ダーク・ファンタジー小説
- Re: 白夜のトワイライト【完結版】 ( No.24 )
- 日時: 2012/08/24 15:16
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: er9VAvvW)
- 参照: 最近不規則な生活を送ってしまっているせいか、更新が深夜に……。
夢の中では、全てが曖昧なように感じる。いっそ、世界も記憶も何もかもこうであればいいのに、と愚痴を零してしまうほどそれは儚く、すぐに忘れてしまうものである。
希望なんてどこにもない。それがどれだけ確かなものであるように見えても、蜃気楼のように遠く消えてしまう。
それだけに儚く、切ないものなのだ、と心の中でそう信じてしまっている自分がいる。
白夜にとって、それは有難いことなのか。それとは逆に、苦しいことなのか。
どちらであるにしろ、現実は現実として、夢はまた覚めていくのである。
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「——目が覚めましたか? 白夜光」
ぼんやりと視界はそのままで、聴覚だけは正常に働いているように、白夜は春の声を確かに耳で受け取った。
それに対する返事はすることはなくとも、目が開くことによって解答は出来たのだろう。春は安堵した様子で溜息を吐いた。
「"また"……見たのですか?」
繰り返される終わらない夢。幾度となく、この夢は白夜へと襲いかかっていた。
薄い目を開け、無言で起き上がろうとする白夜を静止しようとする春の前に、白夜の頭に激しい頭痛が襲いかかってきた。
「うっ……」
「まだ無理をしてはダメですよ。原因がどうであれ、倒れたことには変わりはないのですから」
春の言葉はほとんど聞こえていなかったが、何となくそういうだろうと分かっていたのだろう。聞こえなくともそう感じ取って、ゆっくりと体を壁に預けた。
この部屋は雛のいた部屋と同じような構造になっている。つまり、隔離されていないようで隔離された部屋。こんな病室のような部屋がエルトールにはいくつも存在している。
気がつくと頭痛に襲われ、意識がなくなり、"あの夢"を見て、また目を覚ます。こんな一連のことは白夜にとって多々あったりする。原因は、夢の中の出来事なのだろう、と白夜は思っていた。いや、それしかなかった。自分の中の罪を許せない自分がいる。その自分が、戒めとして自分に見せているのだと思っているのだ。
ふぅ、と溜息を吐いた。今まで肺に溜まった空気を全て押し出すかのようにして、重い空気がそこに流れた。冷や汗に似たものが顔の側面を伝っていく。目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をする。心臓の音が大きく聞こえ、自分は生きてしまっていることを実感する。
「……大丈夫ですか?」
「ほっといてくれ。……悪い」
「いえ、いいんです。……これ、リンゴを剥いておきましたから食べてくださいね。上手く出来たんです」
テーブルの上に皿か何かを置く音が聞こえ、春が立ち上がり、部屋から去っていくのを感じた。
それから数十秒後、薄っすらと目を開けると、その傍には皿に乗せられた不格好なリンゴが置かれてあった。
皮だけを剥くはずが、身もどれほどかやってしまってある。春は料理は勿論、こういった雑用のことも上手く出来ないのであった。
「……上手く出来た、か」
白夜はその不格好のリンゴを手に取り、齧った。
甘い香りが口元に漂い、リンゴの甘さが口の中に広がっていく。
「美味い」
そういえば今日、何も食べていなかったと白夜は思いつつ、その美味しさはこの不格好なリンゴならではの味なのではないかと小さく笑った。
あっという間に平らげてしまったことに少し驚きつつ、白夜は小さく溜息を吐いた。
自分以外に誰もいないこの空間。音も何も無い。幾度となくこの場所とこの時間を訪れたものだが、未だに慣れることはなかった。実が綺麗になくなったリンゴをゴミ箱の中へと放り投げた後、突然睡魔が再び襲いかかってきた。
眠りにつきたくはなかった。再び"あの夢"を見ることは分かっていたからだ。それでも、睡魔は白夜を蝕んでいく。抗う気持ちとは裏腹に、心のどこかからなのか、頭のどこかからなのか分からないが、声が響いてきた。
それは、とても切ないような声。二度と聞きたくない——ずっと聞いていたかった声。
当たり前のようにそこにあったものが無くなる。
『元気でね』
叫びたい衝動に駆られたが、それを睡魔が遮る。どうしようもないこの感情は、再び儚き夢の中へと吸い込まれていくのである。
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バタン。
後ろ手で、その音を確認する。ドアが閉まると同時に、春はゆっくりと息を吹いた。
後ろには、白夜が一人でいる。リンゴは食べてくれるだろうか。最初に出会った日と何だか似ている、と春は心の中で思った。
エルトールに白夜が訪れたのは約一年前のことになる。たったの一年のように思えるが、長い長い一年だった。
白夜と出会った当時から春はエルトールに働いていた。能力を使用し、相手の過去や心を読み、事件や人質などの説得等を担当してきた。
当時の春は今より一層仕事にがむしゃらであった。今は基本エルトール内での活動としているが、一年前は自ら外に出向いていたりもした。
何も他に熱中することがなかった。それは単なる言い訳に過ぎないが、春にとっては生き甲斐と言える理由。何度も過去を忘れかけようとしていた。自分の戒めとして、過去は突然ぶり返されてしまったりもしたのだが。
そんな頃である。
白夜と出会ったのは、そんな蒸し暑さが残る初夏の頃だった。
最初見た時は、態度の悪い子供だと思った。銀髪の子供など、そうそう日本にはいない。海外で仕事することもあったのだが、海外でもそうはいなかった。それも男の子である。
アスファルトの地面がやけにジメついていて、風も止んでいる。春も思わず汗が吹き出るほどの暑さだというのに、その銀髪の少年は汗一つ掻いていないように見えた。
丁度その頃、春はディストと待ち合わせをしていた。地上で仕事を終えたばかりの春にとってはだれるような場所と時刻であったが、やむを得ず了承した為にそこにいたわけだが、その同じ場所に銀髪の少年、白夜もいたのである。
「……こんなところで、何をしているのですか?」
つい、声をかけてしまった。明らかに他とは違う雰囲気を身に纏っているからかもしれない。それは外見云々よりも別に、何か根本的な部分が違っているように仕事柄思えたのだ。それゆえ、好奇心だろうか。声をかけてしまったのは。
銀髪の少年は何も言わず、こちらも見ることもなく、ただ虚ろな目で真っ直ぐ視線を向けていた。
場所的には、燃えてこうなったのか分からないが側面の壁が全て抜け落ちた廃ビルのすぐ傍である。地震の影響でこの廃ビルは作られたのか分からないが、外から丸見えの状態でオフィス等がビルにはあった。そんな人気のなさそうなビル前でただ二人、春と白夜はいたのである。
周りに住宅などは無く、丁度白夜の見つめる先の方に住宅街がある。どうしてこのようなビルを残しているのか春には分からなかったが、それでもこの場所を指定してきた本人、ディストを待つしか術はないのである。
返事をしない銀髪の少年に何がそう惹かれたのか、ディストを待つ暇を解消するかのように再び声を出した。
「待ち合わせですか?」
……応答はなかった。
銀髪の少年は、ただ虚ろな目をして前を向くばかり。その横で話しかける春など、まるで見えていないかのような振る舞いである。
その様子に、無駄だったかと話しかけるのを諦めようとしたその時、突然呟いたのである。
「——俺が悪いんだ」
一体何を言っているのか、春には理解出来なかった。まず自分に言っていないということは確認出来た。その少年の声は予想して通りだったが、内容はまるで予想していなかった。突然の呟きにさすがの春も戸惑った。
「俺が、俺が見捨てた。助けられたはずなのに、見捨てた」
更に呟く。虚ろな目のまま、誰に向けているのか分からないその視線と言葉は、まるで生気の無い亡霊のようだった。
ただ——この少年は、何かを後悔している。それは言葉でも分かるように、それはどうしても自分では許せない贖罪のようである。
少年の着ている服が黒のパーカーのせいか、更に暗く見えてしまう。一体何があったのだろうか。春の能力は過去をフラッシュバックし、読み取ることが出来る力。その人物にさえ触れれば、能力は発動して過去を知ることが出来る。
春は、気になってしまった。この少年の、白夜の過去を。仕事柄なのかどうかは分からない。ただ、この少年は——根本的に何かが違うと思ったのだ。
「話……聞きましょうか?」
ゆっくりと近づく。触れさえすれば、それだけで読み取ることが出来る。それだけでいい。ゆっくりと、足取りは少年の方へと近づいた——が、そこで踏み留まる。どこか後ろめたい気持ちもあったからだ。
他人の過去を盗み見するのと同じことを今自分はしようとしている。それも、好奇心で。この少年を助ける助けない以前に、これだと自分が取り締まっている犯罪者と同等の価値なんじゃないのか、と思ったのだ。
その戸惑いから数十秒後、その空気を切り裂いたのは聞き慣れた陽気な声だった。
「やぁやぁ、待たせたかな?」
いつも自信満々に来るこの男、ディストである。
ディストは優雅に現れたとでも言いたげに満足そうな顔をして春を見た。それから、隣にいるこの銀髪の少年の方も。
「いやぁ、"二人共"。随分と待たせてしまったようだね。話はゆっくりとエルトールで行おう!」
「……二人共?」
思わず春は耳を疑いながら聞いた。しかし、ディストは満足そうな表情は壊さないまま、突然わざとらしく今思い出したようなリアクションをとって銀髪の少年の方へと近づいた。
「あ、忘れてたね……。大和撫子君。この子は月影 白夜君。今日からエルトールに入団することになったんだ。はい、拍手!」
「え……! ええぇぇぇぇっ!! こ、この子入団するんですか?」
ディストは拍手の用意をしていたが、春はそれに応じずに思わず驚きの言葉を口にしてしまった。
白夜は何も言わず、先ほどと同じように虚ろな目をして前を向いているばかりで、何の反応も無かった。その代わりに、ディストが溜息を吐いて、額に手を当てていかにも残念そうに声を出した。
「はぁ……。大和撫子君。拍手といったら拍手だろう? 普通は……。それだと、何の為にこんな辺鄙な場所で二人きりにさせたんだい? 全くの台無しじゃないか……」
「え、あの……ここに呼び出した理由というのは、もしかしてそのわけの分からないサプライズ、とやらの為ですか?」
あまりの呆れた発言だった為に、春も呆れた表情で言うが、その期待通りというべきか残念すぎたというべきか、ごく当たり前のような表情をして、最後に鼻でふっと笑い、
「当たり前じゃないか」
「……まあ、もういいです。とりあえず、暑いんで早く移動しましょう」
「……何だか凄く投げやりな反応だね、大和撫子君にしては。もっとおおらかで優しいのが君の——」
「早く行きましょう」
そう言って、春は先行して行こうとしたが、振り向いてディストを横目に白夜を見た。
その時の白夜の表情は、虚ろな目のままではあったが、先ほどよりも悲しげな顔をしていた。
隣では、ディストがまだ何かを言っているが、確かに白夜は呟いたのを春は聞き逃さなかった。
「——すまない、"ルト"」
これが、初めて白夜と出会った春の記憶である。