死亡報告書"にはそう書かれております」

その途端、突然男は笑い出した。一体何で笑ってるのか分からない黒服の男はその様子を不思議そうに見つめる。それをお構いなしに男は高らかと言い放った。

「そうか! "奴"か! 探しておったぞ……! そのような能力者は全人類の中で奴のみだ! ……月影 白夜! 奴の力さえあれば——!」

男は一呼吸置き、何のことを言っているのか分からない黒服を無視して両手を広げた。


「"嘘だらけの世界を超越することが出来る、神が誕生する!" ふふ、ふはは、あははははははッ!!」


茶色のメガネが光、一つに結ばれた髪の毛は白夜の行く手を待っていた。